第49話 遊撃戦
「今日はこのあたりで夜営するか」
「そうね。2時間起きに見張りを交代しましょう」
「わかった」
俺たち二人は、たった1日でサラース男爵領(N1E3)をゆうに超えて、アラモネア子爵領(N1E2)のど真ん中まで進入を果たした。
途中の町で馬を乗り換えたりギルドの転移陣を利用したりして、神出鬼没の遊撃戦を展開。
敵騎士団を見つけては遠隔からの魔法攻撃で撹乱させつつ、ひたすら東へ東へと進んで来たのだ。
そして今、とある森の奥の洞穴に潜んで夜営の準備をしていた。
「明日はまたサラース男爵領まで戻って本体と合流。もう一度、敵の騎士団の戦力を削いでおこう。明日も大変なので今日は早めに休んで魔力の回復に務めよう」
「そうね。でも眠るにはまだ時間が早いし、もうその辺を少し散歩してみない」
セレーネを連れて夜の森を歩く。
姿は見えないが周りから夏虫の鳴き声が聞こえる。
「あそこに大きな岩場があるから、行ってみようよ」
森の木々が少し開けた広場にある大きな岩をセレーネの手を引きながら頂上までよじ登って、そこに並んで腰かける。
「見てアゾート。星がきれい」
見上げれば、満天の夜空を埋め尽くす星々の輝き。赤みがかった星や青みがかった星、天の川のようなものまで見える。
地球で見た正座は一つもないな。
空には2つの月、セレーネとディオーネが浮かんでいる。
「セレーネって、あの月と同じ名前だね」
「なんでだろうね」
クスッと笑ったセレーネの瞳を見て思った。
「瞳の色かな?」
赤い月のセレーネと、青い月のディオーネ。
「お父様ならそうかもしれないわね」
夜空を見つめるセレーネの白銀の髪が風でサラサラ揺れた。
「私への嫌がらせはなくなると思うけど、あれからどうなったのかな、フリュオリーネ」
セレーネが抱えていた問題はサルファーの婚約破棄と共に一応は解決した形になった。
セレーネへの求婚も、当主ダリウスがサルファーにハッキリ断ってくれているが、
「セレーネの問題はなくなったが代わりにまた内戦が始まってしまったし、今度はアウレウス伯爵まで攻めてきた」
セレーネは普段明るく振る舞ってはいるが、やはり責任を感じている。
「なんで私なのかな・・・」
サルファーはセレーネのことをまだ諦めきれていない。
セレーネへの想いが募り、フリュオリーネとの婚約を破棄して戦争まで引き起こしたぐらいだからな。
サルファーの愛はそこまで深かったのだ。
「セレーネの責任ではないし、何も気にしなくていい」
「・・・うん」
「誰が何を言おうとも俺はセレーネの味方だし、必ず君を守ってみせる」
8月5日(雷)晴れ
我らアウレウス騎士団は、無事アラモネア騎士団(兵数550)との合流を果たした。
「フェルーム騎士団が我が領地に侵入してきたため、城の防衛のために騎士100を残さざるを得ませんでした」
そうアラモネア騎士団の参謀が報告してくれたが、フェルーム騎士団がアラモネア子爵領に侵入か・・・。
現時点でそこまで東へ展開する意図がわからない。
今回の戦いではプロメテウス城(N2E1)に戦略的価値はないし、ここを占領してもいたずらに兵力分散するだけ。
「敵の規模は」
「それがわからないのです。我が騎士団の被害規模や交戦場所から推測して、小規模の遊撃隊が多数展開しているとしか・・・」
小規模の遊撃隊が多数・・・本当にそうかしら。でも状況を判断するにはあまりにも情報が少ない。
「わかりました。報告ありがとうございました」
参謀から一通りの報告を受けたわたくしは、向こうのテーブルでアラモネア子爵を歓待している新たな婚約者フォスファーの様子を見つめる。
まだ昼間なのに彼らは既にワインを何本も空けている・・・。
◇
銃装騎兵隊本体と合流した俺たちは、サラース男爵指揮下の騎士団にさらに打撃を与えるべく、領内を南下していった。
「前方に騎士団発見。兵力およそ100」
規模的に配下の騎士爵家の騎士団だろう。補給隊込みでの規模と考えれば実働部隊は多くて70程度か。
「馬上射撃訓練だと思え。総員突撃っ!」
俺の指示で敵騎士団後方から接近すると、俺たちに気づいた敵は補給隊を残して前方にスピードを上げた。
逃がすか!
補給隊を無視して騎士団本隊を追走すると、やがてその射程距離にやつらを捉えた。
「撃てっ!」
轟音が鳴り響き、一度に20名ほどが馬上から地面に崩れ落ちた。
「撃てっ!」
さらに10数騎ほどが倒された敵騎士団は、逃げられないと悟って全騎反転してこちらに突撃してきた。
「よし、左右に散開して敵を包囲殲滅する。絶対に味方に当てるなよ」
銃装騎兵隊の陣形が扇形に変化していくが、動きが滑らかでサー少佐の訓練が行き届いているのがよくわかる。
「撃て!」
突撃してきた残兵力に浴びせかけられる、銃弾によるクロスファイアー。
数回の斉射後に敵騎士団が全滅したが、何なんだこの連携の取れた動きは・・・凄い!
