第118話 フィッシャー辺境伯領
その日の放課後、私はカインを連れて冒険者ギルドに来ていた。転移陣を使ってフィッシャー領の領都エーデルまでジャンプするためだ。
「そういえばカインって魔力がほとんどなかったよね。私一人の魔力じゃカインを連れてエーデルまでジャンプできないんだけど、どうするの?」
「実は魔力を持ってるがそれを魔術具で隠してるんだ。それに父上から転移用の魔石を大量にもらっているから心配しなくていい」
「分かった。じゃあエーデルに行く前にフェルーム城に寄って服を着替えて来る」
「おおっ! ついにネオンが女装をするのか。楽しみだな」
「別にカインを喜ばせるための女装じゃないからね」
ドレスに着替えてウィッグで髪を伸ばし、着替えも2,3着バッグに押し込んだ私は、領都フェルームの冒険者ギルドからいくつかの経由地を経て領都エーデルに到着した。
冒険者ギルドは領都エーデルの繁華街の中にあり、街はたくさんの人が行き交っていた。私たちは街の中心部にあるエーデル城に向かって歩いて行く。
「エーデルって大きな街だね。こんなに人も多いしどうしてこんなに賑わってるの」
「ここはブロマイン帝国の侵攻を食い止める最前線の街だからだよ。王国中から騎士団や傭兵たちが集まって来て、そのための宿屋や商店などがたくさんあるんだ」
「言われてみれば周りにいるのは騎士と兵士ばかりだね。ギルドも建物が大きいし冒険者もたくさんいたし」
「冒険者も傭兵として帝国との戦いに駆り出されるんだ。つまりこの街は戦争で成り立ってるってことだよ。さあエーデル城に着いたぞ」
私の目の前には鋼鉄でできた巨大な城門があり、その奥には巨大なお城がどっしり構えている。
「ここがエーデル城か。最前線のお城だけあってフェルーム城やプロメテウス城よりも一回り大きい感じだ」
「ウチは辺境伯家だし、それなりの家格の城も必要なんだよ」
「辺境伯ってたしか伯爵より上で侯爵と並ぶ地位だったっけ?」
「王家の外戚に当たる侯爵よりも爵位は下だが、国王に準ずる様々な特権が認められているから実質的に侯爵級ということになっている」
「じゃあカインは侯爵家令息で、ダーシュたちより格上だね」
「柄じゃないからやめてくれ」
「確かに柄じゃないか。令息というより傭兵の方が似合ってるし」
「ははは、自分でもそう思うよ」
巨大な城門が開くとたくさんの使用人たちが私たちを出迎え、城内へと案内してくれた。時間はすでに夕方であり、このまま晩餐会の会場に向かうらしい。
カインのエスコートでダイニングルームに通されるとカインの家族はすでに全員揃っており、ここからが私のクエスト本番と、猫をかぶるための呪文を唱えた。
【我に憑依せよフリュオリーネっ!】
シャラララーーン!
モードが切り替わった私は、ドレスを軽くつまんでお辞儀をした。
「フィッシャー辺境伯閣下、本日はお招きいただきありがとう存じます。そして初めまして奥様、わたくしネオン・フェルームと申します。以後お見知りおきを」
私が泥棒ネコ1号っぽく挨拶をすると、辺境伯が笑顔で私を迎えてくれた。
「ようこそエーデル城へ。遠いところからわざわざ来てもらって疲れているとは思うが、夕食を用意したのでぜひ楽しんでほしい」
そして食事が始まり、辺境伯から順番に家族の紹介があった。
辺境伯の左隣にいるのが正妻のエメラダで、テーブルの右サイトにはカインの兄ライアンとその嫁ミリーが、テーブルの左サイドには兄ホルスと弟のラースが座っている。
つまりカインは男ばかりの4兄弟の3男ということだ。
次男のホルスはまだ独身のようで、早速私に話しかけてきた。
「ネオンさんはとてもお美しい。白銀に輝く長い髪と炎のように赤く燃える大きな瞳はまるで月の女神セレーネを見ているようだ。お淑やかで気品も高く、カインのようなガサツな男にはもったいないほどの姫君だな」
「兄上、ネオンは俺の婚約者なんだから手を出さないでくれよ」
「分かってはいるが、フェルーム家との縁談は最初は俺の所に来た話だった。こんなことならお前に譲るんじゃなかった。なあ父上、今からでもネオンさんを俺の婚約者に変更することはできないのか」
