第52話 フェルーム領防衛戦
8月9日(水)晴れ
フォスファー軍の再編を終えたわたくしは、指令部で作戦の最終確認を行っていた。
「フォスファー軍を3つに分けます」
第1軍:フォスファー騎士団200
スキュー騎士団600
第2軍:アラモネア騎士団450
サラース騎士団300
第3軍:アウレウス騎士団2600
「第1軍がフェルーム騎士爵領侵攻作戦、第2軍がゴダード子爵領侵攻作戦、第3軍がスカイアープ渓谷を通過しての領都ボロンブラーク侵攻作戦を担当します」
そんなわたくしの言葉に、先日の勝利に酔いしれた貴族たちが、未だ興奮冷めやらず怪気炎をあげている。
「我がスキュー家に復讐の機会を頂き、姫様には感謝の言葉もありません」
スキュー男爵がわたくしの前に膝をつくと、婚約者のフォスファーがわたくしの隣に立って男爵に恩を着せた。
「我が婚約者殿の義理深さが理解できたのなら、今後も一層ボロンブラーク伯爵家に忠誠を誓うように」
「ははあっ!」
そんなフォスファーは、第1軍にいるのが不満な様子。
「しかしフリュオリーネよ。僕の部隊は第1軍ではなく第3軍としてスカイアープ渓谷を通過しボロンブラーク城を攻め落とす方がよいのではないかな。フェルーム騎士団と対峙するのはやはりそなたのアウレウス騎士団の方が・・・」
「フォスファー様、この内戦の勝利条件はボロンブラーク城を攻め落とすことではなくサルファーの首を討つこと。そしてフォスファー様自らがそれを行ってこその完全勝利だと存じますが?」
「そ、それもそうだな。なるほど、そういうことか・・・」
ここまでの戦いでは前面に立つのにずっと及び腰だったフォスファー。口では勇ましいことを言いながらも、本当にフェルーム騎士団の前に立つのは、やはり恐いらしい。
だがわたくしの今の言葉に、一応は納得してくれたようだ。
わたくしは話を続けた。
「第3軍がスカイアープ渓谷を通過するまでにはおそらく3日を要します。通過後は第3軍が領都を制圧すると同時に、第1、2軍と連携して南北同時に包囲作戦をとります。つまり最低でも3日間は現有戦力で敵騎士団を領地に縛り付けて、自由に行動させないようにしてください。それから・・・」
ザッパー男爵に向き直ると、
「わたくしも第1軍とともにフェルーム領へ向かいます。それで兵を200ほどお貸しいただきたいのですが」
「姫様・・・」
ザッパー男爵は心配そうな目でわたくしを見たが、その決意が固いことを察したのか静かに頷くしか方法がなかった。
「承知しました。ですが決して無理はなさらないでください」
「分かっています。これはわたくしのワガママですし、命を賭けるようなことはしないから安心してくださいませ」
「ではくれぐれも」
ザッパー男爵はわたくしに膝をついて騎士の敬礼した。
その後わたくしは、ザッパー男爵に連れられてアウレウス騎士団の補給部隊を訪れた。
「これが大砲・・・」
わたくしは補給部隊が鹵獲した3基の大砲を見て感嘆した。
情報としては知っていたが、いざ実物を見るとやはり違う。
この重量感、この構造。
どこからどのような着想を得たら、このような物を作れるというのだろうか。
「これは誰でも使えるのですか?」
わたくしの質問に、アウレウス騎士団魔導部隊の指揮官が答える。
「難しいと思います。エクスプロージョンが使える魔導騎士がいればあるいは」
なるほど。この武器はフェルームだから容易に扱えるということか。
「これを1基、お父様のもとへ送り届けてちょうだい」
「かしこまりました」
◇
8月10日(風)晴れ
スカイアープ平原での決戦に敗れたサルファー軍は、フェルーム騎士爵領に撤退してそこで軍の立て直しを行っていた。
現在の戦力は以下のとおりである。
サルファー騎士団 500
フェルーム騎士団 350
ワイブル騎士団 50
ゴダード騎士団 400
モジリーニ騎士団 400
「ワイブル、ゴダード、モジリーニは自分の所領の守りに戻すべきだな」
「サルファー騎士団はどうする?」
「フォスファー軍がどう出てくるかわからないし、ここに残ってフェルーム領の防衛に協力するか」
「いや、残存兵力の多い奴らは必ずスカイアープ渓谷を抜けて来る。奴らを追撃した方がよいのでは」
サルファーと当主たちの議論が延々と続く中、伝令から新たな報告が伝えられた。
「フォスファー軍が現れました! その数およそ1000!」
「まずいな。1000はさすがに敵の数が少なすぎる。やはり数の有利を活かして軍を分散させて各領地に散ったな」
「ああ間違いない。ゴダード、ワイブル、モジリーニはすぐに領地の防衛に戻れ」
「わかった。健闘を祈る」
それだけ言うと3人は慌ただしく指令部を立ち去った。
「さてサルファーはどうする?」
ガランとした司令部に残ったサルファーに、ダリウス・フェルームが尋ねる。
「敵がスカイアープ渓谷を通過することに備えて、その西側で待ち受け封鎖しようと」
ダリウスは「うむ」と思案し、
「・・・いやサルファー、お前はここに残った方がいいだろう。フォスファーの目的はボロンブラーク城ではなくお前さんの命だから、必ず向こうからやってくるはず。だったら騎士団として軍勢を一体化させていた方がまだ勝てる可能性がある」
「・・・それもそうだな。では微力ながらフェルーム騎士爵領の防衛をお手伝いするよ」
◇
「本日もお疲れ様でした」
