第41話 フリュオリーネの述懐
わたくしはフリュオリーネ・アウレウス。
アージェント王国の名門貴族アウレウス公爵家の一員として生を受け、幼い頃から王妃候補として厳しい教育を受けて育った。
為政者としての威厳を保ち、王国貴族たちに秩序を守らせる。それが王国の体制を維持し繁栄をもたらすことに繋がる。
そうお父様から教えられてきた。
貴族は魔力という特別な力を持っているがゆえに欲望に忠実な存在だ。主従関係で一応は縛っているが、そんなものでは彼らを完全に御することはできない。
現に、絶対帝政を敷く中央集権国家・ブロマイン帝国との間に広がる軍事力格差が皮肉にもその答えを出している。
つまり我が王家は、領地貴族の持つ固有の武力をその指揮下に完全には置くことができておらず、帝国との敗戦を重ねることで前時代的な封建体制の限界を露呈してしまっている。
だからわたくしは感情を完全に排除し、冷徹な態度を持って王国貴族たちを物心ともにその支配下に置く。そのようにお父様から教育され、またそれが正しいと自分の頭で理解していた。
結局わたくしは王妃にはなれなかったが、サルファー・ボロンブラーク次期伯爵の妻として将来的にはこの広大な領地を統治することとなる。
わたくしの受けた教育は、ここでもきっと活かされるはずだ。
そんなわたくしはボロンブラーク騎士学園に入学し、生まれて初めてこれだけたくさんの貴族の子弟たちを目の当たりにした。
ここにいる彼ら彼女らを統率するのが、為政者としてのわたくしの最初の実地訓練となるのだろう。
そして実際、学園の生徒たちは実に貴族らしく欲望に忠実で、上位にへつらい下位を貶めている。
そう、子供の頃からお父様に教えこまれた貴族の行動そのものを、彼らは本当に実行していたのである。
妬みそねみの感情で物事を判断し、自分の見たいものだけを見て、信じたくないものは都合よく解釈を変え、上位貴族は下級貴族を必要以上に罵り苛めて、自分の自尊心と承認欲求を満たしている。
そんな彼らの行動など全く理解できないし、理解したくもない。
この学園では、生徒だけでなく講師までもが愚かな行動をとる。シャウプと言ったかあの講師、彼女が何を考えてあのような愚行に出たのかは未だに理解できない。
だからこそ、このわたくしが愚かな貴族たちを統率しなければならず、将来の伯爵夫人としての練習の場がまさにこの学園なのだ。
私はもともと感情を表に出さない人間であり、いいえ、感情的になること自体がそもそもなかった。
婚約者のサルファーに対しても何か特別な感情を持っているわけではないし、将来の伴侶として適切な距離感を保って良好な関係を維持できればそれでいいと思っている。
ところが、これは学園に来て初めて気づいたことなのだが、サルファーはわたくしとは異なりとても感情豊かな人間だった。
彼は何も言わないし、わたくしが気づいてないと思っているようだが、臣下のセレーネ・フェルームという下級貴族をどうにかして自分の妾にしたいと思い悩んでいる。
それ自体、上級貴族としては別にありふれたことであり、わたくしからは特に言うべきこともない。
もし気になることがあるとすれば、それは彼が感情に支配されて周りが見えなくなってしまい、間違った判断を下してしまうこと。
それは為政者として決してあってはならないことであり、折を見て彼とは意識あわせをしておく必要があると、わたくしはそう思っていた。
そんなわたくしにも、この学園でどうしても許せない存在が一つだけあった。
アゾート・フェルーム。
この男は我が王国にとって非常に危険な存在になり得ると、わたくしは思っている。
彼の存在を初めて知ったのは、2年前に起きたボロンブラーク伯爵領内の内戦。
わたくしの調べた情報では、彼の開発した新兵器によって劣勢のサルファー陣営を勝利せしめたと認識している。
それ自体は素晴らしいことなのだが、問題なのは彼の生み出した魔法の数々がおよそ発想の飛躍でもない限り作り得ないものばかりであり、敢えてよく言えば天才の所業であったということ。
特に恐るべきは、我が国の魔法体系とは異なる独自の魔導技術を彼が持ち、従来の貴族にはない発想や価値観と柔軟かつ合理的な思考によってそれを生み出したということである。
これはつまり、貴族であるはずの彼がわたくしの学んできた帝王学では支配の及ばない異質の存在であるということを意味しており、味方であるうちはいいが、もし王国に仇なす存在となったならば、彼は制御不能の化け物と成り果ててしまう。
そう、アゾート・フェルームは我が王国を破滅に導く可能性のある異形の存在であると、このわたくしは判断したのだ。
そんな危険人物が、一つ下の学年の生徒としてボロンブラーク騎士学園に入学してきた。
下調べは済んでいたものの、初めてアゾート本人を目の当たりにしたのは、中間テスト前日の訓練棟でのことだった。
その時もまた、わたくしの取り巻きがセレーネを罵っては自己満足に浸っていたが、そのことについてはわたくしは心底どうでもよかった。
そんなことよりアゾートの顔を見た瞬間、わたくしの心の中にはこれまで抱いたこともなかった様々な感情が、一度に溢れて来たのだ。
それが怒りなのか悲しみなのか悔しさなのかはハッキリとは分からないが、ありとあらゆる感情が一生分まとめて同時に押し寄せたような感覚。
わたくしはいつもの冷徹な態度を維持することができなくなり、慌ててその場を立ち去るしかなかった。
次に彼に会ったのが、昼休みのラウンジ。
彼の名を呼んで、わたくしの方を振り返った彼の顔が目に入った時に感じた感情は、明らかに「怒り」だった。
気がつけばわたくしは彼の頬を力一杯平手打ちしており、それから感情の赴くままに彼を罵った。
正直言って彼に何を言ったか、今では全く覚えていない。
そして気がつくと彼はわたくしの前から立ち去っており、わたくしは一人ラウンジに取り残されていた。
自己嫌悪。
これまで軽蔑していた貴族たちと同じ。とても見苦しい自分を見せてしまった。
でもその時一つだけ分かったことがあった。
わたくしの心の奥底に潜む何者かが必死に叫び声を上げていたのだ。
アゾート・フェルームはわたくしにとっての不倶戴天の敵であると。




