第64話 新領地プロメテウス
俺はすぐに席を立ち、セレーネを追った。
だが彼女を見つけたのは城の外、庭のベンチに座り一人夜空を眺めていた。
俺は彼女の隣に腰かけ、空に浮かぶ2つの月をしばらく黙って見ていた。
やがてセレーネが口を開く。
「あっけないものね。私、アゾートと結婚する未来を当然のように考えていて、サルファーから求婚された時もアゾートとお父様が何とかしてくれて、だからまさかこんなことになるなんて想像もしてなかった」
「俺も同じさ」
「お父様は今から私の結婚相手を探すんだろうけど、どうしても気持ちがついていけない。貴族の結婚に愛はいらない、必要なのは魔力だけ。頭では分かっていたけれど、心では全く分かっていなかった。私、アゾートのことを心から愛していたのね。そんなことに婚約が解消されてから気づくなんて、ホント皮肉」
「セレーネ・・・」
「私とアゾートは当主同士だから結婚はできない。お互いにいつか他の誰かと結婚して、別々の道を歩いていくことになる。でも今の気持ちは無視できないし、したくない。あーあ、マールの気持ちが理解できちゃったな」
「・・・・・」
「アゾートの結婚相手って、やっぱりネオンになるのかなあ。あの子のことだから、どうせアゾートの婚約者にしてくれってお父様にお願いしたでしょ」
「ああ。だけど俺はその場で断った」
「え?」
「ネオンを次期当主にすればセレーネとの婚約を解消せずに済む。俺はそう当主にお願いしたんだけど、うやむやにされた」
「アゾート・・・」
「覚えてるか? 俺たちの婚約が決まった時にセレーネに騎士の誓いを立てたことを」
「ええ、もちろん覚えてるわ」
「あれは俺自身の誓い。当主の決定でセレーネとの婚約が解消されたとしても、あの誓いだけは違う。他の誰にも変えられない俺の意思。セレーネがもう必要ないと言うまで俺はずっとセレーネの騎士だ」
その瞬間、セレーネが俺に抱きついた。
セレーネの白銀の髪が俺の肩越しにサラサラと頬をくすぐる。
そうして俺たちはしばらく抱き寄せあった。
セレーネが立ち上がり、俺に手を差し出す。
「ありがとうアゾート。みんなも心配してるし、そろそろ行こっか」
「そうだな」
二人並んで庭園を歩く。
「あの貴族の決闘の時、フリュオリーネの攻撃から先にセレーネをかばったのがサルファーだったのが、実は少し悔しかった。あいつってセレーネのためなら戦争だって起こせるし、何か負けたような気がして」
「そうよ! なんで先に来てくれなかったのよアゾート。サルファーなんかに遅れをとるなんて、まだまだ鍛え方が足りないようね。それに私より強くならないと、私のことを守れないでしょ。私の騎士さま」
「うっ・・・」
そう言うとセレーネはクスクスと笑った。
翌朝、サルファーやダリウスたちはそれぞれの騎士団を連れて領地に帰って行った。
自分は婚約者だからここに残ると駄々をこねたネオンだったが、
「いいから来なさい。帰るわよ!」
そう言ったセレーネがネオンを魔力戦で制圧すると、引きずるように連れて帰った。
「マジかよ・・・」
圧倒的火力で倒されたネオンを見て俺は思った。今セレーネと闘えば確実に負けると。
◇
みんなが去って急に寂しくなったプロメテウス城。
だがここに残ることになった両親が、何やら始めようとしている。
「おいアゾート。これからこの城が新しい我が家になる訳だから、さっそく掃除をしようぜ。ウチの使用人を含めて清掃員は手配しておいた。お前も城の中を回って改修が必要な場所がないか確認しておけ。あと自分の部屋とフリュオリーネさんの部屋も決めておけ」
「わかったよ、父上」
そうだな。今日からここに住むんだから、部屋を決めないとな。
ずっとこの城で待機していた父上たちと違い、王都から帰って来たばかりの俺たちはまだこの城の中がどうなっているのかよく知らない。
そこでフリュオリーネと二人、城の中を隅から隅まで見て回ることにした。
1階を入ってすぐが吹き抜けになっていて、そこから2階へ上がる立派な階段がある。前世の映画などでよく見る典型的なお城の玄関ホールだ。