わたくしは一日の戦いを終えて、フォスファーとスキュー男爵に労いの言葉をかけた。
初日は軽く当たってみたが、得られた情報は思いのほか多かった。
まずこの領都フェルームだが、所詮騎士爵領なので城壁自体はそれほど強固なものではないが、城壁上にズラリと並んだ特殊部隊が使用していた小型射出兵器は驚嘆に値する。
殺傷力や取り回しが弓とは段違い。あれを撃たれたらまず城壁には近付けない。ただしその特殊部隊は兵力がたったの100騎しかいないので、城壁全周を守りきることはできない。
すなわち突破は可能。
あとは、場内に侵入した際のサルファーの討ち取り方だが、伯爵級魔導士を通常戦力ではまず討ち取れない。
仮に兵士に討ち取らせようとした場合は、兵の数で圧倒して魔力切れを狙う作戦となるが、時間もかかるし兵の損耗も激しい。
一方、魔力保有者同士の直接対決を行う場合はそれを行う貴族に危険が伴うものの、手っ取り早いし兵の損耗も少ない。
どちらの戦術を使うかはその時の戦況によるが、一応は現有戦力の確認をしておく。
「フォスファー様。フェルーム領に突入した際の作戦を立てたいので、魔法属性をお教えいただけないでしょうか」
「ぼ、僕も突撃するのか?」
「そのように考えておりますが、サルファーをこちらに引き込んで倒す方がよろしいのでしょうか?」
「あ、いや、そうだな・・・できればその方が助かる」
「承知しました。それでフォスファー様の属性は?」
「水、風、土だ。すべて上級魔法まで使える」
「大変素晴らしいです」
「であろう。魔力に関してはあの兄よりも才能があるからな」
そう言って鼻高々に誇るフォスファーに対し、スキュー男爵が申し訳なさそうに頭を下げた。
「私は水のみだ。申し訳ない」
「とんでもごさいません。成人男性の魔力はわたくしのような学生よりも強いですし、本当に心強い限りです」
「そ、そうか? よおし、ではこの私も張り切ってフェルーム家の奴らをこらしめてやるとするかな」
これで二人を直接対決に引きずり出すことができそうだが、それでも魔力の絶対量が不足していることに変わりない。
それに属性も足りないわね。特に火と光。そこはアウレウス騎士団の魔導騎士部隊に頼るしかないわね。
いずれにせよわたくし達には時間という味方がいる。
なぜなら第3軍がフェルーム騎士団の後背を突くまで、このままの状態を維持すれば勝てるのですから。
◇
「今日は様子見といった感じだったな」
サルファー軍作戦指令部ではサルファーとその側近、ダリウスと分家のオッサンたちが作戦の検討をしていた。
俺も作戦会議に呼ばれたが、しばらくはそれをボンヤリ聞いていた。
「向こうはゆっくり時間をかけて、スカイアープ渓谷を通過した増援が到着するのを待てばいいのだから、何も焦ってはいないのだ」
「その点我々には時間がない。こちらから出向いてフォスファーを倒してしまうか」
「あの臆病者のフォスファーの事だから、きっと護衛騎士で周りをガチガチに固めているに違いない。どうやって向こうの守りを突破するかだが、何かいい方法あるのか?」
「魔力による力押しが手っ取り早いが、フォスファーにたどり着く前に魔力を使いきってしまっては、肝心のヤツが倒せない」
「じゃあ夜にこっそり忍び込むとか。変装して潜り込むとか」
「バカなこと言ってないで、真面目に考えろ」
今の話を聞いて分かるように、サルファー軍は戦略的にかなり不利な状況に追い込まれている。
俺たちはフォスファーを倒すことでしか勝利は掴めないし、このまま時間が経てば敵の包囲網が完成して俺たちの勝利確率はゼロに近づく。
つまりどうせ負け戦なら、早めにギャンブルに出た方がまだマシということだ。
後はフォスファーをどう倒すかのバリエーションだけで、打ってでるか、領内に引き入れるか、俺は頭に思いついたことを提案してみることにした。
「城門を開けて放って、敵軍に自由に入ってもらいましょう。早めに勝負する方が我々には有利だし、ついでに有利な場所、つまり城内に引き入れて決戦したほうが勝率は上がります。ということで早速フォスファーに罠を仕掛けてみましょう」
俺がそう言うと、諦めのような、嫌そうな表情をする首脳陣。だが俺の提案に異論を唱える者は誰もいない。
そんな首脳陣を代表してダリウスが、
「やりたくないが、他に策がないならやってみるか。だがあの腰抜けのフォスファーが誘いに乗って来るとは思えんがな」
「じゃあ、その腰抜け野郎を思いっきりバカにして煽ってみるとか?」
「アホかアゾート。戦争はガキのケンカじゃないんだぞ」
「何言ってんだよ当主様。戦争なんてご立派なこと言ってるけど、跡目争いなんて所詮ただの兄弟ゲンカじゃないか」
「こらアゾート! お前は言葉遣いが全くなってない。騎士学園で何を勉強して来たんだ、貴族は貴族らしくもっと婉曲的な表現を使え!」
「いやいや当主様だってサルファーを呼び捨てにしたり、十分言葉の使い方がなってないと思うけど?」
「やかましい! 俺はいいんだよ、俺は! ていうかアゾート、お前もサルファーのことを呼び捨てじゃないか!」
なぜか俺と当主の言い争いになった作戦会議だが、そのケンカの原因でもあるサルファーが口を開いた。
「君たち二人は、どちらも貴族としては失格だな。まあアゾートの作戦自体は悪くないし、貴族の跡目争いが兄弟げんかというのも確かにその通りだ。上手く行くかはわからんが、この僕が愚弟を煽ってみるさ」




