第2話 フレンチの後、カクテルバーで軽く一杯
喫茶店を出た後に忠雄が美春を案内したのは四条大橋のたもと、鴨川の直ぐ傍に隠れ家のようにひっそりと店を構える小さなフレンチレストランであった。
時間がエアポケットに入っていて、レストランは空いていた。二人はウエイトレスに導かれて四条通りに面した窓際の席に着いた。二階から見渡す夜景は、月に照らされた東山連峰を背に、歓楽街の輝く灯が煌々と空に映えて煌びやかである。店内は古都の風情とヨーロピアンフォルム、老舗ならではのモダンでハイカラな情緒あふれる空間であった。
「良い感じのお店ね」
「気に入って貰えて良かったよ。美人の君に似つかわしい雰囲気だな」
余計なことを言っちゃったかな、と忠雄は思ったが、美春は別段何も言わず、気に留めた様子も示さなかった。二人は、都会の喧騒から離れ、ゆっくりと流れる時間の中で、独創性溢れる艶やかなコース料理とゴージャスなワインを味わった。
前菜に出された有機人参のムースは、新鮮な素材の甘味が際立つ無農薬人参が雲丹のコンソメジュレと一緒になって蕩けるようである。滑らかな口当たりで程よく柔らかく、人参と雲丹の色合いも綺麗で、見た目にも楽しめる一皿であった。
鮮度の良い鴨を炭火で焼いた青首鴨のローストは、重厚な風味と香りが口いっぱいに拡がる絶品で、地元京都の自然の中で伸び伸びと育った野生の青首鴨を炭火で炙り、濃厚な内蔵のソースを絡めた深い味わいである。ブルゴーニュ産のワインとの相性もぴったりと合っていた。
平目のローストは、豊かな京北の海が育んだ新鮮な海の幸を、地元野菜と共に贅沢に愉しめる珠玉の逸品。ローストされた天然平目がふわ~っと解れて柔らかな香りと甘味が漂っているし、京野菜の源助大根とせりやふきのとうが三重のモト牡蠣と一緒になって、京都愛の溢れるエッセンスが凝縮した絶品であった。
二人は居心地の良い快適な空間で食事もワインもじっくり堪能して、至福のひと時を過ごした。
「このワインも美味しいわね。一口含むとフルーティーな酸味と官能的な甘みが口の中一杯に拡がるようだわ」
「うん、やや甘口だけど上品な味だね」
美味な料理と芳醇なワインで次第に心が解けた二人は、仕事のことや生活のことなどを打ち解けた寛いだ言葉で話し合った。
話題を変えて忠雄が訊いた。
「君は何か趣味を持っているの?」
「あたしはクラシックが好きなの」
「クラシック音楽?」
「クラシックには普遍性があって奥が深いの。聴いていると心地良さがあって、聴いているだけで感銘を受けるの」
「心を穏やかにしてくれて、リラックスさせてくれるということかな?」
「癒しだけではなく、身体の中から力が漲って来て、小気味よくワクワクして来るような曲も有るのよ」
美春はクラシック音楽の魅力について更に話を続けた。
人は仕事や遊びをする際には主に左脳を使ってそれらを行うが、クラシックは右脳を刺激して左脳を休ませる効果が有る。疲れた左脳が休まると思考がリフレッシュする。クラシックを聴いていると、アルファ波と言うリラックス時に出る脳波が出るので精神が落ち着く。つまり、自然音を聞いている時の心地良さと同じ脳波が出ていると言う。
「クラシックは同じ曲でも弾く人によってイメージが違うの。指揮者や演奏家によって音楽の表現の仕方が違うので、音質やテンポ、強弱や緩急などが変わるのよ。同じ曲でもいろいろな雰囲気が楽しめるのはクラシックならではの魅力なのかも知れないわ」
話を聴きながら忠雄は、この娘は感性豊かで聡明なのだ、と感嘆した。
デザートに美春がキャビネットプリンを、忠雄が柚子シャーベットのフルーツ添えをそれぞれ選び、最後にパンとコーヒーで締め括って、二人の初めてのディナーは楽しく終焉した。
帰りがけに一階フロントに降りて行くと、丁度、四条通りに面したガラス張りのテラスでカルテットが弦楽四重奏を演奏していた。
「少しだけ聴いていても良いかしら?」
彼女は暫く立ち止まって耳を傾けたが、やがて、笑顔で忠雄を促して、二人は店を後にした。
忠雄が演出した初めてのデートの締め括りは、大人の為の隠れ家風カクテルバーであった。都会の喧騒を忘れ、バーテンダー熟練の技によって生み出されたカクテルが二人を至福の時へと誘った。忠雄は柿のミモザを、美春は苺のシャンパンカクテルをそれぞれ注文し、フードはビーフジャーキーとミックスナッツを分け合って摘まんだ。
これまでに無い愉しい夜を心行くまで十分に満喫した忠雄と美春は、タクシーに同乗してJR京都駅へと急いだ。




