第63話 新たな婚約者
伯爵家に用意してもらった客間に集まり、さっきの交渉結果について話し合った。
「俺が男爵位とプロメテウス城をもらうのは本当のことなのか?」
「ああ。正直言っていつも僕のことをバカにする君にはくれてやりたくなかったが、もうこれは決定事項だ」
「領地をもらえるのは嬉しいが、あの城すごく汚いんだよ。まさかあれを掃除するのが俺になるとはな」
「昔、僕が住んでたんだ。君なんかにはもったいない城だが、伯爵に言われたので渋々お前にくれてやる。文句を言わずにありがたく受け取るがいい」
そのほかの処遇は以下のようになる予定。
ゴダード子爵 爵位はそのままに所領を獲得
モジリーニ男爵 子爵に昇爵して所領を獲得
フェルーム騎士爵 子爵に二階級昇爵して所領を獲得
メルクリウス男爵家を新設。要塞プロメテウス城とその城下町を所領とし、アウレウス伯爵配下へ転籍。
フェルーム家は男爵位への昇爵がすでに決まっていたが、今回の武勲に加えてアウレウス公爵家の名誉をサルファーに代わって回復したことで、子爵への2階級昇爵となった。
この昇爵については、王国で行われる秋の叙勲式で正式に発効される。
また各騎士爵家にも活躍に応じて所領が与えられた。
一方、反乱を起こしたフォスファーは、配下のアラモネア子爵、スキュー男爵と共に領都広場での公開処刑が決まった。
それ以外にもアラモネア子爵家、スキュー男爵家、サラース男爵家の3家は取り潰しとなり、本家と分家の男性は騎士学園入学前の幼少の者を除き全員処刑。女性は全員平民に落とされ、修道院に送られることとなった。
一度に多数の貴族家が取り潰されたため、領内の修道院は収容人数を大幅に超え、他領やシリウス教国の修道院へと散っていくことになるらしい。
それ以外の騎士爵家も取り潰されはしたが、当主を含めた魔力保有者はサルファー派のいずれかの貴族家に忠誠を誓えば赦免されることとなり、魔力を持っていない者は貴族の身分を剥奪され平民として生きていくこととなった。
だがここで衝撃の事実が俺に叩きつけられる。
なんと俺が独立してメルクリウス男爵となったことで、フェルーム子爵家次期当主となったセレーネとの結婚ができなくなり、俺たちの婚約は解消されてしまったのだ。
「サルファー! てめえが余計なことをしてくれたせいで、セレーネとの婚約が解消されてしまったじゃないか!」
「それはすまないと思っているが、口の利き方を何とかしたまえ。とても主君に対する態度ではないだろう」
「うるせえ! お前はもう俺の主君でもなんでもねえだろうが! お前の罪を贖うためにこの俺をアウレウス伯爵に売ったのをもう忘れたのか!」
「うっ、そうだったな・・・」
「じゃあアゾートの婚約者は私でいいじゃない!」
ネオンがうきうきした顔でダリウスにおねだりしている。そしてダリウスは、
「ああ構わんぞ」
「やった!」
「ちょっと軽々しく決めないでくれよ! なんで俺の婚約者がセレーネからラスカル野郎に変わるんだよ!」
俺がすかさず文句を言うとサルファーが調子に乗って、
「まあまあアゾート、ネオンもセレーネ似の美少女だし良かったじゃないか! 僕はキミたち二人の婚約を心から歓迎するよ。そして僕の愛するセレーネがフリーになったことだし、これほどめでたいことはない」
「てめえ! やはりそれが狙いだったな!」
「まあまあ落ち着けアゾート。それでもサルファーにセレーネはやらん。アイツはフェルーム子爵家の次期当主だし、それでなくてもこんなバカに娘をやる気にはなれん」
「ダリウス・・・キミも主君を敬おうとする気持ちが1ミリもないようだな」
「お前に尊敬できる要素が1ミリもないからだよ! 父上のボロンブラーク伯爵は大変な人格者なのに、どうしてその息子はどちらもダメダメなんだ。お前の目付役を頼まれてなかったら、とっくに見限ってたわ!」
「うぐっ・・・」
「まぁ、あのフォスファーに比べればお前はただの恋愛バカだし、セレーネさえ絡まなければわりとマシな男ではあるがな」
「いや俺はそうは思わない。このバカはどうせすぐに別の騒動を引き起こすだろうからな」
「いい加減にしろアゾート! この僕がアージェント王国の貴族としてのマナーを貴様に叩き込んでやる!」
「うるせえ、バーカ」
◇
交渉も意外と早くまとまり、次の日には領地へ帰還することになった俺たち。
アウレウス伯爵との戦後処理は終わっても、今度は領内のゴタゴタを片付けなければならないからだ。
当然だが帰りはアウレウス騎士団の随行はなくなり、護衛はサルファー騎士団のみ。
一方アウレウス公爵家を絶縁されて平民になったフリュオリーネは、侍女として俺が雇うことなり一緒に連れていくことに。
それでもボロンブラーク騎士学園には卒業まで通えるようアウレウス伯爵の方で手配してくれている。
「姫様お元気で。どうかお幸せに」
フリュオリーネとの別れを惜しむ使用人たちの姿を見て、学園での彼女の姿はなんだったのかという気持ちになるが、名門貴族家としての威厳や体面を保つためにことになんの価値があるのか、俺は未だに理解できていない。
「帰りはちゃんとした馬車がなくて悪いな」
王都を出て街道を隣同士で馬を走らせるフリュオリーネに俺は話しかける。
「平民のわたくしが馬車に乗るなんてとんでもございません。馬でももったいないのに」
