第53話 貴族の決闘
8月11日(土)晴れ
「なあマール。アゾートたちとは連絡がとれたのか?」
「それが夏休みに入ってから全然。なんかみんなバタバタしてて忙しそうだったし、ここ2週間ぐらいは誰の顔も見てないの」
久しぶりにボロンブラーク騎士学園を訪れたダンは、女子寮にいるマールを呼び出してアゾートの行方を尋ねた。
マールも毎日のように冒険者ギルドに顔を出してはいるが、そこでアゾートたちを見かけることはなかった。
「そうか。あいつが好きそうなダンジョンを見つけたから、誘ってやろうと思ったのに」
「じゃあ今から会いに行ってみる? フェルーム家の当主様も今度遊びにおいでって言ってくれたし」
「そうなのか? じゃあ今から行ってみるか。どうせならこっそり行って驚かせてやろうぜ」
「面白そうね、行こう行こう!」
◇
この日も1000の兵力でフェルーム領に出撃したが、城壁には例の特殊部隊の姿が見当たらず、しかも、
「城門が開いてる・・・」
まさかこんな大胆な作戦に出てくるとは思わなかったが、敵は領内に引き込めば絶対に勝てるという自信があることだけは理解した。
「フォスファー様、こんな誘いに乗る必要はありません。ここは無理に攻め込まず、アウレウス騎士団の到着を待って包囲殲滅するのがよろしいかと」
「そのとおりだフリュオリーネ。あんな見え透いた作戦に乗るバカなど、この世にいるはずもない」
臆病なフォスファーがこれ幸いにと本陣に帰ろうとしたその時、城門の上に一人の男が姿を現した。
サルファーだ。
「そこの臆病者、愚弟フォスファーに告ぐ。性格破綻者として早々に父上から見限られたお前に、このサルファー兄様が素敵なチャンスを与えてやろう」
「性格破綻者だと・・・この野郎!」
サルファーの安い挑発にカチンときたフォスファーが、その足を止めて睨みつける。
「もしお前に君主の器があるのなら、この城門を潜り抜けてフェルーム家の館まで来れるはず。それができないなら、そこにいるフリュオリーネお姉ちゃまのスカートの中にでも隠れているがよい」
「んだとコラァ!」
「ははは怒った怒った。まあムッツリスケベのお前には、その女のスカートの中が一番居心地がいいはず。だがその足りない頭でよく考えてみろ。このまま戦いに勝利しても、全てはアウレウス伯爵閣下のおかげ。お前は一生その女の尻に敷かれて誰からの尊敬も得られず、惨めな一生を終えることになる。いい気味だ、フハハハハ!」
「グヌヌ・・・言いたい放題によくもっ!」
「それからそこの裏切り男爵。そもそもお前がウチの派閥を抜けたせいで2年前の内戦が起きたのに、それでいて戦に敗れて領地と名誉を失った正真正銘のバカ貴族。あ~あバカな当主を持つと分家も家臣も大変だよ、ホントやれやれ」
「この私を愚弄するか! サルファーめ!」
「おっとそう言えば、お前のお世継ぎのバカ息子はフェルーム家の分家の息子に手も足も出なかったそうだな。コテンパンに負けて学園から追い出されて、それでも上位貴族かよ。 パパー! ママー! 助けてーっ! てか? クーックククククク」
「我が愛する息子までバカにしやがって、貴様は絶対に許さん!」
「あれれ怒ってるの? へえ、裏切り男爵にも感情なんて高等な代物を持ってたんだ。僕、ビックリ! でもさ、親子二代でフェルーム家に手も足も出ないなんて、もう貴族を止めた方がいいレベルだよ。早く男爵位を返上してフェルーム家に爵位を渡した方がいいんじゃないのかな。ていうかお前って名前何だっけ? ニヤニヤニヤ」
「いいいい、言わせておけばっ! サルファーの野郎ぶっ殺してやる。総員突撃っ!」
「「「うおおおおっ!」」」
「待ってください、みなさま! そんな見えすいた挑発に乗らないでっ!」
◇
怒りに我を忘れたフォスファーとスキュー男爵の号令一下、フェルーム領内になだれ込んだフォスファー軍はあっという間に城門を制圧して橋頭堡を築き始めた。
だがサルファーはさっさと城門から飛び降りて下で控えていたアゾートとともに一目散に領地内部へと逃げ出した。
「作戦成功。みんなの所に戻りましょう」
「よし急ぐぞ」
「クックック・・・でもよくあんな酷い悪口を思いつきますね、サルファー」
「本当は悪口なんか苦手なんだが、あれでも頑張って一晩中考えたんだよ」
「一晩中って・・・徹夜であんな酷いセリフを考えていたなんて、残念王子って感じである意味好感が持てますよ」
「残念王子だと?」
「俺アンタのこと、人の婚約者を横取りするいけすかない野郎だと思ってました」
「君は主君に対する尊敬の念はないのか?」
「横恋慕した挙げ句に戦争まで引き起こした人間に尊敬できる要素を見つけろという方が無理だと思います。でも何事にも一生懸命だしそれが空回りした残念王子だと思えば、一周回って逆に好感が持てると言ったまでです」
「君はもう少し貴族らしく婉曲的な言い方を身に付けるべきだな。そして仮にも主君であるこの僕をもう少し敬え」
「まあ、考えておきますよ」
俺は軽口を叩きながら館に向かって走っていると、遠くの方から聞き覚えのある呼び声がした。
「おーい、久しぶりだなアゾート!」
「あれ? ダンとマールじゃないか」
「最近みんなに会えなくて、退屈だから遊びに来ちゃったの・・・って隣にいるのは生徒会長だよね? 何で二人で走ってるの?」
