4 厨房ができた
ある日、本館が朝から騒がしい。別宅にも聞こえてきた。どうしたんだろうと思ったが、こういう時はより一層おとなしくしているのが一番。庭にも出ずに家にこもっていた。
その日の午後、執事さんが訪ねてきた。
「明日から厨房の工事を行います。今日は下見です。ヴィアンカ様のご要望はありますか。」
「厨房ってかまどですよね。」
「違います。魔道コンロです。」
「あの~。平民は、かまどを使います。魔道コンロは使ったことがありません。」
「そうですか。しかし公爵家の別宅がかまどでは差し障りがありますね。」
「なら、厨房に小さいドアをつけて外にかまどを作ってもよいでしょうか。」
それならと大きい応接室の隅に厨房を作り、そこから外に出れるようにした。大きい応接室はLDKになった。私って、食に関しては率先して前世の知識を活用しているけど、大丈夫かなあ?
かまどは簡易な屋根と塀を作り外から見えないように作ることになった。
魔道コンロはちょっと楽しみだ。
翌日メイド長が朝食を届けに来てくれた。そして、まだ若いメイドを連れていた。私の専属メイドなんだって。年は十二歳で、平民だから成人してる。孤児院出身で家事は一通りできるようだ。それに住み込みだ。話相手がいるって、すごく嬉しい。平民のことが、いろいろ聞けるしね。
彼女の名はリリー。1階の玄関そばの一番狭い部屋に住む。ワンルームで狭いのではと思ったが
「一人部屋だ。広~い」
感激している。そうだよ。私だって今世は一人部屋なんてなかった。狭いワンルームって前世の記録だ。しっかりしろ私。
厨房の工事は3日で終わった。一番大変だったのは排水管だった。水は魔石を使って魔法で出るので管は無しだ。。リリーは魔法が使えないので井戸を使う。
「一人にだけ負担をかけるので悪いわね。」
「とんでもない。敷地内に井戸があって、排水も気にしなくていいなんて、文句を言ったらバチが当たります。」
平民が使用する井戸も汚れや汚物を捨てる場所も決まっている。
この世界の平民はそれが常識だ。
貴族は敷地の一方が必ず川に面していてそこへ管を通して排水している。汚物もなので定期的に管を魔法できれいにしている。これは各家のお抱えの魔法使いがやったり、それを商売にしている魔法使いがやったりだ。川は国が管理をしている。どぶ臭くないのが、良いね。
嬉しいことにかまどの横に石窯を作ってもらった。一人用の小さい石窯だけど2人分ぐらいならパンも焼けるしピザも焼ける。
「あー。早く食べたい。」
完成の確認のため執事さんが来た。それで朝食だけ届けてもらおうとしたら夕食も届けると言う。夕食は作法の勉強になるので学ぶように言われた。指導する人がいない、と返せば手配しましょう。逃げられないようだ。
先生として来たのはメイド長だった。五回ごとに指導に来るらしい。でも作法は前世と同じようだったので助かった。
ある日、昼に魚をかまどで焼いていたらメイド長がとんできた。
「どうして魚を外で焼いていのですか。」
「厨房だと汚してしまうと思いまして、外なら気兼ねないかと。」
「貴族街で焼き魚の匂いなどもってのほかです。焼くなら中です。」
「でも匂いがこもるし、汚れも落ちにくいですよね。」
「ああ、ヴィアンカ様にはすぐに魔法の教師も必要ですね。手配しましょう。」
やってきたのは冒険者の魔法使い。一応全属性の魔法が使えるが魔力量が少ないので、どの魔法も中流までの威力しかないらしい。が、腐っても全属性だ。しばらくはその先生で大丈夫のようだ。
それで、初回に教えてもらったのが、臭いをなくす魔法だ。貴族の厨房は、ほとんどこの魔法が施されていて、全く匂いが出ないらしい。魔法ってすごい。空気清浄機だよ。
空気清浄機?まただよ。
