護衛たちの受難、あるいは美しき解体ショー
「――よし! 血抜き完了! あとはこの脂身を少し残して……」
商隊が野営の準備を進める傍らで、リゼットの軽快な声が響いていた。
先ほど街道で仕留めた『剛毛イノシシ』。
本来なら数人がかりで解体するはずの巨体を、彼女はバルド譲りの重厚な鉈一本で、恐ろしい速さで「食材」へと変えていく。
「……なあ、おい。あの子、さっきから見てるけどよ……」
商隊の護衛を務める若手冒険者、カイルは、焚き火の準備をしながらチラチラとリゼットの方を盗み見ていた。
薪を組む手がおぼつかない。
「ああ。……正直、直視できねえよ」
相棒のルークも、生唾を飲み込みながら同意する。
二人の視線の先では、リゼットが大きな獲物を解体するために、腕を振り上げ、腰を落とし、全身を使って鉈を振るっていた。
リゼットの服装は、王宮の調理局時代から着ている制服だ。
しかし、野生児として育った彼女の肢体は、王都での数ヶ月、そしてこの過酷な旅路を経て、より一層しなやかに、そして豊かに成長していた。
動きに合わせて、胸元を縛る白い「さらし」がパツパツに引き絞られる。
以前にザックが「いいからこれを巻け。胸のあたりにな、ガチガチにだ!」
と渡したそれは、彼女の豊かな膨らみを無理やり抑え込んでいるが、リゼットが大きく息を吸い込み、獲物の骨を断つために力を込めるたびに、布地が悲鳴を上げるように軋むのだ。
「ふんぬっ……! よいしょっと!」
リゼットが大きな肉の塊を肩に担ぎ上げた瞬間、さらしの端から、健康的な肌と、抑えきれない肉体の曲線が「むにっ」とはみ出した。
夕陽に照らされたその肌は、返り血さえも真珠を彩る紅のように見えた。
「「…………っ!!」」
カイルとルークは同時に顔を真っ赤にして視線を逸らした。
彼女は、自分がどれほど扇情的な格好をしているか、一ミリも理解していない。
返り血が頬についても、汗がさらしの隙間を伝って谷間へと流れても、ただ「最高のお肉」を前に目を輝かせているだけだ。
「ねえ、そこのお兄さんたち! このお肉、焚き火で炙るから、串を持ってきてくれない?」
リゼットが屈託のない笑顔で駆け寄ってくる。
上下に揺れる、その「抑えられた重み」。
カイルは裏返った声で「は、はい!」と答え、逃げるように串を取りに走った。
やがて夜が訪れ、街道に涼やかな風が吹き抜ける頃。
商隊のキャンプは、これまでにない芳醇で濃厚な香りに包まれた。
リゼットが作ったのは、イノシシの肩ロースを香草と共にじっくり炙り、隠し味に森で拾った野生のベリーを煮詰めた甘酸っぱいソースをかけた一品だ。
さらに、骨の周りの肉を余さず使ったスープが、大鍋の中で黄金色の湯気を上げている。
「さあ、食べて食べて! 出来立てが一番美味しいんだから!」
リゼットに促され、商隊の主と護衛たちが恐る恐る一口運ぶ。
その瞬間、静寂が訪れた。
「……っ!! なんだ、これ……ッ!?」
カイルが絶叫に近い声を上げた。
口の中で弾ける肉汁の旨味。
野獣特有の臭みは一切なく、代わりに香草の爽やかさとベリーの酸味が、脂の甘みを最大限に引き立てている。
さらに、スープを一飲みすれば、五臓六腑が熱いほどに活性化するのが分かった。
「う、美味すぎる……! 身体の芯から、力が湧いてくるぞ……。昼間の戦いの疲れが、嘘みたいに消えていく!」
「これ、本当に俺たちがさっきまで死ぬ思いで戦ってた化け物なのか……? 魔法の薬膳でも食ってる気分だ」
商隊の旦那も、震える手で何度もスープをおかわりした。
リゼットの「祈りの料理」は、ただ美味いだけでなく、食べた者の生命力を劇的に引き上げる。
それは王宮が喉から手が出るほど欲した、しかし彼女自身は「美味しく食べてほしい」という純粋な願いだけで生み出す奇跡だった。
「えへへ、よかった! バルドおじさんに貰ったこの鉈、すごく使いやすいわ。骨を断つときも、身を削ぐときも、全然力が要らないの」
リゼットは、自分のさらしに付いた脂汚れを、これまた無防備にゴシゴシと拭き取りながら、焚き火の横に座り込んだ。
火を浴びて、さらしに包まれた彼女のシルエットが浮かび上がる。
「……リゼットちゃん。君、その……北の森に親戚でもいるのかい?」
商人の旦那が、少し心配そうに尋ねた。
これほどの腕と、そして男を狂わせかねない美貌を持つ娘が、一人で辺境へ向かう。
それがどれほど危険なことか、世慣れた商人の目には明らかだった。
「ううん。王宮を『クビ』になっちゃったから、バルトロ様が北へ行けって。だから、あっちの砦でお料理の仕事を探そうかなって思ってるんです。あっちには、魔物もたくさんいるって聞いたし!」
「「王宮をクビ……!?」」
護衛たちが一斉に叫んだ。
この神業のような料理の腕、迷いのない包丁捌き、そしてこの「隠しきれない至宝」を備えた聖女のような娘を追い出すとは。
「王宮の連中は、全員節穴か!? あるいは頭が腐ってるのか!?」
「リゼットちゃん、あんな場所、こっちから願い下げだ! 君なら、どこの街だって大歓迎されるぞ!」
護衛たちの憤慨を、リゼットは「そうかなぁ」と不思議そうに聞き流していた。
彼女にとって王宮は、狭くて窮屈な、食材の扱いが雑な場所でしかなかったからだ。
「……旦那。俺たち、この子が目的地に着くまで、責任を持って護衛しましょう」
「ああ。……いや、護衛されるのは俺たちの方かもしれねえけどな」
カイルとルークは、焚き火の光に照らされるリゼットの横顔を、どこか崇めるような、そして守りたいような複雑な眼差しで見つめた。
彼女の純粋な「食」への情熱が、戦いに疲れた彼らの心に、新しい光を灯していた。
しかし、彼らはまだ知らない。
この夜の出会いが、リゼットの「伝説」の始まりに過ぎないことを。
そして、初夏の暑さとリゼットの爆発的な成長によって、あの「さらし」が限界を迎えようとしていることを――。
夜風に乗って、遠くから別の魔物の遠吠えが聞こえてきた。
だが、今の商隊には何の不安もなかった。
なぜなら、自分たちの中心には、どんな魔物も「美味しく調理してみせる」と笑う、最強の料理人がいるのだから。
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