第104話 アゾートの記憶
調査を終えて全員が展望室に戻って来たことを確認すると、再び全員で石室の魔法障壁を潜り抜けて、クレイドルの森ダンジョン前に設営された野営地に戻ってきた。
これで本日の調査は完了である。
明日以降も遺物のリストを作成するため、俺たち調査団はしばらくこの野営地に宿泊することになる。
あたりはすっかり暗くなっており、少し遅めの夕食が始まった。
夕食はもちろん魔法協会から提供され、侯爵や伯爵も調査に参加しているとあって野営地の食事なのに宮廷の晩餐会を思わせるような豪華なものだった。
俺は飯を食いながら昼間のセレーネの話を思い出し、ネオンにも過去の記憶が蘇ってないか聞いてみることにした。
「なあネオン。フィッシャー領の地下神殿の赤いオーブを触った時、何か変なことが起きなかったか」
「あれね。火属性魔法の完全詠唱が頭の中に流れ込んできたけど、それがどうしたの?」
「そうか。親衛隊のみんなも何か変なことはなかったか?」
「私たちも特に何も。あの詠唱呪文もあまりよく聞き取れなかったし」
「そうか。ありがとう」
ネオンも他のみんなも、前世の記憶を思い出したりはしなかったみたいだ。そうするとあの現象はセレーネだけに起きたということで間違いない。
「なあネオン。今度またフィッシャー領の地下神殿をじっくり調べに行くか。また何か見つかるかもしれないしな」
「行こう行こう! なんたってご先祖さまから受け継いだ大切な神殿だからね」
「ご先祖さまか・・・そうだったな」
ネオンが本当にタイムスリップしたかどうかはさておき、古代魔法文明とフェルーム家のご先祖様との関係など、あの神殿にはまだ何か秘密が隠されているはず。
夕食後、俺はジルバリンク侯爵とアウレウス伯爵の二人と今後の遺跡調査のスケジュールについて話し合った。
結果、俺たちの冬休み中に全ての遺物のリスト化を終わらせることが決まった。
これは魔法協会の監視の意味もあるが、俺がいない調査が進まないこと、一気に終わらせた方が効率的というのが主な理由だ。
なお侯爵と伯爵は執務があるため明日の朝には王都へ帰還し、冬休みの最終日に完成したリストの最終確認のため再びここに来ることになった。
途中正月を挟んで1月8日までの突貫作業となるが、調査自体はとても楽しくやりがいがある。
そんな話し合いも終わって、俺は魔法協会から与えられた個室に入り、明日の準備をしながら今日のことを振り返った。
まさに怒涛のような1日だった。
ソルレート伯爵との戦後処理に始まり、古代魔法都市の発見とその探索、そしてセレーネが俺と同じ日本からの転生者だったことまで分かったのだ。
そうだ、最後にもう一つだけやることが残っていた。
◇
深夜、俺は野営地を抜け出してクレイドルの森に入って行った。
この森は落葉樹ばかりなのか、木の葉が全部落ちて森の小道に月明かりがさしている。
俺は一人、森の奥へと小走り気味に歩いていき、さっきセレーネと約束した小高い丘までやって来た。
この辺りは木が少なくて夜空がハッキリと見える。そこの大きな岩に腰かけてしばらく星を数えていると、
「遅くなってごめん。待った?」
セレーネも少し小走りにやってきた。
「俺もついさっき来たところだよ」
俺の隣に腰かけた彼女が夜空を見上げる。
「アゾートと話す時っていつも夜だよね。また月が出てるよ、セレーネとディオーネ」
そう言ってセレーネが笑った。
「だな。昼間はいつもバタバタしていて、二人っきりになる時間があまりないしな」
「それはアゾートがいつも他の女の子と一緒にいるからよ。ネオンとかマールとか、フリュオリーネさんとか」
「うっ・・・」
「でもね、自分もアゾートと同じ転生者だと知った時、不安と同時にホッとしたの。なぜだかわかる?」
「ううん。どうして?」
「婚約者だった頃は、アゾートの隣にいることが当然だと思ってた。でも今はアゾートとの婚約が解消されてお父様から別の人と結婚するように言われ、アゾートの隣には私の代わりフリュオリーネさんが居るようになった。私の席が本当になくなっちゃったのよ」
「・・・・・」
「でもね。アゾートと同じ転生者だってわかったから、もう婚約者ではないけどまた特別な関係でいられるって思って」
「それならもっと早く教えてくれればよかったのに」
「そうよね。でも私は自分に自信がなくて、いつも悪い結果ばかり想像して臆病になるの」
「セレーネが自信がないって、学園のアイドル様が何を言ってるんだよ」
「・・・私のこの性格は、きっと前世の記憶が無意識に現れていたのかも」
「前世で何かあったの?」
「知りたい?」
「もちろん知りたい」
「あのね。高校の時にずっと憧れてた先輩に告白して、フラれちゃったの」
「え・・・」
「自分で言うのも変だけど私って男子から人気があって、友達も「絶対大丈夫だよ」って言ってくれたし、ひょっとしたら先輩と付き合えるかもって勇気を振り絞って告白したら、他に好きな人がいるからゴメンって断られたの。その時から恋愛に臆病になったんだ」
「ごめん・・・セレーネのそういう話を聞くのは精神的にきついわ」