そのホールの正面奥が大広間になっていて、フォスファーとはここで戦った。
さらにその奥は厨房や倉庫など使用人が働く部屋があり、上階や地下へ降りる階段などもある。
そこから2階に上がると俺たちが寝泊まりしていた客間のフロアーになっている。ここに立派な客間が20部屋ほど並んでおり、お客様が利用する広い食堂もある。
さらに上階へ行くと、3階は城主の家族が住まう個室や貴賓室など合計10部屋もあり、豪華なダイニングホールも備え付けられている。
そして最上階である4階には城主の部屋があり、ここに俺が住むことになる。
城主の間のさらに奥には宝物庫があり、趣味の品々を保管しておけるようになっているが、当然今は空っぽである。
一度城を出て周りをぐるりと一周する。
城の両側には高い塔があり、螺旋階段で上までいくと監視台になっている。
庭はかなり広く、城門から城へ続く道の両脇に色とりどりの花が咲き誇るのだろうが、ずっと廃城で最低限の手入れしかされておらず今は殺風景だ。
城壁はしっかりしており、ここは大規模な修復は不要である。
「さすが伯爵家の城。スケールが違うな」
フェルーム騎士爵家の屋敷のいったい何倍あるのだろうか。男爵が使う城としてもたぶん大きすぎる。
だが汚い。
これ全部掃除したり改修するのに一体どれぐらいの金と時間が必要となるのか。
俺は自室となる4階に戻る。
階段を上がってすぐに謁見の間があり、その左右に控室のようなものが並んでいる。
謁見の間の奥の扉を開けると広い部屋が一つあり、さらにその奥の扉の向こうが当主、つまり俺の部屋になる。
そのさらに奥が、魔法のカギで施錠された宝物庫。
まず当主部屋の調度品をざっと検分する。
家具類は修理すればまだ使えそうものばかりだが、ベッドのマットレスは傷んでおり新調する必要がありそうだ。
当主部屋の前の大きな部屋に戻る。ここが何の部屋かはわからないが、調度品が何もなくただ広い空間が広がっているだけ。
それから謁見の間に戻る。玉座が備え付けられているが、ここはたぶん使わないな。
ちょうど4階に清掃員が入ってきたので邪魔者は消えるとしよう。
3階では両親と俺の弟妹たちが、清掃員に指示しながら自分の部屋を掃除している。
そう、俺にはネオンのような偽者ではなく本物の弟妹が3人もいるのだ。
このフロアーには10も部屋があるので、まだまだ部屋は余っている。俺は後ろに控えるフリュオリーネに話しかけた。
「好きな部屋を選んでくれ」
「わたくしは2階の部屋を使わせていただければ結構です」
「2階の部屋は少し小さいけど、いいのか」
「はい、十分です」
俺たちは2階に降りていった。
2階は廊下をはさんで左右に部屋が並んでいる。雰囲気は違うがホテルの客室のようなものと考えてよさそうだ。
ちょうど真ん中あたりの扉の前で、フリュオリーネが立ち止まった。
「この部屋でいいのか?」
「はい」
フリュオリーネが選んだのは、地下牢から助けた時に彼女をかくまったあの部屋だった。
「探せばもっといい部屋があると思うぞ」
「この部屋がいいのです。あの時わたくしをかくまってくださったこの部屋が」
あの時俺にしがみついて大声で泣いていたフリュオリーネの姿を、俺は思い出した。
「そうか。じゃあこの部屋はこれからフリュオリーネの物だ」
「ありがとう存じます」
そう言って彼女は、とても嬉しそうにお辞儀をした。
二人で部屋の中を見て周る。
この部屋はある程度掃除されていて綺麗なのだが、よく見ると調度品などは傷んでいるものも多く、折角なので入れ替えることにした。
「この部屋の調度品を新調しようと思う。今度街の商人を連れてくるから、その時に好きなのを買うといいよ。それから地下牢は壊して倉庫にしよう。それでいいよなフリュオリーネ」
彼女のつらい記憶が完全に消えるわけではないが、あんな場所は俺の城に必要ない。
「はい」
フリュオリーネ頬を少し赤くすると、そっと俺の左腕に抱きついた。そして、
