第120話 大空高く!
ネオンの居ない週末。
俺はアウレウス伯爵から調査を頼まれたグライダー、小型クレーン車、小型トラックを受けとるため、ジオエルビムの出入り口となる管理棟一階にある格納庫まで来ていた。
連れて来たのはダーシュをはじめとする魔力の強そうなクラスメイトだ。
なおダンとパーラは別の用事があるらしく今日はいない。まさかデートじゃないだろうなアイツら・・・。
「こんな大きな遺物をどうやってジオエルビムから外に出すんだよ」
ダーシュがグライダーをコンコン叩きながら俺に尋ねる。
「転移陣を通る大きさになるようパーツに分解してプロメテウス城まで運ぼうと思う。ということでお前たちを呼んだ目的はズバリ魔力! 俺が気軽に用事を頼める中では学園最強のメンバーだし、よろしく頼むよ」
「何がズバリ魔力だよ! 貴族ならもう少し本音を隠しながら頼め。しかもこんなバカでかい物をプロメテウス城まで転移させるなんていくら何でも無茶だ!」
「それは大丈夫。マジックポーションはいくらでもあるから好きなだけ飲んでくれ。俺からのおごりだ」
「アホかっ! そんなまずいものを飲みたくねえよ! ていうか、こんなに大量のポーションを用意しやがって、俺たちをどれだけコキ使おうと考えてるんだよお前は!」
そんな怒り狂っているダーシュを無視して俺は遺物の解体作業を始める。
一方、セレーネ、サーシャ、ユーリ、アレンの4人は、格納庫から魔法障壁までの転移陣の設置作業を担当しており、ユーリとアレンが格納庫側の転移陣の設置を、セレーネとサーシャは石室側の転移陣の設置を行う。
セレーネが今から行う作業をサーシャに説明する。
「サーシャに作業の目的を説明しておくわね。この建物の扉の大きさにあわせると遺物をかなり細かく分解して運ばなければいけないので、この格納庫と石室を転移陣で直結することにしたのよ。転移陣は扉よりも広いからね。そしてそこから魔法障壁を使って遺物をジオエルビムの外に出すの」
「そんな面倒なことをせずに、さっきの格納庫とプロメテウス領を直接繋げばいいんじゃないの」
「分かってないわね。転移陣はそんな簡単なものではないのよ。実は試しに魔法障壁の両端に転移陣を設置してゴーレムを何体か転移させて見たの。どうなったと思う?」
「それを聞くと言うことは、普通に通り抜けられたわけじゃないのよね」
「ええ。ゴーレムが一体も帰ってこなかったのよ」
「・・・消えたの?」
「そう、完全に消えたの」
「・・・怖いわね。どこに行ったのかな」
「たぶん異世界に行ったんじゃないかしら。そんなこともあって、少し面倒だけどこの作業をしているわけ。わかったら手伝って」
「いいけど、私は何をしたらいいの?」
「その壁が魔法障壁の正面になるから、この位置に転移陣を設置するの」
「転移陣って、どうやって設置するの?」
「このプレートの四隅にある魔法陣に魔力を注入して壁に取り付ける。そして真ん中の大きな魔法陣に起動のための魔力を送る。行き先はユーリたちが設置する転移陣だから、設定は不要よ」
「セレーネ、あなた随分と詳しいけど、どうしてそんなことを知ってるの?」
「これが軍用魔術具だからよ。私って小さい頃から家のお手伝いで軍用魔術具に魔力を込めるのが仕事だったの。だから軍用魔術具は私のオモチャ代わりだし、他にも便利な軍用魔術具を知ってるから、何でも聞いてね」
「そ、そう・・・凄いねセレーネ」
「えっへん!」
「でも私は卒業したらお嫁に行くし、軍用転移陣はたぶん使わないと思う。でも教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。あ、そうだ、サーシャ向きの軍用魔術具があるのを思い出したわ。例えば、お風呂に入らなくても大丈夫な軍用魔術具とか、わざわざトイレに行かなくても済む軍用魔術具とか、私の私物だけど持ってきてるから今から試してみる?」
