第55話 セレーネvsフリュオリーネ
白銀の少女と対峙したわたくしは、周りの兵士が一斉に逃げ出したことに気が付いた。
どうやら戦いに巻き込まれないよう各部隊に避難指示が通達されたようで、中央広場の周囲を遠く取り囲むように兵士たちがひしめき合っている。それでも彼らはわたくしたちの戦いを真剣な眼差しで見届けようとしている。
そう言えば、ボロンブラーク騎士学園でもわたくしとセレーネのどちらが強いか周囲が盛り上がっていたのを思い出した。
クラスが違うから彼女のことはあまりよく知らなかったけど、みんなの噂が本当なら相当にできる生徒ということ。
ならば最初から本気で行きましょう。
◇
「何なんだ、この戦いは・・・」
セレーネとフリュオリーネのどちらが強いのか。
それは学園の誰もがその答えを知りたがる話題の一つであり、だが誰も確信を持ってその答えが言えないほど二人の実力は伯仲していた。
そして今、俺の目の前でその答えが出されようとしているが、確かに互角の実力ではあったがその水準は大きく予想を越えていた。
試合開始と同時に放たれたセレーネの火属性上級魔法エクスプロージョンは、だがフリュオリーネの魔法防御を突破できず全くダメージが通らなかった。
同じくフリュオリーネの放った水属性上級魔法タイダルウェーブもセレーネの魔法防御を突破できなかった。
セレーネによるファイアーの弾幕攻撃が始まれば、フリュオリーネは魔法防御を物理防御に転換させて、プラズマ弾の悉くを弾き飛ばした。その攻防転換のスムーズさはまるで名人芸を見ているようだった。
しかも地獄の様なセレーネの弾幕攻撃にも一切怯まず、フリュオリーネは最後まで詠唱を途切れさせることなく完了させると、特大魔法でセレーネを攻撃し続けた。
そんな二人の魔法攻撃の余波を受けて、どんどん破壊されて行くフェルーム領の街並み。
魔法防御力のない一般兵は戦闘に巻き込まれないよう既に退却を始めており、魔力保有者だけが距離を保って、この勝負の行方を見守っていた。
「セレーネって、こんなに強かったんだ」
セレーネとよく行動を共にする俺も、ここまで全力を出して戦っているセレーネを見るのは始めてだった。
つまりセレーネは、今まで本気で戦うに値する敵に会ったことがなかったのだ。
「だからダリウスは、セレーネをフェルーム家次期当主にすることにこだわっていたのか」
主君であるサルファーからの求婚すら頑なに断り続けたダリウス。
そしてフェルーム一族の分家たちがセレーネが次期当主になることに誰も異を唱えなかった理由がここにある。
しかも火属性のみでこの魔力は反則級の天才だ。
だが、このフリュオリーネも一体何なんだ。
高速詠唱を使えないのに、セレーネの魔法を全て真正面から受けきって、必ず特大魔法で反撃してくる。
相手に一切の余裕を与えない、冷徹なカウンター戦法。
魔法防御と物理防御に瞬時に転換する卓越した戦闘技術。
集中力が全く乱れず、長い呪文を最後まで詠唱しきる胆力と冷静沈着さ。
いずれもとても人間技とは思えず、もしかすると古代魔法文明の遺跡から発掘されたサイボーグか何かではないかと思わせるような戦闘マシンぶり。
彼女こそまさに鉄の女だ。
それでも二人は生身の人間であり魔力は無限ではない。いつかは底を尽きて戦いは終わる。
双方が決め手に欠いている中で、先に動くのはどちらだ。
フリュオリーネの動きが止まった。
何かを仕掛ける気だ。
フリュオリーネは防御を捨てたらしく、セレーネのファイアーが通り始めた。彼女の身体が燃え上がってどんどんダメージが蓄積されていく。
それでも詠唱は途切れることはなく、巨大な魔法陣がセレーネの頭上に浮かび上がる。
「何だこの魔法陣? こんなの見たことがない・・・」
「やめるんだ、フリュオリーネ!」
俺が魔法陣に目を奪われている時に、だがサルファーが突然叫んだかと思うとセレーネの方に駆け出して彼女に覆いかぶさるように抱きしめた。
