第51話 スカイアープ平原の攻防(後編)
「お母様とお義母様、射程距離内に敵が入りました」
「了解。総員、射撃準備!」
雨は一層激しく降り注ぎ、いつしか豪雨に変わっていた。
ほとんど視界が取れない中、整備兵たちは濡れないように大砲にかけていたカバーを外して、砲弾を充填していった。
そして全ての大砲に砲弾がセットされると、次の砲弾を用意するため後ろに下がった。
「今よ、全弾発射!」
エリーナの号令のもと、フェルーム騎士団・砲兵隊から放たれた大質量の砲弾の豪雨が、フォスファー軍の頭上に降り注いだ。
◇
「これが大砲の威力・・・・」
フリュオリーネが初めて目の当たりにする大砲による飽和攻撃は、人間を一方的に蹂躙してただの肉片へと変えていく無慈悲な暴力だった。
「火属性魔法をこのように利用するその発想力。とても同じ人間とは思えない。何者なの、アゾート・フェルーム」
フリュオリーネは震えていた。
だがそれは恐怖によるものではなく、自分が初めて本気になれるライバルが登場したことに対する武者震いだった。
「うふ、うふふふふふ・・・」
◇
「やった!」
サルファー軍指令部は作戦の成功に沸き立っていた。
見事罠に嵌まったフォスファー軍が、見る見るうちにその数を減らしていく。
「砲撃と連動して、遠距離魔法攻撃主体でフォスファー軍を削っていく。各騎士団に伝達! 全軍、魔法攻撃を開始せよ!」
◇
正面からは大砲の集中砲火、右側面からはサルファー軍主力による遠隔魔法攻撃、後背からはフェルーム騎士団からのエクスプロージョン。
三方向を敵に囲まれ、行き場を失いつつあった我が陣営。
「サルファー軍が勝負を決めに来ましたわね。では我が軍も魔法で応戦を・・・え?」
だがフリュオリーネがそこに見たもののは、敵主力部隊から放たれた様々な属性魔法の中にひときわ異彩を放った火属性魔法による集中砲火だった。
なるほどそういうこと・・・。
だから数が合わなかったのですね。
「右舷敵主力は無視して、後方のフェルーム騎士団に突撃開始っ!」
◇
「バレた! 全員逃げるぞ!」
ネオンと親衛隊を引き連れて、全力で逃走を開始することにした俺。
「ネオン、ナトリウム爆発を仕掛けるぞ」
「了解! ってまた土魔法・・・もっとエクスプロージョンをぶっぱなしたいのに」
「うるさい! 黙ってやれ」
【永遠の安住地:土属性初級魔法ウォール】
【永遠の安住地:土属性初級魔法ウォール】
俺とネオンで、辺り一面にアルカリ金属の沼を生成。この豪雨で水は十分にあるから、ここがどうなろうと後は野となれ山となれだ。
何度も何度も入念にウォールを撃ち放った俺たちは、戦場を大きく右に迂回しながら砲兵隊のいるスカイアープ渓谷の頂上めがけて、全速力で馬を走らせた。
◇
あの魔法はなんなの?
この豪雨の中、延々と爆発が続いていてここから先に兵を進められない。
しかも鎮火するどころか、ますます勢いよく燃え上がっている。
あれもアゾートの新魔法なのかしら・・・興味深いわね。
でも今はそれよりも。
「総員に告ぐ! 我が軍正面に捉えたフォスファー軍主力のうち、左翼水魔法部隊に攻撃を集中して敵陣突破を図れ! それと後方予備戦力は別動隊を組み、スカイアープ渓谷断崖の頂上にいる敵砲撃隊の捕獲および新兵器を奪取せよ! 時間がない急げ!」
◇
遊軍としての機動性を活かして敵騎士団後方を攻撃していた銃装騎兵隊に、俺たちはうまく合流することができた。
「サー少佐お疲れ様。わが方の被害の状況を教えてください」
「人的被害はないが、そろそろ弾薬が厳しくなってきたな」
「一兵も損なわれなかったのは嬉しい限りですね。さすが少佐。でもお疲れのところ申し訳ありませんが、今からスカイアープ渓谷に展開している砲兵隊と合流して、全員を待避させます」
「了解した」
◇
「サルファー! ゴダード騎士団に攻撃が集中している! 誰かまわせないのか!」
「僕の騎士団を援護にまわして、なんとか持ちこたえさせる!」
「しかしあの偽装騎士団をこんなに早く見抜かれるとはな。もう少し騙されてくれると思っていたがあのボンクラ次男をナメていた! だがマズいぞ、ここを抜かれると数で劣る我が軍に勝ち目が無くなる」
◇
「なんとか間に合ってくれ」
銃装騎兵隊を伴ってスカイアープ渓谷を一気に駆け上がった俺がそこに見たものは、頂上を埋め尽くすほどの敵兵の姿であった。
予備兵力なのか歩兵ばかりおよそ300が我先にと砲兵隊を捕獲しようとひしめき合っている。
今の状況がわからないが、セレーネたちは無事なのか?