「いいえ、結構ですっ!」
「そう? せっかく便利なのに・・・あ、転移陣がつながったわ。サーシャ、試しに跳躍してみてくれない?」
「・・・え、嫌よ。ゴーレムみたいに帰ってこれなくなったらどうするのよ」
「平気よ。だってこの転移陣は私の私物だし全く心配は要らないわよ。じゃあ一緒に飛んであげるわね。えい!」
「嫌ーーーっ!」
1階格納庫で作業をしていた俺は、黙々と遺物をパーツに分解していく。
一番大きな遺物は小型クレーン車だ。
セレーネ愛用の軍用転移陣に収まるサイズにするためには、クレーン部分をバラバラに切り離してそれぞれ別の手押し車に乗せる必要がある。
それでもかなりの重量になるから、力仕事は全てゴーレムたちに任せる。
小型トラックは縦方向に長いだけなので、そのままの状態でもセレーネの軍用転移陣に収まることが分かりかなりラッキーだ。
問題なのはグライダーだ。
翼の部分が大きくて、転移陣のサイズを越えてしまっている。翼を取り外したいのだが、どこがパーツの接続部分なのかよくわからない。
「フリュには接続部分が分かるか?」
「いいえ、わたくしにはさっぱり分かりません」
「だよな。こういうメカニックな仕事はネオンが得意だけど、あいつは今日いないし」
「ねえアゾート。ネオンはどこに行ったの?」
マールが俺に尋ねてきたが、ネオンとカインの婚約はまだ秘密だから、フィッシャー辺境伯家に挨拶に行ってるなんて口が裂けても言えない。
「ネオンはフィッシャー地下神殿の調査に向かった。アイツあの神殿を自分の物だと思ってるし、だったらもうあいつに全部任せちゃおうかなと」
「そっか! その方が並行して調査ができて効率的だよね。アゾートは自分が二人いるみたいでこういう時便利だよね」
「自分が二人か・・・そうだなネオンの得手不得手は俺と全く同じだし、ネオンの考えてることも俺には手に取るように分かる。だってアイツ単純だからさ」
「そんなのアゾートだけだよ。ネオンって寡黙でミステリアスな美少年で何を考えてるか分からないところもクラスの女子を惹き付けているポイントなのよ」
「・・・あいつが寡黙でミステリアス?」
あまりに異なるネオンの印象に唖然としていた俺に、今度はアネットが話しかけてきた。
「ねえアゾート、もし行き詰ってるならこの遺物を起動させてみないか。これだけのメンバーが揃ってるんだし、いろんな属性の魔力を送り込んだら動くかもしれないぞ」
アネットらしい単純明快な発想だ。
「ダメもとでちょっと試してみるか。みんなの属性を書き出してみよう」
俺 火 土 雷
フリュ 水 風 土 雷 闇
セレーネ 火 水
マール 風 光
サーシャ 水 風
ダーシュ 水 風 土
アレン 火 風 光
ユーリ 水 風
アネット 火 闇
「全属性揃ってるな。こうしてみると風属性が一番多くて、少ないのが雷、光、闇。グライダーは空を飛ぶものだから風属性の魔力を注入してみるか。コックピットにレバーがあるからそれを握ってやってみよう」
「えええっ?! この三角形遺物が空を飛ぶのか?」
俺の言葉にみんなが呆気にとられる。
「そういえばみんなにはまだ説明してなかったな。これは空を飛ぶための魔術具だ。もちろん俺の冒険者としての勘だがな」
「空を飛べる魔術具なんて聞いた事がないぞアゾート。昔から鳥の研究をベースに様々な魔法実験が繰り返されたが、誰一人として成功に至って居ないんだ。アレンはどう思う?」
「俺が読んだ本では、鳥を模したゴーレムに乗って空を飛ぶ実験をした人もいたが、重すぎて失敗したとあった。サーシャはこういうの詳しそうだよな」
「私は風魔法を使って人が浮き上がる事例は知ってるわ。確かに短時間なら宙を舞うことが出来るけど、鳥のように空を飛ぼうとしても魔力が続かないのよ。それをこんな巨大な遺物で実現するのは不可能・・・」