するとフィッシャー辺境伯はため息交じりにホルスを諫めた。
「このネオン君は、フェルーム家当主がその存在を周りに隠し通して大切に育てあげた深窓の令嬢。そして今まで誰が求婚しても全くいい返事がもらえなかった高嶺の花。だがカインとはたまたま同級生だったこともあり、特別に了承が得られたのだ」
「確かに深窓の令嬢という言葉にピッタリだよな、ネオンさんは。しかしボロンブラーク校にはとんでもないレベルの美少女が在籍してるんだな。くそっ、俺もそっちの学校にすれば良かった」
「バカもん! 女のために学園を選ぶ奴があるか! フィッシャー辺境伯家の男なら迷わずフィッシャー騎士学園を選べ!」
「わかったから怒らないでくれよ父上。それにボロンブラーク校は魔法使いを目指す者が行く学校だし、カインのような軟弱者ぐらいしか我が家から行く者はいないか」
そのホルスの言葉にカチンとくる私。
「カイン様が軟弱ですって? 剣術の腕はウチの学年で1位なんですけど」
だが私の言葉をカインが否定する。
「我が家では実際そうなんだ。俺は兄上たちほど剣術が強くないし、他にも理由はあるけどそれもあって俺はボロンブラークの方に進学したんだ」
「ではフィッシャー騎士学園の方が、わが校よりもお強いとでも?」
「魔法はボロンブラーク校の方が上だと思うが、剣術は間違いなくフィッシャー校の方が上」
「ですが、カイン様をバカにされたようで納得がいきませんし、本当にフィッシャー校が上なのか、一度両校で試合してみてはいかがかしら」
「試合を? だが剣術で戦ってもフィッシャー校に勝ち目なんか・・・」
「でしたら剣術も魔法も何でもありの実戦形式の最強決定戦をやればよろしいかと。いかがでしょうかホルス様?」
私が話を向けると、ホルスは真剣に悩んでいた。
「剣術なら話にならんが、魔法もありの実戦形式となると勝負は分からんし実に興味深い。だがボロンブラーク校の生徒会長が試合に応じてくれるかどうか・・・」
「それなら大丈夫だ兄上。生徒会長はネオンのお姉さんでかなりの火力バカだから、上手く煽れば簡単に受けて立つと思う」
「ねねねね、ネオンさんにお姉さんがいるのかっ! ・・・まさかネオンさんほどの超絶美少女なんてことはさすがにないよな」
「いや見た目は全く同じだし、そもそも最初に縁談が来たのはネオンじゃなくそのお姉さんの方だし」
「何いいいっ! やろう! 是非やろう最強決定戦! そしてそのお姉さんに俺の強さをアピールして、絶対嫁に貰うぞ!」
「ホルス様こそ勝手に決めてもよろしいのでしょうか。フィッシャー校の生徒会長の許可を得ないと」
「フィッシャー騎士学園の生徒会長は俺だ」
「まあっ! ホルス様が生徒会長でいらっしゃいましたか。さすがはフィッシャー辺境伯家のご令息、大変失礼いたしました」
◇
晩餐会も終わり、カインと二人で夜の庭園を散歩することにした。もちろんフリュオリーネ・モードは疲れるからすぐに解除。
でもあの女って、たまには役に立つこともあるんだな。
「楽しい家族じゃないか、カイン」
私が話を振ると、だがカインは浮かない顔を見せる。
「表面的にはな。今日はホルスばかりが目立っていたが、他の家族がよそよそしかったことにネオンは気づかなかったか」
「ううん、全然」
「実は長男のライアンが辺境伯家の次期当主に内定してるんだけど、その嫁のミリーが俺が当主を狙っているのではないかと警戒してるんだ」
「カインが次期当主? 三男なのに何で?」
「俺の血筋だよ」
「え?」
「実はあの兄弟で俺だけ母親が違っていて、他の三人の母親は父上の隣に座っていた正妻のエメラダで中立派貴族アルバハイム伯爵家の本家の血筋だ。一方俺の母親は臣下であるバートリー騎士爵家の娘で、この家では側室の立場だ」
「あれ? だったら血筋的には他の兄弟の方が上じゃないか。それがなんでカインが次期当主になることを恐れてるの?」
「そこがフィッシャー家の複雑な所なんだ。理由は明日、俺の母上に会った時に話すよ。その方がいろいろ納得できると思うから」




