第62話 真の勝者
アウレウス伯爵の提示した条件は俺の身柄を引き渡すこと。
サルファーは条件を飲んでもいいかフェルーム家当主の顔色をうかがったが、ダリウスはため息を一つ吐くとサルファーに代わってアウレウス伯爵に答えた。
「それはできない」
「なぜだ」
「その新兵器の開発者は我が娘セレーネの婚約者であり、将来我がフェルーム家を率いていく者だからです」
ダリウスの答えに、伯爵は酷薄な笑みを浮かべる。
「娘から話を聞いている。そこにいる者であろう」
アウレウス伯爵が俺に視線を向ける。既にフリュオリーネから報告を受けていたようだ。
ダリウスもここでとぼけるのは無駄と判断。
「左様でございます」
「ではこの男をそなたの娘の婚約者から外し、私に忠誠を誓わせるのだ。さすれば我が娘フリュオリーネとの婚約を破棄したサルファーの無礼については帳消しにしてやる」
つまりサルファーの愚行の責任を全て俺に押し付け、サルファーは罪を許されるということだ。
これにはダリウスも真っ赤な顔で激怒し、それを見たサルファーが真っ青になって慌てて話を引き取る。
「ここここ今回の内戦において彼は最大の武勲者。そんな彼に栄誉で報いるのが伝統ある我が王国貴族の道理。これは閣下と言えど決して蔑ろにはできますまい。ですが彼をアウレウス騎士団に入団させてしまうとその多大なる武勲に報いることができません」
「ほう。では彼にどのような褒賞をもって武勲に報いるつもりなのか」
「まだ正式には決まっておりませんが、今回の内戦で処分される貴族家の爵位がいくつか余ります。その一つを所領と共に与えるつもりです」
・・・え? そんな話初めて聞いたが。
これは交渉上の駆け引きなのか?
「具体的には?」
「彼には男爵位の授与と所領を一つ」
それを聞いたアウレウス伯爵が何かを考えているようでしばらく黙り込んだ。そして、
「では我が騎士団への入団ではなく、男爵位を得た彼がそなたではなくこの私を新たな主君として忠誠を誓わせるというのでどうだ。同時にここにいる全員が我がアウレウス派に加わること。これが和解の条件だ」
そんな提案にサルファーとダリウスがこそこそと相談を始めた。まさかこんな無茶な要求を飲むつもりじゃないだろな。
だがアウレウス伯爵には勝算があるようで、ニヤリと笑うとダメ押しの一言を放った。
「先ほど領地割譲の提示のあったプロメテウス城だが、彼の所領にするなら領地割譲はなしにしてやってもよい。ついでに領地ボロンブラークの占領も解いてやろう」
「わかりました。謹んでその提案をお受けいたします」
コイツら、俺を売りやがった!
「よろしい。では次に貴様らが汚してくれたアウレウス公爵家の名誉についてだが、まずは我が娘フリュオリーネに対して申し開きがあればのべよ」
これはどう考えても100%サルファーが悪い。俺の婚約者に横恋慕した上に、何の非もないフリュオリーネとの婚約を破棄したのだから。
サルファーの奴、一体どう言い訳するつもりだ?
