第42話 すれ違う二人
騎士学園に入学して1年と半分が過ぎ去ったあの日、冬の到来と共に僕の初恋も一つの終わりを迎えた。
そう、僕はセレーネをあきらめたのだ。
学園を卒業してしまえば僕とセレーネは領主と家臣という関係になってしまう。
だからせめて、互いに気安く接する事ができる学生時代だけでも、セレーネとは気軽に話がしたい。
我ながら未練がましいとは思いつつも、セレーネを見かけては無理に話題を作って話しかけるようになっていた。
だが冬の終わりを感じ始めてきた早春、セレーネの様子が少し変わった。どことなく元気がなくなってきたのだ。
遠くからこっそり様子を見ていると、セレーネがフリュオリーネの取り巻きたちに囲まれて、何か言い争いをしているように見える。
取り巻きたちが立ち去ってそこに取り残されたセレーネの表情を見ると、とても疲れきった様子だった。
なぜフリュオリーネの取り巻きがセレーネを・・・。
そしてその事件は卒業式のダンスパーティで起こった。
その日僕はフリュオリーネをエスコートして会場入りしていたが、生徒会長として壇上に登って開会の挨拶をした後、再びフリュオリーネのもとへ戻るとそこに取り巻き令嬢たちに囲まれたセレーネがいた。
しかもセレーネのドレスには、飲み物をかけられたのか赤い染みがべっとりと付いていた。
「何をしてるんだ!」
僕は慌ててセレーネを背中にかばい、取り巻き令嬢たちに事情を聴いた。すると、
「貴族としてのマナーがなっていなかったので教えて差し上げていたのです」
「マナーだと?」
「セレーネ様は生徒会長との仲をかさに来て、日頃から上位貴族である私たちを蔑ろにしているのです」
「僕との仲・・・」
令嬢たちは悪びれる様子もなく、口々に自分たちが正しいことをしていると主張しているが、彼女たちにそうするよう指示をした者に聞くのが早い。
「フリュオリーネ、本当にそうなのか?」
彼女の考えを確認するいい機会だと思い、僕はフリュオリーネに尋ねた。ところが、
「わたくしの口から申しあげることは何もございません。やったのはその者たちであり、わたくしに尋ねるのは筋違い。理由は本人たちから聞けばよろしいかと」
そう答えると、表情を変えることなく踵を返したフリュオリーネが、テラスの方に一人立ち去ってしまった。
「まずはそのドレスを何とかしないと。とりあえずこちらへ」
そう言って僕はセレーネを別室へと連れていった。
フリュオリーネはきっと僕とセレーネの関係を疑い、取り巻き令嬢たちを使ってセレーネを目の敵にしている。
つまりこれは僕が引き起こしてしまったことでもあるんだ。
そう。中級貴族たちのいじめの対象にされている彼女を目の当たりにした今、他の貴族家との関係や生徒会長としての立場を気にしてセレーネを放っておくなど、この僕にできようはずもなかった。
僕ならセレーネを守ることができる。
中級貴族など関係ない。
僕は次期伯爵なのだ。
貴族たちへの怒りとセレーネへの想いが頂点に達した僕は、セレーネに思わず言ってしまった。
「僕と結婚してほしい。君を守りたいんだ」
だがセレーネは絶句した。
「急にそんなことを言われても困ります」
何を言ってしまったんだ僕は。だがもうこれ以上、自分の気持ちを抑えきれない。
「君が言いたいことはわかるし、君のお父上ともちゃんと相談はする。だがこれだけはわかってほしい。僕は君のことを心から愛しているんだ」
僕の告白を聞き終えると、だがセレーネは何も言わずにその場から走り去ってしまった。
セレーネに告白してしまった。
フェルーム家には正式に断られたのに、もう諦めたはずなのに。
だが、この現状をそのまま放って置くことはできないし、僕にはこうすることしかできなかったんだ。
後日、フェルーム家の当主ダリウスに再度相談に言ったものの、僕は完全に呆れられてしまった。「一体、何を考えているんだ」と。
だろうな。
自分でもバカなことをしている自覚はあるし、それでもセレーネのことをどうしても諦めきれなかった。
僕はセレーネのことをそこまで愛してしまっていたのだ。
◇
中間テスト後の連休明け。
久しぶりの登校日に僕は2年魔法団体戦での騒動の事情を聴くため、フリュオリーネを生徒会の別室に呼び出していた。
「2年の生徒会役員からおおよその話は聞いたが、直接君からも話を聞いておきたい。君は何をやったのだ」
僕がそういうと、小さくため息をついたフリュオリーネがひどくつまらなそうに答えた。
「わたくしは何もしておりません」
その答えは予想していた。大貴族ほど自分の手は汚さないものだから。
「取り巻きどものしたことは、君の責任でもある。それに講師も巻き込んだそうだな」
「それこそ記憶にございません。講師が何かやったそうですが、わたくしも理解に苦しんでおりますので」
いかにも大貴族らしい責任逃れの言葉。
王都社交界での経験がそうさせるのか、彼女と僕とではそもそも役者が違うようだ。
彼女から何かを聞きだせる気がしない。
「君の実力があれば、あんな汚い手を使わなくてもセレーネには十分勝てただろう」
「汚い手と申されましても、わたくしはセレーネ様のことなど興味がございません。サルファー様の思い違いでは」
あくまでしらを切るつもりか。
「なぜ君は、セレーネをそこまで目の敵にする!」
「だから、セレーネ様など最初から相手にしておりません」
「僕は、取り巻きを使ってセレーネをいじめるのをやめろと言っている!」
「だからなぜそれを私におっしゃるので」
「わかった、もういい!」
僕がそういうと、フリュオリーネは表情一つ変えずに踵を返して部屋から出ていった。
僕はソファーに身体を預けて、ボンヤリと思考を巡らせる。
フリュオリーネとは上手くやっていけると思っていたのに、いつのまにか意志疎通さえ難しいレベルにまで関係が悪化していた。
政略結婚とは言えさすがにまずいな。
セレーネへのいじめも僕の見ていないところでずっと続けているようだし、セレーネからはアゾートが目を光らしてくれているから大丈夫だと聞いた。
アイツに頼るのは僕としては面白くないが、セレーネの安全を考えればこれが最善か。
実際アゾートは取り巻きどもに対してだけでなく、あのフリュオリーネに対しても臆することなく立ち向かったと聞く。
ていうかアイツ、騎士爵の分家のくせして、アウレウス公爵家に歯向かうなんてどれだけ強心臓の持ち主なんだ。
しかもその時、フリュオリーネは物凄い形相でアゾートに怒りをぶつけていたらしい。
あの氷の女王が他人に感情を見せるなんて俄には信じられないが、もし本当だとするとアゾートはかなりマズイかも知れない。
フリュオリーネが学園内のことを実家に告げ口するとは思えないが、もしもの時はどうする。
大切な臣下とは言え、相手が相手だけに場合によっては・・・少なくともアイツが今後も貴族としてやって行けるか、心配になってくるレベルだよ。
はあ・・・・・。