フリュオリーネが恐縮している。
「いやいや、いきなり平民になったって言われても違和感しかないし、俺だって急に割りきれるものじゃない。いつものように話してもらわないと調子が狂ってしまう」
「ではどのように話せばよいのでしょうか」
「そうだな・・・テラスで俺を平手打ちした時みたいに、悪役令嬢のような話し方の方がまだマシだよ」
「あの時はその・・・ごめんなさい」
「とにかく身分とか意識せずに、何でもいいから令嬢っぽくしていてくれ」
「ですがわたくしはもう令嬢ではございませんし、今後は侍女としてアゾート様の執務をお手伝いすることになりますので」
「執務のお手伝いか・・・確かに俺も男爵になったし領地運営をしなくちゃならないから君の存在は本当に心強い。期待してるぞ」
「はい! かしこまりました」
そう言って笑顔を見せるフリュオリーネは見惚れてしまうほど美しい。
非の打ち所のない完璧な容姿から、内に秘めた知性が溢れ出している。
クールビューティー。
言うなれば美人すぎる秘書、いや女経営者か・・・。
そう。やはり彼女は俺の侍女なんかで終わる人間ではなく、自らの意思で行動する一人の貴族であるべきなんだ。
「俺が必ず君を貴族に戻してやる。だからもう少しだけ待っていてくれ。約束だ」
「え・・・このわたくしを」
俺がそう言った途端、フリュオリーネの顔が真っ赤になって危うく落馬しそうになるほど狼狽していた。
すぐに体勢を立て直した彼女だったが、顔をうつむいたままコクンと頷いた。
「承知しました・・・わたくし、その時が来るのを心待ちにしております・・・」
「おう! 楽しみにしていてくれ」
やはり喜んでくれたが、なぜかさっきまでのクールビューティーさが彼女から消え、頭から湯気が出ているような変なリアクションに変わってしまった。
そこへネオンが馬で近づいてきた。
「ねえフリュオリーネ。あまり私の婚約者と馴れ馴れしくしないでくれる?」
「おいネオン、あの話は断ったはずだが」
「え、婚約者ってどういうことでしょうか?」
俺はネオンを追っ払おうとしたが、フリュオリーネが不思議そうに俺に尋ねる。
「秘密にしてたんだが、実はネオンは女なんだ。当主ダリウスの命令で男装して学園に通ってたんだよ」
「まあ、そうだったのですね」
ビックリした顔を見せるフリュオリーネに、ネオンが得意げに話す。
「アゾートが男爵家の当主になっちゃったから、次期子爵家当主のセレン姉様とは結婚できなくなって、婚約が解消されちゃったの」
「まあ・・・」
「それで代わりに私がアゾートの婚約者になるって立候補したら、お父様の了解が得られたのよ」
「それはおめでとうございます」
穏やかな笑顔でネオンと話すフリュオリーネだったが、俺はまだ何も納得していない。
「その話はその場できっぱり断ったし、急に婚約解消だと言われても「はいそうですか」と納得できるわけがない。ていうか、お前が次期子爵家当主になれば俺はセレーネと結婚できるんだし、そうしろよ」
「なんで? どうして私と結婚するのがそんなに嫌なの?」
「だってお前、男みたいじゃん」
「・・・わかった。じゃあ新学期から女子として学園に通う。そして髪も伸ばす」
「アホか! 男装は当主命令なんだし、そんな勝手が許されるわけが」
「男装は学園に入学するまでで、お父様からは女子として学園に通ってもいいって言われてた。男装は私が勝手にしていたことだから、何の問題もない」
「ウソだろ・・・お前やることがメチャクチャだな! それに今さら男装をやめるなんて無理だ! お前の親衛隊はどうするんだよ!」
「みんななら分かってくれるよ」
「いやそんな軽々しく言われても・・・イテテテ胃が、俺の胃が」
◇
王都を出発して1週間。
順調に旅程を終えた俺たちは、無事プロメテウス城に帰還した。
共に戦った多くの者はすでに自領に戻っており、まだ城に残っていたのはフェルーム騎士団のみだった。
ダリウスとサルファーは、ダイニングホールに主だった者たちを呼び集め、夕食をとりながらの結果報告を行った。
「ほう、アゾートは男爵になってここの領主になるのか。すると俺たちはどうなるんだ」
父上が感心しながらも、自分たちの処遇をダリウスに尋ねる。
「ロエルは今のままフェルーム領で暮らしてもいいし、アゾートと共にここプロメテウス領に移り住んでもいい。どちらか選べ」
そう言うと俺は、
「俺はできれば父上たちと一緒に住みたい。正直言って俺一人で領地を治める自信がない」
「・・・それもそうだな。じゃあ俺たち家族は全員アゾートと一緒にここに移り住むよ」
家族が一緒にプロメテウス城に住むことになった一方、セレーネが不安そうにダリウスに尋ねる。
「私はどうなるの?」
「お前はそのままフェルーム子爵家次期当主となる。そしてアゾートとの婚約は解消する」
「えっ?」
ダリウスから婚約解消を告げられてショックを受けたセレーネは、少しうつむいて、それから俺の方を見て言った。
「・・・そっか、なんか寂しいね。子供の頃からアゾートが婚約者なのが当たり前で、それが急に解消されて、もうアゾートとは何の関係なくなって・・・そんなの・・・」
当主命令を何とか受け入れようとしたセレーネだったが、頬に一筋の涙がこぼれ落ちると、ひとり部屋から飛び出してしまった。




