第57話 ポアソン領へ脱出せよ
当主に呼ばれた俺は、セレーネとネオンを伴って執務室を訪れた。
「このフェルーム領は間もなくアウレウス騎士団に包囲されるだろう。戦況は最悪で我々が敗北する可能性が極めて高い。その場合、俺たちは首脳陣やその家族は全員処刑されることになる。普段は偉そうにしている分、貴族の末路なんて悲惨なものさ」
そうか、俺たちは処刑されるのか・・・。
こんなところで人生が終わるとは思わなかったが、逆転の目は本当にもうないのだろうか。
「だからお前たちだけでもここから逃がすことにした」
「え?」
「アウレウス伯爵との交渉次第で状況が変わる可能性はあるが、お前たちが成人するまでの保護を中立派貴族筆頭のフィッシャー辺境伯にお願いしようと思う」
「フィッシャーって、あのフィッシャー騎士学園のある?」
「そうだ。辺境伯の事だからたぶん悪いようにはしないと思うし、これから受け入れを打診してみるからその間はどこか中立の領地に身を隠しておいてくれ」
「俺たち3人だけ逃げるのか?」
「フェルームの血を残すためだ。アゾート、後をお前に託す」
◇
泣き崩れてしまったセレーネとネオンの二人を部屋に戻すと、俺はマールと相談するために街までやってきた。
マールはダンと共に俺たちを心配してフェルーム領にとどまってくれていたが、今の時間帯はシティーホールの隣の冒険者ギルド兼食堂にいることになっている。
ギルドに入るとやはり二人は、食堂のテーブルに座って他の冒険者たちと雑談をしていた。
「アゾート、こっちこっち!」
俺に気づいたマールが大きく手を振って手招きをしている。
だがここでは話せない内容だったので、俺は二人をギルドから連れ出すと宿屋のダンの部屋で事情を全て話した。
「そんなことになっていたのか・・・」
ダンが沈痛な面持ちを俺に向ける。
「それで相談なんだが、一時的にマールの領地に滞在できないかと思って。たしかポアソン家は中立派だったと思うが」
「もちろんいいよ。うちの両親は私のお願いは絶対に断らないし、大丈夫だよ」
「ありがとうマール。実はあまり時間がなくて、できれば今すぐ出発したい」
「わかった。アゾートとネオン、セレーネさんの3人だけでいいの」
「ああ。俺の両親はここに残らざるを得ないし、小さい子供たちは処刑されないように交渉が可能だそうだ。本家に血の近い人間は全員戦争責任を取らされることになるが、領民や騎士団のみんな、他の親戚の命が助かるなら仕方のないことらしい」
そう淡々と説明するが、俺は悔しさのあまり拳を握りしめていた。
「ネオン親衛隊のみんなは? 銃装騎兵隊はどうするの?」
「そうだな、親衛隊のみんなにも聞いて希望者は連れて行こう。銃装騎兵隊はフェルーム騎士団の兵員なので連れていくことはできないが、サー少佐は俺のクエストを受けてくれただけのただの冒険者だし戦争責任は問われないはず。俺たちについて来てもいいし、あの人強いから放っておいても自分で何とかするだろう」
その後、ネオン親衛隊やサー少佐にも事情を話してまわり、その後全員を連れて指令部のあるフェルーム本家に帰宅した。
そして今すぐ旅立つことを伝えると、両親と当主夫妻、サルファーに別れの挨拶をした。
「マールの好意で、ポアソン騎士爵領にしばらく滞在することにした。昼間はポアソン領の冒険者ギルドに居るようにするので、何かあったらギルドの転移陣を使って連絡してほしい」
「わかった。フィッシャー辺境伯との交渉はこちらで何とかするから、お前たちは元気で生き延びろよ」
「お父様、お母様さようなら・・・」
「アゾート、娘二人を頼むぞ」
ダリウスが俺の手を固く握って後を託すと、サルファーも申し訳なさそうな顔で俺に、
「こんなことになってしまって本当にすまなかった。僕の代わりにセレーネを幸せにしてやってくれ」
「あの決闘の時も思ったが、セレーネはお前のではなく俺の婚約者だ。わざわざ言われなくても、セレーネはこの俺が幸せにするつもりだ」
「すまない恩に着る・・・」
「いやだから、お前に恩を着せられる筋合いは・・・」
「アゾート、少ないけどこれを持ってきなさい。その子たちには必要でしょ」
サルファーとの会話をぶった切って横から口を挟んで来た母から渡されたのは、金貨と魔石が詰まった革袋だった。
「ありがとう。助かるよ母上」
