第58話 真夏のバカンス
8月16日(水)晴れ
中立領地ポアソン騎士爵領。つまりマールの実家のお世話になって今日で3日目の朝だ。
そして俺たちは今、浜辺に面したテラスで朝食をいただいている。
朝の爽やかな風が頬を優しく撫で、潮の香りが鼻腔をくすぐる。まだ陽射しはそれほど強くはなく、穏やかな光がテラス全体を包み込んでいる。
一昨日の夜遅くにマールの実家に転がり込み、転移酔いやら連日連夜の戦闘の疲れやらで昨日は全く使い物にならなかった俺たちだったが、ようやく落ち着いてフェルーム家からの連絡を待つ体制ができた。
「どう? お口に合うかしら?」
マールの母上のポアソン夫人が俺たちに用意してくれた料理はマジでおいしい。
そして夫人はマール似のほんわかして優しげな美人さんである。
「「「とてもおいしいです!」」」
ネオン親衛隊が明るく返事をする。
「まあ、それはよかった。みんなたくさん食べてね」
「「「はあい!」」」
ポアソン夫人が頬に手を当てて優しくほほ笑むと、父上のポアソン騎士爵も本当に嬉しそうな笑顔を見せている。
「あの内気なマールが、こんなにたくさんのクラスメイトを我が家に招待するなんてな。夏休みなのに家にも帰ってこないし何をしているのか心配だったが、こうして元気な顔を見せてくれて父さんは本当に嬉しいよ」
するとポアソン夫人もホワホワした笑顔で頷く。
「ここに居るのはクラスの女子全員だそうよ。それに素敵な男の子を二人もつれてきて。ねえマール、あなたどっちを狙ってるの?」
「お母様! 今その話をするのはやめて!」
「でも昨日は楽しそうに話してたじゃない。クラスに気になる男の子がいるって」
「え? そうなのかマール。それならそうと、父さんにもちゃんと紹介しなさい」
朗らかな雰囲気のご両親とは対照的に、今の言葉で俺たちの間にただならぬ緊張感が走った。
(・・・マールめ。この機会にネオン様との既成事実を作ろうとしているなんて! 私たちが絶対に許さないから!)
そんなネオン親衛隊の心の声以外にも、セレーネとネオンが警戒感をあらわにする。
(この子、まだ私のアゾートを狙ってたのね!)
(アゾートめ・・・下手なこと言ったら足の甲を思いきり踏み抜いてやるんだから!)
(ちょっと待ってくれポアソン夫妻、朝っぱらから何て話題を持ち出すんだよ。さてどうやってこの場から逃げ出すか・・・)
まだ疲れが残っているのか、胃がキリキリと痛み出した俺は、
「なあマール、頼むからこの雰囲気を何とかしてくれ。俺の胃がもたないよ」
俺が小声でマールに文句を言うと、
「そんなの私に言わないでよ。お母様はいつも余計なことを言うし、私だって困ってるんだからね」
「マールに気持ち何となく分かる。じゃあ、なんか別の話題に変えようぜ。女子が飛び付きそうなやつ。頼むよマール」
「女子の好きそうな話題か。そうね・・・うーん」
マールは必死に頭をひねり、いかにも女子が喜びそうな話題を考える。
そして自分も女子だから、自分がやりたいことをそのまま言えばいいことに気づいた。
「そうだ! 今日は天気もいいし、海で泳ごうよ!」
「「「きゃーーっ、やったあ!」」」
空気が一変し、さっきまでの張りつめた空気が一瞬でリゾート感溢れるトロピカルな空気へと入れ換わった。
「それがいい。来客用の水着がたくさんあるし、みんな好きなのを選びなさい」
マール父がノリノリだが、本当にこれが正解だったのか?
◇
青い空、白い砂浜、打ち寄せる波、渚で遊ぶ少女たち。
俺たちはまだ戦争中なのに、俺はここで何をしてるんだ?
