第37話 分断する学園
セレーネの味方であるはずの護衛騎士が、背後から忍び寄ってセレーネの足を引っかけたのだ。
セレーネも一瞬何が起こったのか分からず呆然としていたが、立ち上がろうとしたところを相手護衛騎士たちに捉えられて模擬剣での滅多打ちが始まった。
そのようすをセレーネの仲間騎士たちは何もせず、ただニヤニヤと笑って見ているだけ。
「酷すぎる」
観客席が騒然となり、すぐにブーイングに変わる。
「反則だ! 試合を止めさせろ!」
だが審判は試合を続行させ、マーベルの放った雷属性中級魔法・サンダーストームが自分の護衛騎士もろともセレーネを包み込んだ。
「きゃああああああっ!」
セレーネの絶叫が試合会場に響き渡り、やがてダメージの蓄積が許容量を越えて戦闘不能の判定。
試合はあっけなく終了した。
セレーネの本来の護衛騎士は反則ではないかとすぐに抗議したが、それも受け入れられずマーベルの勝利という結果は覆らなかった。
激しい怒号が飛び交う観戦席。
その反対に一部上級貴族たちは満足そうに拍手喝さいをしていた。
試合場の近くで見守っていたセレーネのクラスメイトたちは、すぐにセレーネを抱えて試合会場の外に運び出す一方、セレーネの護衛騎士たちがマーベルに掴みかかると、興奮した観客席の生徒たちが試合会場に乱入し、止めようとする講師や運営者スタッフとの間で一触即発の状態になった。
俺は群衆をかき分けてセレーネのもとに駆け寄る。
「怪我はないか?」
「・・・背中をだいぶ打たれたけれど、多分平気」
それだけ言うと、セレーネはそのまあクラスメイト達に運ばれ医務室に連れて行かれた。
ふと見ると俺の周りにはみんなが集まっており、ネオンが心配そうに俺に尋ねた。
「セレン姉様に何があったのか詳しく教えて」
「実は・・・」
俺はさっきセレーネから聞いたシャウプ先生とのやり取りの話や、セレーネとフリュオリーネとの間で最近トラブル続きだったことを全部話した。
ネオンやみんなも、中間テスト前日の剣術訓練棟でのトラブルを目の当たりにしており、今のセレーネの試合も昨日のクラス対抗総合戦に対するシャウプ先生の逆恨みに端を発したものであること知ると、やるせない憤りに言葉も出なくなった。
その後、試合会場から下級貴族を締め出し、フリュオリーネを支持する中上級貴族だけが見守る中、トーナメントは再開された。
そしてフリュオリーネが優勝し、観客席からは歓声が鳴り響いた。
◇
俺とネオンは付き添いのため、医務室の椅子に座ってセレーネの様子を見守っていた。
治癒魔法キュアもしっかり効いて傷跡も残らず治療できたそうで、大事には至らずひとまずはほっとした。
ダンや他のみんなもそれを聞いて安心し、邪魔になってはいけないと気を遣って早々に帰宅していった。
彼らが帰った後も、学校側に抗議を続けていたセレーネのクラスメイトや話を聞きつけたダンジョン部の先輩たちが次々と見舞いに駆け付けてくれた。
「シャウプのやつ、ほんと最低ね!」
見舞いに来てくれたサーシャ先輩がかなり激怒しており、一緒についてきた妹のユーリが彼女の言葉遣いを注意する。
「お姉様、お気持ちはわかりますが言葉使いが乱れておいでです。子爵家令嬢としてはしたないですわ」
「今日だけは言わせて! あのクソ女め、王都出身だからって普段から高慢チキで気に入らなかったのよ。あ~あ、私も魔法実技はシュミット先生がよかったな」
「私も昨日のクラス対抗戦でそれは感じましたわ。シャウプ先生は魔法の知識は豊富かもしれませんが、頭が固いというか先入観が強すぎるというか。昨日勝てなかった原因はシャウプ先生の指導もあると思うのです」
「ホントそのとおりよ。あんな融通の利かない石頭はダンジョンに行ったら真っ先に罠にはまって死んでしまうに決まってるわ。ざまあみろよ!」
「・・・シャウプ先生は舞踏会はともかく、ダンジョンには絶対に行かないと思いますけど。そんなことより、私たちのクラスで面白いイタズラを思いつきましたの」
「面白いイタズラって?」