額に汗を流しながら何も言葉の出ないサルファー。しばしの沈黙を経た後、おずおずと言葉を紡ぎだした。
「・・・もし許されるなら、もう一度この私と婚約させていただければ」
その瞬間、アウレウス伯爵がテーブルを叩いて激怒した。
「許されるわけがないだろう! 貴様はどこまで我が公爵家と娘を愚弄する気なんだ! 一度婚約破棄をしておいて、都合が悪くなると婚約を結びなおす。そんなバカな話があってたまるかっ!」
アウレウス伯爵が怒るのも当然だ。
「よく理解できていないようだが、今の貴様の答えは我が娘だけでなくアウレウス公爵家の名誉まで貶めているのだ! 当家の名誉は重いぞ。本来ならボロンブラーク伯爵家の爵位返上まで求めるところだが、今回は我が派閥への参加があるので勘弁してやっているだけだ!」
「うぐっ・・・」
「まあいい。貴様を伯爵位に留めおく代わりに我が娘を切り捨て公爵家の名誉を守る。これはボロンブラーク伯爵家への大きな貸しとなるぞ」
「・・・はい。誠に申し訳ありませんでした」
サルファーが肩を震わせながらアウレウス伯爵に謝罪したが、聞き捨てならない言葉に俺は伯爵に尋ねた。
「娘を切り捨てるってどういうことです」
「フリュオリーネはアウレウス公爵家とは何の関係もない人間になったということだ。我が家門を名乗ることが許されず、これからは平民として生きていくことになる」
「ちょっと待ってください! このバカの愚かな行為のために、どうしてフリュオリーネが犠牲にならなければならないのですか!」
俺の言葉にサルファーが思いっきりこっちを睨みつけてきたが、そんなの無視して話を続ける。
「本当に平民に落とすべきは全ての発端であるサルファーのはず。そしてフリュオリーネは完全に被害者なんです。罰すべき人間が逆なんだ!」
「今しているのは、個人を罰する話ではなく家門の名誉をどう守るかの問題。そして我が派閥の権勢ためにはこれが一番いいのだ」
「それは違う! 彼女は貴族としてその能力を発揮させた方が王国のためになるし、そのメリットは計り知れない。それを家門や派閥のような小さな枠で捉えるべきではない!」
そんな俺の主張を、アウレウス伯爵はただ酷薄な笑みを浮かべて聞いている。
「フリュオリーネは魔力が騎士学園で一番強く戦闘力が高いのは言うに及ばず、軍略にも明るく騎士団を与えたら無双状態。しかも一切の感情に流されず、客観的な思考ができて判断も的確。様々な学問に精通して魔法の知識も右に出る物がいない。そんな彼女を平民に落としたら、どうやってそれを王国のために活かすことができるのでしょう」
俺のこの言葉にもアウレウス伯爵はただ笑みを浮かべて、あっさり切り捨てた。
「おそらくできまい。娘はこれから平民として生きるしか術がなく、我が王国の役には立てないだろう。修道院でその一生を終えることになるのだからな」
「だから平民にするのはやめて貴族としてその力を活かすべきだ! 名誉の回復なら別の方法を考えるべきでしょうが!」
「貴族の名誉はそう簡単に回復できるものではない! 王国貴族を従わせるには我がアウレウス家の権威を維持することが絶対の条件。ゆえに我が娘を失ってでも守られるべきは我が公爵家の名誉であり、それがアージェント王国の秩序維持につながるのだ!」
そう、今アウレウス伯爵から語られた言葉は、以前フリュオリーネから聞かされた理屈と全く同じだ。
言ってることは理解はできなくもないが、俺とは価値観が違いすぎて到底受け入れることはできない。
だがアウレウス伯爵は話を続ける。
「そんなに我が娘の能力がもったいないと言うのであれば、そなたが後見人となればよかろう」
「・・・後見人? それはどういうことでしょうか」
「そなたが侍女として雇うなりして我が娘を引き取り、そなたを通じて娘の能力を王国の発展に繋げる」
「・・・なるほど。それならひとまずは俺が引き取りますが、フリュオリーネは王国の第一線で活躍すべき人材。彼女の貴族としての地位をこの俺が必ず回復して見せます!」
俺がそう言うと、みんながギョッとした目で俺とアウレウス伯爵を交互に見ていた。何かまずいことでも言ったのだろうか。