ここにいるみんなは飛行魔法の難しさをちゃんと理解しているようで、人類が空を飛べるようになったのも20世紀初頭のこと。
飛行機は、人類の長い歴史の中で高々100年程度前の発明品であり、この魔法世界においても未だ飛行魔法が存在しないのは、科学技術とセットで考えないとおよそ不可能な代物だからだ。
さてこれを彼らにどうやって説明するか考えていると、セレーネが横から口を挟んだ。
「これは空を飛ぶ軍用魔術具で間違いないの。いいから黙って魔力を注入しなさい。これは生徒会長命令よ!」
「ひいいいっ!」
セレーネの強権発動で、有無を言わさず風属性を持つ全員が遺物に魔力を注ぎ込むことになった。
◇
「みんなに試してもらったが、遺物が動きそうな気配はあったか?」
「特に何も。ただ魔力が吸い込まれる感覚があったから、やり方は間違ってないのだと思う」
「そうか。じゃあ次に空に関係ありそんなものと言えば光? 太陽を連想しただけなので全く根拠はないけど」
俺がそういうと、マールが勢いよく手を上げた。
「また私だっ!」
「だな。マール頼んだぞ」
「ウソっ、何か動き出したみたい! アレンも光属性を注入してみて」
「・・・本当だ。この遺物の中から魔力の波動が感じられる」
「やったな二人とも! アレン、そのレバーを操作して、グライダーを動かしてみてくれ」
「わかった・・・あれ動かない。遺物が起動しているのはわかるが、操作はまだできないみたいだ」
「まだ属性が足りないのか。でもやり方は間違っていなさそうだし、片っ端から魔力を注入していくか。まずは火だ。セレーネ頼む」
「火といえば私みたいに言わないでよね!」
「おっと、忘れてた。セレーネは火力が強いから、そーっと魔力を注入してくれ、いいかそーっとだぞ」
「私知ってる! それダチョウ倶楽部のネタよね。つまり全力で魔力を込めろっていうことよね!」
「違うわっ!」
「順番に試した結果、なぜか雷属性が正解だった。魔力をぐんぐん吸い込んでいくが全然足りない。フリュもお願い」
「承知しました。・・・あ、このコックピットというものが光り始めましたが・・・」
「本当だ。ひょっとしてこの遺物の操作系は電気で動くのかな? フリュ、試しに闇属性の魔力を注入してみてくれるか」
「承知しました・・・とうやら闇属性の魔力は受け付けないようですね」
「そうすると、この遺物を動かすために必要な魔力は、風、雷、光の3属性ということになる。前後に座席が二つあるから、俺とフリュのどちらかと、マールとアレンのどちらかが組んで二人で空を飛ぶ感じか」
「わたくし、アゾート様と一緒に空を飛べないのがとても残念です」
「だな。さてここでグライダーを飛ばす訳にはいかないし、まずはここから運び出さないと。翼を外すのは諦めて他の方法を探したいけど、コクピットに何かレバーはないか?」
「雷属性の魔力によって操作パネルが起動したので何とかなりそうです。このレバーが翼と関係するようですが・・・あっ!」
「翼が折り畳まった・・・よし、これで遺物が全て外に出せるぞ!」
その後俺たちは、セレーネの軍用転移陣を使って遺物を石室に運び、さらに魔法障壁を通過させてクレイドルの森ダンジョンの第13層まで運んだ。
さらにそこからダンジョンの入り口まで転移させたところで力尽きた。
完全に魔力欠乏状態である。
遺物運搬用に召還したゴーレムたちも消失してしまうほど魔力がなくなり、とても家に帰れる状態ではなくなった俺は、ダンジョン前の仮設キャンプで一晩過ごすことにした。
明日、プロメテウスギルドまで一気に運ぶ予定なので、みんなにマジックポーションを振る舞ってあげた。
さあ明日も元気に働いてくれよな。
◇
次の日の夕方、俺たちはプロメテウス城下町の外、広い丘陵地帯に来ていた。
