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『魔物を煮込むな! 外伝 ~規格外の天才料理人に振り回される人々のごちそう回想録~』  作者: にゃん


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深森の女神と、小さな迷い子

北の砦へと続く『断絶の森』。


そこは、隣国との国境を隔てる峻険な山岳地帯であり、人の身で踏み入れば二度と戻れぬと言われる魔境である。

その薄暗い原生林の只中で、一人の少年が力尽きようとしていた。


「……ここまで、なのか。僕は、こんな場所で……」


少年の名はシグ。


隣国の第三王子であり、王位継承権を巡る陰謀から逃れ、密かに亡命を図っていた。


しかし、刺客を撒くために飛び込んだ森は、幼い彼が生き延びるにはあまりに過酷だった。


護衛は散り、食糧は尽き、誇り高き王族の装束は泥と傷でボロボロに引き裂かれている。


その時、茂みの奥から、地を揺らすような低い唸り声が響いた。


現れたのは、この森の捕食者『山岳大狼ベア・ウルフ』だ。牛をも一撃で仕留める猛獣が、飢えた瞳でシグを追い詰め、その巨大なあぎとを開く。


シグは死を覚悟し、震える指で胸元の紋章を握りしめ、瞳を閉じた。


だが、耳に届いたのは絶望の断末魔ではなく、驚くほど澄んだ、そして少し怒ったような女の子の声だった。


「――ちょっと! そんなところで勝手に『つまみ食い』しようとしないで!」

ドォォォォンッ!!


凄まじい衝撃音が響き、シグが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


自分を食い殺そうとしていた巨大な狼が、横から飛んできた巨大な「大鍋」に顔面を直撃され、無様に地面を転がっていたのだ。


「あーあ、もう。この子ったら、私が目を離すとすぐこれなんだから」


茂みをかき分けて現れたのは、見たこともないほど眩しい、年上の少女だった。


彼女は丈夫な旅装の下に深い青色の「水着」を纏い、腰には大きななたを下げている。


新緑を背景に、太陽の光を浴びて立つその姿は、シグの目には天界から降り立った「戦いの女神」のように映った。


「大丈夫? ちょっと遅くなっちゃってごめんね。この狼、この辺りのリーダー気取りで、私が新入りだからってずっと見張ってきてたのよ。教育し直してあげたから、もう大丈夫」


リゼットは気絶した狼を、しつけのために軽く指先で弾いた。


「あ……。君は……?」


「私はリゼット。料理人よ。……あら、あんた、顔色が真っ青じゃない! どこか怪我してるの?」


リゼットはシグに駆け寄ると、汚れも気にせず彼を抱き上げた。


腕の中から伝わってくる、驚くほどの熱量としなやかな筋肉の感触。


そして、少しだけ混じる血と香草の匂い。シグは、その柔らかくて逞しい抱擁に、生まれて初めて心臓が壊れそうなほど高鳴るのを感じた。


「あの、リゼットお姉さん……。さっきの狼は……」


「さっきの狼、食べちゃおうかと思ったんだけど……森の警備をさせるにはちょうどいい強さだから、私の『助手』に任命したところなの。でも、あんたを食べようとするなら、問答無用で今夜のおかずね」


リゼットは冗談めかして言ったが、その瞳は本気で「食材」としての鮮度を確かめているようにも見えた。

シグは、自分を救ってくれたこの美しい少女が、ただの優しい人ではないことを直感した。


彼女はこの死の森で、食物連鎖の頂点に立っている「主」なのだ。


「さあ、いつまでもこんなところで立ち止まってられないわ。あんた、体力が底をついてるじゃない。私の『拠点』へ行きましょう」


リゼットは、まだ幼いシグをひょいと背負った。


「えっ、あ、自分で歩けるよ!」と赤くなって抗議するシグだったが、リゼットの背中から伝わる温かさと、水着の生地越しに感じる柔らかさに、言葉を失ってしまった。


「いいのよ。お客さんに無理をさせるのは、料理人の名折れだわ。……さあ、しっかり捕まってて。今夜は、あんたの顔色が良くなるような最高のスープを作ってあげるから!」


リゼットは鼻歌を歌いながら、険しい山道を軽々と登り始めた。


背中で揺られるシグの視界には、彼女の健康的なうなじと、肩紐から覗くしなやかな肌が焼き付いていた。


これが、後に「最果ての聖女」として語り継がれることになるリゼットと、後に隣国の名君となるシグ王子の、運命の出会いだった。


少年の初恋は、大鍋を武器にし、狼を教育する、あまりにも風変わりで強烈な女神の手によって、鮮やかに幕を開けたのである。

なんかリゼットが最強無比な森の食物連鎖の頂点に立っていますが、あくまで彼女は料理人として食材を捌くことが結果的に攻撃力になってるだけで、対人戦闘能力はないという設定です。



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