だがアウレウス伯爵だけは表情を変えず、
「そなたの考えは分かった。もう縁を切ったただの平民だが、我が娘をよろしく頼む」
◇
その後も会談は続き、話し合うべきことも大方ケリが付いた。
「我がアウレウス公爵家の名誉も守られたし騎士団への補償の問題も解決した。もう話すことは何もないが、一つだけ確認したい」
「何でしょうか」
サルファーが不安そうに尋ねると、アウレウス伯爵がニヤリと笑った。
「アゾート・フェルームが男爵位につくという話だが、家名はもう決まっているのか」
「家名ですか・・・いえ、そのままフェルームを名乗ればよいと考えてますが」
「フェルーム家が二つできるのは紛らわしい。だったら彼にメルクリウスを名乗らせてみてはどうかな」
「・・・メルクリウスですか?」
「そうだ」
このアウレウス伯爵の提案に、ここにいる全員の頭上にはてなマークが浮んでいる。それを見た伯爵が「なるほど」と一言呟くと、
「そなたらは知らぬのだな。このメルクリウスという名は王都でわりと有名でな。面白いから名乗らせてみるとよい」
クククと笑うアウレウス伯爵に、彼に臣従することになった俺は異を唱えるすべはない。
「主君からの命令として承りました。是非もありません」
「うむ。それから我が娘のことだが、もしそのまま学園に通わせるならそなたが後ろ盾になってほしい。口さがない者もいるので、縁を切ったとは言えさすがに忍びないのでな」
「もちろんです。フリュオリーネのことは俺が全力で守りますので、どうかご安心を」
「よかろう。では学園への手配はこちらでしておくので、会談は以上だ」
こうしてアウレウス伯爵との交渉は終わった。
終始伯爵のペースで、きっと着地点も伯爵の思惑通りだったのだろう。だが俺たちにとっても悪くない決着だったはず。
全員が立ち去って二人だけになった応接室で、アウレウス伯爵はザッパー男爵に話しかけた。
「フェルームという家名はまるで聞いたことがなかったが、フリュオリーネやお前からの報告、そして同席していたネオンという娘の容姿を見て確信した」
「閣下、ネオンは男ですが」
「あれは女だよ」
「女・・・ですか?」
「ああ。なぜならフェルーム騎士爵家とは失われた一族、メルクリウス家の血を引く者たちだからだ」
「メルクリウス家?」
「左様。公式の歴史からは抹消されているが、かつて我がアージェント王国を揺らがした政変の結果、亡国の反逆者として弾圧された一族。類いまれなる戦闘力と特殊な技能を持ち、メルクリウス家の血を色濃く残す女は必ず白銀の髪に赤い目をして生まれて来たと伝えられている」
「そんな話が・・・では、あのおとぎ話に出てくるメルクリウスとは違うのですか?」
「あれは史実を隠すためのカムフラージュ。これはアージェント王家と我ら公爵家しか知らないことだが、とんでもない宝が向こうから転がり込んできたな。まさか我が家臣にメルクリウス家の末裔が加わることになるとは」
「では始めからそのつもりで会談に臨んでいたと」
「そうだ。ボロンブラーク領を攻め滅ぼしたとて、その後の領地運営にはそれなりの手間暇がかかり面倒なものなのだ。今回は騎士団に多少の損失は出たものの、ボロンブラーク伯爵家を派閥に取込み恩まで売れて、何よりメリクリウス家の血を色濃く残す末裔が領地と城付きで我が配下に加わった。これならボロンブラーク伯爵家を取り潰すより遥かに大きなプラスになるではないか。それにな・・・」
それ以上は何も言わなかったが、アウレウス伯爵はさきほど初めて見た愛娘フリュオリーネの穏やかな笑顔を思い出して、図らずも彼女と同じ表情をしていた。
この日。
24日間に及ぶ第2次ボロンブラーク内戦は、ボロンブラーク伯爵家とアウレウス伯爵家との和解成立により、正式に終結を見た。
この戦いの真の勝者は果たして誰だったのか。
労せずして多くのものを手に入れたアウレウス伯爵なのか、そのアウレウス伯爵の配下とはなったが爵位と領地を手に入れたアゾートなのか、貴族の地位を失ったが本当の自分を手に入れたフリュオリーネなのか。
現時点でそれが分かるものは誰もいなかった。




