第113話 侯爵令嬢クロリーネ
新年最初の一週間はあっという間に過ぎ去り、週末を領地で迎えていた。
ソルレート戦の勝利によりヴェニアル領の一部を獲得してその土地の騎子爵家がメルクリウス家に臣従することになり、去年立てた領地運営方針を修正するため新年早々メチャクチャ忙しい。
しかも今日は、ジルバリンク侯爵とその娘が弟のアルゴとの婚約を結ぶため、プロメテウス城に顔合わせに来る。
◇
その昼時、ジルバリンク侯爵家との間に臨時で接続した転移陣を使って、侯爵親子だけでなく使用人や護衛騎士などが大量の荷物を持ってぞろぞろとプロメテウス城に転移してきた。さすが侯爵家だけあって大名行列の様相だ。
そんな彼らを出迎えた俺は、ウチの城で一番豪華な3階の応接室に案内してアルゴとの顔合わせ会を開いた。
さてお相手となる侯爵令嬢の名前はクロリーネといい、ジルバリンク侯爵家の四女で15歳。アルゴの二つ年上でこの春から騎士学園に入学するそうだ。
互いの自己紹介から始まったこの顔合わせは、侯爵と俺の両親との間で話はとんとん拍子に進み、あっという間に二人の婚約が成立した。
俺も初めて顔合わせというものに出席したが、随分とあっさりしたものだと呆気にとられた。当人同士も実に淡々とした様子で、話も落ち着いたところで侯爵が父上に話を切り出した。
「この春から娘をボロンブラークの騎士学園へ入学させたいと思っている。そこで入学までの間、ここに住まわせてやって欲しいのだが」
「こんな城では不足でしょうが、今日からすぐにでも暮らせるよう受け入れ準備を整えています。さっそく部屋を見てもらいましょう」
「それはありがたい。このクロリーネは末の娘で、少し甘やかして育てたためかプライドが高く気難しいところがある。だが根はとてもやさしい娘なのでよろしく頼む」
そう言ってジルバリンクは頭を下げ、父上も特に気にすることなく大きく頷いた。
プライドが高く気難しいアルゴより2つ年上の侯爵令嬢・・・。
侯爵の話を聞いて一抹の不安を覚えた俺だったが、これも古代の遺物から魔導結晶を抜き取らせないための措置であり、アルゴとセレーネの婚約も阻止できる一石二鳥の最善策である。
許せアルゴ。
ウチの両親がアルゴとクロリーネを連れて応接室を後にし、その後ろを使用人たちが荷物を持ってぞろぞろと付いて行く。
今からクロリーネのお引っ越しが始まるのだろうが、静かになった応接室で俺はジルバリンク侯爵と二人きりになってしまった。
少し気まずい空気の中、侯爵が申し訳なさそうに話し始める。
「ご両親にはあらかじめ伝えておいたが、クロリーネは性格に難のある娘でな」
「性格に難・・・」
「プライドが高すぎるというか、言葉づかいにキツイところがある」
「キツイ言葉づかいですか・・・」
「実はこれまで2度も婚約解消されておってな」
「まだ15歳なのに二度も・・・」
・・・なんか嫌な予感しかしない。
「もう結婚などさせずに我が侯爵家で一生面倒をみようと思っていたのだが、キミの妹のリーズ君の輿入れを断られたため、メルクリウス家との縁談のためにはクロリーネを差し出すしかなかった」
「つまり次に婚約解消されるとクロリーネは修道院送りに」
「それはない。もし今回ダメでもクロリーネは社交界に出さず一生屋敷の中で暮らしてもらう予定だ」
「そうですか・・・」
一生屋敷の中に居るぐらいならまだ修道院に行った方が幸せのような気が・・・。
「だがせっかくの縁談だし、できればあの娘にも普通に幸せになってほしい。今日から預かってもらうことにしたのも、学園入学前に少しでもメルクリウス家に馴染んでもらうため。ひょっとしたらアルゴくんがクロリーネのことを気に入ってくれるかも知れんのでな」
「はあ・・・」
話を聞けば聞くほど、もはや嫌な予感しかしない俺。
「ただあんな娘でも私はかわいくて仕方ないのだ。世間の評判は芳しくないが本当に魅力的で可愛い女の子なのだよ」
「親バカというか、自分の子供は可愛く見えると言いますからね」
「いやそうではない。こういったら変に聞こえるかもしれんが、世の男どもはなぜかクロリーネの可愛さが理解できないのだ。アルゴくんには是非娘の良さに気づいてほしいし、キミにはクロリーネが婚約破棄されないようしっかりサポートをしてほしい。どうかクロリーネのことを頼む」
「えええ・・・」
なんかとんでもなく面倒な事を頼まれてしまった・・・。
プライドが高くてキツい性格の2歳年上の侯爵令嬢の良さを、俺はどうやってアルゴに理解させたらいいのか。
もしかするとジオエルビム攻略より難しいクエストなんじゃないだろうか。
その後転移陣室で侯爵を見送った俺だったが、申し訳なさそうな顔で亜空間に消えていく侯爵の姿を見ていると、どうしても断ることができなかった。
◇
「ということを侯爵から頼まれたんだけど、フリュ助けて」
