第六話 体育祭と君 ――午前の部
(0/13)
「熱中症に気を付けて、全力で楽しんでください」
ノイズ混じりの校長先生の声が、無駄に広い校庭に響く。ぼくらの頭上は、黄金に輝く太陽に照らされている。そんな太陽は、青い海のような空を、プカプカと浮いている。
「おっしゃー! やるぞー!」
「頑張ろうね!」
「優勝目指すぞぉぉぉ!」
校庭の至る所で、大きな声がこだまする。はっきり言ってうるさい、迷惑だ。
クラスメイトたちも、わいわいとはしゃぎあい、円陣を組んでる人もいる。いや全員でやれよ。
そんな独特なクラスメイトたちを見ていると、笑ってしまいそうになる。笑みをこらえるぼくは、一人で校庭の端に座っていた。
開会式が終わり、クラスのムードも完全に高まっている。そんな中にぼくみたいな奴がいると、大迷惑にならないだろうか。
そんな心配を胸に抱えつつ、競技が始まるのを待っていた。
(1/13)
「おーい、蓮香くーん」
聞きたくない声が聞こえた。見なくても、誰が声の主かがわかる。
「こーんな所にいたんだー」
嘲笑するかのような声が、ぼくの周囲を取り囲む。実際はそんなことないのだろうが、高い壁のようだ。九種類の、能力を持った巨人が出てくる物語に登場する、高い高い壁のようだ。
自然に腰が引けて、ぼくを囲む人間らを睨んでしまう。
「そんな怖い顔するなよー。俺らの仲だろ?」
その軍のリーダーは、まるで仲が良い人同士みたいに話を進めている。
その名も、黒野啓斗。ぼくをいじめるグループのトップだ。ぼくが見てきた人間の中で、最もクズでもある。
金髪に銀色のメッシュという、正直言ってダサいヘアスタイルと、日本人離れした清らかな青い瞳が特徴的だ。
本人曰く、隔世遺伝らしい。どこかで、そのような話を聞いたことがある。
そんな彼の目は、一切笑っていない。鋭い槍のような、凍てついた目をしていた。
「体育祭の種目。サボったら、わかってるよな?」
脅し。
それならまだ良かった。これは本気の声、本気の目だ。へましたら、ぼくの命は無いかもしれない。
もちろん、命が無いとは、言葉の綾である。しかし、可能性が無いとも言い切れないところが、とても恐ろしい。
「ただでさえぼっちなお前に構ってるんだから、感謝しろよー」
そう言って、脅しの包囲網は解除された。イベント効果だろうか、いつもよりも恐怖度が増している気がした。
(2/13)
ぼくは、昔からなにもかもが平均的だ。
国語、数学、英語、社会、理科。主要五科目とかはもちろん並みである。それに加え、保健体育、情報、芸術、全てが微妙だ。
料理もまずまずな結果になるし、特段すごいとこも無いし、悪いところもない。
強いて上手いとしたら、NFPSくらいだろうか。
NFPS。正式には、Next First-Person Shooterと言われる。
かつて人気となった、FPSというジャンルの、新形態で、臨場感がとてもすごい。ネワコンを中心に、爆発的ヒットを叩き出している。
どれくらい凄いかと言うと、名もない小説家の初作品が、デビュー年に、直木賞を受賞するくらいすごい、と言ったところだろうか。
もっとわかりやすく言うなら、……、なんだろうか。思ったよりも、例えることが難しい。
頭の中を、例えが生まれは消えて、生まれは消えていく。
まあ、紙を折って、月まで届かせるのと同じくらいなのかな? やったことがないからわからないけど、そういうことにしとこう。
とにかく、大量に売れているのだ。爆発的ヒットで、ぼろ儲けの真っ最中なのだ。
……、そんなことはどうでもいい。なんでこんなことに頭を使っていたのだろうか。
とにかく、ぼくは平々凡々の一般ピーポーなのだ。
だからこそ、目立たない。
目立ちたいわけではない。でも、目立たないといけない。少なくとも、今日だけは。
言い切れるわけではないが、地面の雑草よりも、立派な桜に目が引っ張られる人が多いと思う。
それと同じで、ぼくみたいに平凡な人よりも、目立つ人へと目が引っ張られる。だから、誰にも見られないぼくは、サボり認定されてしまうのが、オチなのだ。
去年は、それで打ち上げ代の半分を支払わされたな……。
嫌な思い出を振り払うように、ぼくは頭を振った。昔あった羽根つき扇風機の如く、ブンブンと振った。たぶん、扇風機よりも素早く首を振れたと思う。
