第七話 体育祭と君 ――午後の部
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「いただきます」
目の前には、具がたくさん入ったお弁当がある。唐揚げ、コロッケ、メンチカツ……。一面、茶色に染まっている。
植物のいない畑みたいなお弁当は、お父さんからの愛が籠っていて、とても美味しい。彩りとかは、言っちゃ悪いがひどいけど。
それでも、ぼくを思って作ってくれているのがよくわかる。ありがとう、お父さん。
勢いよく、たくさんの具材を頬に詰め込む。おかずと白米が織りなすハーモニーは美しく、味も最高だ。
唐揚げは、サクサクなのに中はジューシー。コロッケは、ジャガイモと衣が絶妙にマッチしている。そしてメンチカツは、一部に染みこんだタレが深みを生み出している。
朝の忙しい時間に、わざわざお弁当を作ってくれるお父さんには、感謝しても仕切れない。
「ごちそうさまでした」
蚊が飛ぶような小さな声が、教室内で発せられる。そんな声は、他の人の喋り声で、いとも簡単に掻き消されてしまった。
それでも、「いただきます」、よりも大きく言えて、ちょっと嬉しかった。
「あ、蓮香くーん!」
ぼくの耳を、あのクズボイスが貫く。教室の入り口を見ると、そこには、今日の空みたいに青く澄んだ瞳があった。もう、見飽きた瞳があった。
「さっきはありがとねー。俺の雄姿、絶対見せれたよ!」
そう言って、啓斗は肩を組んできた。
傍から見たら、仲の良い男子たちに見えるのかもしれない。実際には、真逆の関係なんだけど……。
「じゃ、午後もよろしくー」
そう言って、金色と銀色の混ざり込んだ、変な髪色をした少年は、教室から消えていった。
ハリケーンのような男は、無事に通り過ぎてくれた。
(7/13)
「続いての種目は、二学年による、二年生全員リレーです」
午後になっても、相変わらず無機質なアナウンスが聞こえてくる。ノイズが校庭を蝕むように響く。放送部は、大変だな。
そんなことを考えていると、人だかりが出来ているのが目に留まった。
「啓斗さん、頑張ってください!」
「啓斗さん、応援してます!」
「お、みんな、ありがとな」
キャーキャー騒ぐ女子たち。それに囲まれる啓斗。クズ男こと啓斗を取り囲む網が完成していた。
啓斗は、女子から人気だ。ぼくからしたら良く分からないが、イケメンらしい。ぼくが言うのもあれだが、本当にイケメンか?
そんな疑問も浮かんだが、すぐに取り払う。なんなら、あそこにいる女子たちがかわいそうだ。
あんな、クズで暴力奮って■■で、■■で■■■な、■■人間に騙されているのだから。
ぼくには何もできないから、そっとしておこう。もしここで何か言ったら、何をされるかわからない。殴られるとかじゃ、済まないかもしれない。
考えただけで、身震いしてしまう。
恐怖ですくんだ足に鞭を打ちながら、ボーリングの玉のような足を動かす。
自分の待機列を目指して歩いていると、男女問わずに出来上がった、啓斗より大きな網が出来ているのが目に留まった。
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「来菜さん、応援してます!」
「来菜、ぶっちぎれよ!」
「みんなありがとー、任せとけー」
菜の花のように美しい声。ぼくとは、世界が全く違う声。季節外れの暑さが、心地よい暖かさへと変わる気がした。
キャラメル色の髪は、ハーフアップにまとめられている。さらに、髪を束ねる白色のシュシュが、キラキラと輝いている。
成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能、おまけに明るく親しみやすい。古川来菜。完璧超人で、二学年の人気者。学校の人気者と言っても、過言では無いかもしれない。
普段なら、関わることのない人種だが、今日だけは意識しなければならない。
網は、次第に解けていった。
全員が持ち場につき終わった。四色のゼッケンが、数学の問題のように並んでいる。
「いちについて」
会場の喧騒が、割れたシャボン玉のように消える。
「よーい」
ピリピリとした緊張が、稲妻の如く走る。
「どん!」
一筋の破裂音と共に、一番のゼッケンを着た八人が、一筋の光が輝くみたいに駆け出した。
スタートラインには、土埃の靄と、火薬の独特な香りだけが残っている。
引き直されていた白線のダイヤモンドみたいな輝きが、いとも簡単に掻き消されてしまった。
ピストルの破裂音で機能を失っていた耳が、やっとの思いで周囲の歓声を聞き取る。
一本のバトンが、どんどん繋がれていった。
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ぼくの役目は、ただ一つだ。
たくましさを失った白線が、ぼくのことを睨む。ぼくを、応援しているのかもしれない。そう思うことにした。
後ろをちらりと見ると、青色のバトンが近づいてきていた。
「ゴー」
進め。そんな合図が聞こえた。どうせ、ぼくの仕事は決まっているから、その声にも従う。
「はい」
出たくもない体育でやらされた練習。右手を後ろに伸ばし、温まったバトンの感触が来るのを待つ。
グッ。
そんな効果音が似合うような力が、手のひらに加えられた。
空洞の開いた筒を思いっきり握る。それと同時に、足と腕をさらに全力で回す。
足が速い人みたいな解説だが、実際は、微妙な速さだ。それでも、任務遂行のために走る。
長い、長い、走路。
狭い、狭い、走路。
暑い、暑い、走路。
