第116話 ネオンの婚約
「おいアゾート、フィッシャー辺境伯に先に挨拶しろ!」
ダリウスに促されて、俺はフィッシャー辺境伯と挨拶を交わす。
辺境伯は40代ぐらいの大柄でガッシリした体格の男で、まさに歴戦の勇士の貫禄を漂わせた騎士だった。
溢れ出るオーラは間合いに入る者全てを切って捨てる達人のような気迫を感じさせ、その精悍な顔つきも含めてカインの父親と言って疑う者はないほど、この親子は似ていた。
辺境伯との挨拶も終わり、隣のカインに目を向ける。するとカインはいつものように俺に近寄ってくると、肩を組んで俺を窓際の方に連れていき、小声で話し始めた。
「アゾート、顔合わせにまさかお前も付いて来るとは思わなかったな」
「それはこっちのセリフだ。でもどうしてネオンなんかと」
「ネオンとの顔合わせは俺が希望した」
「カイン、お前・・・」
「今さらネオンと顔合わせもないが、正式に婚約する前の儀式みたいなものだし、アゾートは関係ないからもう帰ってもいいぞ」
「そうするつもりだが、まさかネオンが女だと気づいてたのか」
「ああ。入学式の次の日だったか、初めてお前らと会った時からな。最初はびっくりしたけど、コイツら面白そうな事をしてるなと思って黙って見てたんだよ」
「人が悪いな。だったら早く教えてくれても」
「悪い悪い。かなり楽しませてもらったよ」
「でもお前、なんでネオンなんかと政略結婚する気になったんだ。アイツの中身を知ってるだろ」
「もちろん。最初はセレーネの婚約者を探しているという話がウチに来たんだが、俺には親友の好きな女をとるような趣味はないし、俺はセレーネよりネオンの方がいい女だと思っているから相手を変えてもらった」
「ネオンがいい女? お前、目は大丈夫か」
「その言葉そっくり返すよ。お前こそネオンを失ってから後悔しても遅いぞ」
◇
顔合わせが始まったのを見届けた俺は、そのままプロメテウス城に帰った。
そこで週末領主業に勤しんだ俺は、あっという間に週末も終わって、夜遅くに学生寮の自室に戻った。
ネオンは既に部屋に帰ってきており、一人でくつろいでいる。
「アゾートお帰り。遅かったね」
「領地運営が大変で、週末は溜まった仕事を片付けないといけないしホント忙しすぎるよ。そういえば顔合わせはどうだった? 地下神殿につながる貴重な情報が手に入ったか?」
「・・・・・」
「ネオン?」
「あのねアゾート。私はこの縁談を受けようと思う」
「え?」
「カインと婚約して、フィッシャー領に行儀見習いに行くことにしたよ」
ネオンがカインと婚約してフィッシャー領に嫁ぐ。いつかこの時が来るのは分かっていたが、その瞬間は以外とあっさり訪れた。
最近のネオンの様子に、ひょっとして一生俺の傍から離れないのではと勘違いしてしまうこともあったが、いざこの時を迎えてしまうと少し寂しい俺がいる。
「どうしたの? 急に黙りこんで」
「いや、突然の話にビックリしただけだ。そうかカインと婚約することにしたのか」
「うん。それと地下神殿の調査はカインと二人でやるからアゾートは手伝わなくていい」
「え? いやそれは俺も一緒に行った方が」
「アゾートは領地運営で忙しいんでしょ。それにフィッシャー領には婚約者として行くことになるから、アゾートはちょっと邪魔なんだよね」
「俺が邪魔なのか・・・」
「それにあそこは私がご先祖さまから託された地下神殿だから、私に任せて欲しいの。何か分かれば教えてあげるからね」
「お前がそこまでいうのなら何も言わない。カインと二人で頑張ってくれ・・・」
「ありがとう。それとカインと婚約したことはまだみんなには内緒だよ。学園でもカインとは何もない素振りをするからアゾートもちゃんと演技するんだよ」
「お、おう・・・任せておけ」
「ホントかなあ・・・アゾートって肝心なところで抜けてるから、なんか心配なんだよね。じゃあ明日からお願い」
そう言ってネオンはさっさとベッドに入って寝てしまった。
カインと婚約することを決めたネオン。
そのあまりにアッサリした態度に、俺は眠れない夜を過ごすことになってしまった。
◇
翌朝、俺は眠い目を擦りながら男子寮の前でみんなが来るのを待っていた。
ネオンがカインと婚約したことは当然みんなには伝わっておらず、いつもと変わらぬ登校風景がそこにあった。
カインの様子を見てもいつもと違った様子はなく、ごく自然な態度でネオンと会話をしながら学園へと続く森の道を歩いている。
「なあアゾート、さっきからチラチラ見てるけど、カインがどうかしたのか?」
「いや何でもない。カインはいつもネオンとあんな風にしゃべってたかな、と思って」
「あの二人はいつもあんな感じだぞ。カインはネオンのことをよくからかってるし、心を許してるっていうか、俺たちの中でもネオンが一番仲がいい感じだしな」
