第47話 新鋭軍師がその冷徹な瞳に映し出すもの
時はサマーパーティーまでさかのぼる。
全校生徒が衝撃を受けたあの会場から密かに抜け出した一人の男子生徒は、そのまま学園を出て繁華街の一角で工作員に情報を伝達した。
「サルファーがフリュオリーネとの婚約を破棄した」
サルファーを失脚させて次期ボロンブラーク伯爵の地位を狙っていた次男のフォスファーは、自派閥の貴族家の子弟にサルファーの動向を監視させていた。
そこに「婚約破棄」という思わぬ敵失を拾うことができたフォスファーは、その幸運に喜びをかみしめながら急ぎアウレウス伯爵への面会を求めていた。
そしてその5日後に面会の機会を得たフォスファーは、王都アージェントにあるアウレウス伯爵の屋敷を訪れた。
案内された応接室のソファーにはアウレウス伯爵が既に座っており、その傍らには腹心のザッパー男爵が控えていた。
フォスファーは丁寧な挨拶をした後、早速本題を切り出した。
「愚かな兄の非礼の数々に対する謝罪と、心に深い傷を負われたフリュオリーネ様へのお見舞いをさせていただきたく、病床の父ボロンブラーク伯に成り代わって参上いたしました次第」
「ほう、謝罪とな」
「はい。兄のサルファーは無能ながらも父の寵愛を受けて次期当主の指名を受けておりました。ですが臣下の多くは能力に勝る私を次期当主に推しており、案の定、兄はフリュオリーネ様との婚約を破棄してしまう愚行に走る始末。アウレウス公爵家に対するあまりの非礼に、私も主だった貴族達も怒りの納まるところを知りません」
沈痛な表情を浮かべて語り続けるフォスファーの言葉を、だがアウレウス伯爵は何も言わずにただ耳を傾けていた。
「本来私が治めるべき領地を愚兄から取り戻すべく、志を同じくする臣下たちと正義の行動を起こさんとしており、愚兄を討つことこそが私めが考える最大の謝罪でございます」
「それで?」
「愚兄を討つことはアウレウス公爵家とフリュオリーネ様の名誉を回復させることにも繋がりますし、この正義の行動を成功させるためにも是非この私めにお力添えをいただきたきたく存じます」
ソファーから立ち上がって、アウレウス伯爵の前に膝をつくフォスファー。
そんな彼に乾いた笑みを浮かべながら、アウレウス伯爵はその言葉を発した。
「そなたの言わんとしていることは分かったが、どのような力添えを望んでいる」
「できますればフリュオリーネ様との婚約。そして少しばかりの兵力をお借りしたく」
「我が娘だけでなく、我が騎士団の助力も得たいと?」
「実は配下の騎士団を全て糾合しても我が戦力は愚兄の派閥とほぼ同じ。これでは攻略にいささか時間がかかり過ぎてしまうため、早期に決着しうるだけ戦力をお貸しいただければと」
「なるほど。それでいかほど必要か」
「3000ほど」
「よかろう。ザッパー男爵、そなたが我が兵を率いよ」
「御意」
「それからフリュオリーネをここに呼べ」
「ハッ!」
アウレウス伯爵に命じられた執事が、急ぎ応接室を後にした。
◇
婚約を破棄されて自領に戻ったわたくしは、事のあらましを父であるアウレウス伯爵に全て報告した。
父は酷薄とした目をわたくしに向け、終始無表情のままただ話を聞いていた。
そして話を聞き終えた父は特に感情を表に出すこともなく、わたくしに向き直った。
「それで、そなたはどうしたいのだ?」
そのような質問を返されると思わなかったわたくしは、さらに質問で答えざるを得なかった。
「それは、わたくしの今後の身の振り方を尋ねられているとの理解でよろしいでしょうか」
「だとしたら、そなたはどうしたいのだ」
「それは・・・」
婚約破棄という不名誉な傷がついてしまったたわたくしには、この先まともな相手との婚姻を結べる可能性がなくなった。
さらに下位の貴族との政略の道具に使われるか、一生涯この家で飼い殺しにされるか、あるいは修道院へ行くという道も残されている。
「娘の婚姻はお父様がお決めになることだと理解しておりましたので、そのようなことを尋ねられても即答はできません。少し自分の考えをまとめる時間をいただきたく存じます」
「よかろう。ではそなたの答えが出るまで、ちっ居を申し渡す」
「承知しました」
こうして自室に籠もることになったわたくしは、それから自問自答を繰り返した。
わたくしは一体どこで何を間違ったのか。
