第3話 それから二人はよく逢うようになった
それから忠雄と美春はよく合うようになった。
夏にはグランドホテルの屋上で学生バンドのハワイアンを聴きながら、冷えた生ビールのジョッキーを傾けた。灯りさざめく京都の街並を眼下に見下ろし、幸せ気に微笑み交わす二人の頬を涼しい夜風が優しく撫でて通り過ぎた。
お盆の十六日には周遊観光バスに乗って五山の送り火を観て廻った。東山如意ケ嶽の「大文字」、金閣寺大北山の「左大文字」、松ヶ崎西山と東山大黒天山の「妙法」、西賀茂船山の「船形」、それに上嵯峨仙翁寺山の「鳥居形」の五つである。午後八時過ぎから相前後して点火され、夏の夜空にくっきりと浮かび上がるこれらの送り火は将に京都の夏を彩る一篇の風物詩で、無論、美春も忠雄も五つの送り火を全て見るのは初めてであった。
「冥府に帰る精霊を送るなんて何か厳粛な気持ちになるわね」
「そうだな、先祖を思ったり、爺ちゃん婆ちゃんを思い出したりするなんて、普段はあまり無いからね」
秋の「時代祭」は京都御苑内の観覧席で見物した。行列が京都御所建礼門を出発して行く直前に、眼の前で座って見られるという極めて贅沢な祭り見物であった。
この時代祭は京都平安神宮の祭りであり、葵祭、祇園祭と並んで京都三大祭の一つとして知られ、国内はもとより海外からの参観者も多く、観覧席は国際色豊かであった。山国隊の奏する笛太鼓の音色を先頭に現れる行列は約二千名で構成され、明治維新から順次遡って平安京の造営された延暦時代に至るまで凡そ二キロにも及ぶ。過ぎ去った京都の歴史を偲ばせると同時にそれは日本の歴史の縮図とも言える絢爛な一大絵巻なのである。
「ねえ、見て、見て・・・」
美春が指差したのは女性だけの隊列であった。美春がやって来る順に名前をなぞって行く。
孝明天皇の皇妹和宮を初め歌人の蓮月、京都銀座に巨万の富を有した中村内蔵助の妻、祇園に茶店を営んでいた歌人のお梶、池大雅の妻で南画家の玉爛、六条三筋町の名妓であった吉野太夫、歌舞伎の創始者とされる出雲阿国と続いて行った。
「大昔にもこんな凄い女性が居たんだね、将に吃驚だわ」
美春が感嘆の声を挙げた。
クリスマス・イブの夜に忠雄は美春を「北山ウエディングストリート」へ連れて行った。
其処は地下鉄「松ヶ崎駅」から歩いて直ぐの「京都のウエディングストリート」と呼ばれる恋人たちの憧れの場所であった。凡そ三百メートルのストリートに約十万個のイルミネーションが煌めいて、街はキャンドル&イルミネーションコラボナイトで盛り上がり、クリスマスコンサートも行われて、雰囲気は最高であった。忠雄と美春は夜の街に燦然と輝く教会を見上げながら、手を繋いでぶらぶらと歩いた。恋人たちの憧れの場所で素敵なデートをして、何も語らずとも、忠雄も美春も十分にクリスマス気分が盛り上がった。
ウエディングストリートを抜けた後、忠雄は直ぐ近くに在る「北山モノリス」と言う創作料理の店へ美春を案内した。
其処には生演奏付きのクリスマスディナーが予約されていた。
ムーディーな音楽をバックに始まったディナーはゴージャスで、至福の始まりはプティサレであった。それから、オマール海老の美味サラダの冷前菜、温野菜はフォアグラのフランに茸のカプチーノ、それに、真鯛のパイヤッソンと冬野菜のミジョテと言う魚料理が続いた。メインの肉料理は黒毛和牛のローストとトリュフ香る冬野菜のタルトで、芳醇でまろやかな白ワインとの相性は抜群であった。
「どう?旨い?」
「うん、もう、最高ね!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
デザートは聖なる純白のムースである。
「粉雪を散りばめたベリーと共にお召し上がり下さい」
ウエイトレスが微笑みながらそう言って、下がって行った。
最後にプティパンを食し、紅茶を啜って二人の晩餐が終わった。
「これ、あたしが手作りしたんだけど、良かったら着けてみて」
美春はそう言って手下げ袋を忠雄に差出した。
「開けて見ても良いかな」
「ええ、どうぞ、どうぞ。お気に召すかどうか判らないけど・・・」
包まれた包装紙を丁寧に捲ると、出て来たのは手編みのマフラーであった。
「おおっ、凄い!君が編んでくれたのか?暖かそうだなぁ」
早速に、忠雄は赤と黒との二色の毛糸が格子状に編まれた純毛のマフラーを首に巻き付けた。
「うお~、暖ったけえ!首の後ろが凄く気持ち良いよ。有難うな、真実に!」
忠雄は心から喜んだ。美春の自分を思ってくれる優しい心音に胸を熱くして感動した。
「でも、大分、手間暇が掛っただろう?」
「うん、一週間は掛かり切りだったかな」
「そうか、サンキュウ、サンキュウ」
忠雄がマフラーを首に巻いたまま店を出て、二人は地下鉄の駅へ向かった。
美春が忠雄の横顔を見上げて、自分の右腕を忠雄の左腕に絡めた。顔を見合わせ微笑みながらイルミネーションの下を二人は潜り抜けて行った。




