第56話 フォスファーの乱心
8月12日(雷)雨
「姫様。フォスファー様が目を覚まされました」
「わかりました。すぐに伺います」
フォスファーの侍従から報告を受けたわたくしは、彼の容態を確認するため寝室に向かった。
「お身体の調子はいかがですか」
左腕に重傷を負い右腕と背中にも重度のやけどを負ったフォスファーは、野営地に戻ってからもずっと眠り続けて、先ほどようやく目を覚ましたばかりだ。
身体のあちこちには包帯がまかれ、その姿は痛々しい。
「フリュオリーネか。この僕を助けてくれたと聞いたが、ひとまず礼を言おう」
「礼には及びませんが、それよりお身体は大丈夫ですか」
「目は見えるようになったがまだ身体中が痛い。それより戦況はどうなっている」
「はい。今は積極的な交戦は行わず示威行動を続けながら援軍の到着を待っているところです。予定では明日スカイアープ渓谷を全軍が通過して領都ボロンブラークを占領。さらに残りの各領地を包囲殲滅して、順調にいけばあと3,4日で最後に残ったフェルーム領の包囲網が完成するでしょう」
「順調だな。ここはもう下がっていいから、そなたは作戦指示に専念してくれ」
「かしこまりました」
◇
僕はフリュオリーネが部屋を出ていったのを確認すると、控室にいる侍従を呼んだ。
「お呼びでしょうか」
「ああ。ちょっと近くに寄れ」
侍従をそばに寄こすと、彼の耳元で小声で話した。
「今夜フリュオリーネを拉致して、プロメテウス城の地下牢に監禁しておけ」
「なっ! 何を言い出すのですかフォスファー様!」
「聞こえなかったのか? フリュオリーネを監禁しておけと言っている」
「ですが、どうしてそんなことを・・・」
「いいかよく聞け。このまま内戦が終わったら手柄はすべてフリュオリーネのもの。スカイアープ平原での戦いではサルファー軍の作戦を見抜いて我が軍を勝利に導き、今行ってる領都ボロンブラーク侵攻と各領地の包囲殲滅作戦も全部あいつが一人で考えたもの。しかも忌々しいことに全て上手くいっていて、サルファー陣営の古だぬきどもをあいつ一人で手玉に取っている」
「はい誠に優秀な方です、フリュオリーネ様は」
「優秀すぎるのだ! 昨日の決闘の話はお前も聞いたと思うが、あいつの戦闘力は化け物だ。相手のセレーネもかなりの化け物だったが、僕や兄上ではフリュオリーネには到底かなわない。このままでは兄上の言う通り、僕は一生あいつの尻に敷かれてアウレウス伯爵の傀儡になり果ててしまう。そんな人生は絶対に嫌だ!」
何かに追い立てられたように焦りを隠せないフォスファーは、顔を青ざめる侍従にさらに続ける。
「だからフリュオリーネにちょっとしたお仕置きをして、僕に従順な女に変えてやるんだ。あの不潔で劣悪な地下牢にしばらく閉じ込めておけば、何の感情も持たないあのクソ女でも心が壊れるに違いない。見た目だけはいい女だし従順な奴隷にしてせいぜい楽しんでやる。あとは兄上の愛するセレーネも手に入れて、ウヒウヒヒヒ!」
「フォスファー様、それだけはお止めになった方がよろしいかと」
「黙れ! これは命令だ! 僕も騎士団を引き連れてプロメテウス城に戻るから、お前はフリュオリーネを連れて先に行け!」
「・・・し、承知いたしました」
◇
その頃サルファー軍指令部では、ここからの反撃を行うための作戦会議が行われていた。
冒頭俺は、
「昨日のバカ騒ぎから貴重なヒントが得られた」
「こらアゾート! 僕が徹夜で悪口を考えてようやく実現した貴族の決闘を、バカ騒ぎなどというな」
「いやいやお手柄だったよサルファー」
「仮にも主君に対してその上から目線もやめろ!」
「まあ聞いてくれ。フォスファーたちとアウレウス騎士団は必ずしも一枚岩ではないことが分かった。なぜならフォスファーとスキュー男爵はお前の安い挑発に簡単に乗ってきたが、フリュオリーネは決闘に終始否定的だった。アウレウス騎士団にはおそらく、俺たちが逃亡しないように適当な示威行動をとりながら本体の到着を待つよう指示が出ているものと思われる」
「つまり何が言いたい」
「血気に逸るフォスファーをアウレウス騎士団から切り離しておびき出せるかも知れない。今回の勝利条件は互いに相手の旗頭である次期当主を討つこと。そしてまだ何の手柄も得ていないフォスファーは、アウレウス騎士団が集結する前に何が何でもサルファーの首を取ろうとする。つまり上手く誘い出せば数の劣勢を覆して逆転することが可能」
「なるほどそういうことか。ではフォスファー騎士団の動きを見張って、誘い出すチャンスを窺うとするか」
◇