目の前で待つのは、今日何度も見たクズ男。
その青い瞳は、ぼくの右手にあるバトンと、比べ物にならない程美しい。そこだけは、美しい。
「蓮香! 来い!」
まるで、ぼくのためみたいな声。本当は、来菜さんに見られたいだけの声。
右手にあるバトンを、丁寧に左手に持ち替える。
「ゴー」
いつもよりも、大きな声が出る。脇腹が痛い。
ぼくの走るペースに合わせた啓斗が、少しずつ近くなってくる。
「はい!」
勢いよく、バトンを渡す。
「任せろ!」
全力で、啓斗は腕を伸ばしてきた。その手のひらは、傷一つ無く綺麗だった。
――それだけなら、よかった……。
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カラン、カラン。
冷たいコンクリートに涙が零れた時、こんな音がした。記憶にないはずの音が、心の耳を、たった一発で打ち抜いた。
少し疲れたように見える白線が、ぼくを嘲る。
砂利が広がる校庭には、一本の、青い筒が、孤独に落ちていた。まるで、ぼくのように……。
ドクドク、ドクドク。
心臓が、恐怖で波打っている。さっきまで歓声に満ち溢れていた校庭が、無音になっている。
怖い、怖い、怖い。足がすくむ、今すぐ消えたい、どこかに逃げたい。
……、ひとあそに、入りたい。
「蓮香君拾えー! そんで、渡せー!」
菜の花の香りがする。視線を移すと、今日はよく見る人気者が、大声を出していた。え、ぼくの名前認知してたんだ……。
「まだ追いつける! 蓮香君。バトン拾って、啓斗に急いで渡して。落ちたのがテイクオーバーゾーン内だから、まだセーフだよ」
キャラメルみたいな髪が揺れている。菜の花ボイスが止まった時には、いつの間にか歓声が帰ってきていた。
ぼくは慌てて地面を向く。「いてて……」と物申すかのように、バトンはぼくを眺めていた。
そのバトンを拾い、目の前に残された右手に、青色のバトンを置く。え、右手?
啓斗は、笑顔だった。
一人の金髪だか銀髪だかわらない少年が、どんどん小さくなっていく。
背中で、何かを語っているようにも見えた。
「お前のミスを、俺が消し、来菜に見せる!」
そんなことを言われている気がして、なんとも言えない複雑な感情になる。
サンサン照りの太陽は、会場をさらに燃えさせていた。
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現在、順位は五位。ぼくのせいで、降格していた。もともとは、三位だったのに……。
「来菜! お前にかかってる!」
「来ちゃん、がんばー」
「頑張ってください、来菜さん!」
一人の少女に、とんでもない量の声が飛ぶ。ある意味拷問だろ……。本人は、ケロッとしてるけど。
「任せとき! 最高速度で、ぶっち抜いたるわ!」
ダブルピースまでしてる……。この少女、何者だ?
「何年前のアニメだよ」
「ちょっとセリフ変えんな、気持ち悪い」
「そこ気づくなんて、彩ちゃんも見てるんだー」
来菜さん、これから走るんじゃないのか?
キャラメル色の髪が、そよ風で揺らいでいる。後ろでは他の二学年たちが必死に走っているのに、アンカーが喋ってていいのだろうか?
「じゃ、行くね」
そう言って完璧超人は、川が流れる如くスムーズに青いバトンを受け取り、稲光の如くとてつもないスピードで、走路を軽く走っていった。
結果は、同じ青団のF組が三位。
ぼくらB組は、一位だった……。え、来菜さん、怖……。
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あれからは、特に問題も無く、今日のミッションをやり切った。
青団は、総合優勝を果たしたらしい。どうでも良かったが、勝てたのなら嬉しい。
バトンパスのミスも謝り、打ち上げも参加しなかった。
ぼくの目の前には、イヤホンとコンタクトが並んでいる。
「行ってきます」
誰もいない部屋で、誰にも届かない声を漏らした。
ちなみに、B組の大縄跳びの結果は、三一回で、全学年単独一位だった。
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明日、明後日、そして明々後日。三連休で、全部休みだ。振り返り休日が、先生たちのミスで月曜日になってしまったらしい。本当に、失敗してくれてありがとう、先生方。
届きようのない感謝を思っていると、緑生い茂る、河川敷に着いた。
広い川の奥に、大きなショッピングモールが見える。少しずつ探索を進めてきた結果、ぼくはひとあその世界観が、少しずつわかるようになってきていた。
一、自分以外のプレイヤー、コンピューターは存在していないこと。
二、現実の世界と、建造物及び配置が、瓜二つなこと。
三、商品等は、なぜか知らんが毎日補充、交換されていること。
そして何より、
四、ゲーム内の一時間は、現実の一日に相当すること
これが、都市伝説と化していたゲームの、実態だった。
サクサク。どこかから、クッキーが割れる音がした。いや違う、クッキーが割れるような音がした。
サクサク。その音が、どんどん近づいてくる。音を消せてはいないものの、ライオンとかに近い動きを感じた。
サクサク。どっかのクズ男とは、別の意味で恐怖を感じてしまう。
やめてくれ。ぼくが頑張って見つけた秩序が、乱されてしまう。
最悪な事態を想定し、一番嫌なパターンの回避のみを願う。出てくるのが、熊とか猿で会ってくれ!
その願いが叶うことは、なかった。
「ねぇ」
空気が、菜の花を纏った。