この先生は元男爵令息で三男坊なので冒険者となったとか。今も一応貴族なんだって。貴族だからダンスもできる。魔法と共にダンスの練習も始まった。
ダンスなんてフォークダンスぐらいしか踊ったことがない。フォークダンス?前世のダンスだよ。危ない。危ない。
ワルツ・タンゴの他にいくつかのリズムがあった。一応前世と同じようなリズムだ。これなら足さばきさえ覚えれば何とかなりそうだ。
「お嬢は踊ったことがあるのか。」
冒険者の先生に聞かれてしまった。とっさに
「両親が時々踊ってました。」
嘘です。
(父様、母様ごめんなさい。ビアンカは嘘つきになってしまいました。)
心の中で謝る。でも、先生はそれで納得してくれた。
『お嬢』呼びは、相談の結果だ。ヴィアンカ様はイヤ。お嬢様もイヤ。お嬢さん、お嬢ちゃんは、何か気品が無い。メイド長のレイラさんも反対。公式な場所以外ならお嬢で良いだろうと決まった。公式な場所なんて私には無縁だから、いつもお嬢だ。リリーは『お嬢様』一択だ。
「私は、お嬢様以外、呼べません。」
先生は貴族出身だから一応貴族学院を卒業している。そこで魔法やダンスのほかに貴族社会の常識も授業の一つになった。私としては成人したら平民として生きて行くから貴族のことなんて必要ないんだけど。貴族学院には行かなくちゃいけないんだって。
「報酬もいいし、断る理由がない。」
先生は、追加の授業に快諾。
冒険者先生は名をジャスティン。ジャスだ。ジャスは、二十一歳、貴族学院を卒業後すぐに冒険者になって男爵家から独立した。
魔法は全属性があるが、魔力が貴族の平均的。剣も平均的。騎士とか国お抱えの魔法使いになるにはちょっと無理。それでも実家に力があればなんとかなったからしいが、なんせ男爵家だ。
「貴族社会の下の方でへコへコしているなら冒険者になって自由に生きようと思ってさ。」
家の枷もなくなり、今が一番気楽で楽しいと言っている。
元貴族(現在も貴族)で貴族学院も出ているので、結構貴族がらみの依頼もあり、実家より裕福かもと笑っている。
今回も冒険者ギルドから派遣されている。【守秘義務あり】だったし、公爵家からの依頼なんでジャズに回ったらしい。
「貴族の闇は貴族でしか分からんからな。」
私って、闇なの?
ジャスって結構したたかみたい。嫌いじゃない。
しばらくしたらジャズが私の護衛になった。
そして住み込みになった。住むところはリリーの住んでいた部屋。
リリーは2階のクローゼットを改装して住むことになってた。
ジャズは嫌いじゃないから嫌じゃないけど、改装工事が始まるまで知らなかった。まあいいけど。でも、事前に教えて欲しい。かな。
「家賃も食費もいらない。おとなしいお嬢の子守りだぜ。家庭教師代プラス護衛代をもらえるし、断る理由がない。」
「私が学院へ行くまでの契約よね。その先はどうするの?」
聞いたら、ゴニョゴニョ言ってハッキリしない。怪しい怪しいと追求した。したら婿入り先を斡旋してくれることになってるんだって。へーそうですか。
でも、ジャスにとっては良い事だ。私もお墓参りとか本館にお付きの人をお願いしなくてもよくなったから気楽になった。
それに公爵様に報告されて、まずいことなんてないから気にしないことにした。
ジャスが来て良かったことが増えた。庭の果物や家庭菜園で作った野菜とかを売りに行ってもらえた。ちょっと傷んだ果物でジャムも作った。ちゃんとした果物で作ったジャムは売ってもらった。やっぱり手元にお金があるって安心するしね。そしたらジャスがそれを報告した。怒られると覚悟していたけど、おとがめなし。それどころか続けて良しだ。
ただ決して家名は出さないこと。当然だよね。
不思議なことにお小遣いをいただけることになった。
「少しです。」
執事さんはそう言ってたけど、私にとっては大金だよ。
