第14話 もう一人の転生者
今「日本」って言った?
ドクンと心臓が大きく鼓動し脈拍が早くなる。
思わぬ単語に緊張で喉がカラカラになり、唾をごくんと飲み込む。
ひょっとして聞き間違いではないだろうか、先ほどの言葉を恐る恐る尋ねてみた。
「今、日本って言いました?」
「ああ。そうなんだろ君」
さも当たり前のように、平然とした態度のウォ何とかさん。
「どうしてそう思うんですか?」
「だって魔法の詠唱がきれいな日本語だったじゃないか。それにさっきのナトリウム爆発なんて、この時代の人間が考え付く発想ではない」
この男も転生者なんだ、間違いない。
ニヤリとこちらを見る、ウォ何とかさん。
「あー、別にお前をどうこうするつもりはない。初めて同じ転生者に出会えたので、どう接しようか昼間ずっと考えていたのさ。たまたま二人で見張りをする機会ができたので、思いきって話しかけてみた」
「ということはあなたも日本人なんですよね」
「違う。俺はアメリカ人だ」
え、アメリカ人?
予想外の回答が来た。
なんでアメリカ人に俺の日本語がきれいだってわかるんだ?
そんな俺の疑問に答えるように、
「アメリカ人だが住んでいるのは日本。合衆国海軍第7艦隊所属の兵士だ」
なるほど。だから日本語に気がついたのか。
「いつの時代のからの転生か、聞いてもいいですか」
「・・・2020年代だ」
「同じ時代ですね・・・」
「君はどこに住んでいた」
「東京です」
「俺は横須賀だ」
そこからは互いに打ち解けあって、ざっくばらんにいろんな話をした。
まさか異世界ダンジョンで日本のローカルネタで盛り上がるとは、ついさっきまでは考えもしなかった。予想外の展開だ。
しかも異世界語なので言葉の壁も無く、アメリカ人とこんなに長く会話ができてしまった。だって俺、英語が話せないから。
ウォ何とかさんはこちらで既に結婚しており、奥さんも冒険者でまだ子供はいないらしい。
それに魔法が使えないため、詠唱呪文に日本語が使われていることも全然知らなかったそうだ。
そして仲良くなったついでに、朝からずっと気になっていてどうしても言いたかったことをお願いしてみた。
「名前のことなのですけど、長くてちょっと呼びにくいなって。これからはウォ何とかさんじゃなく、モホロビチッチさんと呼んでもいいですか」
モホロビチッチはテストに出てくる名前なので、とても言いやすいのだ。
「うーん。俺達の文化ではファーストネームで呼び会うのが親しい仲のマナーだし、名字で呼び合うのは何か堅苦しくて嫌なんだよな。まぁどうしてもというのなら、敬称だけで「サー」と呼んでくれていいよ」
サーか。さすが軍隊らしいな。
ていうかなんで苗字読みをそんなに嫌がるんだろ。
アメリカ人はみんなそうなのか?
「わかりました。それではサーとお呼びします。第7艦隊でもそう呼ばれていたのですか?」
「まあな。ちなみに俺、転生する前は少佐だった」
少佐! 米国海軍少佐!
メチャメチャ偉いんじゃないの、この人?
