第100話 終戦と革命と
12月25日(土)雪
2日遅れでベルモール軍との合流地点に到達したロレッチオ軍が見たものは、平原に無残に転がっていた友軍兵士の亡骸と、それを処理するベルモール軍の騎士たちの姿であった。
偵察兵からの情報は得ていたが、実際にそれを見るまでベルモール軍の敗北が信じられなかったロレッチオ男爵は、近くにいた騎士に声をかけた。
「ベルモール軍の騎士とお見受けするが、子爵はどちらにおられる」
すると騎士は恨みを込めた目で、しかし感情を押し殺して男爵に答えた。
「我々はすでに降伏した。我が当主殿は敵に投降して、今はヴェニアル城に地下牢に投獄されているはず。もちろんヴェニアル子爵も同じだろう。我々は戦争に負けたんだよ」
「・・・戦争に負けた」
「あんたたちロレッチオ軍が予定どおりに来ていれば、もう少しまともに戦えたかもしれないが、全ては終わった。それともあんたたちだけで奴らと戦ってみるか?」
「いやわかった、ありがとう」
そのやり取りを後ろで聞いていたソルレート伯爵の方へ向き直ったロレッチオ男爵は、
「というわけで俺も投降するよ。この戦力で城塞都市ヴェニアルを攻略するのは到底不可能だし、プロメテウス領を強襲するなど夢のまた夢」
「貴様・・・ワシはまだ何もしてないんだぞ! 一戦も交えずこのままこの管理戦争を終われるかっ!」
「それはアンタの都合で、これ以上はもう付き合いきれん。ずっと荷馬車に隠れていればよかったものをアンタが外を出歩くからこんなことになったんだ。この間抜けがっ!」
「なんだと貴様っ! 主君に向かって何だその口の利き方は!」
「アンタはもう負けたんだ。伯爵の地位や領地はおろか、命の保証もないだろうな。これでお別れだよ、平民に堕ちたソルレート君」
そう言ってロレッチオ男爵は裁判所の調査官に降伏する旨を伝えると、分家や主だった臣下を引き連れて城塞都市ヴェニアルに向けて馬を走らせた。
◇
ロレッチオ男爵が投降した後のロレッチオ軍。
ロレッチオ騎士団はもちろん東方3家の義勇軍も早々に自領へと帰還を始め、残されたのはソルレート伯爵とその騎士団800のみ。うち半数以上が徴兵した新兵ばかりの歩兵の軍隊であった。
そして難攻不落のヴェニアル要塞城門にはメルクリウス男爵家の旗が掲げられ、城壁の上には守備兵がズラリと並んでこちらを威嚇している。
もはや勝てる見込みのないこの戦いに、それでも降伏する決断ができずに残存兵力を引き連れて野営を続けていた伯爵のもとに、緊急の報を告げる伝令が飛び込んできた。
「閣下! 領都ソルレートで反乱が発生し、飢えた領民たちが大挙してソルレート城を占拠してしまいました。そして奴らは自らを革命軍と名乗り、暴徒化した一部がこちらに進軍してきています。その数およそ3000!」
「革命軍だと? 首謀者は誰だ!」
「新教徒どもです! シリウス教新教徒の地下組織が、飢えた民衆どもを煽動しているのです」
「新教徒め。もっと徹底的に弾圧してやればよかった、くそっ!」
「奴らはロレッチオ男爵領を通過し、明日にもここに到達する見込みです」
「3000の暴徒どもがこのワシを殺しに! 最早ここまで・・・降伏しよう」
◇
12月26日(雷)晴れ
ソルレート伯爵の降伏を受け入れたプロメテウス軍幹部は、ヴェニアル城の応接の間において王国裁判所の調査官の立ち合いのもと、ソルレート伯爵たちを交えた戦後処理を話し合っていた。
なお、各騎士団の兵力損耗は以下のとおり。
プロメテウス軍
プロメテウス騎士団 900→700
フェルーム騎士団 500→400
サルファー騎士団 1000→900
ロディアン商会 ヴェニアル領内の穀物を全て失う
ソルレート伯爵
ソルレート騎士団 2500→2000
ベルモール騎士団 1500→1000
ロレッチオ騎士団 1500→1200
ヴェニアル騎士団 1500→1000
東方3家の義勇軍 3000→2400
これを踏まえて王国裁判所の調査官から下された仮処分は以下のとおりとなった。
・ソルレート伯爵は爵位を返上し、シュトレイマン公爵家がソルレート家の身元を一時的に引受ること。またその領地は今回の管理戦争の賠償のために王国が管理することとし、その清算が終わった後にプロメテウス軍に引き渡される。
・ヴェニアル子爵は重大なルール違反のペナルティとして、その爵位の扱いを裁判所の法廷で審議すること。また棄損したロディアン商会の資産はヴェニアル子爵がその賠償責任を負うものとする。
・一方、ヴェニアル領と城塞都市ヴェニアルは爵位が維持されることを前提に子爵にその領有権があるものの、前述の賠償金を支払うことができなければ、プロメテウス軍に引き渡して代位弁済を受けなければならない。
・それ以外の一切の損害賠償請求は双方どちらにも認めない。
・ベルモール子爵とロレッチオ男爵の爵位と領地は現状維持とし、軍費その他の賠償請求はソルレート伯爵に対してのみこれを認める。
この仮処分にがっくりうなだれるソルレート伯爵とヴェニアル子爵。
一方ロレッチオ男爵は、
「裁判所の決定を受け入れる。ただし今回の戦争でのソルレート元伯爵に対する不信感が拭いがたく、現時点をもってシュトレイマン派からの離脱を宣言する」
そしてベルモール子爵も、
