2 ここが私の住む家
「ここが私の住む家ですか?」
「はい。食事は本館から運びます。専用のメイドは付けますが、今夜はご容赦ください。後、誠に申し訳ございませんが、本館には近づかないようにしてください。この別宅の敷地内はご自由に散策していただいて結構ですが、無断で外に出ないようお願いいたします。」
私は、歓迎されているわけではないのね。少し寂しいけれど、
「わかりました。」
成人までよ。私は平民として生きるのだから、これでいい。良すぎるくらいだもの。
「お休みなさいませ。」
と、執事さんが帰っていく。
ああ、井戸のことを聞くのを忘れた。
牢から出て顔さえ洗っていない。今日は疲れたし、灯かりもないし、寝てしまおう。
ふかふかのお布団だ。
このまま寝たら確実にシーツを汚してしまう。
でも、ふかふかのお布団に引き寄せられてしまった。
考えることは明日にして、
「父様、母様。おやすみなさい。ヴィアンカは生きます。見守っていてください。」
母の櫛を胸に眠りについた。
カーテンの無い窓からの朝日で目が覚めた。窓から望める景色は、王都とは思えないまぶしいほどの緑があった。鳥のさえずりも聞こえてきた。これが貴族のお屋敷かと、平民の住む生活音の違いに驚き、新鮮さと少しの寂しさを感じていた。
コン コン コン。
「失礼します。」
ドアが開けられ、メイドさんが入ってきた。メイド服のメイドさんだ。前世の記憶にもあったけど、初めて見るメイド服だ。ちょっと違うけど、どっちもかわいい。今世の方が、スカート丈が長くておとなしめのデザインだ。そりゃそうだ、と思っていると、
「朝食を、お持ちいたしました。先にお着替えを致しますか?お顔はこれで洗ってください。」
タライに水が入っていた。メイドさんは一人じゃなくて、二人もいる。私の扱いって……。考えこんでいると
「お嬢様?」
私ってお嬢様なの?またまた初めてだ。最近、初めてが多いな。
「顔を洗います。ありがとう。」
お腹も減っているし、私のやることは、顔を洗って、朝食を食べて、着替えることね。でも、着替えって父様のリュックの中だ。シワシワだよね。まあ、いつものことだからね。着替えを出すと驚かれた。そうだよね。メイド服の方が何十倍も上等だもの。でも、恥ずかしいとは思わない。だって、父や母の愛情がつまっているから。
顔を洗ったら、お水が汚れた。牢を出てそのまんまだから仕方ないんだけど、これは恥ずかしかった。そして、つくづく思った、お風呂に入りたい。
朝食はこれまで食べた事がないくらいのご馳走だった。半分も食べられなかったけど、何か物足りない気がした。これは前世の記憶だ。だって、普通の平民の朝食は、パンとスープだけだよ。物足りないって、何様よ、私。
メイドさんたちに聞きたいことがあったのに、さっさと帰ってしまった。
私って嫌われているの?
仕方ないか、こんな小汚い小娘の世話なんてしたくないよね。
あー、体を洗いたい。せめて、体を拭きたい。
何もすることが無いので、家を探検することにした。水道か井戸を見つけたい。切に思う。どうかありますように。
水道って、この世界には無いよね。
まず、今いるのは寝室だ。ここは二階で、大きさは十五帖くらい。ベッドに机、ソファーがある。ベッド同様ソファーも座り心地が良さそうだ。嬉しい。クッションが欲しいな。でも、今は汚してしまうから座れない。
クッション?私って、こんなに贅沢だったっけ?きっと、前世の記憶だ。
八帖くらいのクローゼットもついている。クローゼットには棚もいっぱいある。多分、帽子や靴を置くんだろうと思う。平民には想像つかないけど、前世の私がそうだって言ってる。また、前世だ。
クローゼットには、何にもかかってないし置いてないけど、リュックから洗ってある服を出してかけてみる。ウン、場違い。笑ってしまった。
私、今笑った?笑えるんだ。父様と母様が死んでから初めてかも。父様、母様。ヴィアンカは大丈夫そうです。安心して。
でも、今世と前世のすり合わせをしないといけないと感じた。気を付けないと、今世七歳の私は、前世の記憶に引っ張られるようだ。前世は結構長く生きたような気がする。
探検にもどって、二階のもう一つの寝室を覗いてみる。私の部屋とドアでつながっている。そのドアは、現在は鍵がかかっていて開かない。二十帖くらいの寝室とクローゼットがある。広さはかなりこっちが広いけど、基本は一緒だ。
きっと、引退した人や事情のある人(愛人さんとか)の家だったのかと思う。これも前世の記憶だ。だって、愛人さんとか、今世では知らない存在だったもの。
キッチンは無かった。残念。前世のお料理を作りたかったのだ。あれ、前世の記憶は気を付けるはずなのに……。料理は別。食べ物は大事。前世の私が主張している。それも声高らかに。前世の私って、食いしん坊だったの?
