第119話 メルクリウスの姫
翌朝、私たちはカインのお母様に会うためエーデル城の離れを訪れた。
「こんな所にお母様がいるの? なんか地下室みたいにうす暗い場所だけど・・・」
「ああ・・・護衛のためというもっともらしい理由をつけてはいるが、正妻エメラダが兄嫁ミリーと結託して押し込めたという方が正しい」
「正妻と嫁が結託・・・なんか酷い話だね」
「まあな。それより部屋に入ろう」
「ちょっと待って・・・秘技、フリュオリーネモードっ!」
入室を許可され、静かに部屋の中へ入る私たち二人。
半地下になっているその部屋には窓から差し込む僅かばかりの日の光以外に光源はなく、その薄暗い部屋の奥にカインのお母様が座っていた。
「母上、先日顔合わせをした婚約相手のネオン・フェルームだ。今はフェルーム姓を名乗っているが失われた一族の末裔である可能性が高く、一刻も早く母上と会わせたかった」
カインの母親とは思えないほど若さと美貌を兼ね備えたその女性は、しかし疑り深い眼差しで私をジロりと睨みつけた。
だがすぐに興味を失うと、カインの方へ向き直ってにこやかな表情で話し始めた。
「よくぞ戻ってきたカイン。それでボロンブラーク校ではどのように過ごしておるのじゃ」
「気楽にやってるよ。仲間もできたしそれに婚約者も。ネオンからも挨拶をさせてくれ」
カインが私の背中を押してお母様に挨拶するよう促したので、私は軽くスカートをつまんで自己紹介を始めた。
「初めまして。わたくしネオン・フェルームと申します」
安心安全のフリュオリーネモード・・・のはずだったが、
「何者じゃこの女は! メルクリウスの女に変装させて一体何を企んでおる!」
お母様の眼光が鋭く光る。
ちっ、猫を被っているのがバレたか!
「何も企んでなどいません。俺はバートリーの婆様にもネオンとの婚約の許可をいただきたく、そのご承諾を得るため連れてきました」
「ではなぜその者に白銀のかつらを着けさせここに連れて来たのだ。それでメルクリウスを語られても、何も信用できないではないか!」
「かつら・・・ネオン、そのウィッグをとって母上にありのままの姿を見せてやってくれ」
カインの真剣な眼差しに私は小さく頷くと、ウィッグを外して短くカットした本来の髪を見せ、カインのお母様のもとへ近づいた。
お母様は私が傍によると、真剣な顔つきで私をじっと見つめ、髪に触れるとその目が優しいものへと変わった。
「そなた本当に、メルクリウス一族の末裔なのか?」
メルクリウス一族。
そう呼ばれていたのは、タイムスリップした街で出会ったご先祖様とその一族。
そしてわたしがボロンブラーク領に逃がした、若い夫婦とそのお腹の赤ちゃん。
それが200年以上の時を経て、フェルーム騎士爵家として再興したのが私たち一族だ。
お母様の問いかけに、私は胸を張って肯定した。
「はい。私はメルクリウス一族の末裔、ネオン・フェルームです。200年前のご先祖様から受け継いだ地下神殿の鍵も、このとおり持参して参りました」
私は大切な地下神殿の鍵を、お母様に手渡す。
するとお母様は震える手で鍵を受けとり、涙を流しながら私の身体を抱きしめた。
「この鍵に刻まれた紋様は確かに本物。ついにメルクリウス家の末裔が我らの元に帰ってきた。我らバートリー家同様、歴史の陰に隠れて無事生き残っていたのだな」
「その通りです母上。これでようやく母上たちの悲願であるバートリー家の名誉回復の時が訪れたのです」
「そうだな。だがまずはネオンとやらに謝罪せねばならない。先ほどは大変失礼なことを言って申し訳ないことをした。どうか許してほしい」
そう言って深々と頭を下げるお母様に、私は慌ててそれを止める。
「謝罪などいりません。早く頭をお上げください」
