第106話 被験体
オーブに向かって歩き出したところで、あることに気づく。
「バリアーを張ったままだとオーブに近づけないな。一旦バリアーを消してくれ」
「でしたらわたくしがオーブの操作をいたしましょうか」
フリュが心配そうにそう提案してきたが、
「いや、緊急停止させるためのキーワードもあるし俺がやるよ。バリアー解除と同時にオーブまで走るから、みんなはバリアーを再展開して待っていてくれ」
「承知しました」
そしてギリギリまで近付くと、バリアーの先端がオーブを支える支柱に当たるのを感じた。
「3、2、1、解除!」
解除と同時にオーブに駆け寄った俺は、手でそっと触れた。
キーンと耳鳴りがして、強烈な頭痛が容赦なく襲いかかる。
鼻の奥から鉄の匂いがして、胃から吐瀉物が込み上げてくる。それをぐっと堪えて、緊急停止のキーワードを間違えないように正確に唱える。
【マコキ ユイジン ロホチ】
【ドアン ウシユハ ハヘリ】
【ウノキ テノモイ ニトヌ】
三つのキーワードを唱えた途端、オーブの白い輝きが次第に弱まっていった。
「上手く行ったか」
突き上げるような魔力の奔流が消えて、周りのマナ密度も急速に薄らいでいく。それと同時に、頭痛や吐き気もウソのように消えていった。
ひと安心した俺がオーブから手を離そうとすると、
「あれ? 手が離れない」
「どうしたのアゾート、大丈夫?」
バリアーを解除したみんなが俺に駆け寄ってが、オーブが再び強く輝き出すと、白い閃光がドーム状の空間を満たして行った。
「アゾートっ!」
セレーネが、ネオンが、マールが、フリュが俺にしがみついてオーブから引き離そうと引っ張る。
だが新たな魔力の奔流が、地の底から一気に噴き出した。
そしてダンが叫ぶ。
「パーラ、アネット! オーブごとアゾートたちにバリアーを張ってくれ」
「さっきからやってるけどダメみたい! 何者かに邪魔されて魔法が使えないの!」
「ダン様! 危ないから、わたくしたちから離れないで」
「アゾートーーーっ!」
そして白い閃光が5人を包み込んでしまった。
◇
光で目をやられたのか、みんなの姿が見えない。
ZA,ZAZA---ZA, ZA
だが、頭の中では例のノイズが鳴り響いている。
酷い頭痛に耐え切れずに床に倒れ込んだ俺は、身体はそのまま意識だけがどこかに飛ばされていくような錯覚に襲われた。
◇
『ここはどこだ?』
突然視力が回復した俺は、自分がどこかに転移させられたことを自覚した。
目の前には真っ白な天井が見えており、俺はベッドか何かに横たわっているのが分かる。
だが身体を起こそうとしてもピクリとも動けない。
なぜなら両手足をベッドに縛りつけられていたからだ。
『頼む、この手枷を外してくれ!』
俺の周りには白い服を着た男たちが数人いたのだが、闇のように黒い瞳を持つその奇妙な容姿から、ここがアージェント王国ではない別の国であることを思わせた。
ここがブロマイン帝国?
だが男たちは面倒くさそうな顔をすると、
「なんだこいつ、意識を取り戻しやがったぞ。麻酔の量が足りないんじゃないのか」
「いや、十分なはずだ。これ以上投与すると死んでしまう」
「じゃあ意識のあるままやるのか」
『麻酔って、お前たちは何者だ! 俺に何をするつもりだ! 頼むからやめてくれ!』
「おいおい、被験体が命乞いを始めたぞ? 必死に身体をバタつかせてるし、何か笑えるな」
「死ぬよりツライ実験なんだ。せめて意識を喪失させてやれ。それにどうせ死んでも被験体なんか他にもまだいるじゃないか」
「クククク、そりゃそうだ」
「お前ら、真面目にやれ! 大事な被験体なんだから、実験の成功だけを考えろ」
「了解しました。じゃあ少量の麻酔を追加投入する」
『やめろおおおおっ!』
「やっと大人しくなった・・・どうやら麻酔が効いてきたようだ・・・それでは術式を開始する・・・被験体Cに★✕◎を投与・・・・・がイエローゾーンに・・・・✕✕▲◻️に・・・をType-メルク・・スの・・・・・・・・」
◇
「気がついたのねアゾート」
「セレーネ・・・ここは?」
「アゾートの部屋よ」
見ると確かにここは自分の部屋で、俺は自分のベッドに寝かされていている。
「魔導コアはどうなった?」
「それはもう大丈夫。アゾートはゆっくり寝ていいよ」
「そうか・・・」
だが俺が心配そうな顔を見せると、セレーネはその時のことを教えてくれた。
「あの時白い光に包まれたでしょ。オーブから引き離したら光もすぐに消えたんだけど、アゾートはずっと意識を失ったままだったの。それでジオエルビムから全員を撤収させて、ダンと少佐が担いでここまで運んでくれたの。マールも一生懸命キュアをかけてくれたから早く回復できたみたい」
「そうだったのか・・・ところで今日は何日だ」
「1月9日よ。あれから丸1日眠っていたの」
「丸一日・・・」
「どうかしたの?」
「セレーネ、魔導コアの中であのノイズが頭の中に聞こえた」
「ノイズ・・・ひょっとして前世の記憶がよみがえったの?」
「前世の記憶・・・いや、そういうのではなく別の何か・・・一体なんだったんだろう、あれ」
「どんな記憶だったの?」
「俺の記憶ではなかった。たぶん別の誰かの記憶が頭の中に流れ込んできたんだと思うが、アージェント王国人でも日本人でもない別の種族の男たちに囲まれて、何かの手術を受けているようだった。あれはそう、人体実験だ」
「何それ・・・気持ち悪い」
「その人は手術室のベッドに拘束されて、何か注射のようなものをたくさん打たれていた。途中で意識が朦朧となって最後は男たちの会話もよく聞き取れなくなってしまったが、一体あれは何の実験だったんだろうな」
「恐い・・・」
気味が悪そうに怯えるセレーネを見て、俺は話題を変えることにした。
「それよりジオエルビムは結局どうなった?」
「揺れはピタリと治まったけど、倒壊した建物もあったから被害は出たと思う」
「そうか・・・今からジオエルビムに戻れないかな」
「え、今から? 今日から新学期が始まったし、私は看病のためにここに残ったけど、他のみんなは学校に戻ったわよ」
「学校かあ・・・それよりもジオエルビムに残された遺物が」
古代の遺物が心配過ぎて、学校なんか行きたくない俺。
「遺物のことなら心配する必要はないぞ、婿殿」
そう言って部屋に入ってきたのは、アウレウス伯爵とジルバリンク侯爵の二人だった。
「話し声が聞こえたので悪いが入らせてもらった。ジオエルビムのことで今後の話がしたい」