「お姉様にはまだ秘密ですわ。楽しみにしててくださいね」
面白いことが大好きなサーシャ先輩は、なんとか話を聞き出そうとユーリの肩を揺さぶっている。
仲がいいんだなこの姉妹。
その時医務室のドアを開けて一人の男子生徒が入ってきた。
サルファーだ。
学園の生徒会長であり、ボロンブラーク伯爵家の次期当主。
つまり俺の主君だ。
「大丈夫かいセレーネ。怪我はないか?」
サルファーはベッドに横たわっているセレーネを見つけると、傍に駆け寄った。
「大丈夫。背中をかなり打たれたけど、跡も残らずきれいに治るそうよ」
「背中を打たれたのか・・・」
サルファーは悔しそうに顔をしかめると、拳を握り締めた。
「3年生の闘技大会が終わって外に出てみると、学園全体が騒然としていたんだ。何があったのか2年の生徒会役員に事情を聞いたら、まさかこんなことになっていたとはな。またフリュオリーネの仕業なのか?」
セレーネは静かに首を振った。
「フリュオリーネ様の指示かはまだ分からないけれど、シャウプ先生が裏でいろいろと画策してたみたいなの」
「あいつが・・・」
セレーネから事情を聞いているサルファーに、サーシャ先輩が言葉をはさんだ。
「サルファー様。最近はシャウプ先生だけでなく、中上級貴族の生徒たちにも権威主義的な行動が目に余るようになっていることに、お気づきになられてますか」
「それは僕も感じていたところだ。何とかしなければとは思っているのだが」
「今日の2年生の魔法団体戦、セレーネの試合を見た騎士クラスの生徒たちが暴動を起こして会場から締め出されました。下級貴族たちの不満は爆発寸前です。セレーネが不利な条件を飲んで試合に参加してしまったのも、下級貴族たちのそんな思いを背負ってしまい彼らの期待を裏切れなかったからだそうです」
「下級貴族たちの不満・・・」
「もし生徒会長としてこの状態を放置していたのならば、今回の責任の一端はあなたにもあるのではないかしら」
「・・・確かにその通りだ」
サーシャに指摘されるまでもなく、それはサルファー自身も自覚していた。
そしてベッドに横たわるセレーネが目に入り、また悔しそうに歯を食いしばる。
「生徒会長としての責任を果たせていないのは自覚してるし、こうなってしまったのは僕が不甲斐ないためであることも理解している」
「サルファー様・・・」
「シャウプ先生をはじめとする上位貴族の増長が目立ち始めたのは、フリュオリーネを自分たちの神輿として担ぎだしたことが原因なんだ。僕が生徒会長として、また婚約者としてフリュオリーネを御しきれていないばかりに、こんなことになってしまったんだ・・・」
フリュオリーネの父親は確かに伯爵位ではあるが、王家と血縁関係にあるアウレウス公爵家の分家である彼女の方がはるかに格上であり、サルファーとしても対応が難しかったのだろう。
だが、中上級貴族と下級貴族の分断が学園全体に広がっており、サルファーにとっては直参でもあるセレーネが傷つけられてしまっては、本気で対処せざるを得なくなった。
「僕からフリュオリーネに話をしてみるよ」
そう言ってサルファーが医務室を立ちさろうとして、ふと俺と目があった。
俺は入学直後にサルファーに挨拶をしに行ったが、直接会うのはそれ以来だ。
サルファーは向きを変えて俺の方に近付き、
「君の婚約者を傷つけることになって本当にすまなかった。フェルーム家は古くから忠誠を誓ってくれている大切な家臣でもあるし、僕としてもできる限りの対処はしていくつもりだ。だから君もセレーナのことを守ってほしい。頼む・・・」
それだけを言い残し、サルファーは医務室から去って行った。
サルファーはセレーネが俺の婚約者であることをちゃんと認識していた。
にもかかわらずセレーネに求婚したという。
そして今の言葉からは、下級貴族同士の婚約を歯牙にもかけない上位貴族の横暴な考え方は微塵も感じられなかった。
セレーネから聞いた話。今のサルファーの態度。
真実がどこにあるのか、今の俺には何もわからなかった。