そりゃサー呼びされる地位にいるわ、知らんけど。
ていうかなんか緊張してきた。
「少佐・・・サー少佐?」
「・・・うーん、なんか余計に変な呼び方になってるんだけど」
最後の方は自分でもなんだかよくわからない、深夜のノリの会話になってきたが、突然の別の転生者との遭遇により、あっという間に時間が過ぎていった。
ダンガール迷宮都市の野営地ではその頃、ダンとネオンが見張り番をしていた。
「なあ、ネオン」
「何?」
「お前さ。アゾートは呼び捨てなのに、セレーネ先輩に対してはセレン姉様って呼ぶのは何で?」
「セレーネ姉様だと「ね」が2つ続いて言いにくいからじゃないかな」
「そういうことを聞いているんじゃなくて、アゾートよりセレーネ先輩との方がよほど姉弟っぽい気がするってこと」
「それなら単に髪色と目の色が同じだからじゃない?」
「それもあるけど、関係性というか仲の良さというか」
「アゾートとの方が仲いいけど」
「そこなんだよ。うまく言えないけど、お前のアゾートに対する態度とセレーネ先輩に対する態度って、仲の良さの質が根本的に異なる気がする」
「ぎくっ・・・ど、鈍感なダンの事だから完全に気のせいだね」
「そこまで言うか! まあ、俺自身上手く言葉にできない訳だし・・・悪い、今の話は忘れてくれ」
(ふー、あぶないあぶない。何とかダンを誤魔化しきれた。さすが私ね)
一方、ビスポル火山のダンジョンの野営地では、
「カイン。バーンを助けてくれた時に使った魔法なんだが、あれってもしかして」
「ああ。ウォルフが想像しているとおりだ」
「やはりそうか。だがどうしてこの学園に入学してきた。お前ならフィ・・・」
「いろいろ事情があるのさ」
「・・・そうか。わかった、それ以上は聞かない」
「ところでウォルフ、今日のことはここだけの話にしてくれないか。少なくともアゾートたちには俺の口から直接言いたい」
「わかった約束する。今日のメンバーで気付いているのはたぶん俺だけだ」
「だろうな。それでロジャーズの事はどうするんだ」
「たぶん部は辞めるだろうが、上級クラスとして色々と問題を起こしそうではある。俺もサーシャもそこまで力はないから、フォローしきれない部分は出てくると思う」
「そうだな。だがこれは学園の問題というより、アージェント王国の貴族社会全体の問題だな・・・」
朝食をとった後テントを撤収。
扉の向こう側の神殿の調査が始まる。
ここからは研究者たちの仕事であり、俺たち冒険者はあたりを警戒する以外に特にやることがない。
だが俺は古代遺跡に興味があるのだ。
このクエストを選んだ時点で、魔獣との戦いよりむしろこちらが本命とも言える。
俺は研究者に混ざって、古代魔法文明と日本とのつながりに関わる何らかの痕跡がないか、注意深く遺跡を眺めていた。
部屋の奥には祭壇があり、側面と天井には壁画や何かの紋様がびっしりと描かれている。
おそらく何らかの意味を成すのだろうが、パッと見た感じではわからない。
研究者たちは分担しながら壁画の詳細なスケッチを始めている。
俺は早く祭壇を調べてほしいのだが、勝手に調べることはできないので研究者たちのスケッチが終わるまでおとなしく座って、壁面の模様を眺めて待つことにした。
「ねえアゾート」
気が付くといつの間にかマールが隣に腰を下ろして、俺に話しかけていた。
「昨日はありがとう、私の悩みを聞いてくれて」
「お、おう。俺でよければいつでも聞いてやるぞ」
俺は少佐とのことが頭に強く残りすぎて、マールとの会話をすっかり忘れていた。
あれ? 俺、マールと何を話したっけ・・・。
「私ね。ずっと自分に自信がなくて、何が正しいのか一度迷ってしまうと何も行動できずに考え込むタイプだったの。でも昨日アゾートと話をして、そんなに考えすぎなくていいのかも、自分の気持ちに正直になってもいいのかもって思えるようになれたんだ」
「そりゃよかったな」
「それにアゾートは、こんな私と一緒に頑張ってくれるって宣言までしてくれたしね」
「宣言・・・俺が?」
そしてマールはどこか気持ちが吹っ切れたような表情で、クスクスと笑った。
「あーあ。もしセレーネさんと婚約してなかったら、アゾートを両親に紹介できたのにな」
「両親に紹介って・・・ああっ、思い出した!」
その時俺の頭の中に、昨夜のマールとの会話が全て蘇ってきた。
深夜のノリで調子にのって、普段言わないようなキザなことを口走ってしまった。やらかしちまった俺。
チラっと隣を見ると、頬を染めたマールが俺をからかうように笑った。
「冗談よアゾート、うふふ」
「えっ・・・」
何だ冗談だったのか・・・。
だがあまりの恥ずかしさに俺は、すっかり頭を抱え込んでしまった。