魔力の少ないネオン親衛隊が遠くポアソン領まで転移するためには、これぐらいの魔石は必要になるかもしれない。
なにせ12人全員が付いてくることになったからな。
かなりの大所帯だけど、マールの実家は受け入れてくれるだろうか。
「時間が惜しいのでもう出発するよ。父上と母上も最後まであきらめずに、自分たちも生き残れる道を探してほしい。これは俺たち3人からの切なる願いだ」
「当たり前だ! ・・・じゃあ、お前たちも達者でな」
◇
両親たちとは屋敷で別れ、俺たちはなるべく目立たないように冒険者ギルドへ移動。そこから転移陣を使用して、プロメテウス城のある城下町の冒険者ギルドまでジャンプした。
ポアソン領まで一気に行ければいいのだが、かなりの距離があるため俺たちの魔力では無理。
しかたなく今日は中間地点にあたる城下町プロメテウスで一泊することにしたのだ。
「ねえねえ、この街ってどのあたりにあるの?」
マールはあまりこの周辺の地理を知らないようだ。
「ここはボロンブラーク伯爵の直轄領で場所は支配エリアの東端(N2E1)。騎士学園とはちょうど正反対の場所にあって、ここから先はソルレート伯爵の支配エリアになっている。だから境界線上のこの町は要塞としての機能もあって、王都へと続く街道も通っているから商業と貿易の町でもある。ちなみに街の中心にある城は元々サルファーのものだったが、数年前から誰も住んでいない」
今日はここで宿泊して、明日の朝早くポアソン領までジャンプする。それまでに魔力を十分回復させなきゃいけないし、まずは腹ごしらえだ。
冒険者ギルドの酒場で食事にありついた俺たち。
セレーネとネオンはずっと元気がなかったが、今の俺にはかける言葉が思いつかないのでそっとしておいている。
ネオン親衛隊のみんなは心配そうな顔でネオンをなぐさめているが、こういう時は女子の心遣いが本当に助かる。
マールもセレーネに寄り添ってくれているし、みんなが居てくれて良かったと心の底から思っている。
そしてサー少佐は結局俺たちとは行動を共にせずに、奥さんと二人でしばらく身を隠すことにしたらしい。
ダンはマールより魔力が弱く自力で移動できる距離が短いことから、今回は遠慮して同行せず自分の領地に帰っていった。
きっと落ち着いたら、マールの領地に遊びに来るだろう。
◇
食事も終わり、宿屋を探すために冒険者ギルドを後にした俺たち。
時間はもう夕方で、あたりも薄暗くなってきた。
今日一日でいろんな事があったが、朝起きた時はまさか、みんなを引き連れて他領に亡命することになるとは想像もしていなかった。
まだ身の振り方も決まってないが、俺がみんなを守って行かなければならない。気を引き締めなければ。
そう思ってメンバー一人一人の顔を見渡して、そこでふと気がついた。
何とここにはクラスの女子全員がいたのだ。みんなで騎士学園を辞めてフィッシャー辺境伯領に亡命する。つまり転校だ。
逆に言うと、夏休み開けの騎士クラスBはマールが唯一の女子生徒ということになる。
モテない同盟にはさぞや恨まれることだろうな、俺・・・。
「どけどけ邪魔だ! 道を空けろ!」
後ろから大声が聞こえたので、俺たちは慌てて道の端っこに寄って通り道を空けた。
すると街中なのにものすごいスピードで馬を走らせた騎士たちが、城へと続く往来を駆け抜けていく。
「隠れろ!」
俺たちは人ごみに紛れてこの騎士団をやり過ごすが、隊列の後方付近に見覚えのある顔を見つけた。
フォスファーじゃないか・・・。
なんであいつがプロメテウス城になんかにいるんだ?
フェルーム領を包囲していたのではなかったのか?
だがここで見つかると全てが終わるし、奴に見つかる前に早く出ていかなければ!
「みんな、今からもう一度転移陣を使ってポアソン領に向かおう。魔石が足りないから、みんなも有り金全部出してくれ」
いや、全部あわせてもまだ少し足りないか・・・。
「いや大丈夫だな。俺たち3人は魔石を使わず、マジックポーションで魔力を回復すればいい。そうすればこの金でなんとか行けるぞ」
「えええ、嫌だよ。もうお腹一杯でポーションなんか一滴も飲めない」
「こらネオン! 命がかかってるんだし文句を言わずに黙って飲め」
「おええええっ!」
俺たち手持ちのマジックポーションを全て飲み干し、持っていた魔石とお金を惜しみ無く全て使って、その日のうちにポアソン領へとジャンプした。