アウレウス伯爵の娘であるフリュは、その立場上クロリーネとアルゴとの顔合わせ会には出席していなかった。
だから侯爵が帰ってすぐフリュに先ほどの顔合わせの話をしに行ったのだが、俺の話を聞いたとたんフリュにしては珍しく困ったような表情を見せた。
「どうしたんだ、そんな顔をして」
フリュはとても言いにくそうにしながら、その理由を教えてくれた。
「クロリーネ・ジルバリンク侯爵令嬢は王都でも有名なお方で、彼女はこれまで二度婚約破棄をされましたがいずれもとても温厚で包容力のある申し分のない殿方がお相手でした」
「そう言えば二度婚約破棄されたら修道院送りというルールじゃなかったっけ?」
「別に2回という明確なルールがあるわけではなく、家門の名誉を汚したかどうかで決まるのです。クロリーネ様の場合は、婚約破棄といっても話し合いによる円満な形を取られましたので、家門の名誉を汚すような事にはなりませんでした」
「フリュの場合は?」
「わたくしの場合はサルファーさんに公衆の面前で一方的に婚約破棄を突きつけられたのが1回目で、フォスファーさんに裏切られて劣悪な地下牢に監禁されたのが2回目。アウレウス公爵家の名誉を汚すのには十分でした」
「サルファーのやつ許さん!」
今更ながらフリュの婚約破棄に行き場のない怒りが込み上げてくる。
「一体何なんだ、ボロンブラーク伯爵家のバカ兄弟は!」
「わたくしはもう気にしてませんし、そんなに怒らないでくださいませ。それにわたくし今の方が幸せですので」
ポッと頬を染めるフリュを見て、サルファーへの怒りが急速に冷めていく俺。
「そ、そうか。それならいいんだけど」
「それでクロリーネ様のことですが、そんな温厚な方々を婚約破棄までさせてしまったため王都社交界では噂の絶えないお方なのです」
「そのクロリーネが今年の春、ボロンブラーク騎士学園に入学する予定なんだけど、本当に大丈夫かな・・・」
「それは大変です! ようやく学園が落ち着きを取り戻したのに、新1年生にシュトレイマン派の侯爵令嬢が来てしまったら反対派閥が息を吹き替えしてしまいます。早急に対策を講じないと」
「そんな大変な令嬢なのか。すまんアルゴ」
◇
そしてクロリーネを迎えた初めての夕食。
俺は心配になって、食事中も二人の様子をチラチラと見てしまう。
二人は並んで食事をとっているがその表情はどこか暗く、両親も二人の様子にかなりオロオロしている。
俺は耳を澄ませて二人の会話を聞いてみた。
「アルゴさま、ちゃんとお野菜もお食べなさい。そんな偏食ばかりしていては強い殿方になれませんわよ」
「分かってはいるが、野菜は嫌いなのだ」
あれ?
普通にいい娘じゃないか。ちゃんとアルゴの身体を気づかってるし。
「クロリーネさん。アルゴにはもう少し優しく言ってあげてほしいのですけれど」
え?
母上にはこれがきつく感じるのか?
その後もクロリーネはアルゴのことを色々気遣って話しかけてはいたが、アルゴはそれに嫌がるそぶりを繰り返した。
そして両親も二人の様子をみてハラハラしている。
俺にはそんなキツイ感じがしないのだが、アルゴとは性格が合わなかったのか。
だが侯爵からサポートを頼まれたばかりだし、俺は夕食後にクロリーネを呼んで庭を散歩しながらフォローすることにした。
◇
「アルゴとは上手くいってないのか」
俺の一つ年下のクロリーネは小柄で少し気の強そうな感じの美少女だったが、ガックリと肩を落としながら俺の少し後ろを付いて来る。
「ええそうですわね。わたくしは良かれと思っていろいろと気遣って差し上げているのに、アルゴさまはわたくしの話を聞いてくださらないのです」
「もしかすると言い方が少しキツく感じているのかもしれない。もう少し優しく言ってみたらどうだ」
「それは自分でも自覚していて、今日はこれでもかなり気をつけたのですが・・・」
「確かに。夕食の時の会話を聞いている限り特に問題があるようには思えなかった。キミはせっかく小柄で可愛いタイプなんだし、女の子らしく甘えてみる作戦はどうだろうか」
俺がそう言うと、クロリーネは急に顔を真っ赤にしてアタフタと慌て始めた。
「な、な、な、な! か、可愛いって初対面でそんな破廉恥なっ!」
「破廉恥って、最近よく言われるなそれ。でもクロリーネぐらい可愛ければ普通にしているだけでかなり人気が出ると思うぞ。少なくともモテない同盟の奴らにはな」
「し、し、し、信じられないですわねあなた! 初対面なのによくもそんな恥ずかしい事をベラベラと・・・」
「お、おう・・・すまん」
確かにキツイ感じだなこの娘・・・。
「で、でも今回だけはあなたの言うとおりにして差し上げます。今回だけ、今回だけなんですからねっ!」
あれ? この感じは・・・。
もしかしてこの娘ツンデレじゃないのか?
