第103話 魔導テクノロジー
俺たち一行は街の中央にある塔へ向かって歩く。
周りの建物は長い年月を経て朽果て、中には完全に倒壊してしまった建物もある。
ただ不思議なことに、住人の遺体などは全く発見されなかった。
何かの理由があって全員何処かへ去ってしまったのか、ここは捨てられた街のようだ。
ジルバリンク侯爵が俺の隣に来て話しかける。
「キミはここがどういう街だかわかるか」
「分からない事の方が多いですが、少なくともアージェント王国より遥かに高度な文明だったことは間違いありません。周りの高層建築物はまず王都の大工では作れないと思いますし、あの中央塔は・・・」
「高度な文明・・・確かにそうだな。しかしこのような遺跡が王国の地下に隠されていたとは、とんでもない発見だ」
やがて中央塔に到着した俺たち。
この塔だけは周りの建物と異なり朽ち果てた様子もなく、淡く光り続けている。
だが建物の周りを一周してみたものの、なぜか扉が見つからなかった。
「塔の中に入る方法が分からん。よじ登ろうにも建物の壁面に掴めるような突起もないしずっと上の方まで窓一つない。ダン、お前はどう思う?」
「どうもこうもさっぱり分からん。人が入れない建物に何の意味もないし、一体何のために作られたんだろうなこれ」
「うーん・・・だがみんなも感じるだろ、この中央塔から上空に向かってあふれ出している、途方もない魔力の奔流を」
「ああ。塔に近付くほどはっきりと感じられたが、この魔力を感じられない魔力保有者なんか一人もいないほどだぜ・・・」
◇
結局塔の入り方が分からなかったため、俺たちは最初の建物に戻って今後の調査の進め方を話し合った。
この古代都市遺跡のことは、祭壇のスクリーンに表示された「ジオエルビム」と呼ぶことにし、これから手分けしてジオエルビムの中を隈なく探索して、発見した遺物のリストを作成していくことになった。
ジオエルビムはかなりの広さがあるため、それぞれのパーティーから一人ずつ、3名一組で調査をしていくことになったが、これは魔法協会の職員が遺物を勝手に持ち出したり、魔導結晶を抜きとらせないようにするため、アウレウス伯爵が提案した措置であった。
そして俺と同行するのはジルバリンク侯爵とアウレウス伯爵だが、遺跡調査に不可欠なマールも同行しているので、俺たちのチームだけ4人となった。
「お二人に特に希望がなければ、俺はこの建物の中を調査したいのですが」
「キミの自由にしてくれたまえ」
「私は侯爵の監視ができればそれでいいし、遺跡調査は婿殿に一任する」
俺は3人を連れて、一番気になっていた1階の格納庫を見て歩く。そこには人が搭乗できるほど大きな遺物が並べられていた。
「ここにあるのは大型の重機のようですね。重い物を持ち上げたり運んだりするのに使うクレーン車が5台。操作パネルはあるけれど全く反応しないので、燃料が切れているのかもしれません」
「キミはどうしてそんなことがわかるんだ」
明らかにクレーン車のような形状なのでたぶんそうだと思うが、説明するのが面倒なので適当に誤魔化す。
「冒険者の勘です。それからこれは・・・グライダーかな?」
そこにあったのは魚のエイに似た形の二人乗りの飛行機のようなものだった。
見たところプロペラもジェットエンジンも搭載されておらず推進方法は不明だが、大きな翼があって胴体部分にコックピットのあるこの遺物は、とうみても小型の飛行機にしか見えなかった。
たぶん魔力で飛ぶのかもしれないな。
「そのグライダーというのは何をするものだ、キミ」
「ちゃんと調べる必要がありますが、とれがもし動けば空を飛べます」
「まさかっ! これが空を飛ぶというのか」