「今から思えば、地下牢に閉じ込められている間ずっとあなたのことを考えていた気がします。このわたくしをここから助け出してくれるのではないかと。そして本当に来て下さいました。わたくしの願いがきっとあなたに伝わったのですわ」
「俺を呼んでいた・・・あの地下牢から」
その時俺は理解した。
ポアソン領のビーチで水のかけっこを楽しんでいた時に、地底の監獄から俺を呼んでいた声が誰のものだったのかを。
そう、あれはモテない同盟の怨嗟の声ではなく、フリュオリーネが俺に助けを求める声だったのだ。
腕にすがり付きながら嬉しそうに俺を見つめるフリュオリーネに、俺は少し後ろめたくなって目を逸らした。
◇
その夜から2階の食堂が俺たち家族の晩餐の場所となった。
フェルーム騎士団が領地へ戻り、今夜からは家族だけの食事となる。そう、この広すぎる城には俺たち家族とその使用人以外に誰もいないのだ。
だから3階のダイニングホールは使わず、1階の厨房に近いこの食堂を使うことにした。
その夕食で、父ロエルが話を切り出した。
「家名についてだが、俺とマミーは今後もフェルーム姓を名乗ろうと思う。今さら名前を変えるのもどうかと思うしな」
「その方がいいよ。俺も伯爵の提案でなければ名前を変えるのは嫌だったし、その気持ちはわかる」
「お前の弟妹たちだが、こいつらには学園入学時にどちらの姓を名乗るか選ばせることでいいよな。一応こいつらもメリクリウス男爵家の一員だし」
俺は弟妹たちの顔を見渡す。
「好きにしてくれて構わない。まあメリクリウス姓は当分、俺一人ということで」
「何言ってる、二人だろ」
「え?」
「フリュオリーネさんがいるじゃないか」
「はあ?」
「やっぱり分かってなかったか。あのな、フリュオリーネさんはもうアウレウス姓を名乗れないだろ。それでも騎士学園にも通うし、お前の侍女として貴族社会で活動することにもなるし、その時はどうしても家名が必用になる。そして今名乗れるのは後ろ盾であるお前の家名だけだ」
「・・・なるほど、そういうことか」
家族に混ざって一緒に夕食を取るフリュオリーネが、恥ずかしそうに軽く会釈する。
「フリュオリーネ・メルクリウス・・・か」
それから一週間ほどは、城塞都市プロメテウスの視察をしたり城の掃除をしたりして、あっという間に時間が過ぎていった。
そして明日からいよいよ新学期が始まる。
「俺たちは学園に戻るよ。この城と領地のことはよろしく頼む」
「あとは私たちに任せてしっかり勉強しておいで。フリュちゃんも元気でね」
フリュオリーネはうちの家族から「フリュちゃん」と呼ばれるようになり、家族の一員としてすっかり馴染んでいた。
かくいう俺も、
「週末はなるべくこっちに戻るようにするよ。じゃあそろそろ行こうかフリュ」
「はい、アゾート様」
フリュもDランク冒険者としてギルド登録を済ませており、俺たちはプロメテウスギルドから転移陣を使ってボロンブラークギルドまで一気にジャンプした。
そこから学園まで二人で歩き、あっという間に校門の前にやって来た。
明日から、またみんなに会える。
全ての始まりはあのサマーパーティーだった。
悪役令嬢の断罪劇から始まった今回の騒動は、第二次ボロンブラーク内戦にまで発展してたくさんの血が流れた。
この俺もギリギリのところでしぶとく生き残り、終わってみればメルクリウス男爵として一国一城の主となった。
そして学園の女王として君臨し、いつもケンカばかりしていたフリュオリーネとはひとつ屋根の下で暮らす関係になり、こうして二人仲良く学園に戻ってきた。
こんな状況、夏休み前からはおよそ想像できなかったな。
「なあフリュ、学園では前と同じように毅然とした態度で堂々と振る舞ってほしい。もし平民落ちしたからとバカにする奴がいたら、俺が叩きのめしてやるから安心しろ」
「うふふ。アゾート様がそうお望みなら、そのように致しますわ」
明日からの学園生活に期待を抱きながら、フリュと二人、学園に足を踏み入れた。




