第50話 スカイアープ平原の攻防(前編)
8月7日(闇)雨
サルファー陣営の思惑どおり、スカイアープ渓谷の東に広がる平原において、両軍合わせて8000人規模の会戦が今始まろうとしていた。
ゴダード子爵領の突破を目論んでいたフォスファー軍は、俺の陽動作戦に引っかかってその目標を変更してフェルーム騎士爵領に押し寄せて来た。
そのフォスファー軍が間もなく、スカイアープ平原の南端に到達する。
スカイアープ渓谷の反り立った崖の上。平原が一望できる絶好のポイントにずらりと並んだ30基の砲台。
フェルーム騎士団・砲兵隊が狙いを定めるのは、眼下の平原にこれから誘い出されるであろうフォスファー軍であり、この位置から敵の頭上に砲弾の雨を降らせるのである。
砲兵隊のメンバーは全部で33名。うち30名は大砲の運搬や整備、砲弾の装填を行う整備兵であり、砲撃手はたったの3名。
その3名とはセレーネ、その母のエリーネ、アゾートの母マミー。
フェルーム騎士団の頂点に君臨する女魔導騎士3名が、ここに勢ぞろいしていた。
上級魔法エクスプロージョンを連射できるほどの高位の魔導騎士はどうしても当主一族に近しいものにしか見つからない。
そんなフェルーム騎士団最強の魔導騎士たちが作戦会議を始めた。
「ねえセレーネ。アゾートと二人でアラモネア子爵領までお泊まりデートしてきたそうね。何か進展はあったの?」
「何もないわよお母様! アゾートとは本当に遊撃戦に行っただけなんだから! そういうこと言うの本当にやめてっ!」
顔を真っ赤にして否定するセレーネに、マミーが援護射撃を送る。
「そうよね。あの子ってホント意気地無しだから、セレーネちゃんに手なんか出せるはずないわよ」
「あのお義母様? 本当にそういうのではないのですが・・・」
「でもねセレーネ。あまりモタモタしてたらネオンにとられちゃうわよ。あの子ってアゾートのためなら、何だってするし」
「・・・ネオンに取られるのだけは絶対に嫌。それにお父様は私の味方だし」
「ていうかセレーネちゃんはどうしてサルファーの所に嫁がないの? うちのアゾートなんかよりずっと素敵じゃない。伯爵だし」
「もうその話はやめて! お願いだから真面目に戦闘準備をしてよ、もうっ!」
◇
俺はネオンとその親衛隊とともに、マジックポーションをがぶ飲みしながら昼夜を惜しんで「フェルーム騎士団・別動隊」を作成していた。
【ロボット:土属性中級魔法ゴーレム】
土魔法ゴーレム。
この魔法の詠唱呪文はかなり長いのだが、いま判明している日本語のフレーズは【ロボット】のみ。
ゴーレムの呪文がロボットとは、いい得て妙である。
「夏休みに入ってからずっとゴーレムばかり作らされて、本当にもう嫌っ!」
「おいネオン。無駄口を叩いている暇があったら、一体でも多くのゴーレムを作れよ」
俺たちが作っているのは、騎士の形をしたゴーレムだ。
動きも単純で、前後を行ったりきたりするだけのただの傀儡。
敵騎士団に攻撃をしてくれるような機能はついていない。
今回は性能より数をたくさん揃えることが必要なので、これで十分なのだ。
そんなゴーレムたちに、戦場で拾った武器や防具を取り付けてくれているのがネオン親衛隊の皆様である。
「こんなにたくさんのゴーレムを作って、どのように使うのでしょうか」
親衛隊の一人、アンが首をかしげている。
「俺たちがこれまでやっていた陽動作戦は、敵の針路を北に変えたり戦力を削ることが目的だったりしたが、実はフェルーム騎士団本隊が東に大きく進軍しているように見せかけることも一つの目的だったんだ。そこでこの偽物の騎士団を使ってフォスファー軍を騙すために使うんだ」
「へえ・・・でもそう上手くいくの?」
「俺たちがゴーレム軍団に混じって、ここから魔法を撃てばなんか本物っぽく見えるだろ」
「おおお! アゾートって何考えてるのかよく分からない人だったけど、ちゃんと考えてるんだ。さすがネオンのお兄様ね」
「さす・・・おに・・・」
「でもゴーレムって不気味で気持ち悪いよね。なんでこんなのが動くのかしら」
「ほんとほんと。なんか嫌よね」
ゴーレムはどうやら女子に不人気らしい。俺はカッコいいと思うんだけど。
「でもお前たちに渡したその銃も、実はゴーレムなんだぞ」
「「「えーーっ!」」」
ネオン親衛隊全員が一斉に銃を地面に投げ捨てた。
せっかく頑張って作ったのに酷い・・・。
「銃弾を自動装填する機械部分が複雑すぎて手作りできなかったので、ゴーレム魔法を少しいじってそれっぽくしてあるんだ。みんなには内緒だぞ」
