第61話 王都アージェント
「眠ったのか」
「ああ。よほど辛かったんだろうな。今は泣き疲れて眠っているよ」
「そうか・・・だがお手柄だぞアゾート。これで俺たちは生き延びることができる」
俺たちは今、今後の方針を決めるために、プロメテウス城の大広間に集結している。
集まったのはサルファーとその配下の各貴族家当主。そして金星を上げたフェルーム家からは当主夫妻と俺の両親。そしてセレーネ、ネオン、俺だ。
「我々には3枚のカードができた。フリュオリーネ、フォスファー、スキュー男爵の3人の身柄だ」
「これで領都ボロンブラークの解放とフォスファー派の処分、アウレウス伯爵との和議を求めよう」
「あとは賠償額や領地の割譲など交渉次第の所もあるが、爵位の整理もあるし決めることは山ほどある」
「交渉事だから最後まで気を緩めずにしっかりやるぞ」
大人たちが真剣に話し合っているが、この戦争もいよいよ終わりに近づいたということだろう。俺は、
「それでその交渉はどこでするんだ」
「アウレウス伯爵との交渉だから、王都アージェントに決まってるだろ」
「そうか。色々と時間がかかりそうだが後の事はよろしく頼む。戦争も終わったし俺はそろそろ自由にしてもいいか。まだ夏休みだし、友達からダンジョンに誘われてるんだよ」
「アホか! ダメに決まってるだろ! 俺たちのカードは3枚ともお前の手柄だし、その本人が交渉に行かずにどうするんだ、このバカ!」
「はあ? 頑張ったんだから後は自由にさせてくれよ・・・」
どうやら俺は戦後処理までしないと解放してもらえないらしい。サルファーのバカのせいで、せっかくの夏休みが台無しだ。
8月20日(光)晴れ
プロメテウス城にアウレウス騎士団が到着した。
フォスファー軍の貴族たちの身柄の拘束と騎士団の解散のために時間がかかったようで、アウレウス騎士団のうち1000騎が王都アージェントへの帰還を果たす。
フリュオリーネはもうすっかり回復し、ザッパー男爵に身柄を引き渡すとアウレウス騎士団に保護されていった。
そして俺たちもこれから王都アージェントに出発することになるが、ここプロメテウス城から王都までは片道7日間の行程となる。
なお俺たちの陣営からはサルファーと各貴族家の当主、そして今回の殊勲者である俺とネオンの二人がサルファー騎士団100騎の護衛を伴ってアウレウス騎士団と馬を並べることとなった。
8月27日(光)晴れ
王都までの7日間は特に何事もなく過ぎ去っていった。
俺とネオンは今回の戦いで魔力不足を痛感していた。単独ではフォスファーに攻撃が通らなかったことを反省してのことである。
道中時間があったので、フリュオリーネが持っていた魔術具を借りて学園で教わった魔術の訓練を行った。
アウレウス騎士団には彼女専用の豪華な馬車が用意されており、俺たちはその馬車に同乗して色んな呪文を教えてもらった。さすがは4属性持ちである。
フリュオリーネもすっかり性格が丸くなって、もはや氷の女王と言われていた頃の面影はなく、憑き物が落ちたように朗らかな笑顔を見せている。
仲良くなった俺たちは今回の戦いでフォスファー軍全体の指揮をフリュオリーネが一人でとっていたことを聞かされ、マジで驚愕した。
今回の内戦を観想戦のように3人で振り返ってみたのだが、話を聞けば聞くほど彼女の方が明らかに俺より一枚上手だった。
俺はフォスファー軍をスカイアープ平原に誘導して大砲の前に上手く誘い出したつもりだったが、フリュオリーネは俺の仕掛けた罠を全て看破し、その後は常に先手を取って堂々たる布陣で領都ボロンブラークを占領した。
さらにそこからの反転攻勢で俺たちの友軍が各個撃破され、包囲殲滅させられて行く一部始終を聞かされたからだ。
もしフォスファーがフリュオリーネを監禁せず、彼女がそのまま指揮を執り続けていたなら、とっくの昔にフォスファー軍の勝利に終わって、俺たちの生首が領都ボロンブラークの広場にさらされていたのかもしれない。
今回は愚かなフォスファーの失策に助けられたが、まさに幸運が味方したギリギリの勝利だったということだ。
そしてこの世界の貴族社会が実に危険だということを、改めて痛感した俺だった。
そんなこの道中のことを思い返しているうちに、俺たちサルファー騎士団が王都アージェントの巨大な城門を通過した。
アージェント王国の首都にして最大の都市。巨大な城壁に囲まれた中には何十万人という人々が暮らしている。