その時、突如上空に魔法陣が展開された。
「来るぞ、魔法防御!」
【軍用魔術具・魔法防御シールド】
学園にあるのと同じ魔法防御シールドをネオンが素早く展開させると、さらに各人もマジックバリアーを展開して防御態勢をとった。
次の瞬間、エクスプロージョンが敵部隊の中央に炸裂した。
セレーネだ!
「砲兵隊は健在だ! 今からみんなを救出する。銃装騎兵隊、突撃せよ!」
エクスプロージョンで生き残った敵兵に突撃を敢行しながら、俺は銃を握りしめて一心不乱に撃ちまくった。
◇
「姫様。右舷の偽装騎士団の正体不明の爆炎魔法ですが、騎士団が通過できる程度には鎮火することができました」
「ご苦労。では我が軍右翼は偽装騎士団の跡を通過して左に旋回。敵主力右翼のフェルーム騎士団を側面より攻撃。左翼の敵水魔法部隊を押し込んでフェルーム騎士団を挟撃せよ!」
◇
「ゴダード騎士団が総崩れにされ、中央に敵が入り込みました」
「我が軍が二つに分断されたか・・・」
サルファー軍指令部では当主たちが肩を落として戦況を見守っていたが、ここから挽回するための策を講じようと話し合いを始めた矢先、伝令が新たな報告を伝えた。
「左翼フェルーム騎士団の側面に新たな部隊が接近中。数およそ1000!」
「敵部隊の展開が早すぎる」
「先手をとられすぎだ」
「敵軍の包囲が完成する前に、我が軍は撤退するしかないか・・・」
指令部は刻一刻と悪化する戦況を見ながらため息をつくしかなかった。
「・・・どうやら今回は我々の負けだ。フォスファーめ、指揮官に余程優秀な人間を連れてきたようだな。アウレウス騎士団の指揮官は確かザッパー男爵。かなり優秀な男のようだ・・・」
ダリウスがそう言うと、サルファーが拳を握りしめ悔しそうに唇をかんだ。
◇
「アゾート!」
「セレーネと母さんたち・・・無事でよかった」
「ええ。でも整備兵はかなりやられたわ」
回りを見渡すと、敵兵の死体に紛れて我が方の犠牲者も横たわっている。
「わかった。なら人数もいないし全部を運び出すのは難しいので、状態のいい大砲を選んでできるだけ回収していこう。銃装騎兵隊の一部は砲兵隊を手伝ってフェルーム領に撤収を。残りはフェルーム騎士団に合流する。母さんたちは俺たちと一緒に来てくれ」
「わかったけど、その偉そうな口のききかたは何とかならないの。そんなんじゃ女子にモテないわよ」
「戦争にモテ要素なんか必要ないし、そもそもみんなの前でそういう事いうのやめてくれよ。一応俺は隊長なんだしやりにくいだろ」
母親って何でいつも人前で余計なことばかり言うのだろうか。
◇
「姫様。どうやら我々の勝ちのようですな」
「そうね、ザッパー男爵。敵も撤退を始めたようだし、わたくしたちも一度引いて部隊を立て直しましょう」
「追撃はなさらなくてもよろしいのですか」
「必要ないわ。全軍に通達、本日はこのスカイアープ平原に野営地を設置。各騎士団の首脳は明日からの作戦会議を行うので、至急我が指令部に集合せよ」
「ハッ!」
◇
8月7日昼過ぎに始まったスカイアープ平原の会戦は、翌8日の明け方には大方の雌雄が決していた。
サルファー軍の死傷者1300に対し、フォスファー軍は800。残存兵力にすると1700対4150。
(当初の予定どおり、このまま北上してフェルーム騎士団と一戦交えましょう。でもそれは所詮、戦略全体の一局面に過ぎない。わたくしの次の一手は・・・)
フリュオリーネはその冷徹な眼差しで、次なる戦場を定めていた。