「それでは、第一種目。一年生による、学年リレーです」
放送部のノイズ混じりの声が、人口密度の高い校庭を包み込む。
高校生活二年目。忌まわしき体育祭が、始まってしまった。
「やだなぁ」
ぼくの小さな声は、サンサン照りの太陽によって、一瞬で蒸発してしまった。
(3/13)
湿っぽい。自分の体が、湿っぽい。
五月六日。生徒たちは、全員が一丸となって、優勝を目指している。その熱気もあってか、五月にしてはひどく暑い。
もちろん、真夏の八月とかよりは涼しいが、それでも暑い。白いTシャツと、赤いジャージが、ぼくを抱きしめてくる。
剝がそうとしても、全力で抱きついてくる。まるで、甘えたがりの子どもみたいだ。
結局、剝がすことはできない。剝がしたら最後、銀色のいかつい金属に手首を喰われ、警察という化け物の餌にされてしまう。
そんなことになったら社会的に死ぬので、纏わりつく布たちの面倒を見てあげなければならない。
まだ準備体操しか終わっていないのに、全身から涙が零れている。「暑いよー」とか、「助けてー」とかとわめきながら、全身を湿らせていっている。涙を出すのに肝心な両目は、きりっと乾燥しているのが腹立たしい。
そんなほのかな汗を感じつつ、おぞましいプログラムを確認していく。もちろん、校庭の隅で。
『二〇五〇年度、体育祭プログラム』
――午前の部
棒引き 【二学年男子全員】
昼休憩
――午後の部
二年生全員リレー 【二学年全員】
大縄跳び 【全学年全員】
自分の出場する競技は、全部で三つ。全員強制とか、本当にやめてほしい。
他にも、選抜者、という名の立候補者だけでやる選択種目もあるが、ぼくはそんな競技はやらない。
近づく本番に向けて、ぼくは心の準備を整えた。
(4/13)
「続いての種目は、二学年の男子による、棒引きです」
無機質なのに伝わる、熱意の籠った声。今日だけで、何回のアナウンスを聞くのだろうか。
「もっとくっつけって」
「狭い狭い」
肩に手が、土足で踏みあがってくる。無理矢理校庭に捩じ込まれた結果、二クラス分の男子が固まった巨大な円が出来上がった。
俗に言う、円陣だ。今度は全員でやるんだ。男子だけだけど。
「青団! 絶対勝つぞー!」
「うぉぉぉぉぉ!」
触れたら火傷しそうな迫力に、身震いしてしまう。
八クラスあるこの高校では、二クラスで一つの色とし、合計四色。つまり、四つの『団』、という名のグループをつくっている。
赤団が各学年のA組、E組。青団が各学年のB組、F組。黄団が各学年のC組、G組。緑団が各学年のD組、H組だ。
二年B組のぼくは、必然的に青団になる。
気合に満ちたチームメイトが持ち場につく。ぼくも、身を守るために準備をする。
隣からは、冬の北海道並みの冷気がする。ぼくの周りの空気だけが、扇風機を浴びたのかもしれない。
そんな微かな望みと、嫌な予感を抱きつつ、ゆったりと横を向く。嫌な気配がひしひしと近づいてくる。
「よっ」
そこには、ぼくがこの世で最も嫌いな、クズの瞳があった。
レジンで作り上げた作品みたいに、キラキラで、清らかで、美しい青色。でも、実際は、ぼくをいたぶるだけの瞳。
綺麗な花には棘がある、とはこのことなのかもしれない。
「俺が、来菜に目立つように、上手く立ち回れ。サボりとか、やっぱどうでもいいわ。俺を目立たせろ」
彼の視線を追うと、そこにはキャラメルがいた。いや、全く違う。似ているのは髪色だけだった。
キャラメル色の長髪をもった、一人の少女がいた。
ぼくに残されたのは、任務変更の命令と、冷たい空気だけだった。
(5/13)
「よーい、どん!」
掛け声と同時に、全員がスタートをする。
棒を押して、引っ張って。また押して、引っ張って。
棒を敵陣に奪われる前に、自陣に持ってくるだけの戦。たったこれだけの作業なのに、内野も外野も熱を出し、歓声に溢れる。
そんな中、ぼくは、単純な任務を遂行していた。クズ男のために、いじめっ子のために、ただ働いた。
ぼくは道具で、歯車で、玩具なのだろう。それでも、身を守るためには、これしかない。怖いから。
だからぼくは、徹底した。完璧に立ち回った。
来菜さんに、啓斗を良く見せるために……。
――棒引きの結果は、青団の勝利だった。