「そう言えばまだ名を名乗っていなかったな。私のことはクレアと呼んでほしい」
「承知しましたクレア様。それとウィッグを着けていたのは別に悪意があった訳ではなく、カイン様の婚約者として少しでも美しく見せたかった女心でございます」
「さようか。だがそなたは今のままの方がはるかに美しい。純粋な炎の魔力によって煌めく白銀の髪と燃えるような赤い瞳。その姿こそ伝説に伝えられたメルクリウスの姫。まさに双子月の女神セレーネの化身じゃ」
「それではネオンを婚約者として認めて頂けるのでしょうか母上」
「メルクリウスの姫ならば是非もないこと。まずはバートリー家に赴き、当主である母上に報告せねばなるまい。明日ネオンを連れて本家へ向かうぞ」
「いよいよ婆様の所へ・・・では、その前にバートリー家の秘密についてネオンに教えてあげて頂けませんか」
「よかろう。大きな声では話せぬのでもっと近こう寄れ」
◇
クレアの語ったバートリー家の歴史はこうだ。
バートリー家は元々この地を治める辺境伯家だったが、200年以上前に起こった新教徒による政変によって、時の王から売国奴の汚名を着せられ領都バートリーごと攻め滅ぼされてしまった。
その時、旧教徒の守護者を自負するバートリー家とともにこの地で王国の守護に当たっていたメルクリウス家も、王国の敵とみなされ一人残らず討ち滅ぼされた。
だがバートリー本家の末娘が分家や従者を引き連れ秘かに逃亡していたため、一族の血が絶えることはなかった。
やがて政変を主導した王が没すると旧教徒が勢いを取り戻し、王国の混乱も徐々に沈静化を見せてきた。
それと同時に外敵の侵攻するルートに位置するこのバートリーの地を守護するため、新たな辺境伯を任命する必要も出てきた。
そこでバートリー家のかつての家臣であり王国守護の功績の高かったフィッシャー伯爵家が次の辺境伯家として代々その任に着くこととなった。
だが政変によって数多くの書物が燃やされ、歴史が分断されてしまったアージェント王国の後の王は、辺境伯が単なる爵位ではないことが分かっていなかった。
そう、バートリー家の血を引く者にしか使うことのできない固有魔法が存在して、これがあるからこそアージェント王国の防衛が成しえていたのだった。
当時のフィッシャー家は、いずれ政変を起こした狂王が没して王国が落ち着きを取り戻すことを確信し、密かにバートリー家の生き残りを保護してその血を絶やさないようにしていた。
そして辺境伯家を継いだ後も、領土防衛の出陣の際には必ずバートリー家の騎士を同行させ、辺境伯家の代わりに固有魔法を使用させていた。
バートリーを表舞台に出さなかったのは、再び新教徒の狂王が誕生した時にバートリーの血を絶やさぬよう守るためで、今に至る200年間、真の辺境伯家をずっと隠し通していたのだった。
王国防衛の要であるはずのバートリー辺境伯の名誉回復は、皮肉にもその血筋の保護のために未だ成しえていなかった。
◇
「そんな歴史があったなんて、騎士学園では教えてくれませんでした。バートリー家と同じように我がフェルーム家もおそらく・・・」
「もしかしてお主の一族は、自らの出自を誰も知らぬのか」
「少なくともわたくしの母は知らぬと申しておりました。ご先祖様については分かっていることは、ある日突然ボロンブラーク伯爵の元に現れ騎士爵に叙せられたことのみ」
「なるほどな。ボロンブラーク領は王国の西南の端にあって地理的には外敵に襲われる心配のない安全な場所。我らバートリーとは異なり、代々のボロンブラーク伯爵はそなたたち自身にもメルクリウス家の存在を教えないことで、その血を絶やさないよう密かに匿い続けたというわけだ」
「ボロンブラーク伯爵は代々、賢明な方たちだったのですね」
