第110話 プロローグ① 密約
時は少しさかのぼる。
古代魔法都市ジオエルビムの調査が始まってすぐの12月28日。
年の瀬で調査をいったん中断し、正月を実家で過ごすために王国魔法協会も監察局もそして俺たちも全員、自分の領地に帰っていた。
ここアージェント王国には「正月三が日」という異世界らしからぬ習慣がある。
もちろん日本の影響を受けているわけではなく、1月1日は正月なのはいいとして、1月2日は国教シリウス教の開祖テルルの生誕祭で、1月3日はアージェント王国の建国記念日。
毎年ここが三連休になるためそのように呼ばれている。
なおこの3日間は各地で様々なイベントが催され、王国では一年を通して一番盛り上がる季節でもある。
◇
「お前ら全員、プロメテウス城までついてきたのかよ」
パーティーメンバーの大半が実家に帰らず俺んちまで付いて来たのだが、俺の目の前にはフリュ、セレーネ、ネオン、マール、親衛隊、少佐がいる。
フリュは元々ここが家だし、少佐はプロメテウス領に拠点を移したのでこれから奥さんのもとへ帰って正月を過ごす。
セレーネとネオンは、ダリウスたちがまだ戦後処理のため城塞都市ヴェニアルに駐留しており、新年はここプロメテウス城で迎えることになっている。
問題はネオン親衛隊で、当然のようにネオンに付いてきたが、夏休みも正月も実家に帰らない彼女たちにご両親も心配しているのではないだろうか。
そしてマールも相変わらず実家に帰るのが嫌なようで俺たちに付いて来ている。
「マール、俺もついて行ってやるから1日ぐらい実家に顔を見せておけよ」
「・・・うん」
俺は16人もの女子をぞろぞろ引き連れ、自分の家に帰ってきた。
「おかえりアゾート・・・って、この娘たちはまた実家に帰らなかったの?」
「そうなんだ。部屋空いてるかな」
「サルファーとフェルーム家の分家筋もいるから一人部屋という訳にはいかないけど、部屋は空いてるよ。それにみんな管理戦争に協力してくれた仲間だし大歓迎よ」
「助かる母上」
「それじゃあみんなお風呂に入って、食堂に集まってね。夕食を用意するから」
◇
夕食を終えた私が2階の客間でゆっくりくつろいでいると、扉をノックする音がした。
「どうぞ」
私がそう答えると、扉を開けたのはフリュオリーネさんだった。
「セレーネさん。お話があるのですが部屋に入ってもよろしいでしょうか」
女の私から見てもため息が出るほど綺麗なフリュオリーネさんだったが、そのどこか思い詰めた表情に私は、アゾートのことで話があるのだと直感した。
もしかするとクレイドルの森でアゾートとこっそり会っていたことがバレたのかも知れないが、そのことでフリュオリーネさんに文句を言われる筋合いはない。私にだって言いたいことがあるのだから。
だがフリュオリーネさんはぺこりと頭を下げると、
「ずっとセレーネさんに謝罪したかったのです」
「え、謝罪?」
「はい。わたくしがいつもアゾート様の隣にいることがとても申し訳なくて。ここは本来セレーネさんの居場所だったのに、二度も婚約を破棄されて貴族の身分を失ったわたくしをアゾート様が助けてくださって、セレーネさんからこの場所に奪った形になってしまいました」
「・・・・・」
「セレーネさんの気持ちを考えれば、わたくしが身を引くのは当然なのですが、どうしてもそれができませんでした」
「私の気持ちって・・・アゾートと私は親が決めた婚約者同士で」
「ですがアゾート様のことが好きなのですよね。同じ気持ちを持つわたくしには分かります」
「えっ!」
「わたくしは昔から他人に全く興味がなく、感情も乏しい人間でした。でもアゾート様に対してだけは違った。学園で初めてあの人を見た時から、なぜかいろんな感情がわたくしの中に湧き起こり、地下牢から助けられた時にそれが愛に変わって、今はもうあの人なしではとても生きていけません」
「そんなことっ! そんなことを言われたって一体私にどうしろっていうのよ・・・ええそうよ、私もアゾートが好き。きっとあなたに負けてないと思うわ」
アゾートとは物心ついた時からの婚約者で、何より同じ日本からの転生者仲間。だから他の女になんかに絶対渡さない!