俺とサルファーが二人でいるのが珍しいのか、マールが頭にはてなマークを浮かべている。それはダンも同じだったようで、
「それになんでこんな暑い中走ってるんだよ。なんかのトレーニングか?」
二人とも呑気に話しかけてくるが、俺は二人がここにいる方が驚きだ。
「そんなことより二人ともどうやってここに入って来たんだ。ウチの領地は完全に封鎖していたはず」
「いや普通にギルドの転移陣で飛んできただけだけど。でもここの冒険者ギルドって誰もいないし、街にも兵士以外誰もいないし、お前の領地って変わってるよな」
「そうか冒険者ギルドの転移陣があったか! それを使えば簡単に侵入される危険性があったんだ・・・」
冒険者ギルドのことを完全に忘れていて愕然とする俺に、マールがほんわかした様子で俺に尋ねる。
「全然ギルドに顔を見せなかったけど、アゾートって今まで何してたの?」
「何って・・・・・・戦争」
「「せせせ、戦争!?」」
俺は「ほれっ」と後ろをみるよう促した。
すると遠く城門付近ではフォスファー軍が大挙して領内に侵入し、それを迎え撃つサルファー軍が後退を余儀なくされている。
「どわーっ! 何やってんのこの人たち!」
「だから戦争だよ。そうだ、せっかく来たんだしお前らも手伝ってくれよ。何ならクエストということにしておいて、成功報酬はここにいるサルファーからガッポリ貰ってくれ」
「「気軽に言うなアホ!」」
ダンとサルファーが同時に俺にツッコミを入れる。
ちなみにサルファー軍が敵兵に押されているのは実は演技であり、俺たちが準備した防衛陣地まで彼らを上手く引き入れるための作戦なのだ。
領民はすべてウチの屋敷に避難させているし、これで市街地でも思いきり戦える。
◇
その後俺たちの作戦は上手く行き、フォスファー軍を中央広場に引き入れることに成功。
ここは領民たちの憩いの場であり普段は露店が立ち並び賑わっている場所だが、今日は当然誰もいない。
その代わりに両軍の兵士たちが真っ向からぶつかり、戦いはここで膠着状態となる。
「ここまでは順調だな。あとはフォスファーを見つけて始末すれば・・・ん?」
両軍の矢が飛び交う中央広場のど真ん中に、悠然と歩み出て来た一人の貴族。
魔力保有者特有のマジックバリアーに身を包み、降り注ぐ矢を全てはじき返すその男が、俺たちに向けて叫んだ。
「我こそはワルター・スキュー男爵。貴族の名誉にかけてサルファー・ボロンブラークに決闘を申し込む!」
「はあ?」
顔を真っ赤にして激怒している男はどうやらスキュー男爵本人らしいが、戦争の真っ最中に敵前に一人で姿を現すなんてバカじゃないのか?
俺はエクスプロージョンを撃とうと魔法の杖を手にしたが、それをサルファーが制止した。
「やめろアゾート!」
「え、何で?」
「何でって、決闘を申し込まれたからに決まってるだろ!」
「・・・まさか、受けるつもりなのか?」
「いや普通は受けるだろ。それが常識だ」
「うそ・・・だろ?」
お前には貴族の常識がないとまたサルファーから言われてしまったが、貴族の名誉は何よりも重んじられるものらしく、決闘の申し出は受けて立つのがマナーだそうだ。
これを無視して勝ったとしても、それは不名誉な勝利として貴族社会で侮られるらしく、当主ダリウスも黙って頷いてるし、一応我が軍の総司令官サルファーの決断なので俺が反対する立場にはない。
結局サルファーも広場の中央に歩み出て、そこで対面したスキュー男爵から白手袋を投げつけられたが、それを合図に両軍が戦闘を中断すると、互いの首脳陣が広場に集まって決闘のルールが話し合われた。
これがこの世界の常識なのかと、バカバカしい気持ちで話し合いに参加した俺だったが、なぜかフリュオリーネもため息をついてガックリ肩を落としている。
そう言えばフリュオリーネと会うのはあのサマーパーティー以来だが、学園ではいつもケンカばかりしていた彼女とは、なぜかここだけ気が合うようだ。
・・・でも少し雰囲気が変わったな、フリュオリーネ。
◇
さて決闘のメンバー表の発表である。
サルファー軍
先鋒 アゾート (火、土)
中堅 セレーネ (火)
大将 サルファー (水、風、土)
フォスファー軍
先鋒 スキュー男爵 (水)
中堅 フリュオリーネ (水、風、雷、闇)
大将 フォスファー (水、風、土)
第一試合はスキュー男爵の強い希望でなぜか俺が出場することになったが、どうやら息子ハーディンの意趣返しが目的のようだ。
第二試合は注目の一戦。学園内の下馬評ではセレーネと同格以上と噂されていたフリュオリーネ。2年魔法団体戦では対戦のなかった二人だが、まさかこんな形で対戦が実現するとは思わなかった。
そして運命の第三戦だが、サルファーよりも魔力が上と評価の高いフォスファーも不気味な存在だ。フェルーム家のみんなからは腰抜け扱いのフォスファーだが、うちのサルファーも努力が空回りする残念王子。勝敗の行方は全く分からない。
しかし、こんなことで戦争の勝敗が決するとは。
なにがどうして、こうなった?
だがそんなことも言ってられない。戦いの口火を切るのはこの俺だ。
「まずは俺が行こう」
ジャ○プの王道バトルマンガのように、名乗りを上げてみた。
このセリフ、一度言ってみたかったんだよな。




