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『魔物を煮込むな! 外伝 ~規格外の天才料理人に振り回される人々のごちそう回想録~』  作者: にゃん


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峠の宿場町と、黄金の香辛料

商隊が北へと続く長い登り坂を越え、ようやく辿り着いたのは、岩山の中腹にへばりつくようにして作られた宿場町『トトノス』だった。


ここは北の砦へ向かう旅人や商人にとって、貴重な補給拠点である。


「――ふぅ、ようやく着いたね。リゼット、今日は野宿じゃないよ。ちゃんとした宿のベッドで寝られるからね」


女主人マーサが、馬車の御者台から身を乗り出してリゼットに声をかけた。


リゼットは新しく貰ったベージュのチュニックの袖を捲り上げ、鼻をくんくんと鳴らしていた。


「マーサさん、この町……なんだか寂しい匂いがしませんか?」


「寂しい匂い? 鼻がいいんだね。……実はね、この町は最近、特産品だった『黄金胡椒』が、魔物のせいで収穫できなくなって活気がなくなってるんだよ」


黄金胡椒。この地でしか獲れない、ピリッとした刺激の後に芳醇な甘みが残る、王都の貴族も垂涎する最高級の香辛料だ。その栽培地が魔物の巣窟となってしまい、町は衰退の一途を辿っているのだという。


商隊が広場に馬車を止めると、町の住人たちは皆、どこか疲れ切った顔でこちらを見ていた。


だが、そんな重苦しい空気を切り裂くように、リゼットは軽快に馬車から飛び降りた。


「お腹空いた! マーサさん、私、ちょっと市場を見てくるわ!」


「こら、リゼット! 勝手に行くんじゃないよ!」


マーサの制止も聞かず、リゼットは吸い寄せられるように町の奥へと走っていった。


ハーフパンツから伸びる健康的な脚が、石畳をリズミカルに叩く。


リゼットが辿り着いたのは、町の外れにある、今は使われていない巨大な温室のような場所だった。


そこには、赤黒い粘液を垂らす巨大な植物――魔物『腐死蔓デス・ヴァイン』がはびこり、黄金胡椒の木を絞め殺さんばかりに巻き付いていた。


「……あ、あった。あれが黄金胡椒の木ね」


リゼットの目は、魔物ではなく、その奥にある小さな黄色い実に向いていた。


「ねえ、そこのツルツルした魔物さん。その子を離してくれない? 私、それでスープを作りたいの」


リゼットの問いかけに、腐死蔓は嘲笑うかのように触手を振り上げた。


粘液には強力な麻痺毒が含まれている。


町の自警団も、これに触れて次々と倒れ、誰も近寄れなくなったのだ。


「……無理やり奪うのは嫌いなんだけど。でも、お腹を空かせた商隊のみんなのために、どうしても必要なの!」


リゼットは腰の鞘から、バルド譲りの重厚な鉈を引き抜いた。


チュニックの下の「水着インナー」が、彼女の激しい呼吸に合わせてしなやかに伸縮し、最適な可動域を確保する。さらしの時のような窮屈さはない。


「そこっ! 根っこのところが一番苦そうね!」


リゼットは、毒を撒き散らす触手の中を、まるでお玉を振るうかのような軽やかなステップで潜り抜けた。

麻痺毒の霧が舞う中、彼女は一気に間合いを詰める。


――ザシュゥゥゥッ!!!


鉈の一閃が、魔物の核である中心部を正確に両断した。


リゼットにとって、この魔物は「邪魔な雑草」に過ぎない。


核を失った腐死蔓は、瞬く間に枯れ果て、温室には再び光が差し込んだ。


「やったわ! ……あ、この実、すごくいい香り!」


リゼットは、解放された木から黄金胡椒を一つ摘み取り、口に含んだ。


瞬間、衝撃が走る。


ピリリとした刺激の後に広がる、濃厚なコクと甘み。


「……美味しい! これなら、あのイノシシの燻製肉と合わせれば……!」


その夜。


宿場町『トトノス』のメインストリートには、数ヶ月ぶりとなる「美味なる香り」が満ち溢れていた。


「さあ、町の人もみんな食べて! 特製の『黄金イノシシ・シチュー』よ!」


広場の中央で、リゼットは大鍋をかき混ぜていた。


商隊が持ち込んだイノシシの肉と、リゼットが今しがた「収穫」してきた黄金胡椒。


その二つが合わさったシチューは、絶望に沈んでいた町の人々の胃袋を、文字通り黄金色の光で満たしていった。


「う……美味い……。身体が、身体が熱いぞ!」


「この味だ……。この胡椒の味が、俺たちの町の誇りだったんだ!」


老人たちも、子供たちも、夢中でリゼットの料理を頬張った。


彼女の「祈り」が込められた料理は、ただの栄養補給ではない。


食べた者の魂に直接「生きる力」を叩き込む劇薬だ。


「リゼットちゃん……あんた、本当に一人で腐死蔓を片付けたのかい?」


護衛のカイルが、顔を真っ赤にして尋ねた。


調理の熱気でチュニックを少しはだけさせ、額に汗を浮かべながら笑うリゼットの姿は、町を救った英雄というよりは、ただの「料理が大好きな少女」にしか見えなかった。


「ええ。だって、あの胡椒がないと、今夜のご飯が完璧にならないもの!」


リゼットのあまりに純粋な(そしてズレた)動機に、カイルもマーサも、思わず顔を見合わせて吹き出した。


「あんたって子は……。まあいいさ。これでこの町も、また商売ができるようになるだろうね」


マーサはリゼットの皿に、多めに肉を盛り付けてやった。


町長からは「ぜひ、このまま町の料理人に!」と涙ながらに懇願されたが、リゼットは「私は北へ行かなきゃいけないんです。バルトロさんがそう言ったから!」と笑顔で断った。


翌朝、商隊が町を出発する時。


トトノスの住人たちは、全員が広場に集まり、リゼットの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「……さあ、リゼット。次はいよいよ、北部の険しい山岳地帯だよ」


マーサの言葉に、リゼットは力強く頷いた。


新しい服は少し煤けていたが、その下に隠された「水着」は、彼女の情熱と同じように、どんな困難にも負けずに彼女を支えていた。


断絶の森まで、あと少し。

リゼットの「美味しい旅路」は、確実に運命の出会いへと向かって加速していく。

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