第111話 プロローグ② 王国の正月
1月1日(火)晴れ
「アゾート起きて」
「ん・・・何だネオンか。正月ぐらいゆっくり寝かせてくれよ・・・」
「何言ってるのよアゾート! 新年のあいさつで、もうたくさんのお客さんがお城に来てるよ。すぐそこの謁見の間でみんな待ってるから早くおいでって!」
「お客さん? 謁見の間? 何それ?」
「領主の仕事だよ! 正月は新年のあいさつを受けるのがアゾートの仕事なんだから」
「えええええっ!?」
ベッドから飛び起きて学園の制服に着替えた俺は、同じ4階フロアーにある謁見の間に入った。その広い部屋には既に商業ギルド長や取引所の関係者たちが並んで立っていた。
「アゾート遅いぞ。早くここに座れ」
玉座のような立派な椅子に腰かけ、俺の両サイドに両親とフリュ、ネオンが並び、商業ギルド長からの新年のあいさつを受けた。
そのあとにも謁見の長蛇の列を成しているようで、ロディアン会頭や亡命商人たちも順番を待っているらしい。
正月は領主にとって最も忙しい日だった。
1月2日(水)雪
今日は神使徒テルルの生誕祭だ。
神使徒テルルはシリウス教の教祖で、その母体となったルシウス教の弾圧によって若くして殉教した大聖女である。
テルルは道半ばにして倒れたが、その死後、双子の妹のテトラがその教えを広めて今のシリウス教が誕生したのだ。
そんなシリウス教はアージェント王国だけではなくこの大陸全土に広まっており、その中心となるのが隣国のシリウス教国である。
シリウス教国は代々大聖女が国のトップとして君臨する宗教国家だが、大聖女の有資格者のいない現在は空位になっていて、今のシリウス教国は総大司教猊下が統治している。
ここで重要なのが、シリウス教には旧教派と新教派の二つの宗派があること。
シリウス教国は旧教派の総本山であり、新教派のことは邪教として認めていない。
新教派には総本山のような場所がなく草の根的に発展してきた宗派であり、旧教派が強いる儀礼的な宗教儀式を排除して、本来のテルルの教えに忠実たらんとする原理主義者の集まりである。
そしてソルレート領で暴動を起こしたのもこの新教徒どもなのだ。
そんなシリウス教の開祖テルルの生誕を祝うミサが、今夜教会で行われる。
俺はシリウス教なんか1ミリも信じていないが、国教だし領民のほぼ全てが信者であるため、領主の務めとしてミサに出席している。
そんな俺の両隣には敬虔な信者であるフリュと、フェルーム家次期当主として呼ばれたセレーネも主賓として座っている。
そんなセレーネが俺の耳元で囁く。
【いつ来ても生誕祭のミサは荘厳ね】
【今日は雪も降っていてまさにホワイト・テルル・ナイトだし、今頃街中ではバカップルどもがデートを楽しんでるんだろうな】
【バカップルって、モテない同盟じゃあるまいし、アゾートはそこまで卑屈にならなくてもいいのに。でも前世の記憶が戻って気が付いたけど、この生誕祭って前世のクリスマスにそっくりよね】
【だよな。俺は宗教なんか1ミリも信じてないけど、イベントとして楽しんでいるところも含めてな】
【そうね、うふふふ】
1月3日(風)晴れ
4日からジオエルビムでの調査が再開されるが、マールの実家がクレイドルの森と比較的近いところにあることもあり、今日はマールの実家にお世話になることになった。
「ようこそポアソン領へ。夏に続いて遊びに来てくれて大歓迎だよ」
ポアソン夫妻の歓迎を受けて、俺たちはマールの実家に泊ることになった。
ポアソン領は海流の影響からか冬でも温暖な気候で、昼間は一日中、海辺でのんびりと過ごした。
その後マールの家族も交えた夕食会となったが、夏同様にポアソン夫妻が色んな話題を提供してくれとても賑やかな晩餐になった。
だが当のマールはどこか元気がない。
「どうしたんだよ、マール」
「ちょっと居心地が悪くて」
「え、何で?」
「アゾートには分からないと思うけど、兄姉たちの私を見る目が・・・」
今日の夕食会には初めてマールの兄姉も同席しており、ポアソン夫妻同様、親衛隊のみんなと楽しそうに歓談している。
