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第七話 体育祭と君 ――午後の部

(6/13)

「いただきます」

 目の前には、具がたくさん入ったお弁当がある。唐揚げ、コロッケ、メンチカツ……。一面、茶色に染まっている。

 植物のいない畑みたいなお弁当は、お父さんからの愛が籠っていて、とても美味しい。彩りとかは、言っちゃ悪いがひどいけど。

 それでも、ぼくを思って作ってくれているのがよくわかる。ありがとう、お父さん。

 勢いよく、たくさんの具材を頬に詰め込む。おかずと白米が織りなすハーモニーは美しく、味も最高だ。

 唐揚げは、サクサクなのに中はジューシー。コロッケは、ジャガイモと衣が絶妙にマッチしている。そしてメンチカツは、一部に染みこんだタレが深みを生み出している。

 朝の忙しい時間に、わざわざお弁当を作ってくれるお父さんには、感謝しても仕切れない。

「ごちそうさまでした」

 蚊が飛ぶような小さな声が、教室内で発せられる。そんな声は、他の人の喋り声で、いとも簡単に掻き消されてしまった。

 それでも、「いただきます」、よりも大きく言えて、ちょっと嬉しかった。

「あ、蓮香くーん!」

 ぼくの耳を、あのクズボイスが貫く。教室の入り口を見ると、そこには、今日の空みたいに青く澄んだ瞳があった。もう、見飽きた瞳があった。

「さっきはありがとねー。俺の雄姿、絶対見せれたよ!」

 そう言って、啓斗は肩を組んできた。

 傍から見たら、仲の良い男子たちに見えるのかもしれない。実際には、真逆の関係なんだけど……。

「じゃ、午後もよろしくー」

 そう言って、金色と銀色の混ざり込んだ、変な髪色をした少年は、教室から消えていった。

 ハリケーンのような男は、無事に通り過ぎてくれた。


(7/13)

「続いての種目は、二学年による、二年生全員リレーです」

 午後になっても、相変わらず無機質なアナウンスが聞こえてくる。ノイズが校庭を蝕むように響く。放送部は、大変だな。

 そんなことを考えていると、人だかりが出来ているのが目に留まった。

「啓斗さん、頑張ってください!」

「啓斗さん、応援してます!」

「お、みんな、ありがとな」

 キャーキャー騒ぐ女子たち。それに囲まれる啓斗。クズ男こと啓斗を取り囲む網が完成していた。

 啓斗は、女子から人気だ。ぼくからしたら良く分からないが、イケメンらしい。ぼくが言うのもあれだが、本当にイケメンか?

 そんな疑問も浮かんだが、すぐに取り払う。なんなら、あそこにいる女子たちがかわいそうだ。

 あんな、クズで暴力奮って■■で、■■で■■■な、■■人間に騙されているのだから。

 ぼくには何もできないから、そっとしておこう。もしここで何か言ったら、何をされるかわからない。殴られるとかじゃ、済まないかもしれない。

 考えただけで、身震いしてしまう。

 恐怖ですくんだ足に鞭を打ちながら、ボーリングの玉のような足を動かす。

 自分の待機列を目指して歩いていると、男女問わずに出来上がった、啓斗より大きな網が出来ているのが目に留まった。


(8/13)

「来菜さん、応援してます!」

「来菜、ぶっちぎれよ!」

「みんなありがとー、任せとけー」

 菜の花のように美しい声。ぼくとは、世界が全く違う声。季節外れの暑さが、心地よい暖かさへと変わる気がした。

 キャラメル色の髪は、ハーフアップにまとめられている。さらに、髪を束ねる白色のシュシュが、キラキラと輝いている。

 成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能、おまけに明るく親しみやすい。古川来菜(ふるかわらいな)。完璧超人で、二学年の人気者。学校の人気者と言っても、過言では無いかもしれない。

 普段なら、関わることのない人種だが、今日だけは意識しなければならない。

 網は、次第に解けていった。

 

 全員が持ち場につき終わった。四色のゼッケンが、数学の問題のように並んでいる。

「いちについて」

 会場の喧騒が、割れたシャボン玉のように消える。

「よーい」

 ピリピリとした緊張が、稲妻の如く走る。

「どん!」

 一筋の破裂音と共に、一番のゼッケンを着た八人が、一筋の光が輝くみたいに駆け出した。

 スタートラインには、土埃の靄と、火薬の独特な香りだけが残っている。

 引き直されていた白線のダイヤモンドみたいな輝きが、いとも簡単に掻き消されてしまった。

 ピストルの破裂音で機能を失っていた耳が、やっとの思いで周囲の歓声を聞き取る。

 一本のバトンが、どんどん繋がれていった。


 

(9/13)

 ぼくの役目は、ただ一つだ。

 たくましさを失った白線が、ぼくのことを睨む。ぼくを、応援しているのかもしれない。そう思うことにした。

 後ろをちらりと見ると、青色のバトンが近づいてきていた。

「ゴー」

 進め。そんな合図が聞こえた。どうせ、ぼくの仕事は決まっているから、その声にも従う。

「はい」

 出たくもない体育でやらされた練習。右手を後ろに伸ばし、温まったバトンの感触が来るのを待つ。

 グッ。

 そんな効果音が似合うような力が、手のひらに加えられた。

 空洞の開いた筒を思いっきり握る。それと同時に、足と腕をさらに全力で回す。

 足が速い人みたいな解説だが、実際は、微妙な速さだ。それでも、任務遂行のために走る。

 長い、長い、走路。

 狭い、狭い、走路。

 暑い、暑い、走路。

 目の前で待つのは、今日何度も見たクズ男。

 その青い瞳は、ぼくの右手にあるバトンと、比べ物にならない程美しい。そこだけは、美しい。

「蓮香! 来い!」

 まるで、ぼくのためみたいな声。本当は、来菜さんに見られたいだけの声。

 右手にあるバトンを、丁寧に左手に持ち替える。

「ゴー」

 いつもよりも、大きな声が出る。脇腹が痛い。

 ぼくの走るペースに合わせた啓斗が、少しずつ近くなってくる。

「はい!」

 勢いよく、バトンを渡す。

「任せろ!」

 全力で、啓斗は腕を伸ばしてきた。その手のひらは、傷一つ無く綺麗だった。


――それだけなら、よかった……。


(10/13)

