1 両親が死んだ
両親を貴族の馬車に轢き殺され、平民で孤児になった七歳のヴィアンカを引き取ったのは父の弟だという公爵だった。ヴィアンカも知らない出生の秘密が少しずつ明らかになっていく。鍵を握るのは鍵穴の無い小さな箱。公爵家でのヴィアンカの扱い。学院でのヴィアンカの立ち位置。そして、隠された血筋と箱の秘密。ヴィアンカの人生が大きく動き出す。ヴィアンカの人生は……。
7歳の時、私の目の前で両親が死んだ。
賭けレース中の貴族の馬車に轢かれて。
悲しくて、悲しくて、その時に火魔法を貴族に放っていた。
初めて、魔法に目覚めた瞬間だったけど、うれしくない。
死ねばよかったのに、貴族の命は助かった。
そして、私は気を失った。
父と母を殺されたショックと魔力切れが原因らしく、3日間目が覚めなかった。
私は、3日間ひたすら寝ていた。
時々、意識が浮上したが両親の死がよみがえり、その度にまた気を失った。起きたくなかった。
愛した両親の、愛してくれた両親の無残な姿を思い出すのが嫌で、嫌で、
無理やり眠った。
でも、現実は残酷だった。肉体的にも精神的にもハッキリ目が覚めてしまった。
ただ、目覚めても、ぼーとしていて会話もできなかったという。
食事もほとんど食べなかったと聞いた。
牢番たちは、あわてたらしい。なんせ上から
「便宜はしなくてもいいが、手荒なことはするな。死なせるな。」
と、命を受けていた。
「お前、何者だ?」
聞かれたことがあり、話してくれた。
不憫に思ってか死なれては困ると思ってか、しばらく牢番が食事を食べさせてくれたほどだったらしい。私が自分で食べ始めた時は、ホッとしたと言われた。
目が覚めた途端、両親の思い出と共に、全く関係ない景色や知識が頭を駆け巡った。
それは、膨大で7歳の頭では理解も整理もできない物だった。。
ぼーとしていたのは、ショックと理解が追い付かなかったからだ。
父や母の死は悲しい。けど、ショックと同等な不思議な知識だった。
そして、やっと前世の記憶だと理解した。
けれど、前世の名前や家族、友人のことは思い出せない。知識だけだ。
分かったことは、この国とは違うこと。いいえ、文明が明らかに違う。
多分、この星ではないだろうこと。
だって、空飛ぶ乗り物や大きな船。馬より速い乗り物。
今世とは、違いすぎる。
かろうじて、”日本”という国で生まれ死んだことは分かった。
どの位の年を生きたのかも分からない。けど、今の境遇を耐えられているのは、前世の記録のお陰だろうことはわかった。きっとある程度の人生は全うしたのだろう。
死因は、分からない。
前世の家族のことが思い出せないのは、少し悲しかったが、それでいい。
私は、ヴィアンカ。父アレックスと母ヴィヴィアンの子供だ。
父と母に愛されて、7年間育った。
家族は、二人だけでいい。
私は当然捕まったのよね。平民が貴族を魔法で攻撃したのだから仕方がない。ただ、両親を殺した貴族を殺せなかったのが最大の後悔だ。
どの位牢にいたのかわからなかった。後で、一か月だったと知った。その間、ちゃんと食事もまともなのが出たし、酷いこともされなかった。
冷たい牢にいると段々冷静になっていった。意識がハッキリしだしたら、現実的なことが考えられるようになった。
(父様と母様の遺体は?)
(ちゃんと埋葬されたの?)