8月13日(光)雨
アウレウス騎士団では朝からハチの巣をつつくような大騒ぎが起きていた。
「姫様がいなくなっただと!」
「はい。それにフォスファー様とその直属部隊もいなくなりました」
「誰か事前に話を聞いていたか?」
「それが誰も」
「うーむ・・・スキュー騎士団はどうなっている」
「あちらも状況がつかめていないようですが、あちらはあちらでスキュー男爵の救出をするのだと突撃準備を進めています」
「それは不味いな。勝手なことをされてはフェルーム領の包囲が崩れてしまい、サルファーの逃亡を許しかねない。向こうの隊長に話をつけてくるから、お前たちは敵に気取られないように注意しつつ姫様の行方を探せ」
「ハッ!」
◇
アゾートの作戦に乗った僕は、愚弟フォスファーを誘い出すタイミングを計るために城門の監視塔に登った。
「どうだ、敵の様子は」
僕が声をかけると敵の動きを監視していた兵士が、
「ハッ! 突撃準備をしていたのか朝から敵軍がバタついておりましたが、今は落ち着いていてスキュー騎士団が前面に出て守りを固めています。その後ろをアウレウス騎士団が控え、フォスファー騎士団は後ろに下がったのかここからではその様子が分かりません」
「わかった。少ないチャンスを確実にものにしたいので、このまま監視を続けてくれ。そして少しでも動きがあれば、すぐこの僕に教えてほしい」
「ハッ!」
◇
8月14日(闇)雨
「・・・もう時間がない。一か八か突撃をかけてみよう」
当主ダリウスの執務室に集まったサルファーとフェルーム家幹部の面々。そこで焦るサルファーをダリウスたちが諫める。
「突撃しようにも、肝心のフォスファー騎士団の姿を昨日から確認できていない」
「そうだぞサルファー。フォスファーがいなければ突撃するだけ無駄。もしかしてこちらの狙いが読まれたのかもしれんし」
「しかしこのまま手をこまねいていても仕方ない。やはり突撃するしか」
「おいサルファー、お前は突撃しか言えないのか。ここでいたずらに兵を失っても意味がないじゃないか」
「しかしダリウス・・・」
「フォスファーを討てないなら、終戦後の条件交渉を有利に進めるためのポイント稼ぎを考えた方がいい」
だがそこへ伝令が飛び込んできた。
「モジリーニ子爵が降伏したようです。領都ボロンブラークも完全に包囲された模様で、領民の通行が制限されています。ゴダード男爵領が現在交戦中ですがもはや多勢に無勢であり、降伏まで時間の問題かと」
「そうか報告ご苦労だった。下がってよいぞ」
「ハッ!」
「ふむ・・・敵の動きが予想以上に早く、ポイントを稼ごうにも時間がない。あちらの指揮官の方が一枚上手だったようだが、条件交渉で向こうに差し出せるものはあるか」
「今のところスキュー男爵の身柄を拘束しているだけで何もない」
「それじゃあサルファーや俺たちフェルーム一族の命は助からんな。せめてフリュオリーネの身柄があればアウレウス騎士団も交渉に応じてくれたかもしれんが」
「バカを言うな。あの決闘を見たら分かるはずだ。フリュオリーネを捕えるぐらいならフォスファーを捕える方がよほど簡単。それで我々の勝利だよ」
「俺たち大人の命は助からんとして、どうやって子供たちの命を救うかだな。騎士学園入学前の女児は修道院送りで助かるし、男児も条件交渉で何とか・・・。セレーネはフォスファーのやつが自分のものにしたがっていたから命までは奪われないだろうし、問題はアゾートとネオンをどうするかだけか。さてどうする・・・」
「フォスファーとの交渉は無理でも、アウレウス伯爵との交渉テーブルに着くことができれば二人が生き延びる可能性はある。なにせ新兵器の開発能力は魅力だからな」
「だが交渉中にフォスファーに襲われる危険性は残る。やはり危険な賭けに出るのはやめて確実に二人の安全を確保しよう。中立派貴族家筆頭のフィッシャー辺境伯を頼ろうと思うのだがどうだろうか」
「フィッシャー辺境伯か・・・なるほどその手があったか。ならばセレーネも辺境伯にお願いしてほしい。僕はもう助からないが、セレーネがあの愚弟の毒牙にかかるなんて死んでも死にきれない。考えただけでも虫唾が走る」
「おいサルファー! お前はまだウチの娘にこだわっているのか。そんなだから余計な内戦を引き起こして、無様に負けてしまうことになるんだぞ!」
「それについてはホントに申し訳ない。それでも僕はセレーネを愛しているのだ」
「傾国の美女というやつか・・・。そうだな、セレーネをあのクソバカ野郎にただでくれてやることはない。三人まとめて辺境伯にお願いしてみよう」




