第39話 フリュオリーネの怒り
「アレンはダーシュの幼馴染なのか」
「ああ。親戚筋でもあり子供の頃から交流があった。ダーシュは甘やかされて育ったところがあるので、昔から面倒を見てやっているんだ」
「面倒を見てやっているのは俺の方だろ。勘違いするなアレン!」
「この二人は昔からこうなんですのよ」
ユーリが呆れたようにため息をついた。
「ユーリもダーシュたちと昔からの知り合いなのか」
「そうね。この二人の間柄ほど親しくはなかったけど、家が同じ派閥同士だし交流はありましたわ」
「アージェント王国の貴族はいくつかの派閥に分かれているが、俺たち三人はアウレウス公爵派ということになる」
アウレウス公爵家といえばフリュオリーネの本家か。
「アネットとパーラも、よく騎士クラスに編入しようと思ったよね」
マールが話を向けると、アネットは待ってましたとばかりに話し始めた。
「私もダーシュと同じで、シュミット先生に教わる方が断然強くなれると思ったからだ。それよりマールの魔法はすごかったね。魔法防御には自信があったんだけど、まさか一撃でやられるなんて想像もつかなかったよ。どんな魔法だったの」
アネットは自分を倒した魔法に興味津々で、マールにぐいぐい迫った。だが、
「あれはね、アゾートが私のために作ってくれた新しい魔法なんだよ。大切なものだから誰にも教えられないんだ」
マールはそう言って、左手薬指の指輪を大切そうに胸に当てて頬を染めていた。
「ふーん、そういうこと」
アネットが俺の方を見ると、ニヤニヤ笑った。
「なんか勘違いしているけど、そういうのとは違うぞ。イテテ。おいやめろよネオン」
この話になるとネオンが俺の右足の甲を思いっきり踏みつけて来るが、地味に痛いので本当にやめてほしい。
「そう言えばパーラ様はどうして騎士クラスに? 強くなりたいとか、そういったことに全く興味がございませんでしたのに?」
ユーリが不思議そうにパーラに尋ねる。
ダーシュもアレンも、パーラは上級クラスに残るものだと思っていたようで、
「パーラは大人しくて優しい性格だし、戦闘とは無縁の「深窓のお嬢様」って感じなのにホント意外だったよ。この前の試合が終わった後も、恐怖でずっと怯えてたからユーリが付きっきりで慰めてたって聞いたぞ」
「えっ?」
パーラってそんな性格だったの?
確かにユーリから事前に得た情報は、魔力量やら魔力属性やら戦闘面のものばかりだった。
だから俺たちは、パーラが誇る防御魔法をいかに攻略するかしか考えていなかった。
それで結局、鬼の形相をしたダンが人間業とは思えないほどのパワーとスピードで何百回となく剣を打ちつけて、パーラの心を折ったんだ。
そう考えたら、ハーディンのせいで一番酷いとばっちりを受けたのはパーラなのかもしれない。
それに気づいたダンは、ガタンと席を立つとパーラの前で深々と頭を下げた。
「パーラ、あの時はすまなかった!」
そんなダンを前にパーラは頬を真っ赤に染めて、
「あの・・・その・・・も、もう気にしていませんわ。そんなことよりダン様、これからはわたくしと仲良くしてくださいませ」
実にいい娘だった。
そして俺たちの心は申し訳ない気持ちで溢れかえり、パーラを直視できずに顔をそむけた。
「じゃ、じゃあ、これからは俺たちと一緒に強くなろう!」
居たたまれなくなった俺がさっさとこの話題を終わらせると、
「はい! バリアがもっと強くなるよう、この間みたいに私を剣でたくさん叩いてくださいませ。ダン様・・・」
「・・・・・・・・・」
何か取り返しのつかないことを、パーラにしてしまったような気がした。
さらに居たたまれない空気に包まれた俺たちのテーブル。
だがその沈黙を破るように、背後から俺の名を呼ぶ叫び声がした。
「アゾート・フェルームっ!」
俺が後ろを振り返った途端いきなり頬を力いっぱい叩かれ、勢いそのまま椅子から転げ落ちてしまった。
「だ、誰だ?!」
身体を起こして見上げると、そこには怒りに顔を歪めるフリュオリーネの姿があった。
氷の女王とも評される、人形のように冷たい普段の表情とはまるで反対の、烈火のごとく激怒する女王様がそこにいたのだ。