牢番に聞いても
「そんなこと、オレが知るわけないだろ。それよか自分のやったことを良く考えろ。死刑だぞ。」
死ぬのは怖いけど、両親の所に行けるならいいか、とも思えた。
ただ、父様と母様の最後の言葉が忘れられない。苦しいだろうに、二人ともハッキリと言い切った。
「無事か?けがはないか?どんなことをしても生きるんだ。それと、あの箱だけは失くしてはいけないよ。わかったね。愛してるよ。」
「あなたを残していくには心残りだけど、いつも見守っています。愛しているわ。」
それが、最後の言葉。決して忘れない。
父や母は私が生きることを望んでいた。遺言ともいえることを、全うできないことが悔しい。私は、両親の希望通り生きていたい。
「出ろ。」
牢の鍵が開けられ、外に引っ張り出された。これから死ぬんだと思い覚悟を決めた。覚悟を決めたのに、なぜか建物の外に放り出された。戸惑っていると
「ウロウロするな。早く行け。もう来るなよ。」
怒鳴られていた。あわててその場を離れる。
(いいの?)と思いながら家に急いだ。
家に着いたら知らない人が住んでいた。父や母や私のテーブルや机が使われていて、ショックだった。亡き両親との思い出の品が他人に使われ、触れることもできない。
ボー然と眺めていたら大家さんに声を掛けられた。
「ヴィアンカ。牢から出られたんだね。良かったよ。荷物を預かっているから取りにおいで。」
荷物があることに喜び、いそいそと大家さんの後についていく。
大家さんにお茶をご馳走になった。
お金に渋い大家さんが、私にお茶。「???」な気分でご馳走になった。薄いお茶だったけれど、牢から出て初めてのお茶だったから美味しかった。そして、これまでのことを聞いた。
「あんたが捕まって一週間ぐらいしてからさあ。お父さんの弟の代理って人が来てね。家賃の清算をして、荷物をしばらくの間預かってくれって言ってね。管理料だってお金も頂いたんだよ。お父さんとお母さんの葬式も弟さんがするからって引き取ったんだって。家具は要らないから処分してくれって言われてね。そのまま借りたい人がいたから丁度良かったよ。お父さんたちのお墓がどこにあるかは聞いてないね。でも、あんた、あんな親戚がいたなんて教えてくれれば良かったのに。まあ、訳ありだろうとは思ったけどね。そうそう、荷物だったね。これだよ。何一つ処分してないからね。食器とか欲しいものがあったら返してもらえるようにしといたから、よく確認して頂戴。ほらっ。」
私は着替えと少しでもお金になるものを父の使っていたリュックに詰め込んだ。母の使っていた櫛があったのでそれも入れた。さらに片手でも持てる鍵のない箱もだ。宝石箱とは言い難いこの箱は、父がどんなことがあっても手放すなと強く言った箱だ。鍵も鍵穴もないのになんでと思ったが、今は開かなくても手元に残っただけでありがたかった。
あとは、少ないけれどお金があった。この大家さんがお金を残してくれた?考えられない。迷惑料とか言って、ネコババしそうなのに、顔を向けると、バツが悪そうに
「代理人の人が怖くてね。それに充分なお金を貰ったからさ。私だって、あんたのことは気になっていたからね。これから大変だろうから気にしないで持っていきな。それに、他は売って小遣いにさせてもらうからさ。元気でね。」
大家さんにもう用はないよとばかりに追い出され、手をふられ見送られた。
父様の弟さんの住んでいるところは知らないという。
これからどうしよう。
寝床さえない七歳児だけど仕事ってあるの?
孤児院は?
いろいろなことが頭の中を廻る。
どうして私は助かったの?
無罪放免でいいんだよね?
とか、
また捕まるかも?
王都にいない方が良い?