「動くかどうか分かりませんし、まだ喜ばないでください侯爵閣下」
「うむ・・・そうだな」
俺は翼によじ登って、搭乗席を覗き込む。
そこには前世の飛行機のコックピットのような複雑な計器類は存在せず、簡単なレバーがいくつかあるだけだった。
ただクレーン車と同様、何をしても起動しない。
グライダーの調査はここまでにして、他の遺物も確認していく。
このジオエルビム、前世と異なる文明のためパッと見だけでは用途のわからない遺物が多い。
おそらく科学技術のみで発展した地球と違って、魔法と科学が混在したこの古代魔法文明は技術の進化する方向が異なったのだろう。
前世で理系の大学を目指していた俺は、これからこの世界でこの古代魔法文明の進化の方向へと進んでいくに違いない。
1階格納庫をぐるりと一周し、俺とマールで遺物をリスト化しながら二人に報告する。
「あと俺が分かったのは、この小型の運搬車両ぐらいですね。それ以外の遺物は今のところ俺にも用途が分かりません」
「婿殿に分からないものは仕方がないな。ところでここにある遺物は我々でも使えるものなのか」
「うまく起動できて使い方がわかれば、おそらく使えると思います」
「ふむ。例えばこの小型運搬車両というのはどのようなことができるのだ」
伯爵が指さした遺物は小型トラックに似ている。
「後ろの荷台に人や荷物を載せて、馬車よりも高速で輸送することができます。タイヤも大きく太いため、荒れた地面でも安定した走行が期待できます」
「それが本当なら素晴らしい。少なくともここから魔導結晶を取り出すよりは価値が高そうだな」
「もちろんです。侯爵、これでお分かりだと思いますが、遺物から魔導結晶を乱獲するのは絶対にやめて下さい。それと各貴族家に分配した魔導結晶も今すぐ回収して、もとの遺物に戻した方がいいです」
「そ、そうだな。もしこれが本当に我々でも動かせるならそうした方がいいだろう。ただ、実際に動いているところを見た者はおらんし、キミの冒険者の勘を他の貴族たちが信じるとは思えん」
「・・・それもそうですね。では魔導結晶の回収は追々やっていくとして、魔導結晶の乱獲だけは直ちに中止を決定して下さい」
「分かった。ただし条件がある」
「条件とは?」
「この遺物が何かを判明できるのは今のところキミだけなんだろ。つまりこれらはアウレウス派が独占しているも同じ。他の派閥にはメリットが享受できない可能性が残るが、そこをどう担保するつもりだ」
「まあ派閥の論理で言えばそうかもしれませんが、じゃあどうすればいいのですか」
俺はこの派閥力学が苦手だ。
フリュがいてくれればいい解決方法を考えてくれるはずだが、今はここにはいない。
「キミが中立派に戻る、あるいはシュトレイマン派に移ってもらってもいいぞ。キミの古代魔法文明に関する見識は本物だと私は思うし、分野こそ違うが私も研究畑の人間なのでね」
侯爵がそう提案すると伯爵がすぐに反論。
「ダメだ。婿殿はもうウチの人間なんだし勝手なことはやめてもらおう。だが侯爵の言い分も分からない訳ではない。例えばシュトレイマン派の誰かが婿殿の弟妹と婚姻関係を結べばよいのではないか」
「うーん・・ちと弱いが、それなら我々のことも無下にはできぬか。なあキミの家に年ごろの娘はおらぬか」
何かまた面倒くさい話になってきた。
「まだ小さいですが妹も弟もいますよ。でも俺が勝手に決める訳にはいかないし、あとでウチの両親と相談してください」
「わかった。ではそなたとの血縁関係を結ぶことを条件に、魔導結晶の乱獲をやめてやってもいい」
「はあ・・・」
なんか政略結婚とか絡んでややこしい話になってきたし、父上たちに全部丸投げしよう。
◇
1階格納庫のリストを完成させたところで、俺はこの日の作業を終了した。