「いきなり何するんだ!」
俺はすぐに立ち上がると、眼前のフリュオリーネを思いっきり睨み返した。だがフリュオリーネも一気にまくしたてる。
「マーサとザッシュに酷いことをしてくれたようね! 二人ともすごく怯えていて、マーサなんかずっと泣いていましたわ。この学園にはもう居たくないって。あの二人があなたに、一体何をしたと言うのですか!」
「お前の方こそ、これまでセレーネに何をしてきたんだ! この間の騎士訓練棟での酷い暴言、俺ははっきりと覚えているぞ!」
「それはあの二人ではなく別の方でしょう! わたくしが王都から連れて来た友人というだけでそんな酷い仕打ちをするなんて、あなただけは絶対に許しません!」
「お前がそうやって王都の貴族ばかりをかばうから、シャウプみたいなロクデナシが増長するんだろうが! 学園の生徒たちは不満が溜まってるんだ!」
「貴族が貴族らしく振る舞うことの何がいけないのです! 王国が団結するためには秩序が必要であり、守られるべきなのです。わたくしは自分が間違っているとは思いませんし、あなたがやっていることは国の秩序を乱す行為です。我がアージェント王国のために今すぐお止めなさい!」
「それは違う! この学園はもともと上手くやってたのに、王都からお前が来てからみんなおかしくなってしまったんだ! ハッキリ言って迷惑なんだ。それともうセレーネに近付くのはやめてくれ!」
「・・・ギリッ!」
俺がそう言うとフリュオリーネの顔がこわばり、物凄い形相で睨みつつも黙りこんでしまった。
「みんな行こう」
俺はそんなフリュオリーネを置き去りにして、みんなと食堂を後にした。
「フリュオリーネ様があんなに怒ってるところ初めてみたよ。ていうか、あの人に感情なんてあったんだ」
「そうなのか?」
アレンがまるで信じられない物でも見たかのように驚いていたが、逆に俺はアレンの言葉の方に驚いた。
「ああ。氷の女王の異名は伊達じゃなく、他人に感情を見せたことなどほとんどないんじゃないかな」
ダーシュもアレンの話を補足した。
「彼女をはじめアウレウス公爵家のご令嬢はみんな、将来の王妃候補として幼い頃から厳しい教育を受けてきたのさ。だから感情のコントロールが完璧で常に冷徹な判断ができるようにしつけられている。なあアレン」
「ああ。王妃たるもの大を生かすために小を殺す、為政者として冷徹な判断と毅然とした立ち居振る舞いが自然とできように感情をコントロールできるお方なんだ。だからこそお前に見せたあの憎悪は並大抵のものではないはず」
「そんなことよりもアゾート」
「何だアネット」
「フリュオリーネ様は将来サルファー様と結婚してあなたの上に立つお方よ。それなのにあんな形相になるまで怒らせて、あなた本当に大丈夫なの?」
「確かにそうだ・・・俺はどうしたらいい、ユーリ」
「私に聞かれてもね。でも、サルファー様は正直フリュオリーネ様をもて余してるのよ。学園の貴族たちはサルファー様よりフリュオリーネ様の目を気にしているし、今の生徒会も実質フリュオリーネ様が支配しているもの。秋の生徒会選挙では間違いなくフリュオリーネ様が会長として当選されるわね」
これはサルファーが完全に尻に敷かれる未来を暗示しており、その時はもう俺はボロンブラーク領で生きていけないかもしれない。
今更だが、さっきフリュオリーネに反発した事を俺は後悔しはじめている。だがセレーネを守るためには、俺は結局そうするしかなかったんだ。
しかしこの上級クラストップ5の解説により、王都上流社会のことが何となくだが理解できた。
パーラにもこのあたりの話を聞いてみたかったが、さっきからダンの後ろをピッタリくっついてて、彼女に話しかけるのをためらってしまった。
◇
ダーシュとアレンは放課後、校舎裏にカインを呼び出していた。
「カイン、お前どうしてこの学園にいるんだよ」
ダーシュはずっと気になっていた事を、この機会にカインに尋ねた。
「大した理由じゃない。本当に下らない事情があるのさ」
「そうか・・・だがアゾートたちは何も知らないようだが」
「時がくれば俺の方から話す。だから今は黙っていてくれ」
「・・・そうか、わかった」