「えっ? もしかして私にヤキモチを妬いてくれてるの?」
「ま、まあな・・・」
「うふふ、心配しなくて大丈夫よ。その先輩のことは今はもう何とも思ってないし、そもそも私は死んじゃったから」
「そ、そうだよな。死んだんだよな俺たち」
「そうそう。私は交通事故で」
「セレーネは自分が死んだ時のことを覚えてるんだ」
「覚えてるよ。大学の時に先輩と後輩の三人でドライブしてた時にトラックと衝突して。他の二人がどうなったのかは知らないけれど、その時に私は死んで、そして今ここにいる。アゾートは死んだ時の記憶はないの?」
「俺の記憶は大学受験が終わった帰り道までで、そこでぷっつり途切れてるんだ。その時に何が起きたのか全く思い出せない」
「ふーん。そうするとアゾートは私の年下だね。だって私は女子大生だったから」
「じゃあ今と同じだ。でもひょっとしたら、生きていた時代が違うかも。俺は2020年代から来たんだけどセレーネは?」
「私は2050年代・・・え?! アゾートって私の両親と同じ世代?」
「ていうか、セレーネって未来人だったんだ」
「み、未来人って・・・なにそのSF設定。可笑しいっ!」
「いやいや、おかしくないよ。2050年の未来技術が知りたい! 今度じっくり教えてくれよ」
「私は文系だからあまり詳しいことは説明できないし、2020年代とそんなに変わってないと思うよ」
「絶対そんなことないと思うけど・・・あ、じゃあさ。セレーネってどこに住んでたの?」
「実家は京都だよ」
「京都・・・なるほどそういうことか」
「何が?」
「セレーネの詠唱って、地下神殿の赤いオーブから聞こえたアナウンサーみたいな発音と違って、どこか雅びやかな雰囲気だったから」
「たぶんそれ京都の訛りだよ。アゾートは東京に住んでたの?」
「どうして分かった?」
「なんとなく」
「少佐は横須賀だよ」
「えええっ! 少佐って転生者だったの?」
「アメリカ人。しかも米軍の少佐だよ」
「あ! だからいつも少佐って呼んでたんだ」
「まあ、少佐の本名が長過ぎて覚えられないってのが一番の理由だけどね。ところでセレーネって前世の名前は何だったの?」
「私の名前は【観月せりな】。今の名前と雰囲気が似てるよね。アゾートの名前は?」
「俺の名前は・・・ってあれ?」
「どうしたのアゾート?」
「・・・自分の名前が思い出せない」
「・・・え?」
「前世の名前が思い出せない・・・家族の名前もだ。他の事は覚えているのに、どうしてそれだけ」
「もしかすると、まだ完全に記憶が戻っていないのかも。あのオーブを触った時みたいに頭の中に雑音が聞こえてくれば、そのうち記憶が戻るよ」
「そうか・・・そうだよな。セレーネの言うとおりまだ記憶が不完全なのかもしれない」
「じゃあさ、前世のことで悩みがあれば私が相談にのってあげる。お姉さんに任せて」
「お姉さんって・・・でもセレーネが相談にのってくれるのなら俺も心強い。ありがとう」
「それじゃあ、明日もあるしそろそろ帰りましょ。またこんな感じでたまに前世の話をしようね」
俺は岩から飛び降りると、セレーネにそっと手を差しのべた。
セレーネはその手をとると、俺たちは手をつないだまま森の中を歩いていった。
セレーネの頬が少し赤くなっているのが、夜の森でも分かる。
「あそこに誰かいる」
セレーネが俺の耳元に小声で囁やく。
「本当だ。あれはダンと・・・パーラ?」
「そうね。私たちみたいに夜こっそり抜け出して二人で会ってるみたい・・・あ、見て見て、パーラが笑ってる。すごく幸せそうね」
「ダンはあたふたしていて情けないが、満更でもなさそうな顔は相変わらずだな。そう言えばアイツ、俺が必死にロレッチオ男爵の足止めをしてた時も、ずっとあんな感じでイチャイチャしてたんだぜ」
「いいじゃない別に。あの二人はクエストに参加するために付いてきただけで、あの戦争には参加してなかったんだもん。それに、ああしていられるのも学園在学中だけだし」
「どうして?」
「パーラは子爵家本家のご令嬢で上位貴族との政略結婚をすると思うから。ダンは騎士爵家でしかも分家でしょ。身分が違うから一緒にはなれないのよ」
「・・・そうだな。フェルーム家ですら結婚相手は厳格に決められていたし、子爵家ともなるともっと凄いんだろうな」
「結局ウチも子爵家になっちゃったけどね。だから私はあの二人の気持ちが分かるの」
「セレーネ・・・」
「私とアゾートの関係もあの二人と同じだから。でもね、だからといって私は自分の気持ちを否定したくないの。今のこの気持ちを大切にしたいの」
セレーネが俺の手を強く握った。
「・・・いつまでも覗いているのも悪いし、そろそろ行こっか」
「だな・・・」
俺たちはそっとその場を離れると、再び森の中を歩き出した。
「セレーネ、俺は何度断られてもキミとのことを絶対にダリウスに許してもらう。だからもう少しだけ待っていてくれ」
「アゾート・・・」
俺たちは手をつないだままわざと遠回りをしてテントの前で別れた。
最後は笑顔でセレーネを見送った俺だったが、心の奥底では何者かがいつも叫び続けている。
もう二度と彼女の手を離してはならないと。