それと同時にフリュオリーネの詠唱が完了して、その魔法を発動させた。
【水属性固有魔法・絶対零度の監獄】
音が完全に消え、キーンという耳鳴りがする静寂だけが中央広場を支配する。
セレーネの周囲の空気が固体に相転移し、サルファーとセレーネが瞬時に氷漬けにされる。
それと同時に「バン!」という破裂音とともに、一瞬で真空状態になったセレーネの周囲に空気がドッと流れ込む。強烈な風圧を伴って。
「セレーネ大丈夫か!」
俺は慌ててセレーネの元にたどり着いた。
「セレン姉様!」
ネオンもセレーネに必死にすがり付いて、自分の体温で温めようとセレーネを閉じ込めた氷を抱きしめる。
俺はフリュオリーネに目を向けると、どうやら魔力を使い果たしたのか地面に膝をついて苦しそうに息を切らしていた。
俺もネオンと同じようにセレーネを抱きしめて温めようとした瞬間、パキンッと音がして二人を閉じ込めていた氷が粉々に砕けた。
「セレーネっ!」
命は無事だったようだが二人ともかなりダメージが大きく、力なく地面に崩れ落ちた。
セレーネは必死に立ち上がろうとしたが、身体に力が入らずぐったりしている。そんなセレーネをネオンが抱き起こした。
「くっ!」
一方、よろよろとだが自力で立ち上がったサルファーが、フリュオリーネに向かって叫んだ。
「もうセレーネの負けでいい! だから彼女を殺さないでくれ!」
「・・・別に殺すつもりなんてないわ」
「だったらセレーネに固有魔法なんか使うな! そんなにセレーネが憎いのなら、いっそこの俺を殺してくれ。彼女には何の罪もないし、悪いのは全てこの俺なんだから・・・」
「ですからあなたは勘違いをしてるのです。わたくしはセレーネを憎いと思ったことなどただの一度もございませんし、彼女を殺そうとして固有魔法を使ったわけではなく、勝負に勝つためにはこの魔法を使うしか方法がなかっただけです」
「・・・本当だな? だったら約束してほしい。勝負はもう終わったし、僕の愛する人をこれ以上傷つけないでほしい」
そう懇願するサルファーに、フリュオリーネはいつもの冷淡な表情を見せてつまらなそうに答えた。
「ええ。わかったわ」
これで第二戦目はフォスファー軍の勝利となり1勝1敗。勝負は最終戦に持ち越された。
ネオンに抱きかかえられたセレーネが治癒部隊のキュアを受けているが、彼女の様子を見るに命に別状はないだろう。
「水属性固有魔法・絶対零度の監獄か・・・」
今の魔法はその名の通り一定の空間内を極超低温状態にする範囲魔法で、空気が一瞬で固体酸素と固体窒素に相転移したんだろう。
それがセレーネとサルファーを取り囲んでいた氷の正体だが、それを融かそうとしてファイアーを使った瞬間、中の二人の身体は粉々に砕けていただろう。
ネオンもそれが分かっていたからあんな冷たい固体窒素に抱き着いたわけで、ああすることで誰かが火属性魔法を放つのを未然に防いでいたんだ。
そしてあの氷が砕けたのはフリュオリーネが魔法を解除したからで、彼女は本当にセレーネを殺そうとなどしていなかった。
それにセレーネのことを憎んでいないのも本当のことで、いつも俺にだけ見せるあの憎悪の表情をセレーネには一度も向けなかったのだ。
「彼女のことを俺は誤解していた・・・」
俺はフリュオリーネを典型的な上級貴族の令嬢だと思っていたが、学園にいた頃の彼女は最初から最後まで本当のことしか言ってなかったのだ。つまり彼女はセレーネに何の関心も抱いていない。
それに今の戦いで分かったことがある。あの達人技の様な戦闘技術は一朝一夕に身につくものではない。おそらく血反吐を吐くような厳しい鍛錬を、それこそ物心がついた頃から徹底的に叩き込まれたのだろう。
つまり彼女はただのご令嬢ではなく、アージェント王国を背負って立つ本物のエリート貴族だったんだ。
フォスファーの後ろに下がって地べたに腰を下ろす疲れ果てた顔のフリュオリーネを見て、俺は彼女のことを少し見直した。