「徴用したばかりの平民兵なのに強すぎる。やはりサー少佐によって訓練をお願いして正解だった」
俺が思わず声を出すと、サー少佐が苦笑いをして頭をかいた。
「俺は海軍の士官だし陸戦は専門外だから、海兵隊の訓練を見よう見まねで試しただけさ。まあ上手く機能してよかったよ」
「いやいや、もう感謝しかないよ。よし俺たちの遊撃戦はこれで任務終了。これより次の作戦に移る」
置いてけぼりにされた敵補給隊を確保してその物資を全て手に入れた銃装騎兵隊は、セレーネと共に決戦の地であるスカイアープ渓谷へ向けて西に進路を変えた。
俺とネオン、ネオン親衛隊をこの場に残して。
8月6日(光)曇り
「サラース男爵が戦死された・・・」
スキュー男爵領に到着して残りの騎士団との合流を果たした私たちは、サラース騎士団参謀から報告を受けていた。
それによると、血気盛んなサラース男爵が先陣を切って騎士団先行部隊を率いて南への進軍していたところ、突如敵からの奇襲攻撃を受けて爆裂魔法が騎士団の中心部で炸裂。
前後2つに分断された騎士たちがそれぞれ別方向に誘導されて、騎士たちが散り散りになってしまったらしく、その時サラース男爵は隊列の後方にいて、前方にいた自分たちとは離れ離れになってしまったとのこと。
その参謀は、敵の魔導騎士の放った土魔法ウォールで立ち往生させられた上に敵の逃亡を許してしまい、後方部隊と合流しようと急ぎ辺りを捜索すると、林道付近で全滅させられた友軍を発見。
その中にサラース男爵もいた。
男爵はその時既に死亡しており、頭部を何かで刺されたような丸い傷跡が残されていたし、他の戦死者も全員同様の刺し傷が見られたようだ。
また、合流を予定していた臣下の騎士団とも連絡が取れず、恐らく全滅させられた可能性が高い。
結果的に、ここまで到着できた男爵指揮下の騎士団は400騎のみという惨状だった。
「敵の損失はどれくらい出ましたか」
「それが敵は一人の死者も出していない可能性があります。死体が見つかりませんので」
タイミング的にフェルーム騎士団の仕業で間違いないと思うのだが、一人の戦死者も出さないなんてあり得るのか。
相当な大部隊を投入して包囲殲滅したならともかく、この参謀の言葉を信じるなら敵は少数精鋭の遊撃部隊。
あるいは何かの新兵器を使ったのか。
頭部に刺し傷・・・参謀の言葉から、水属性魔法アイスジャベリンではなさそう。
「どう思いますか姫様。彼らの報告の通りなら陽動にしては友軍の戦死者の数が多すぎます。やはり遊撃部隊ではなく騎士団の主力が東へ侵攻を開始していると見た方が良いのでは」
ザッパー男爵の言うことも一理ある。
戦略目的が分からないが、その可能性を無視するわけにはいかなくなった。
となると、
「敵の誘いに乗ることになるかも知れませんが、南ルートはやめて北ルートから進軍。最大戦力で最初にフェルーム騎士爵領を落とすというのはどうかしら」
こちらに十分な戦力が残っているうちに一戦当たってみて、彼らの戦力を測ってみるのもいいかもしれないし。
ザッパー男爵にそう提案すると、突然背後から大きな拍手が聞こえた。
スキュー男爵がフォスファーを連れてこちらに歩いてくる。
「素晴らしい! さすがフリュオリーネ様、あの憎っくきフェルーム家に目をつけるとは実に慧眼ですな」
芝居がかった立ち居振る舞いで、わたくしに賛同するスキュー男爵。
その隣ではフォスファーが忌々しげな顔でフェルーム家への怒りを吐き捨てた。
「フェルーム家には2年前の内戦で煮え湯を飲まされ、あの時の恨みがまだ我々には残っているのだよ」
「フェルーム家といえばあの「大砲」という新兵器が記憶にございますが、もしかしてそのことを」
「ああそうだ。あの忌々しい新兵器が無ければ、我らは勝っていたのだからな」
大砲か・・・攻城戦に抜群の効果があったあの新兵器を今回も使ってくるとすれば、フェルーム家はどういう場所を決戦の地に選ぶだろうか。
もしわたくしなら・・・。
「我が愛する息子のハーディンが、フェルーム家の分家のガキに大怪我を負わされ、騎士学園から帰されてきたのだ。あの一族はガキまで本当に忌々しい」
そういえばアゾート・フェルームが1年上級クラスを崩壊させていたが、わたくしの友人同様、酷いダメージを負わされた男子生徒はスキュー男爵家のお世継ぎだったわね。
それについては特に何の感情も起こらないが、そんなわたくしと異なり目の前の二人は酷く憤慨しているようだ。
「それは許せないな、スキュー男爵。よしフリュオリーネの進言通りに進路変更。我らの攻撃目標はフェルーム騎士団だ! 初戦でフェルーム家を蹂躙して我々の恨みを晴らすとしようではないか!」