それより二階にお風呂があった。どうやって使うんだろう。使いたい。入りたい。ものすごく。
庭は広いけど荒れていた。暇だし、手入れしてみたいな。してもいいよね。でも、今はあまりに草がはびこっていて、足を踏み入れられなかった。成人まで八年あるし、ゆっくりやってみよう。
それに、果実の木を数本見つけた。嬉しい。ジャムが作れる。やっぱりキッチンが欲しいな。
一階は広い応接室と狭い応接室がある。それと図書室があった。これは嬉しい。いろいろな本を読んで、この世界の常識を把握しないと。読み書きの練習もしておかないと。
やれることは…ううん、やらないといけないことは、いっぱいありそう。暇つぶしなんて、おこがましいぞ、私。
あとは、玄関横に休憩室みたいなのがあって、簡易ベッドと机が置いてあった。
玄関を出ると、納屋みたいな建物があった。ここは鍵がかかっていた。
家の周りは柵がぐるりと巡らせてあり、出入りできるには門のみだった。門も道にはつながっていなそうだ。確かめてはいないよ。だって、別宅の敷地から出ないよう言われているからね。
一通り探索が終わったけど、この家に私一人で住むの?大きすぎない?前の家の何十倍もあるよ。掃除が大変そう。
そうそう、井戸らしきものを発見したんだけど、あれってつかえるのかなぁ。
聞きたいことが多くて忘れそう。メモしたいな。筆記用具って図書室にあるのかなあ。考えことしてたら急に声を掛けられておどろいた。
「お嬢様。昼食です。」
もう、お昼?こんな生活してたら太りそう。今まで、朝と夜の二食だったし気をつけよう。
でも、メイドさんが近づいたのに気が付かなかった。メイドさん、忍者みたい。忍者?これも今の記憶じゃあないよね。
「ありがとうございます。」
メイドさんに促されて部屋に戻る。
朝食も昼食も美味しかったんだけど、一人で食べるのは寂しい。それに、一か月の牢生活で胃が小さくなったのか、食が細くなったみたい。料理をしてくれた人に申し訳ないな。
「おいしいのだけど、あまり食欲がありません。厨房の人に謝っておいてください。あと、お風呂があったのですが、使っていいでしょうか?使用可能ならば、使い方を教えてください。今の私は、決して清潔とは言えないので。お風呂がダメなら、体を拭きたいのです。ここの井戸は使えますか?」
今ここに居るメイドさんはちょっと年配の人だ。しばらく考えてから
「裏にある井戸はまだ使えるはずです。お嬢様は魔法が使えましたよね。魔法を使えるならご自分でお風呂を準備することも可能です。他にはございますか?」
「庭をいじってもいいでしょうか?あと成人後は平民として生活すると思うので、厚かましいお願いですが仕事をしたいのです。それと魔法ですが、あの時が初めてだったので使いかたがわかりません。お風呂の使いかたも知りません。教えてください。」
「わかりました。これからお風呂の使いかたをお教えいたします。申し遅れましたが私はメイド長のレイラです。今後私は10日に一度お嬢様のお世話に上がります。その時に何かありましたらお申し付けください。お庭はお好きにどうぞ。別宅の中でしたら許可なくいじって大丈夫です。」
「私はヴィアンカと申します。よろしくお願いいたします。またまた厚かましいのですが、私の両親のことを教えてもらえる範囲で構いませんのでお話しいただけたら嬉しいです。」
「分かりました。いずれはと思います。お風呂の後よろしければ、ご両親のお墓にご案内いたします。いかがでしょうか。」
「はい。よろしくお願いいたします。」
輝くような笑顔になるビアンカにメイド長は心の中で破顔する。執事の言う通りさすがアレックス様のお子様だ。磨けば磨くほど成長するお方だ。奥様とはなるべく距離を置かないと大変なことになる。注意しなければ、と再確認する。
それにしても、執事は何をしていたのだろう。昨夜は、ここに案内してそれで終わりのようだ。これだから男は気が利かない。
あらゆることで準備が足らない。カーテンだってないし、灯かりの付け方も教えていなそうだ。
お風呂の沸かし方はただ魔石に魔力を込めだけで簡単だった。これで好きな時にお風呂に入れる。嬉しい。石鹸も用意してあって久々にさっぱりした。でもお風呂って平民の家にはなかった。家族3人で一か月に一度銭湯に行くのが楽しみだったから。でもお風呂って毎日入るんだよね。たぶんこれも前世だ。ちょっと本気で整理しないと変な人になりそうだ。
灯かりの付け方を教えてもらった。これも魔石に魔力を込めるだけ。貴族の生活は、魔石あり、魔力ありが基本だそうだ。
カーテンも発注中らしい。私の入居に間に合わないことを謝られた。
私のことってそんなに急なことだったの?
「さっぱり綺麗になりましたね。」
お風呂の汚れは恥ずかしかったが、体中が綺麗になったことが嬉しかった。
浴槽のお湯の捨て方も教えてもらい、一つのミッション完了だ。
メイド服より質は悪いが綺麗に洗ってある服に着替え、さらにメイド長に髪を整えてもらう。母に髪を梳いてもらったことを思い出した。涙目になるがぐっと我慢する。それを見て見なかったことにするメイド長だ。七歳なのに健気だと感心している。
手には平民が持つには良質な櫛が握られている。ヴィヴィアン様の形見ですね。思い出の品が手元に残ったようでよかったこと。
この方はいったいこれからどうなるのでしょう。
読んで頂いてありがとうございます。