 カラン、カラン。

 冷たいコンクリートに涙が零れた時、こんな音がした。記憶にないはずの音が、心の耳を、たった一発で打ち抜いた。

 少し疲れたように見える白線が、ぼくを嘲る。

 砂利が広がる校庭には、一本の、青い筒が、孤独に落ちていた。まるで、ぼくのように……。

 ドクドク、ドクドク。

 心臓が、恐怖で波打っている。さっきまで歓声に満ち溢れていた校庭が、無音になっている。

 怖い、怖い、怖い。足がすくむ、今すぐ消えたい、どこかに逃げたい。

 ……、ひとあそに、入りたい。


「蓮香君拾えー! そんで、渡せー!」

 菜の花の香りがする。視線を移すと、今日はよく見る人気者が、大声を出していた。え、ぼくの名前認知してたんだ……。

「まだ追いつける! 蓮香君。バトン拾って、啓斗に急いで渡して。落ちたのがテイクオーバーゾーン内だから、まだセーフだよ」

 キャラメルみたいな髪が揺れている。菜の花ボイスが止まった時には、いつの間にか歓声が帰ってきていた。

 ぼくは慌てて地面を向く。「いてて……」と物申すかのように、バトンはぼくを眺めていた。

 そのバトンを拾い、目の前に残された右手に、青色のバトンを置く。え、右手?

 啓斗は、笑顔だった。

 一人の金髪だか銀髪だかわらない少年が、どんどん小さくなっていく。

 背中で、何かを語っているようにも見えた。

「お前のミスを、俺が消し、来菜に見せる!」

 そんなことを言われている気がして、なんとも言えない複雑な感情になる。

 サンサン照りの太陽は、会場をさらに燃えさせていた。


(11/13)

 現在、順位は五位。ぼくのせいで、降格していた。もともとは、三位だったのに……。

「来菜! お前にかかってる!」

「来ちゃん、がんばー」

「頑張ってください、来菜さん!」

 一人の少女に、とんでもない量の声が飛ぶ。ある意味拷問だろ……。本人は、ケロッとしてるけど。

「任せとき! 最高速度で、ぶっち抜いたるわ!」

 ダブルピースまでしてる……。この少女、何者だ?

「何年前のアニメだよ」

「ちょっとセリフ変えんな、気持ち悪い」

「そこ気づくなんて、(あや)ちゃんも見てるんだー」

 来菜さん、これから走るんじゃないのか?

 キャラメル色の髪が、そよ風で揺らいでいる。後ろでは他の二学年たちが必死に走っているのに、アンカーが喋ってていいのだろうか?

「じゃ、行くね」

 そう言って完璧超人は、川が流れる如くスムーズに青いバトンを受け取り、稲光の如くとてつもないスピードで、走路を軽く走っていった。


 結果は、同じ青団のF組が三位。

 ぼくらB組は、一位だった……。え、来菜さん、怖……。


(12/13)

 あれからは、特に問題も無く、今日のミッションをやり切った。

 青団は、総合優勝を果たしたらしい。どうでも良かったが、勝てたのなら嬉しい。

 バトンパスのミスも謝り、打ち上げも参加しなかった。

 ぼくの目の前には、イヤホンとコンタクトが並んでいる。

「行ってきます」

 誰もいない部屋で、誰にも届かない声を漏らした。

 ちなみに、B組の大縄跳びの結果は、三一回で、全学年単独一位だった。


(13/13)

 明日、明後日、そして明々後日。三連休で、全部休みだ。振り返り休日が、先生たちのミスで月曜日になってしまったらしい。本当に、失敗してくれてありがとう、先生方。

 届きようのない感謝を思っていると、緑生い茂る、河川敷に着いた。

 広い川の奥に、大きなショッピングモールが見える。少しずつ探索を進めてきた結果、ぼくはひとあその世界観が、少しずつわかるようになってきていた。



一、自分以外のプレイヤー、コンピューターは存在していないこと。

二、現実の世界と、建造物及び配置が、瓜二つなこと。

三、商品等は、なぜか知らんが毎日補充、交換されていること。

 そして何より、

四、ゲーム内の一時間は、現実の一日に相当すること



 これが、都市伝説と化していたゲームの、実態だった。


 サクサク。どこかから、クッキーが割れる音がした。いや違う、クッキーが割れるような音がした。

 サクサク。その音が、どんどん近づいてくる。音を消せてはいないものの、ライオンとかに近い動きを感じた。

 サクサク。どっかのクズ男とは、別の意味で恐怖を感じてしまう。

 やめてくれ。ぼくが頑張って見つけた秩序が、乱されてしまう。

 最悪な事態を想定し、一番嫌なパターンの回避のみを願う。出てくるのが、熊とか猿で会ってくれ!

 その願いが叶うことは、なかった。


「ねぇ」

 空気が、菜の花を纏った。

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