しかも古典的な方のやつ。
改めてクロリーネの姿を見ると、その長い髪はピンクブロンド。
そして超絶美少女なんだけど小柄で貧乳。
実に残念、そう、全身に残念感が漂っているのだ。
俺はセレーネやフリュのような正統派メインヒロインが好きなのだが、アニメファンの中にはむしろこちらの方が尊いとする根強いファンがいるのも確か。
とにかく、異世界アニメでよく見る典型的なツンデレにそっくりだった。
であればクロリーネのサポートなど簡単。
ツンデレの良さをアピールするだけでいいのだから。
「ジルバリンク侯爵からもキミの事は頼まれているし、アルゴとのことで困ったことがあればいつでも俺に相談してくれ」
「お、お父様からの頼みというのであれば仕方ないですわね。これからもあなたにその、そ、そ、そ、そ、相談してあげてもよろしくてよっ!」
「ああ任せとけ。それとさっきキツイ言葉遣いを直せと言ったけど前言撤回、俺はありのままのクロリーネの方が好きだな。なぜならギャップが大きいほどツンデレは萌える。最古にして最強の萌えキャラであるツンデレ属性があれば、間違いなく男子にモテるし今回のジルバリンク侯爵からのクエストは楽勝だ」
「あ、あ、あ、ありのままわたくしが好きって・・・ご自分の弟の婚約者に向かって何をおっしゃっているのですか、あなたは!」
「いやそういう意味じゃ・・・」
「ふ、ふんっ! あなたに相談すると言っても、ごくたまに、そう、ごくたまにしか相談に行ってあげませんからっ! かかかか、勘違いしないでくださいませっ!」
「そ、そうか・・・」
ツンデレの教科書みたいなヤツだなクロリーネは・・・。
◇
翌朝、俺はアルゴを呼んだ。
「おいアルゴ。クロリーネは可愛くてお前を心配してくれるとてもいい娘じゃないか。もっと仲良くしろ」
「どこが可愛くていい娘なんだよ。ただの性格のキツイ女じゃないか」
「アホかっ! お前は全然分かってない。ツンデレというのはキツイ言葉のあとに繰り出される照れ隠しのデレた言葉と恥ずかしげな表情が堪らなくいいんだ。そしてそのギャップが大きければ大きいほど萌えるんだぞ!」
「はあ? 兄上の言っている言葉の意味が1ミリも理解できないのですが」
「それはこっちのセリフだ! こんな簡単なことも分からなんて、お前がアホすぎてビックリするわ!」
そこへ父上が会話に割り込んできた。
「朝っぱらから兄弟ゲンカしてるから何かと思って聞いていたら、今のは完全にアルゴが正しい。ワシにはお前が何を言っているのかさっぱり分からんし、萌えがどうとか食い気味に早口でまくし立てるところがキモい」
「この俺がキモい・・・だと?」
「そうだ。侯爵から何を頼まれたか知らんが、お前はアルゴの兄なんだからクロリーネに性格を治すように言っておいてくれ」
「いやそれは違うんだけど・・・」
俺の言ってることを誰も理解してくれない上に、父上からキモオタ扱いされてしまった俺。がっくり肩を落としていると、そこに妹のリーズが現れた。
「やっぱり私が侯爵家に嫁に行けば良かったのかな。アルゴには苦労かけてしまったわね」
リーズが申し訳なさそうにアルゴに謝罪すると父上は、
「リーズは何も気にしなくていい。政略結婚など当主のアゾートと弟のアルゴに任せて、お前にはもっとのびのびと暮らせるいい嫁ぎ先を探してやる」
そう、父上はいつも娘に激甘であり、それにカチンときたアルゴは、
「父上は姉上に甘すぎます! 僕はどうなってもいいのですか!」
「お前は男なんだし、もう少し厳しい環境に身をさらした方がよい。上位貴族の社交界の厳しさはクロリーネの比ではないぞ」
「いやいやいや、アルゴも父上も根本的に間違ってるんだよ。クロリーネは性格がキツイのではなく、ツンデレという男子に大人気の萌え属性で」
「お兄様はこれ以上何も話さないでください。何かキモいし」
「この俺がキモい・・・リーズまでこの俺をキモオタ扱いするのかよ!」
こうして俺はクロリーネの良さをアピールすることに失敗した。