ある日、三人で買い物に出掛けた。もちろん歩きでだ。なるべく、馬車は使わないで歩くようにしている。静かに屋敷からでるためでもあるのだが、一番は健康と体力作りの為だ。もちろん、お墓参りも歩きだ。
少しのお金を持って、ちょっとの気晴らしだ。
お墓参り以外の初めての外出だ。ちょっとウキウキするのは仕方ないよね。
「お嬢、迷子になるぞ。リリーと手をつなげ。」
かなり舞い上がっていたようだ。素直にリリーと手をつなぐ。ジャスは、もしもの時の為に、手は空けとくんだって。
リリーと手をつないでの市場散策は、目が輝きっぱなしになってしまった。
買い物はしたことはあるけど、平民の商店だよ。
貴族御用達のお店なんて、見たことも聞いたこともない。
新鮮な野菜が並んでいるし、珍しいのもあって、見てるだけで楽しい。だから、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。していたらしい。
「リリーと手をつなげさせて、良かったよ。」
ジャスの弁だ。
「平民街は、ここの残り物が並ぶからな。人気のあるものは、あっちに流れていかないしな。」
「そうですね。どのお店も新鮮な物ばっかりですね。」
ジャスとリリーの会話に驚いた。
「平民の食べ物って、残り物を使った料理だったの。」
ジャスは笑っている。リリーは驚いている。
ジャスは私の事情を知っているようだ。リリーは、事情はあるが根っからの貴族だと思っていたようだ。だから、軽く説明した。
「私は父が公爵家ゆかりの人なんだけど、両親が事故死したから、不憫に思って、公爵様が保護してくださったの。」
嘘は言っていないよ。
結局、購入したのは、チーズ・トマト・玉ねぎ・キノコ・香辛料を少量。その他ピザの具になる物だ。
「何を作るんですか?」
「リリー、手伝ってね。期待してるわ。」
ピザ作りに挑戦です。
ピザソースは作れないから、もどきを作ります。トマトを玉ねぎと香辛料を適当に炒めて煮込みます。塩と砂糖を適当に加えて出来上がり。納得のいく出来ではないけれど、私はこれで満足だ。
早速、リリーにパン生地をこねてもらい、ま~るく伸ばして、ピザソースもどきを塗って、その上に具をのせて、最後はチーズをたっぷり。ジャスは石窯担当。程よく熱せられたので、いざ。
前世のピザより味は落ちるはず。見よう見まねだからね。でも、ジャスもリリーも絶賛してくれた。私も、美味しくいただきました……けど。
焼いてる匂いが漂ってしまったらしく、メイド長さんと料理長さんまでいらっしゃった。ピザは封印かと思いきや、
「かいだことのない匂いでしたので……。」
二人にも試食してもらい、これまた絶賛されました。
リリーは、ピザソースの作り方を教えるため、料理長に連れていかれてしまった。
「ガンバレ、リリー。」
私とメイド長とジャスは、ピザとコーヒーでおいしい昼食をいただいた。
メイド長のレイラさんに、父様のことを話してもらった。
「手のかからないお子様でしたよ。」
なんてことの無い話だったけど、嬉しい。
その頃から生活も落ち着いてリリーと庶民の内職やらをせっせと励み出した。
リリーなんて
「給金も、もらえて仕事中に内職もできて幸せです。」
なんて言ってくれている。ジャスは
「魔法も貴族の常識も勉強は順調に進んでいるし、俺も言うことなしだ。それにお嬢の料理は美味しいしな。」
そうなんです、落ち着いてから少しずつピザとか総菜パンとかお菓子パンとか前世の料理に精をだしてる。
野菜や果物の収穫も順調で、リリーやジャズに売りに行ってもらっている。
そんな生活が五年続いた。将来の希望が見えてきたんだけど……。
とんでもない話が飛び込んできた。
読んで頂いてありがとうございます。




