第13話 マールの苦悩
洞窟なので空の色はわからないが時間的にはそろそろ夕方であり、夜営地できそうな場所を探しつつ俺たちは先へと進んだ。
ほどなくして少し開けた場所にたどり着くと、洞窟もここで行き止まりのようにも見えた。
「見てここ」
サーシャが指差した洞窟の壁面には、人一人が通れるほどの小さな石の扉があった。
扉の表面はきれいに磨かれており、石というよりも何かの人工素材といった方がしっくり来る。
少なくとも今の時代のものではなく、この遺跡ができた当時の古代文明に関係するものに間違いない。
俺は後方で魔術具の設置作業をしている研究者たちに来てもらうと、扉についても調べてもらった。
調査の結果、この扉はやはりエッシャー洞窟の遺跡でよく見かけるタイプのものらしく、罠はなさそうとのこと。
注意深く扉を開け、俺たちはさっそく中に入っていった。
中は講堂のような立方体の空間になっており、正面奥の壁には祭壇の様なものが設置されている。
また、周りの壁面には複雑な紋様がびっしり刻み込まれている。
このまま調査を続けたいところだが、時間も遅くなっているため今日はここまでにして明日調査を行うことにした。
「さて、野営地をどうするかだ」
祭壇のあるこの部屋の中にするか、扉を出てすぐの洞窟内のどちらにするか。
祭壇の部屋で野営する場合、魔獣に襲われる心配はなくなるが、どんな仕掛けや罠が隠されているか分からず不気味さは残る。
洞窟内で野営する場合は、罠は気にしなくていいため魔獣だけ警戒しておけばいい。
それにこの部屋はちょうど洞窟の行き止まりになっているので、壁面を背にして俺たちが来た方向だけを警戒すればよく、いざという時には祭壇の部屋へ逃げ込むこともできる。
こうして検討した結果洞窟内で野営することになり、テントを組み立てたり照明魔術具を設置したり、手際よく作業を進めていった。
そして野営の準備も終わり簡単に夕食をとろうとしたが、そこでさっきの毒虫の沼の惨状が脳裏にちらつき、何も食べる気が起きなかった。
「トラウマになりそう・・・」
とりあえず俺はポーションだけ飲んで休むことにした。
「今夜の見張りの順番を決めましょう」
サーシャ先輩の提案により、見張りは次のような組み合わせに決まった。
新入部員で初めてのダンジョン探索で疲れきった俺とマール、そして魔法を撃ちまくったサーシャ先輩が先に休むことにして、2人ずつ順番に見張りを入れ替わる。
① キースとウォ何とかさん
② アゾート、マール
③ サーシャ、キース
④ ウォ何とかさん、アゾート
⑤ マール、サーシャ
やることもなくテントに入った俺は、かなり魔法を使って疲れ切っていたのか、あっという間に眠ってしまった。
「アゾート起きて」
マールに起こされた俺は、眠い目をこすりつつテントから起き出すと、マールとともに見張場に向かってキース先輩たちと交代した。
洞窟の壁面には既に照明の魔術具が設置されており、魔獣への警戒がしやすくなっている。
俺達は洞窟の先を警戒しながら、眠くならないように雑談をすることにした。
そういえばあまり二人きりで話す機会はなく、もしかするとこれが初めてではないだろうか。
最初は少し緊張したものの、お互いの領地のこととか、家族のこと、子供の頃の思い出、学園での出来事など、とりとめもなく語り合った。
「うそ、セレーネさんってアゾートの婚約者だったんだ」
「俺の洗礼式の日に当主がそう決めたんだ。セレーネが次期当主で俺が彼女を支えろって」
「ふーん。ところでネオンに婚約者はいるの?」
「いない」
「じゃあ、私がもらっちゃおうかな」
「お、おう・・・」
「実はね」
そう言うとマールは、家庭の事情を話し始めた。
マールの実家はこのボロンブラーク伯爵領からかなり離れた場所に領地を持つ騎士爵家で、マールはそこの三女らしい。
上に兄が二人、姉が二人の5人兄妹の末っ子。
だが上の4人は魔力を持って生まれなかったため、唯一の魔力保有者であるマールが家を継ぐ予定なのだそうだ。
「両親の間に魔力保有者の子供がなかなか生まれなくて、5人目でやっと私が生まれたの。だから両親からは後継ぎとしてとても大事に育てられたんだけど、大事にされるほど逆に兄弟からは仲良くしてもらえなかったんだ。板挟みだよね」