「ふーん・・・」
そこへパーラが会話に割り込んできた。
「クラスの女子の間でも、カイン✕ネオンの人気が一番高いのですよ。わたくし的にはネオン✕カインの方が素敵ですけど」
「何の話をしてるんだパーラ・・・」
一瞬、何の話をしているのか分からなかった俺だが、何となく嫌な予感だけはする。
「ネオン親衛隊の皆様のご趣味の話ですわ」
「ひいいいっ! 聞きたくない聞きたくない聞きたくない・・・」
「そうですよね。わたくしもダン✕アゾについては異議を申し上げておりますのに、親衛隊の皆様がその話をやめてくださらないの」
「もうやめてくれ! 想像もしたくない!」
ダンは意味も分からずポカンとしているが、その後も続くパーラの精神攻撃にダメージを受けた俺は、教室にたどり着く頃にはHPがゼロになっていた。
・・・もう嫌だ。家に帰りたい。
◇
放課後、私は学生寮のカインの部屋に来ていた。ていうか隣の部屋だけど。
ダンはまだ部屋に帰ってきておらず、今は私とカインの二人きりだ。
「それでカイン、話って何?」
「そっけないなネオン。俺たちは婚約者だろ」
「確かに婚約者にはなったけど、だから何なの? 早く用件を教えてよ」
「わかった。早速だが今週末フィッシャー領へ行かないか。俺の母上に会えるように父上にお願いしたら、何とかOKをもらえた」
「本当に! もう少し時間がかかると思ってたから、すごく嬉しい。すぐにでも会いたい」
「そうか。だが母上は鋭い人だから、俺たちが偽の婚約者だということがバレないようにしないとな。なるべく完璧な演技をするために、アゾートやセレーネたちを使って練習をしとけ」
「そんなに鋭いの? カインのお母様は」
「長年に渡って陰遁生活を送ってきたバートリー家の嫡流の娘だから、そういう風に教育されてきたんだ」
「そっか。でもどうしてカインは私に協力してくれるの? 何か得することでもあるの?」
「いくつか理由があるが、母上の望みを叶えてあげたいというのが大きい。ただこれは少し難しいので、そこまでは叶わなくてもいいと、俺は思ってる」
「私に協力するのはお母様のためなんだ」
「それもあるが、純粋にフェルーム家の謎に興味がある」
「そんなに気になるなら、この前の地下神殿の調査の時に一緒に来ればよかったのに」
「学園で身分を隠している俺が、フィッシャー領でのクエストなんか正体バレが怖くて付いて行ける訳ないだろ!」
「それもそっか」
「でも一番の理由がある。聞きたいか?」
「聞きたい」
「俺はお前が好きだ。結婚してくれ」
「断る」
「即答かよ」
「私はアゾート以外とは結婚しないから」
「でもアゾートはセレーネとくっつきたいんだろ」
「セレン姉様のことは何とかするつもり」
「じゃあフリュオリーネは?」
「あいつもできれば排除したいけど、たぶんアゾートが離さない。やさしいからねアゾートは。それにアイツは邪魔にならなそうだし、最悪居てもいい」
「そんなにアゾートがいいのか。俺とアイツで一体何が違うんだ?」
「カインは全然悪くないよ。むしろ普通の女子から見れば、アゾートよりもかっこいいと思う。でも私にとってアゾートは特別なんだ。私の人生はアゾートのためにあるようなものだから」
「アゾートのための人生って・・・」
「他人には大した理由に聞こえないかもしれないけれど、アゾートは自分の持っている知識の全てを私に教えてくれたんだ。将来どこかに嫁いでしまう私のために、自分の知識を与えることで離れていても私のことを守れるようにって」
「あいつがそんなことを」
「それにアゾートに命を救われたこともあるの。私が子供の頃にもちょっとした内戦があったんだけど、フェルーム家の屋敷が敵対派閥の刺客に強襲されて、あわやの所でアゾートが身を呈して私の命を救ってくれたんだ」
「そうか・・・アイツは普段は頭がいいのかバカなのかよく分からないヤツだが、肝心なところはしっかり決めてくるからな」
「そうだね。でも私は間抜けなアゾートの方が好きなんだけどね」
「ネオン、お前の気持ちはわかった。でも俺があきらめる理由にはならないよな」
「え?」
「フィッシャーの地下神殿の探索は俺とネオンの二人でやり遂げようぜ。そして俺が頼りになるところを見せて、必ずお前を振り向かせてみせる」
「どうぞご自由に。でも私は手強いよ」
「それでいいさ。強敵を前にしてそれでも果敢に挑むのがフィッシャー辺境伯家の男だ」
顔合わせの時にカインから知らされたある大きな秘密。それはあの地下神殿にもう一つの鍵が隠されていること。
それを手に入れるためにカインのお母様に会うことが、私の最初のクエストだ!