「当代のボロンブラーク伯爵はどのようなお方なのか」
「伯爵はわたくしの幼い頃から病に臥せっており、どのような人柄なのかは存じ上げておりません。ただお父様が言うには、二人の息子たちとは正反対の素晴らしい人格者だと。その伯爵のタガが外れて、二人のバカ息子を旗頭とする内戦が起きてしまったとも申しておりました」
「それでメルクリウスが再び歴史の表舞台に現れたのは皮肉と言うしかあるまいが、我らにとっては朗報。いずれにしても明日、母上の所へともに参ろう」
「最後に一つだけ伺ってもよろしいですか」
「申してみよ」
「カイン様の婚約者となるために、どうしてフィッシャー辺境伯ではなくバートリー家のご当主様の許可が必要なのでしょうか」
「それは我がバートリー家の血を絶やさぬため二代続けて他家との婚姻を認めないため。これはフィッシャー家とバートリー家との長年の同意事項でもあり、カインはバートリー家の血筋の娘を娶る予定であった」
「でしたらわたくしはカイン様の婚約者には・・・」
「メルクリウスの姫なら話は別じゃ。これは同意事項ができる遥か以前の、そう、政変前の歴史に関係することであり、母上の判断を仰ぐ必要があるからじゃ」
◇
フィッシャー家長男のライアンは、母エメラダと妻ミリーの二人に挟まれ、カインとネオンの婚約についての愚痴を聞かされていた。
「フェルーム家からの縁談が来た時、聞いたことのない成り上がり家門の娘など要らぬとホルスではなくカインにあてがったのは失敗だった」
「お義母様はそうおっしゃいますが、メルクリウスの伝説というのは本当の話なのでしょうか。私はてっきり、子供が読む絵本のこととばかり・・・」
「わたくしも詳しくは知らないのだけど、夫がクレアを側室として迎え入れた時に説明を受けたことがある。その時聞いたのは、今のバートリー騎士爵家はかつてのバートリー辺境伯家の末裔であり、当時双璧を成していたのがメルクリウス家なのだと。その本家筋の娘の特徴があのネオンの容姿と一致するのだ」
「もしネオンがそのメルクリウス家の末裔で、真の辺境伯家であるバートリー家の血筋のカインと結ばれたら夫の次期当主の資格を奪われてしまうのでは・・・少なくともバートリー家の当主が黙っていないはず」
「夫が何を考えているのか聞いてみる必要があるがバートリー家当主の出方には注意が必要。それとライアンのためにも危険な芽は早めに摘み取っておいた方が無難ね。ところでライアン、そなたはまだ固有魔法が使えぬのか」
「使えない訳ではないのですが、カインほどには上手く使いこなせないのです。ただし属性魔法が一切使えないあいつと違い、私には母上から受け継いだ属性魔法が使える分、実戦の強さで上回っておりますが」
「フィッシャー家も定期的にバートリー家の血を取り込んでおるから、そなたやホルスも固有魔法使えるし、当主としての資格は十分にある。だがあのネオンという娘が本物のメルクリウスの末裔なら、側室のクレアは大喜びしてバートリー家の復権そして辺境伯家への返り咲きを目指すだろう。ミリー、ネオンをいびり倒して婚約を辞退させなさい」
「承知しましたわ、お義母様」
◇
明日バートリー家の領地へ向かうことになった私は、エーデル城にはもう戻って来ないため帰り支度を始めていた。
コンコン
ノックの音がして誰かが訪ねて来たので扉を開けたら、部屋に入ってきたのは長男の嫁のミリーだった。
「少し話があるのですが、よろしいですか」
「ええどうぞ」
許可した途端、部屋にズカズカと入ってきてソファーに腰かけたミリーは、冷たい目線を私に向けて威嚇するような雰囲気を漂わせていた。
殺気っ!
そういうことなら目には目を、悪役夫人には悪役令嬢をっ!