「私も男爵と同じで、シュトレイマン派から離脱する。かような修羅のごとき武闘派貴族が隣人となるわけだから、彼らと敵対する派閥に居たくないものでね」
その言葉にロレッチオ男爵が首をかしげる。
「プロメテウス軍って、そんなに強かったのか?」
「ああ。我らベルモール軍は敵に倍する兵力と大量の魔導結晶を有し、大軍同士で真正面から堂々とぶつかり合った結果、三日と持たずに降参だよ。戦闘力といい軍略といい、さすがは内戦ばかりしているボロンブラーク伯爵支配エリアで勝ち残った猛者だけのことはある。お前も一戦交えてみると、いかに頭のネジの抜けた奴らかが分かるぞ」
「頭のネジの抜けた奴ら・・・俺は戦闘狂ではないのでやめておくよ。なぜか魔導結晶のバリアーが効かなかったし、こんな不気味な敵とは二度と戦いたくない」
そんな二人の会話を聞いていた父上は、
「おいダリウス。ワシらのイメージが随分誤解されているようだが、お前の愛娘のネオンが戦場を滅茶苦茶にしたせいじゃないのか?」
「お前ん家の総参謀長殿も大概だと思うが、うちのバカ娘が本当にすまん。だがこれでネオンが何をしでかすか分からん狂犬だとハッキリしたし、アゾートが一生面倒を見てくれれば特に問題はなかろう」
そんなダリウスの言葉に俺は反論。
「いやいや、セレーネはともかくネオンの世話を俺に押し付けないでくれ! そんなことより、ソルレート領では革命軍が暴れているらしいし、ここヴェニアル要塞の城門にも民衆が押し寄せて伯爵の身柄を要求している。そんなメチャクチャな領地を引き受けても全然うれしくないんですけど!」
「そうだな。こういう面倒くさい領地は、サルファーにでも与えればよかろう」
「おいお前たち二人! 主君への扱いが酷すぎるとは思わないのか!」
「俺の主君はアウレウス伯爵で、お前みたいな恋愛バカは知らん」
「うぐっ・・・」
「そんなことよりサルファー。ワシはソルレート領など欲しくないし、お前もいらないならアゾートがアウレウス伯爵と相談して適当に決めればいい。だがヴェニアル領はボロンブラーク伯爵支配エリアと隣接してるし、情勢も安定しているから支配下に置きたいところだな」
どうやらダリウスはこちらの領地に興味があるらしい。
「調査官さん。ヴェニアル子爵の爵位は裁判で決まるとして、ロディアン商会への賠償金は高値に釣り上がった大量の穀物の現物で500万ゴールドを超えるから到底払えないと思うし、俺が代位弁済に応じるから裁判所の手続きに入ってもらってもいいかな?」
「承知しました。では領地の線引きもありますのでプロメテウス軍の皆様の方で取り分を話し合ってください」
「了解した」
「よし必要な金はワシらで三等分するから、領地も仲良く三等分でいいな」
「「ああ」」
「ただし互いの領地の位置関係もあるし、城塞都市ヴェニアル及び王都へとつながる主要街道沿いの領地、つまり北側3分の1をメルクリウス男爵家が、それ以外の南側の穀倉地帯と南端の港湾都市はフェルーム子爵家が、ウチの領地のうち3分の1相当分をボロンブラーク伯爵家に割譲するというのでどうだ」
「「異議なしだ」」
こうして戦後処理が終わり、王国裁判所に身柄を引き渡されたソルレート伯爵が最後に力なくつぶやいた。
「ワシは未だに、どうしてこうなったのかが理解できておらん。プロメテウス領と戦争する気など最初からなかったし、反対派閥に属する領地同士はこれぐらいの足の引っ張り合いなど日常茶飯事。なのになぜワシは爵位と領地を失ってしまったのだ」
そう呟いたソルレート伯爵が哀れに思えた俺は、
「俺も戦争が起きるなんて全く思っていませんでした。ちょっとしたボタンの掛け違えというか、事態が勝手にエスカレートしていったというか、運が悪かったとしか言いようがありません」
「運が悪かったか・・・確かにそのとおりかもしれん。穀物の買取りに報復関税、やることなすこと全てが裏目だった。だが暴徒どもの裏で新教徒の地下組織が暗躍していたのには全く気づけなかった。今となっては奴らが何をしていたのか知る由もないが、新教徒どもには十分気をつけることだ」
「新教徒・・・あの狂信者どもの別流派か」
「それと今回の管理戦争で一番運が悪かったのは、ワシは最初から最後までまともに戦えなかったことだ」
「戦えなかった? それはどうして」
「自分の爵位と領地を賭けた戦いだったのに、ワシはずっと眠らされておったのだ。その無念がそなたに分かるか、メルクリウス男爵!」
「いや、それは・・・でもなんでずっと眠っていたのですか?」
「そなたらの攻撃を受けたからに決まっておるだろう! 何の前触れもなく足と背中に1発ずつ攻撃を受けたのだ。パーンという乾いた音と共にな」
「パーンという乾いた音?」
何のことか分からず首をかしげている俺の背中を、マールがツンツンとつついた。
「ねえアゾート、レーザーライフルを試し撃ちした時にちょうどいい「的」を見つけたって言ったでしょ」
「そう言えばそうだったな・・・ってまさかっ!」
「そのまさかなの。狙いやすい的だなって思ったんだけど、あの時の太ったオジサンが目の前のこの人だったの・・・テヘ」
「「・・・・・」」
マールの言葉に、俺は伯爵の顔を見ることができなくなって顔をそむけた。
このソルレート伯爵は、恐ろしく運の悪い人だったんだ・・・。