調査が終わったチームから順次引き上げ、建物の上部にある展望室のような部屋に続々と帰っていく。
俺たちも展望室に戻るために階段へ向かおうとすると、マールが鉛の隔壁を指さした。
「アゾートはさっき、この扉を見て危険だって言ってたけど、どうして?」
「勘だけど、このマークは放射性物質が格納されているエリアを示していると思ったんだ」
「放射性物質ってなあに?」
マールは物理化学に興味があるのだろうか、要所要所で俺に質問をぶつけてくる。そしてなぜか最後までちゃんと俺の話を聞いてくれる。
「マールにもわかるように説明すると、放射性物質とは莫大なエネルギーが取り出せる便利な物質だけど、同時に大変な毒物でもあるんだ。口に入れなくても近づくだけで死ぬし、その毒物が目に見えないから、うっかり近づいて死んじゃうんだ」
「恐い・・・目に見えないものに突然殺されるなんて、ひょっとして呪いみたいなもの?」
「目に見えないのはそれが小さいからなんだ。ネオン親衛隊が使ってる銃があるだろ。放射性物質は、目に見えないほど小さい銃弾を辺りかまわず発射するから、うっかり近づいた人は体中をハチの巣にされるって仕組みなんだ。マールは近づかないようにね」
「うん、わかった。放射性物質は凶暴なネオン親衛隊がたくさんいるってことか。私が真っ先に殺されそうだね」
マールに説明していて確信したが、この遺跡には放射性物質を取り扱う施設があるから、魔法障壁のキーワードに原子の構造を問う問題が含まれていたのだ。知識もなく知らずに入ると大惨事を引き起こしてしまうからな。
そんなことを考えていると伯爵が、
「そんな毒物のことなど王国のどの書物にも載っていない。婿殿はどこでそれを勉強したのだ」
「それは・・・」
自分が転生者で現代知識があるからなどと答えられるはずがないが、隔壁の中に誰も立ち入らせないようにするためには、事実を教えるしかない。
どう答えるかしばらく考えていると、
「今は無理に聞こうとは思わぬが、いずれ機会があれば真実を教えてくれ。それよりも婿殿は王国の利益になる仕事をしてくれればいい。ブロマイン帝国との戦いでは、この遺物が役に立つやも知れぬからな」
ブロマイン帝国。
かつて辺境の小国だったブロマイン王国は、その強力な軍事力を背景に急速に勢力を伸ばし、今やこの大陸の支配者たらんと帝国を自称している。
アージェント王国とも長い国境線で接していて、フィッシャー辺境伯を始めとする王国東部の領主たちの奮闘により、何とか侵攻を押さえているのが現状だ。
その戦いに、アウレウス伯爵は遺物を投入することを考えているのか。
俺たちが侯爵、伯爵と話している様子を、ちょうど調査から帰ってきた魔法協会の職員たちが見ていた。
「あのアゾートってやつ、まだ学生のくせに遺跡調査でリーダーのようにでしゃばりやがって。何様のつもりだ」
「だが、ジルバリンク侯爵があいつに調査を任せているんだから、仕方がないだろ」
「アイツ、アウレウス伯爵の娘を嫁にもらったか何かで男爵に引き上げてもらったくせに、侯爵にまで取り入ってどういうつもりだ?」
「実力もないのにコネでこの調査に加わって、はくでもつけようって魂胆だよ」
「でも魔法障壁の解除はあいつ以外の誰にもできなかった」
「それだって偶然だろ? いろいろ試していればいつかは解除できるし、運だよ運。あんな学生より俺たちの方が経験豊富な分、絶対上手くやれるさ。侯爵もあいつではなく俺たちに全て任せてくれればいいのにな」
「それもそうだな。俺たちで先に手柄を立てれば侯爵だって考えを改めてくれるさ。だが監察局のやつらが邪魔だな。あいつらの目を盗むことはできないだろうか・・・」