【アンチ悪役夫人シールド、フリュオリーネ召還っ!】
またしても泥棒ネコ1号を憑依させることにした私は、彼女の向かいに座ると武器である大きな扇子を広げた。
そんな私にミリーは眉一つ動かさず、バトルをスタートさせた。
「我が辺境伯家の家格が他の伯爵家と異なり特別の地位を王から授かっていることはご存じでしょうか」
「もちろん存じておりますが」
「よろしい。では我が辺境伯家の嫁になるには相応の家門の出身でなければならないことも当然ご理解されてるはず。果たしてあなたのご家門には相応の格式がおありなのかしら」
「ミリー様が仰りたいのは、このわたくしがフィッシャー家の嫁に相応しくないと」
「まあっ! そのような直接的な物言いをなさるなんて、さぞかし良い貴族教育をお受けになられたのでしょうね。オーッホホホ!」
「はい。ミリー様のような立派な御婦人からこのわたくしをお褒めいただき大変嬉しゅう存じますわ。オホホホ」
「誰も褒めてなどいません。下級貴族のあなたに正しい貴族の振る舞い方を教えて差し上げると申し上げているのです」
「それはそれは。では早速その正しい振る舞い方というのを教えてくださいませ」
「いいでしょう。では辺境伯にこのように申し上げてください。『わたくし、この城に来てようやく自分の身の程に気がつきました。恥ずかしながら今回の縁談は是非辞退させてほしい』と」
「まあっ! このわたくしのセリフをわざわざ考えて頂いただいたのですね! 大変お手数をおかけしましたが、ミリー様って余程お暇なようですわね」
「暇ですってっ! このわたくしに向かってよくもそんな口をっ!」
「あら、はしたないですわミリー様。唾を飛ばして大声を上げるなど淑女失格ですわ。オホホホ」
私は泥棒ネコ1号に借りた大きな団扇を広げて、氷のように冷たい目線をミリーに向けた。
「ギリッ! この女・・・」
「まあ恐い・・・ミリー様を見て分かったことが一つございます」
「何よ、言ってみなさい!」
「名門アルバハイム伯爵家の血筋だからと言っても、その家格にお人柄が自動的についてくるものではないことです。今のミリー様を見てわたくし大変勉強になりましたわ」
「なななな何ですってっ!」
「わたくし、そのようなミリー様からアドバイスを頂く必要は感じられませんし、わたくしにはここでやるべき使命もございます。カイン様との婚約を破棄するつもりは一切ありませんし、話がそれだけでしたらお引き取り頂いて結構です」
「この女・・・な、何が使命よっ! 目的があるなら今ここで全部喋りなさい!」
「なぜこのわたくしがミリー様に申し上げる必要があるのですか?」
「私は次期当主ライアンの正妻だからよ!」
「左様ですか。ですがわたくしの予定表にあなたとの話し合いはございません。申し訳ありませんが忙しいので部屋から出て行ってくださいませ」
「きーーーーっ! あなた覚えてらっしゃい!」
私がキッパリお断りすると、ミリーはカンカンに怒って部屋から出て行ってしまった。
「勝った」
しかしフリュオリーネって想像以上に有能な奴だな。
昨日からずっと大活躍だったし、何かお土産でも買って帰ってあげようっと。
◇
ネオンの客間を追い出されたミリーは、その足でエメラダの部屋へ報告に向かった。
「お義母様! あのネオンって小娘、性悪にも程がありますっ!」
「何だい騒々しい、落ち着きなさいミリー」
「だってお義母様・・・」
「それで婚約を辞退させられたのかい」
「・・・私が何を言っても歯牙にもかけられずキッパリ断られてしまいました。ほんっと憎たらしいっ!」
「あんな虫も殺さないような小娘がまさか」
「見た目に騙されてはいけません。それにあの女は何か明確な目的があってフィッシャー家に入ろうとしているらしいのです」
「明確な目的? ・・・やはりバートリー家の復興か辺境伯家の簒奪。ミリー、引き続きあの女を注意深く監視しておくように」
「かしこまりました。お義母様」




