第40話 サルファーの述懐
僕はサルファー・ボロンブラーク。
ボロンブラーク伯爵家次期当主であり、現在ボロンブラーク騎士学園の3年生で生徒会長をしている。
学園にボロンブラークの名が使われてはいるが、我が伯爵家の所有する学校ではなく、たまたまこの地に立地しているアージェント王立の騎士学園である。
ここ以外にあと2つ学校がある。王都にあるアージェント騎士学園とフィッシャー辺境伯領にあるフィッシャー騎士学園だ。
今、ボロンブラーク騎士学園が荒れている。
中上級貴族と下級貴族の間に感情的な対立があり、それが学園全体に広がっているのだ。
両者の間には主従関係があり、本来対立構造にはなりにくい。
もちろんちょっとしたイザコザは当然起こるが、それが学園全体を巻き込んだ階級闘争にまで発展した例は、他の学園を含めてあまり聞いたことがない。
それが今この学園で起きていることであり、暴動寸前にまで来ている。
そのきっかけは先日の2年上級クラスの魔法団体戦で、セレーネに対する理不尽で不当な扱いを目の当たりにした下級貴族たちが、溜め込んでいた不満を一気に爆発させたのだ。
なぜこんなに不満が溜まっていたのか。
直接的な原因は最近目立つようになった中上級貴族による横暴な振る舞いだが、それを助長したのが王都の名門貴族アウレウス家の令嬢フリュオリーネの入学だ。
王家に連なる名門にして、彼女自身も順位は低いながらも王位継承権を持つ王家の姫君。
そんな彼女の威光をかさに来て、保守的な権威主義者たちがここぞとばかりに下級貴族に対して威圧的な態度をとってしまった。
騎士学園は講師陣こそ王国からの派遣であるが、基本的には生徒による自治でなりたっており、生徒会長である僕がみんなをまとめなければならない。
そう、僕には責任を持ってフリュオリーネの影響を抑える義務がある。
なぜなら彼女は、生徒会の副会長であり、そして僕の婚約者だからだ。
フリュオリーネと最初に出会ったのは、僕がまだ騎士学園に入学する少し前、まだ13歳の時だった。
アウレウス公爵は、これまで中立の立場にいたボロンブラーク伯爵家を自分の派閥に取り込むために、実弟であるアウレウス伯爵の次女フリュオリーネと僕を政略結婚させることに決めた。
その顔合わせのため、フリュオリーネはアウレウス伯爵と共に我が領地を訪れた。
フリュオリーネは人形のように完璧に整った目鼻立ちをしていて、感情を一切表に出さず、とても冷たい雰囲気のする美しい少女だった。
僕が彼女を連れて城の中を案内しても、特に興味のない様子で何を話しかけても会話が続くことはなかった。
そして両家の間で婚約が成立し、フリュオリーネが王都へ帰った後も僕たち二人の間に交流はなく、手紙のやり取りもすぐに途絶えた。
彼女は僕のことなんかに興味がなく、でも政略結婚だからこんなものなのだろうと納得していた。
やがて僕も騎士学園に入学する年になり自領にあるボロンブラーク校へ入学した。一つ年下のフリュオリーネも来年にはこの学園に入学するため王都からやってくることも聞かされている。
彼女に会うのは顔合わせの時以来となるが、今まではお互いにそれほど興味はなかったものの、彼女が入学してきたらできるだけ仲良くなれるように努力しようと思っていた。
だが騎士学園に入学して少し経った頃、僕の領地で内戦が勃発した。
父のボロンブラーク伯爵が病に倒れた隙に、弟のフォスファーを次期領主に推す派閥が武力蜂起したのだ。
僕は自分の派閥貴族の騎士団を糾合し、反体制派を鎮圧するため進軍を開始。
反体制派は戦争の準備を十分に行っており、こちらの派閥貴族の切り崩しにも成功していた。そして大方の見立ては、僕の敗北を予想していた。
だが僕には、世間に全く知られていない秘密兵器があった。
我が伯爵家に古くから仕える直臣フェルーム騎士団が開発した新兵器「大砲」。
その大量生産に成功し、それを運用した新戦術の研究も急ピッチで進んでいた。
僕は内戦に勝てることを確信して、この決戦に挑んだのだ。
実際「大砲」と呼ばれるその新兵器の威力はすさまじく、攻城戦において絶大な戦果をあげた。
そして開戦からものの3か月あまりで、我が陣営は勝利を収めたのだ。
その戦いの中で僕は、運命的な出会いをした。
ずらりと並んだ大砲。
それを次々と発射させる一人の少女。
白銀の長い髪に燃えるような赤い瞳。
轟音鳴り響く戦場にあまりにも不釣り合いな、繊細な容姿の儚げな美少女。
にも関わらず、火属性上級魔法・エクスプロージョンを次々と連射する恐ろしいまでも大魔力と、天性の魔導の才能の持ち主。
その鮮烈なコントラストに、僕は目も心も奪われてしまった。
心臓の鼓動がなりやまない。
・・・これが恋なのか。
僕が2年生になり、フリュオリーネが入学してきた。
久しぶりに会った彼女はさらに気高く、名門貴族の令嬢然とした女性に成長していた。
挨拶を交わし学園を案内した時には、以前と異なり当たり障りのない会話もそれなりにできるようになった。お互い大人になったのだろう。
彼女を案内したあと、今度は今年入学して来る臣下の子弟たちからの挨拶を受けた。
その時、僕たちは再会した。
セレーネ・フェルーム。
忘れようにも忘れられない白銀の少女がそこにいた。
心臓がなりやまず平常心を保てなくなった僕は、挨拶をそこそこに切り上げて男子寮の自室に足早に帰った。
僕の婚約者はフリュオリーネ・アウレウス。
王都の名門貴族であり、大切な政略結婚の相手なのだ。
政略結婚なのだからフリュオリーネを愛する必要はない。彼女が入学したらできれば仲良くしようと考えていたが、きっと彼女の方もその程度に思っているはずだ。
その一方で僕は、セレーネを本気で愛してしまっていた。
この想いはまだ誰にも知られていない。
もちろん僕が望めばセレーネを妻にすることができると思うが、フリュオリーネが正妻としている限り彼女は側室となるだろう。
でもどういうタイミングでそういう話を進めればいいのか、僕には分からないことだらけなのだ。
相談したいが、父親はまだ病床に臥している。
そして答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。
そんな僕はいつも無意識にセレーネを探していて、その姿を目で追ってしまう。
今日は会えなかったが、明日あそこに行けば会えるかもしれない。でも彼女に何と言って話しかけようか。
そんなことばかり考えている自分がいる。
そしてついに耐えられなくなった僕は、秋も深まった頃、思いきってフェルーム家当主ダリウスに、セレーネを側室に迎えたいと申し出た。
だが答えはNOだった。
セレーネはフェルーム家の次期当主として既に公表されており、婚約者もすでに決まっていた。
フェルーム一族の分家の男子で、幼くして例の新兵器の大量生産に成功した天才、アゾートである。
さらに言われたのが、次期当主と定めた者を側室にされるのは、たとえ騎士爵家であっても貴族の体面を潰されることであり、主従関係にひびが入ると。
しかもフェルーム家は古くからの忠臣であり、先の内戦の功労者。もうすぐ男爵家に昇爵することを考えれば、なおさら側室になんてできない。
そう、僕はセレーネをあきらめた。
だからせめて学園の中だけでも彼女に話しかけることを許してほしい。