考えることが多すぎる。
今は、今夜の寝床を確保しようと教会と孤児院へ行くことを決めて歩き出した。途中、人が少ない道に入ったら、馬車の音が聞こえてきた。私は、事故のことを思い出したのか体が岩のように動かなくなった。
(あー。ひかれる。)
いつの間にか馬車の中にいた。声もだせず、動くこともできない私に、
「私は、あなたのお父様の弟様に頼まれ、あなたを迎えに参りました。」
その言葉で、体や脳が動き出した。
「代理の方なら、両親のお墓を知っていますよね。どこですか?」
「申し訳ございません。手配は致しましたが、公爵様にお聞きください。」
「公爵様って誰ですか?」
「お父様の弟様です。現アールベアル公爵様です。」
父が公爵様の兄!?知らなかった。貴族だったんだ。
「父様と母様を殺した貴族はどうなったんですか?」
「あの貴族は子爵家の次男でした。平民に下ったとは言え前公爵家の令息を死なせたのです。それも賭けレースでです。犯罪奴隷として鉱山に送られました。子爵家は男爵に降格です。貴方様は無罪となりました。ですが、公爵家にて成人するまで保護することが条件です。公爵家に連なる者が犯罪者になるのはいただけないのでお迎えに上がりました。」
「成人は、貴族のですか?平民のですか?成人後は、私はどうなるのですか?」
この国の貴族の成人は十五歳だ。平民は、早く働かないと生きて行けないから十二歳だ。
「貴族の成人です。成人後は、おそらく平民として生きていくことになると思います。しかし、詳しいことは、存じません。」
「分かりました。色々と教えていただきありがとうございます。」
成人まであと八年ある。その間にできる限り備えよう。
あの貴族の野郎を殺せなかったのは残念だけど、犯罪奴隷になったのはいい気味だ。長く苦しめと神に祈ってしまった。
執事は思う。
目の前で静かに座っている七歳の子の姿は、平民のそれではない。
公爵家に長く仕え、王族から下位貴族まで見てきた。
平民として生まれ、教育も満足にされていないはずだ。なのに、言葉遣いはしっかりしているし、仕草は雑ではあるが、貴族としては及第点だ。着ている服は汚れ、大分臭っているのに、なぜか気品を感じる。
さすが、アレックス様のお子様である。母親だって男爵家だ。最低限の教育はしていたようだ。
良かったのか、悪かったのか。
そっと、息を吐く公爵家の執事だ。
現アールベアル公爵ジョージは頭を抱えていた。
兄アレックス夫妻の事故死と二人の子のヴィアンカのことは衝撃だった。それを国王から伝えられたのだ。さらに、ヴィアンカを成人まで保護するように命を受けたのだ。
ほっとくつもりはないが、王家とは言え、一貴族の事情に口をはさむことに疑問を持った。
「私の知らないことが、何かあるのか?」
しかし、問えるはずもない王命である。
すぐに執事に事にあたらせた。ヴィアンカとの同居は、妻が同意するはずが無い。ならば、敷地内にある別宅をヴィアンカの住居としよう。別宅であっても妻を説得するのは無理だ。決定事項として伝えよう。
「なぜ、たかが平民を・・・。」
別宅に住まわせるのは成人までだ。一切、かかわらなくても良いと。最後は、王命だと有無を言わせなかった。
現公爵は深いため息をする。
「私は、兄より劣る。私は平凡な男だ。王は私に何をさせたいのか?」
兄のことは好きだった。公爵家を継ぎたいとは思ったことは無い。それほど兄は優れていた。そんな兄は私の自慢だった。兄の死を悲しみながら、公爵家の重みにつぶれそうな自分がいた。
「ただ今戻りました。
執事が報告に来た。兄の子は、無事、別宅に落ち着いたらしい。
「どんな様子だ。」
「平民として育ったとは思えない礼儀作法でした。言葉も乱暴なところもなく、貴族としては及第点かと思います。きちんと自分の置かれた状況を理解して、成人後はどうなるかと聞いてきました。さすがアレ……公爵家のお血筋と思いました。あと、ご両親のお墓を尋ねておいででした。」
「そうか……。墓は教えてやれ。極力、公爵夫人には近づけるな。後は、頼むぞ。」
「はい。お会いにならないのですか?」
「……。落ち着いてからにしよう。」
本当は、会うのが怖い。何を話したらいいんだ。
現公爵は、平凡な男である。
読んで頂いてありがとうございます。




