第117話 幼き日の追憶
カインとあんな話をしたからだと思う。私がアゾートを愛するようになったあの日の出来事を思い出した。
それはまだ5歳のころの思い出。そう、私はいま夢を見ている。
◇
ボロンブラーク伯爵が病に倒れ、その臣下たちがサルファー派とフォスファー派に分かれて領政の主導権を賭けて凌ぎを削っていた頃、サルファーのお目付け役を任されていたお父様の勢力をそぐため、フォスファー派の騎士団が野盗に扮して屋敷を強襲してきたことがあった。
その日のフェルーム騎士団は隣接するスキュー男爵が領界に騎士団を展開させたためそれに対抗する形で出動していたが、これは屋敷の警護を手薄にする敵の陽動作戦だった。
「おかあさま、アゾートの家にあそびにいってくる」
「今日はダメよ。お父様が帰ってくるまで家に隠れているようにって」
「おとうさまはいつおうちにかえってくるの?」
「ネオンがいい子にしてたら、すぐ帰ってくるわよ」
「ふーん。ほんとかな~」
私がいい子にしているかなんて、外にいるお父様にわかるわけがない。だって私には、今アゾートが何をやってるかが分からないのだから。
「となりのいえなんだし、アゾートがあそびにきてくれないかな~」
夜遅くに大きな物音がして、私は目を覚ました。窓の外を見ると大きな爆発が何回も起きて色んな魔法が飛び交っていた。
しばらくするとノックの音がして護衛騎士たちが部屋に流れ込んできた。
「おかあさまたちが、たたかってるの?」
「そうです。ネオンお嬢様は我々の側から離れないでください」
そう言って私を安全な地下室まで避難させようとした。途中、セレン姉様やアゾートとその弟妹たちも合流して地下室までたどり着いたが、一歩遅かったようで賊が地下室の前で待ち構えていた。
「奥さま達が到着されるまでここに隠れていてください。賊は我々が対処します」
私たち子供5人は階段脇の倉庫に押し込められ、戦いが終わるのを中で待っていた。扉の外では激しい音がずっと鳴り響いている。
「きしさんたち、だいじょうぶかな?」
「正直分からないが、もし敵が侵入してきたら俺がみんなを守るよ。俺はまだ小さいし魔法を撃てる回数は限られているが、使用する魔法は状況により判断していく」
「アゾートもまだ5さいなのに、おとなみたいにはなせてすごいね」
「来やがった・・・みんな俺のそばから離れるな!」
突然扉が開かれ、賊が数名侵入してくる。
「本家のガキどもがいたぞ! こいつら全員捕まえろ」
【焼き尽くせ:火属性初級魔法ファイアー】
アゾートが放ったファイアーが賊をまとめて倉庫の外へと吹き飛ばしたが、
「このガキ、魔法を使いやがった! だが威力が弱い、魔法防御シールドを張れ」
「そうくると思った」
【安住の地:土属性初級魔法ウォール】
もう一度アゾートが呪文を唱えると、今度は扉の位置に新たに壁ができ賊の侵入を防いだ。
「どうなってるコイツ! 瞬時に魔法を発動させたぞ」
「おい新手の護衛騎士だっ! ガキどもは後回しにしろ」
敵の目が自分たちから逸れてホッとする私たちだったが、アゾートは警戒を緩めなかった。
「あの程度の壁、魔導騎士なら簡単に破ることができる。そして俺が撃てる魔法はあと1回分、さてどうする・・・」
アゾートがしばらく考えた末に出した答えが、壁を偽装してその中に隠れるというものだった。
しかしスペースの関係で中に隠せるのが3人まで。女子を優先し、アゾートとアルゴがカムフラージュを兼ねて壁の外に残って犠牲になることになった。しかし、
「わたしがアゾートと外にのこるよ。わたしはおとこにしか見えないし、ちいさいアルゴが中にかくれてるといいよ」
「お前がそれでいいならそうするか。時間がない、3人は早く部屋の隅に行け」
セレン姉様たち3人をウォールで作った薄い壁の向こうに隠し、私たち二人は倉庫の中で助けが来るのを待ち続けたが、助けよりも先に再び賊が侵入した。
「先発隊がここで全滅していたのは、本家の血筋のガキどもを捕獲しようとしていたのだな。男が二人か・・・よし捕まえろ」
もうだめだ。やられる!
私が怖くて目をつぶった瞬間、アゾートが私の上に覆いかぶさった。
【無属性初級魔法・魔法防御シールド】
キイイイイイィンッ!
「こ、コイツ! ガキのくせに魔法を使いやがった。だが所詮はガキの魔法、バリアーを破壊して気絶するまで蹴り続けろ」
賊がそう言うとバリアー越しにアゾートの身体を滅多打ちにした。子供が作るバリアーはおよそ完璧なものではなく、賊たちの殴打の衝撃がアゾートの身体を通して私まで伝わってくる。
「アゾート! アゾートーーッ!」
「心配するなネオン・・・もうすぐ助けがくるはず・・・それまで我慢すれば・・・俺たちの・・・勝ち・・・」
アゾートはそう言いながらもずっと蹴られ続け、鈍い衝撃が何度も何度も私の身体に伝わってくる。
私はアゾートの下でずっと泣いていた。
「もうやめて。アゾートがしんじゃう」
そしてついにアゾートが気を失ってマジックシールドが完全に消失したが、次の瞬間、膨大な魔力が辺りを満たすと賊たちの身体が炎に包まれた。
「よく頑張ったわねアゾート! 今助けてあげる!」
お母様が助けに来てくれたのを見て、ホッとした私はすぐに気を失った。
アゾートは重傷を負ったが何とか一命をとりとめ、しばらく屋敷で療養の日々を送ることとなった。
その後元気になったアゾートは以前にも増して魔法とか日本語とか算数とか秘密の知識を私に教えてくれるようになった。
私がお嫁に行っても強く生きていけるようにと。
でも私はアゾートと離れるつもりはない。だって私の命の恩人であり、私の大好きな人だから。
◇
目が覚めると私は寮の自室にいた。隣のベッドではアゾートがまだ眠っている。
「おはようアゾート。うふふふっ、また間抜けな顔で寝てるね」
私はアゾートの髪をやさしく撫でて、いつものように頬に口づけをした。
「今日の放課後からクエスト再開、早速フィッシャー領に行ってくるよ。これからしばらくは週末フィッシャー領で過ごすことになるけど、地下神殿の謎はきっと私が解いて見せる。だから楽しみに待っていてね」