王都の中心には巨大な王城がそびえ立ち、その周りを貴族たちの館が取り囲んでいる。
この貴族街には王都の各種機関や国教であるシリウス教の大聖堂などが建ち並び、観光するだけでも1週間はかかりそうなほど広い。もちろん冒険者ギルドもさぞや大きいだろうな。
俺たちサルファー騎士団はアウレウス騎士団とともに王都の城門をくぐり抜けると、王城へとつながる大通りを真っすぐ北に進んで行く。
城壁近くは庶民が暮らすエリアで、みすぼらしい建物が軒を連ねていたが、馬車が進むほどに建物が立派になっていき、貴族街に入るとゆったりとした豪邸がズラリと並んでいる。
俺たちが目指すアウレウス伯爵家はその中でもひときわ大きく立派な豪邸で、門を通過した後は広くて美しい庭園を通り抜け、ようやく屋敷の玄関に到着した。
その玄関前では、俺たちの到着を待っていた使用人たちがズラリと並び、フリュオリーネが姿を見せると全員が一斉にお辞儀した。
「おかえりなさいませ、姫様」
ザッパー男爵にエスコートされて優雅に馬車を降りるフリュオリーネが、使用人たちに軽く会釈して屋敷に入っていく。そして俺たちも彼女に続いて屋敷へと入っていった。
◇
その後応接室に通された俺たちは、そこで初めてアウレウス伯爵と対面した。
やせ型の体形に鋭利な顔つき。
酷薄な瞳が俺たちを鋭く見据える。
アウレウス公爵家は当主である兄のアウレウス公爵が表の顔とすれば、ここに居る弟のアウレウス伯爵が裏の顔と言われている。
というのも、アージェント王国で最大の権勢をふるうアウレウス派において、謀略を含む裏工作を駆使して貴族間の権力闘争や利害調整を水面下で取り仕切る最高の頭脳が、今俺たちの目の前にいる宮廷貴族アウレウス伯爵だからだ。
恐っ!
よくそんな人物を敵に回そうと思ったよなサルファー。お前こそが正真正銘の恋愛バカだ。
そして今なら分かる。サマーパーティーの話を聞いて血相を変えたうちの当主のその時の気持ちを。
この国で一番敵に回したらマズイ人物と戦う羽目になったのだから、生きた心地がしなかっただろうな。
そしてそんな恐ろしい人との間で、俺たちの命運をかけた戦後処理がこれから始まる。
広い応接室のソファーに全員が腰を落ち着けた所で、俺の方を見たアウレウス伯爵が少し驚いた顔で「ほう」と一言つぶやいた。
あれ? 今の反応はなんだろう。
だが誰も気にすることなく、すぐに会談が始まる。
その冒頭、サルファーとザッパー男爵の二人から今回の内戦についてそれぞれの立場からの事実関係と戦況の流れを説明。
その全てを静かに聞き終えたアウレウス伯爵がしばし黙考すると、サルファーに向き直って問いただした。
「今回の件で娘のフリュオリーネとアウレウス公爵家の名誉を汚し、我が騎士団に損害を与えたことについて、そなたはどのように償うつもりかな」
「賠償金の支払いと所領の一部割譲を考えています」
そしてサルファーから賠償金の額と割譲予定の所領についての提示がなされ、それに対するアウレウス伯爵から要求が伝えられる。
だがそれを聞いたサルファーは顔を青くして額に冷や汗を流した。
おそらく両者の間にはかなりの開きがあったようで、サルファーが必死に弁明する。
「我が領地は内戦続きで財政が厳しい上に、領土が荒廃して税収もあまり見込めません。賠償額の不足分は領地の産品を当てることでご容赦いただきたい」
サルファーは産品のリストを提示。だが、
「話にならんな。貴領に何か希少な農作物や鉱石があればまだしも、我が領地で生産できるものとさして大差のないありふれたものばかり。不要だ」
落胆するサルファーにアウレウス伯爵がニヤリと笑った。
「だがこのリストにはないものであれば考えてやらんこともない。大砲といったかな。またそれと同じ原理で動作する小型の射出兵器も含めて、今後毎年一定数を納入するというのであれば要求に応じてやらなくもない」
「ですがあれは誰にでも扱える兵器ではなく、しかもすぐに大量生産できるものでもないのですが」
だがアウレウス伯爵の要求は至極まっとう。今回の戦いで銃や大砲の威力を目の当たりにしたのだから、この要求は想定内。
「ではそれらの武器の製造者をこちらに引き渡してもらえればよい」
「引き渡すというのはどういうことでしょうか」
「私に忠誠を誓わせ、アウレウス騎士団に入団してもらう」
え? 俺、アウレウス騎士団に入るの?