突然の超展開に頭が付いていけてない俺の隣では、制服を着たまま「ブスーッ」とふて腐れているネオンが座っていた。
「・・・私も泳ぎたかった」
「いや、普通に無理だろ」
「フン!」
「そもそも男装して学園に入学するやつが悪いんだ。バカだなネオンは」
「だって・・・アゾートと一緒に居たいし」
「「「ネオン様あっ!」」」
何かを言おうとしたネオンの元に親衛隊のみんなが駆け寄ってくると、ネオンを取り囲んで砂浜の方に連れて行った。
ボールを持っているし、どうやらビーチバレーでもするらしい。
「アゾート、一緒に泳ご」
後ろから声がしたので振り返ってみると、そこには白いビキニの水着を着たセレーネが、少ししゃがんで右手を差し出していた。
俺より一つ年上の彼女は大人の女性のような見事なプロポーションをしており、俺はどこに視線を向ければいいか分からず挙動不審になってしまった。
「お待たせアゾート、早く泳ご」
別の声に助けられて視線をそちらに振り向けると、マールが手をふりながらこちらに駆けて来るところだった。
砂浜を走るピンクのビキニを着たその姿は、いつもは少し子供っぽいマールからは想像もできないほど、大人の魅力を惜しげもなく俺に披露していた。
そう。セレーネとはタイプこそ違えど、マールもかなり俺好みの美少女なのだ。
目のやり場に困って視線がさまよう俺の手を、二人の美少女が片方ずつ引っ張りあげて俺を海に連れ出した。
楽しい。
波打ち際で水のかけあいっこをしながら、俺はふと思った。
これが水着回か。
前世の深夜アニメでは、第8話あたりで突然挿入されるテコ入れのための回。
俺もよく目の保養をさせてもらったお約束のシーンではあったが、実際に体験すると恐るべき破壊力がある。
しかしなんだろう、楽しさと同時に湧き上がるこの不安な気持ちは。
楽しい気分になるほど、その反動なのか後ろめたさも半端なく強くなる。
そしてよくわからないが、俺の脳裏に誰かの嘆き声が聞こえる。
地の底の監獄で誰かが恨めしそうに俺の名を呼んでいるのだ。
俺はその原因に思い当たると、
「あのさマール」
「なあに?」
「学校が始まっても、モテない同盟にはこの事は内緒だぞ」
「うんわかった」
これでひと安心だ。学園に戻れる可能性は極めて低いが、危険な芽はあらかじめ摘んでおくに越したことがない。
そう。あらゆる事態を想定して戦いを有利に進めていくのが、この俺の流儀。
知将と呼んでもらって構わない。
仮に学園に戻れたとしても、オタサーの姫であるマールさえ押さえておけば、他の女子との接点のないあいつらにこのパラダイスのことを知られることはない。
「勝ったな」
「おーい、アゾート!」
だが突然、このパラダイスに似つかわしくない野太い男の声が遠くから聞こえてきた。
誰だ、俺を邪魔するのは。
声の方を振り返った俺の目に移ったのは、騎士装束で「ガシャガシャ」と砂浜を駆けて来る父上の姿だった。
「父上!」
そうだ、俺はこんなことをしている場合ではなかった。知らないうちに俺は、灼熱の戦場からラブコメ空間に転移していたのだ。
俺は慌てて父に駆け寄った。
「どうしました父上!」
息を整えながら、父は一言こう言った。
「逆転のチャンスだ! 今すぐ帰ってこいアゾート!」
「!」
フェルーム騎士爵領は今頃、アウレウス騎士団に包囲されて絶体絶命のはず。そんな戦況から如何にして活路を見出したというのか!
「・・・ところでお前、随分と楽しそうだな」
「え?」
父上が俺のことをジトッと睨みつける。
俺は自分の恰好を見て、それから砂浜で「キャッキャウフフ」とはしゃぎまわる水着姿のネオン親衛隊たちを見た。
「・・・・・」
そして俺を追って砂浜をかけてきた二人の美少女が、呆れ顔の父上に声をかける。
「ロエル叔父様、ご無事で何よりです」
「セレーネ、お前までなんて格好をしてるんだ。それにマールちゃんまで・・・」
「ごめんなさいお義父様。これはセレーネさんやネオンを元気付けようと、私が提案したことなんです」
「うむ、ああ、いや・・・べ、別に怒っているわけではないのだが。それよりお義父様ってどういう意味だ、マールちゃん」
「・・・えへへ」
うっかり言い間違えたのか頬を赤く染めて照れるマールに、ギロッと父が俺を睨む。
俺はあわてて話を遮り、このラブコメ空間からの脱出を図った。そう、俺は急ぎ戦場へ戻らなければならないのだ。
「そんなことより急ぎましょう父上! 戦況は走りながら伺います!」
「そうだった! こうしてはおれん、早く行くぞアゾート!」
「セレーネは服に着替えて後から来てくれ。ネオンは俺についてこい!」
ビーチチェアにかけてあった制服をつかみ取って素早く着替えると、俺たち3人はポアソンギルドへと走った。