俺にはマールの言っていることが実感できなかったが、いつも明るいマールがこんなに落ち込んでいるところを見ると、きっと俺にはわからない何かがあるのだろう。
「私は当主になんかなりたくないの。お兄様が当主になれば私も兄姉と仲良くできたかもしれないのにな・・・」
マールの言い分もよく分かるが、騎士爵家がその魔力を維持するのに苦労するのはアージェント王国の常識。
貴族家当主は必ず魔力保有者でなければならず、一族から魔力が失われれば貴族ではいられなくなり、爵位と領地を同時に失う。
そしてマールは一族の中で唯一、当主になることができるほどの魔力を持つ。
しかもマールは騎士爵級をかなり上回る強力な魔力の才能を持っており、その子供の多くが魔力保有者として産まれてくる可能性を秘めたポアソン家の救世主的存在なのである。
だから両親が期待して特別扱いするのも納得できるが、兄姉としてはやはり割り切れないものがあるのだろう。
「マール、今は無理に解決しようと思わない方がいい。そのためにわざわざボロンブラーク騎士学園に来たんだし、あと2年はゆっくり考えればいいさ」
「・・・うん、そうだよね。実家にいるとどうしても昔の自分に戻ってしまうけど、今の私にはアゾートがいるから大丈夫だよね」
「俺? お、おう・・・俺でよければいつでも相談に乗るぞ」
「うん!」
◇
マールの実家はリゾート地にあるため、来客用の部屋がたくさんある。だが16人はさすがに多すぎるため、二人一部屋を使わせていただくことになった。
「俺とネオンの組み合わせは妥当なところとして、セレーネとフリュが同室っていうのが心配だ。あの二人には色んな因縁があるし、ライバル対決とか始めたりしたらウチの庭園みたいにマールの実家が吹き飛ぶぞ」
「大丈夫だよ。何かお互い遠慮しているように見えるし、正月なんか二人で一緒にいるところをよく見かけたよ」
「そうなのか? 俺は全然気がつかなかったけど、お前って意外とよく見てるな」
「そりゃ見てるに決まってるよ。アイツらはアゾートをつけ狙う泥棒ネコだし、妙な動きをしないかそれこそ一挙手一投足を」
「お前ってセレーネにも容赦がないよな。自分の実姉なのにアイツとか泥棒ネコとか」
「アイツは最強の敵だからね。それより私を見てよアゾート。セレン姉様よりスタイルがよくなったでしょ?」
制服を脱いで部屋着でリラックスしていた俺たちだが、ネオンがネグリジェ姿を俺に見せびらかす。
さすがセレーネの妹だけのことはあり、ボーイッシュではあるがセレーネに似た美少女の上に完璧なスタイル。
本来の姿で学園に行けば、トップアイドルとして崇め奉られること間違いなし。モテない同盟たちの新たな女神の誕生だ。
俺でなければ簡単にダマされるところだよ。
「ていうかお前、男装で学園に行くのはもう無理じゃないのか。いろいろと隠し切れなくなってる気が・・・」
「実はそうなんだ。自分でもそろそろ限界に近い認識はある。でも私は負けない! 盛りのついたメスどもの魔の手から、アゾートを守らなくてはいけないからね」
「その無駄な使命感を他のことに使え。明日からジオエルビムの調査再開だから、今日はもう寝るぞ。ネオンには俺が教え込んだ地球の現代知識を駆使してもらって、遺物の謎の解明に取り組んでもらう。覚悟しておけ」
「任せて。こればっかりは他のメスどもにはまねできない私だけの役割だから!」
そういうとネオンはさっさとベッドにもぐりこんだ。俺も自分のベッドに入って目をつぶっていると、
「ご先祖様はきっと、私たちが元気で暮らしていることを喜んでくれているよね」
「この前言ってた話か」
「私がボロンブラーク伯爵の元に逃がしたあの二人にはもうすぐ生まれる赤ちゃんがいたんだ。そしてあの二人が始祖となって200年以上も経った今、私たちフェルーム家がこうして繁栄している」
「・・・・・」
「私たち一族はセレン姉様を筆頭に全員戦闘バカで、ベルモール軍との戦いの時もみんな楽しそうにはしゃぎ回っていた。あの二人から増えたのが結局こんなバカな一族だったけど、それでもいいんだよね?」
「いいに決まってるだろ。それにジオエルビムの調査が終わったら、今度はお前の地下神殿を調べに行くぞ」
「うん! 楽しみだね」