こうなったら宣戦布告。
私はフリュオリーネさんに対して一歩も引くつもりはない。
以前の私ならお父様の言うとおりに他の人との政略結婚を受け入れていたかもしれないけど、今は違う。
前世の記憶がよみがえった私は、自分の相手は自分で決めるんだから!
「ですのでわたくし、今日は謝罪をしにこちらに伺ったのです」
「謝罪って何よっ! もう勝ったつもりでいるのね!」
「少し長くなりますが最後まで聞いてください。アゾート様は平民になったわたくしを貴族に戻すとおっしゃってくれたのですが、男爵以上の上位貴族が平民女性を妻にしたり養女にもらった場合、その女性に貴族の身分が与えられるのです。アゾート様はそうとは知らずにわたくしにそう言ってくださっただけなのですが、それでもすごくうれしかったのです」
「だから何よ!」
「いずれはこのことをアゾート様に伝えて、わたくしは身を引こうと思っておりましたが、アゾート様はわたくしよりも先にお父様にもそう公言してしまっていたらしく、お父様はわたくしがアゾート様の正妻になると理解してしまったのです」
「既成事実になっちゃったってこと?」
「はい。そしてお父様から王都の有力貴族の間へそのことが公然の事実として広まり、あなたのお父様であるダリウスさんもその場にいたためこの事はご存じなのだと思います」
「え、うそ! 私そんな話聞いてない・・・」
「フェルーム家次期当主であるセレーネさんは、アゾート様とはもう一緒になれないので、ダリウスさんの判断でその事実を伝えなかったのでしょう」
「でもアゾートは私との関係を許してもらうまで何度でもお父様にお願いに行くと言ってくれたなのに」
「そうでしたか・・・アゾート様の気持ちがわたくしへは向いてないことは気づいてました。そして不可能を可能にするあの人のことだから、きっとセレーネさんを自分の正妻にすることもなし得るかもしれません」
「そうよ! アゾートならきっと何とかしてくれる!」
「ですがわたくしはもう、あの人なしでは生きていけません。ですので提案があります」
「提案?」
「わたくしも共に居ることを許してもらう代わりに、わたくしもセレーネさんのことを応援するというのはいかがでしょうか」
「私を応援? それってつまり」
「正妻の座はセレーネさんにお譲りいたします。ですがわたくしもアゾート様のおそばに居ることをお許しください」
「私たち二人がアゾートの・・・」
「はい。セレーネさんさえよければ・・・」
フリュオリーネさんのこの提案には正直驚いたが、平民の中にも魔力を持って生まれて来る人もいると聞くし、上位貴族の特権を行使して魔力を持つ女性を積極的に取り込もうとする当主も王都にはいるのだろう。
一方、私の置かれている状況はかなり厳しく、王都の有力貴族がフリュオリーネさんをアゾートの正妻と認識している中、さらにお父様を説得してアゾートの婚約者に返り咲くのは至難の業。
そんな時に、プロメテウス軍総参謀長として管理戦争を勝利に導いたフリュオリーネさんの智謀が得られるのはとても頼もしい。
「つまり私たちは同盟を組むってことでいいのね?」
「はい、そうお考え下さい」
「わかった。私は自分の置かれている状況を理解しているし、少しでも味方が欲しいと思っていたところ。それがフリュオリーネさんなら悪い話じゃないわね」
「フリュってお呼びください」
「え? ふ、フリュ・・・・さん、じゃあこれで同盟成立よ」
私が右手を差し出すと、彼女はそれをしっかりと掴んだ。
「では末永くよろしくお願いしますね、セレーネさん」
こうして私たちは、セレーネ=フリュオリーネ同盟の密約を交わした。