「そっか・・・大変だったな」
「そんな家が少し居心地が悪くて、一度家族と離れて生活するつもりで騎士学園に入学したんだ」
マールが少し思いつめたように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「両親は私が家を離れることがとても心配で、遠方にあるボロンブラーク騎士学園に入学することに最初は反対してたの。いい結婚相手を見つけてその彼に騎士団を率いてもらうから、私は騎士にならなくてもいいって」
「たった一人の後継者だし、よほど大切にされてたんだね」
「うん。でもそんな結婚相手が簡単に見つかるはずがないのは両親も理解していて、だから私は『魔法で有名なボロンブラーク校でいい魔力保有者を見つけてくるから』って説得して、ようやく入学を許してもらえたの」
「それ目的で、ここに入学してくる上位貴族もいるぐらいだしな」
「そうね。・・・本当は家族の顔色を見て過ごさなくてもいいように家を出たかっただけなんだけど、かといって実家がどうでもいいわけじゃないから、いずれは婿を取って家を継ぐことになると思うし、それまでの間は自分の好きなように過ごしていたいなって」
「マール・・・」
「学校を卒業してもすぐに結婚するわけじゃないし、それまではどこかの騎士団に入って活躍してみたいなって。私は光属性なので回復役としてみんなの役に立ちたいなって」
「マールは治癒師として引っ張りだこだと思うよ」
「でも学園に入学してみたら、アゾートやネオンみたいに魔法の才能がすごくある人や、ダンみたいに騎士としての強さと魔力を併せ持つ人、カインは魔力はないけど騎士としてはたぶん学年トップクラス。そんな人たちと仲良くなれてうれしい反面、私だけ平凡で何の取り柄もなくて、私なんかがここにいてもいいのかなって」
そこまで言ってマールは言葉を止めると、洞窟の先をぼんやりと見つめた。
静寂があたりを包みこむ。
「俺は・・・」
何かを言おうとして、続く言葉が出ず、一旦呼吸を整えた。
何が正しいのか俺にはわからないが、気持ちだけは伝えておきたいと、一言ずつゆっくりと言葉を紡いでいった。
「マールは家族のことですごく悩んで来たんだなと思う。マールは自分が現状から逃げてきたって言うけど、俺が感じたのはマールが家族一人一人の気持ちを考えた末に出した、一つの結論なんだということ」
貴族の家ではこういった兄弟間の確執はよくあることだが、マールは感受性が強く、そして優しすぎるのだ。
「もともと希望して入った学校じゃなかったのかもしれないけれど、騎士を目指したいという今の自分の気持ちはきっと本物なんだと思う。マールのやりたいことはすごく伝わってきたし、えっと、俺ももっと強くなりたいのと思って色々頑張っているので、その、これからもマールやみんなと一緒にできれば、なんか凄いことができそうだなって。あれ、俺は何言ってるんだろう」
本当に俺は何を言ってんだろ。
言いたいことがうまくまとまらず、よくわからないことを宣言している。
ていうか、カッコつけすぎてやらかしたか。
恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、俺は恐る恐るマールを見てみた。
マールは変わらず洞窟の方を見つめて、でも黙って俺の話を聞いてくれたようだ。先ほどより少し表情が和らいだようにも見える。
「・・・うん」
マールが一言そういって、それからお互いに一言もしゃべらなくなった。
キースとサーシャに見張りを交代し、次の交代時間まで仮眠を取る。
先ほどのマールとの会話がリフレインして眠れず、寝袋のなかでぼんやり時を過ごす。
「俺達の見張りの番だ」
いつの間にか眠っていたようで、ウォ何とかさんに起こされた。
今はまだ真夜中であり、二人で見張場に腰掛けて洞窟の奥に視線を向ける。
眠らないように会話をしようと話題を考える。
この人とは、今日ほとんど会話をすることがなかった。ベテラン冒険者だから俺たちの部活にあまり口を出さず、黙ってサポートに徹してくれていたのだろう。
だが黙っているのも気まずいし、何か当たり障りのない話題を振ってみようと考えていると、先にウォ何とかさんの方から話しかけてきた。
「アゾートくん。君、日本からの転生者だろ」