昼過ぎには全ての遺物をプロメテウス城まで搬入を終えた俺たちは、その後グライダーだけを丘の中腹の緩やかな平原に持っていき、格納庫を作ったのだ。
そして領地運営の案件を片付けつつ魔力回復を待ち、頃合いを見計らってみんなを集めた。
「今からグライダーの試験飛行を行いたい。初飛行でとても危ないから俺とアレンで試してみたいと思う」
「私がやりたい!」
「マール?」
「私だってアレンに負けないぐらいの魔力があるし、体重も軽いから試験飛行は私の方がいいと思うよ」
「いや、もしもの事を考えたら男のアレンの方が・・・」
「アレンは伯爵家令息で、私は騎士爵だからもしもの時は私の方が損失が少ないよ」
「え・・・アレンはどう思う?」
「うーん・・・初飛行には興味があったけどマールの熱意に負けた」
「やった!」
「じゃあ最初に俺とマールで試してみて、その次にフリュとアレンで行こう」
◇
大きな主翼によじ登ってキャノピーを開け放ち、前後に並んだコックピットに乗り込んで操縦桿を握る。
マールが風と光の魔力を込めると動力が発生するのを感じ、キャノピーがゆっくりと閉まって行く。
グライダーの中心部に格納された魔導結晶から発生する魔力の波動が、心地よい振動とともに俺たちに高揚感を与える。
俺は操縦桿に雷の魔力を込めるとコックピットに火が灯って、このグライダーが操縦可能な状態へ移行した。
そっとアクセルを踏み込むと、両翼の後方から風が発生して後方へと噴射を始める。
「行くぞマール、テイクオフ!」
さらにアクセルを踏み込んで行くと、グライダーは丘の斜面を走り出し、一定の速度を超えた所で機体がふわりと空へ浮かんだ。
「アゾート! 私たち空を飛んでるよ!」
操縦桿を傾け、どんどん高度を上げていく。
「よし、あの雲の中に入ってみよう」
「えっ! 危ないぶつかる!」
マールが騒ぐのを無視して、ポッカリ浮かんだあかね雲に向かって操縦桿を傾ける。
意外と操作は簡単で、俺たちを乗せた機体が雲の中へと突入した。
「・・・へぇー、雲の中ってこんな感じだったんだね。てっきり綿のようなものが浮かんでいるんだと思ってた」
「雲は凄く小さな水滴が集まったものなんだ。イメージ的には風呂の湯気みたいなものだ」
「雲って、外から見るのと中から見るのとでは全然違うんだね」
「雲が白く見えるのは、太陽の光が水滴や氷に乱反射して、色んなところから光が外へ漏れ出すから、白い綿のように見えるんだ」
「あ、雲の上に出た・・・素敵」
上空は雲一つない快晴だが、太陽はかなり傾き空が赤く染まり始めている。
操縦桿を右に傾けてグライダーを旋回させると視界も傾き、地上が眼前に広がる。
「ねえ見て見てアゾート! 地上があんなに小さくて見えるよ。プロメテウス城もあんなに下にあるし、遠くに見えるのは城塞都市ヴェニアルだよね」
「本当だ。あの工事中の城壁はヴェニアルで間違いない」
機体を水平に戻して巡航態勢にする。
「今日アゾートと見たこの景色は、きっと一生忘れられないと思う。私にこんな素敵な景色を見せてくれてありがとう」
「それはこっちのセリフだよ。マールがいたからこそ、俺たちはこんな大空高くまでたどり着くことができたんだ。これからはいつでも自由に空を飛べるな!」
「うん! これからはいつでも一緒に空を飛べるんだね、私たち」
「このグライダーみたいな遺物に名前をつけようと思う。魚のエイみたいな三角形の飛行機だし、フレイヤーってのはどうかな」
「フレイヤー! うん、いい名前だと思う」
こうしてジオエルビムから発見された遺物の一つが空を飛ぶ魔術具だったことが見事に実証された。
人類初飛行の成功とともにこの遺物の能力を魔法協会に報告した結果、俺たちの命名どおりこの乗り物は「フレイヤー」と呼ばれるようになった。