俺が企業秘密を明かして、親衛隊のみんなにゴーレム魔法の素晴らしさを理解してもらおうと必死になっていると、なぜかムッとしたネオンが俺の悪口を言い出した。
「ねえみんな聞いてくれよ。アゾートはホントに酷い奴なんだよ。みんながサー少佐と訓練している間、僕はずっと武器庫に閉じ込められて、何日も何日もゴーレム魔法ばかり使わされてたんだよ。しかも無理やり。みんなもアゾートには近づかない方がいいよ」
そう言ってニヤリと悪い笑顔を俺に向けたネオン。どうやら俺が他の女子と話していたことがお気に召さないらしい。だがネオンの狙いとは違う反応を親衛隊が見せる。
「じゃあ、この銃ってもしかしてネオン様がお作りになられたの?」
「ああ。僕の親衛隊の分は全部僕が用意したものだよ」
「「「きゃあーーーっ!」」」
自分の銃がネオンの作ったものだと知った途端、全員一斉に銃を大切そうに胸に抱いた。
ネオンとの扱いの差に俺はショックを受けると同時に、ネオンが女だとバレた時のことを考えると胃の辺りがキリキリと痛み出した。
◇
サルファー率いる兵数1000の主力部隊を中心に、ゴダード騎士団700、モジリーニ騎士団700、フェルーム騎士団500、ワイブル騎士団100の総勢3000のサルファー軍がスカイアープ平原北側に布陣し、フォスファー軍を迎え撃とうとしていた。
朝から降り始めた雨が昼過ぎには本降りに変わり、視界もかなり悪化していた。だが総勢5000もの大軍勢の出現を見間違える者など、この世のどこにもいなかった。
堂々たる布陣でゆっくりと前進するフォスファー軍との緒戦は、歩兵同士がぶつかるオーソドックスな戦闘から始まった。
戦場の全体を見渡せる位置に布陣したサルファー軍指令部には、軍全体の作戦指揮と各騎士団レベルへの運用の落とし込みを行うため各貴族家の当主クラスが集まっており、ここで決定された作戦は早馬によって各騎士団に伝達される。
フェルーム家は指令部に当主ダリウスが詰め、フェルーム騎士団の総指揮はアゾートの父ロエルが担当していた。
中でもアゾートは銃装騎兵隊100の指揮を引き続き任され、ある程度自由に動ける遊軍としての運用が認められていた。
そんな指令部では、
「膠着状態だな。兵数が少ない分我が軍がジリ貧だし、敵軍を何とか渓谷の方に押し込みたいな」
「ではアゾートが作ったあの偽装部隊で威嚇攻撃を開始してもらいますか。今なら敵軍に対してちょうどいい位置にいるはず」
「そうだな。では連絡を頼む」
「指令部から命令が届いた。ついに俺たちの出番だぞ。ネオン、親衛隊のみんな、ここからは俺の指示の通り動いてくれ。まずはゴーレム部隊の先頭に立って、威風堂々と前進するぞ!」
「「「おおーっ!」」」
◇
フォスファー軍指令部では、アウレウス騎士団軍師フリュオリーネが冷静に戦況を見定めていた。
ここまでは教科書通りの展開で特筆すべきものはなかったが、このまま戦闘が続けば我が軍が数で押しきれることになる。
だから、そろそろ向こうが手を打ってくる頃合い。
「姫様、右手より新たな敵。数およそ500!」
500騎・・・つまりフェルーム騎士団と同数の敵。
やはり支配エリア東側に展開していたのはフェルーム騎士団の主力部隊だったのか。でもそれだと事前に把握していた敵戦力と数があわない。
何か見逃している部隊でもいたのだろうか。
「敵のアンチ魔法防衛シールドが展開され、我が軍のバリアーの一部が消失しました。敵の魔法攻撃が来ます!」
「総員防御態勢を取れ!」
フリュオリーネが即座に指示を出したものの、彼女がそこに見たのは遥か東方から姿を現した騎士団から放たれたエクスプロージョンが、友軍右翼の兵士たちを業火に焼き付くす光景だった。
「やはりフェルーム騎士団!」
火属性魔法に特化した魔導騎士主体の戦闘集団、フェルーム騎士団。
騎士学園でも騒がれていた異質の大魔力を持つセレーネ・フェルーム。そしてわたくしの不倶戴天の敵であり、異形の天才アゾート・フェルームがついに目の前に姿を現したのだ。
雨は一段と強くなり、敵騎士団の姿は霞の遥か向こう側。だが放たれた魔法は、雨などもろともしない煉獄の炎の矢。
あの男だ。
アゾート・フェルームがあそこにいる。
そのことだけは、なぜか確信が持てる。
「我が軍右翼はフェルーム騎士団に近すぎる。一旦距離を取って隊列を再編させよ! 魔法は距離が離れるほど威力が弱まる。全軍左方向に進路を変えなさい!」
わたくしが指示した左方向はスカイアープ渓谷断崖になっている。
このまま軍を進めるとその断崖に近づくことになるが、もしわたくしならここに大砲を配置する。
つまり自分から罠に近づく決断をしたことになるが、果たして・・・。