子供の頃からアウレウス公爵家の他の姫君たちと同様に、王妃や他国の妃、あるいは王族に輿入れするための教育が施されてきた。
そんなわたくしに婚約者ができたのは12歳の時。その相手は王族ではなく、王都から遠くの離れた地方の領地貴族、ボロンブラーク伯爵家の嫡男サルファーだ。
困惑するわたくしに投げつけられたライバルたちの言葉には、哀れみと嘲笑が多分に含まれていた。
それを聞いた当時のわたくしは、これまでの努力が全て否定されたような気がした。
もともと感情の薄かったわたくしは、この出来事でさらに感情が消えてしまったようで、正式に婚約するためボロンブラーク領を訪問した頃にはもう何も感じなくなっていた。
城内を案内してくれたサルファーの言葉も、わたくしは何も興味がわかなかったし、そもそも届いてすらいなかった。
それから王都に戻ってライバルの姫君たちの嘲笑を聞いても、わたくしは特に何も感じなくなり、ただ黙々と勉強に打ち込んでいった。
そんなある日、お父様からボロンブラーク騎士学園に入学するように仰せつかった。
ボロンブラーク領を治めるための実地訓練に調度いい機会だと思い、王国を統治するために学んだ帝王学を実際に試してみることにした。
その結果、多くの貴族はこのわたくしに付き従うようになり、生徒会長であるサルファーよりも強い影響力を及ぼすまでに至った。
全ては上手く行っていたはずだった。
だがもたらされた結果は、階層間の分断と対立。そして学園の崩壊。
その直接の原因を作ったのは私に付き従った貴族たちの行動だが、結果責任はもちろんこのわたくしにある。
(それをコントロールするのが為政者の役目)
(だが君は全くコントロールできていないではないか)
まさにその通りだった。
自分は実地訓練に見事に失敗したのだ。
愚かな貴族たちの行為がもたらす結果を、わたくし自身が想像できていなかったのだ。
万物は全て因果関係でつながっていて、貴族社会で起こる様々な事象も貴族たちの行動の一つ一つが複雑に絡み合ってもたらされた結果なのである。
情報を集めて整理し、仮説をたてて結果を推測する。
そうしてできうる限り先の未来まで読み切った上で、自分の思い描いた結果へと導く。
いくら知識があっても受け身ではダメ。
自分から結果を求めに行かなかったのが最大の敗因だったのだ。
自分の敗因がようやく分かったけれど、このわたくしに次のチャンスはない。
そうね・・・お父様のお言いつけは、自分の今後の身の振り方を考えることでしたわね。
こうして自問自答を繰り返していたある日、わたくしはお父様から呼ばれて応接室に入った。
そこにはお父様と側近のザッパー男爵、それにもう一人、客人の若い男性がソファーに座っていた。
「こちらはボロンブラーク伯爵家次男のフォスファー殿。お前の次の婚約者だ」
「ボロンブラーク伯爵家・・・・・」
「聞け、我が娘フリュオリーネよ! ここにいるフォスファー殿と共にボロンブラーク城を陥落せしめ、サルファー・ボロンブラークを討ち滅ぼすのだ!」
このわたくしが・・・
ボロンブラーク城を・・・
陥落せしめ・・・
サルファー様を・・・
討ち滅ぼす・・・
言われた瞬間はまだ理解できなかった言葉の一つ一つが、少しずつ頭の中で繋がっていき、自分が何をすべきかを完全に理解した。
サルファーの首を討ってボロンブラーク伯爵家を手に入れるのが、このわたくしに与えられた新たなミッション。
今度は絶対に失敗しない。
目標は明確に設定されているし、後はあらゆる状況を想定して、わたくしの望む結果を求めて積極的に行動に移す。
そして、サルファーを討ち滅ぼすための最大の障害となるのは、フェルーム騎士団。
その中核にいるのが、異形の天才アゾート・フェルーム!
そう、不倶戴天の敵を倒すことこそが今回のわたくしの戦略目標なのだ。
なんてシンプル!
なんてやりがいのあるの!
わたくしの二つの瞳に生気が甦ったことを、もちろんお父様は見逃さなかった。
「行け、我が娘にして最高傑作フリュオリーネよ! アウレウス騎士団3000騎を率いて見事サルファー・ボロンブラークを討ち滅ぼすのだ! そなたが我が騎士団の軍師であり、その知謀を存分に発揮して来い!」
「はいっ! お父様の愛弟子であるこのフリュオリーネが、必ずやお父様のご期待に添えてみせます!」
わたくしは生まれてはじめて高揚感というものを感じ、わたくしのこの身体は生きている喜びにうち震えていた。




