第一◯話 六月一ニ日 君と水族館
皆様のおかげで、ついに一◯話までやってこれました、ありがとうございます!
今後も勉強、部活との両立も図りながら、頑張っていくので、ぜひ応援していただけると幸いです。
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世界規模のネワコンには、あらゆるエリアがある。とても有名なことだ。
だから、来たことのないエリアに身が震える。目の前の巨大な建造物の圧力に、どうしても怯んでしまう。
この日、ぼくは初めて、ネワコン内の水族館を訪れた。
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『ネワコンアクアリウム』。世界最大規模のバーチャル水族館だ。
「うわぁ。すごいね!」
真横にいる濃い茶色の瞳が、キラキラと輝いている。まだ水族館の中にも入っていないのに、太陽のような笑顔だつた。
真っ黒な地面には、薄い照明の光が反射している。それとは別に、ゆらゆら揺れる白い影が、地面で遊んでいた。
「おぉ」
右にも、左にも、正面にも、水晶のように美しいガラスが、満たされた水によって青く染まっている。その中をさらに、たくさんの魚が優雅に遊泳している。
キラキラと光を反射するその体は、あらゆる宝石とは違う、趣が感じられた。
「蓮香君見て!」
菜の花のように美しい声が、ぼくの名を呼ぶ。声がした方へ振り向くと、赤い魚に指を差した少女がいた。
「鯛!」
燃えるように赤いその魚とは裏腹に、彼女の姿は快晴の空みたいに、どこか安堵感を感じさせてきた。
まあ、彼女の差してる魚はタイじゃないんだけど。笑いそうになるのを堪えながら、純粋無垢な笑顔に近づく。ハーフアップの髪も、笑顔を向けているようだ。
「キンメダイですね」
適当なことを言いながら、彼女の待つ水槽に着いた。
「うん! めでタイ、だね!」
ドヤ顔かつ元気な声で、しょうもないことを言う彼女にとうとう限界が来てしまった。
「くっ……ふふ」
「な、何が変なの?」
どうやら気づいてすらいないようだ。そりゃそうか、知ってたらあんなネタ、ドヤ顔で言えるわけないし……。
一瞬言わない方がいいかと躊躇ったが、一生間違えたまま生きていきそうなので、真実を言うことにした。
「キンメダイって、鯛じゃないんですよ」
「……へ」
ポカンとした彼女の表情が、さらにぼくのツボを刺激してくる。
「ななな、そんなはずない! 名前にも『タイ』って入ってるじゃん!」
彼女の目がどんどん丸くなっていく。
「くっ……し、調べてみなよ」
肩の震えを抑え、声を絞り出す。
「絶対嘘だよ!」
そう言いながら、彼女は検索エンジンに文字を打ち込み始めた。
「キンメダイ 鯛の仲間?」
ぶつぶつと言いながら検索をしている少女。検索画面は見れないが、表情だけでなんとなく何を見ているかわかる。
来菜さんの茶色の瞳が、完全に丸くなった。
「なんでぇ!」
彼女の中の真実が崩れた。その反応に、終に笑いが堪えられなくなった。
「あははははは」
「蓮香君! 笑わないでよ!」
「ご、ごめ……むり。あはははは」
その後、ぼくは来菜さんから、ポカポカと優しく右腕を叩かれる羽目となった。
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「かっわいいー! ちっちゃーい!」
目の前の海の天使に向かって、彼女は天使のような笑顔を向けている。その声は明るく、とても綺麗だ。
「クリオネ、ですか……」
「うん! かわいいよねー」
縦に細くて長い、円柱の形をした水槽。踊りながら泳ぐクリオネが、たくさん舞っていた。
透き通った体に、ぴょこぴょこと動かす腕のようなもの。さらには、角のような何かが生えた頭。小さいながら懸命に生きるその姿が、とても愛おしい。
「クリオネってね、ご飯のときに頭が裂けるんだよ」
またもや、ドヤ顔がとんできた。濃い茶色の瞳の中で、眩い光が灯っている。
有名な話だ。バッカルコーンってやつのことだろう。これをツッコンでしまうと、来菜さんがまた怒ってしまうかもしれないので口を噤む。
「そーなんですね」
「すごいよね! 頭が裂けながらごはん食べるんだよ?」
いつもより彼女の声が明るい。バッカルコーンの話がそんなに嬉しいのか?
「たしかに」
とりあえず、適当に相槌を打っておく。できれば適当な返事なんて嫌だが、返しに困ってしまったのだから、仕方がない。
「えへへー」
ぼくの雑な返事にも、彼女は菜の花のような声を向けてくれる。
「なんで笑うんですか?」
「だってさ、蓮香君が相槌してくれてるからー。成長を感じるんだよねー」
天使が微笑んでいる。そんなことは現実にはありえない。それでも、そのような状況なのではないかと錯覚してしまいそうになる。
「なんの成長ですか?」
「え? 人と話すことだよ?」
この人、何を言ってるんだ? みたいな顔色で、彼女の濃い茶色がぼくを眺める。
どういうことなのだろうか。
「私はね、蓮香君を助けたいの! 蓮香君が良い人だって知ってもらえれば、啓斗のおバカもいじめを辞めてくれる! たぶん!」
彼女は、同時に右手でピースをしてきた。ブワッと春の香りが広がり、一面が菜の花畑になっていた。
「そこは、たぶんじゃなく言い切ってよ」
「あはは、ごめんて」
そう言いながら、二人で笑い合う。
何匹ものクリオネの前で、二人分の大きな笑い声が鳴り響いていた。
ふわふわ踊るクリオネのように、ぼくらの楽しげな声も、天高く踊っていった。
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「カクレクマノミ!」
透き通る水色がほのかに光を取り込み、踊るイソギンチャクを照らす。そこに隠れるクマノミもかわいらしい。
「かわいいですね」
「うん! すっごくかわいい!」
珊瑚礁の大水槽には、色とりどりの魚たちが泳いでおり、パーティー会場みたいである。
「すごいな」
壮大な光景に、自然に声が漏れてしまう。
分厚いガラスの奥で、イソギンチャクと珊瑚が立ち並んで踊る。そこで追いかけっこやらダンス大会やらをする、赤色や黄色、橙色に青色の鎧を纏った魚たちがいる。
煌びやかな水槽が、とても美しい。
「ねー。ほんと、すごいなー」
ひとりごとを拾われてしまい、頬が少しだけ熱っぽくなる。
「こんな大きな水槽で、私も暮らしてみたいな……」
彼女の小さな声が、水に流れるかのように空中を舞う。
「楽しそうですものね」
ぼくも相槌をうつ。ふわふわとかわいく、でもどこか優雅に泳げたら、どれだけ楽しいのだろうか……。
そんな妄想が、勝手に描かれてしまう。
「ま、人間だから蓮香くんと会えたんだから、幸せだなー」「っ」
不覚にも、ドキッとしてしまった。関わり初めてほんの少し、なんなら脅されて一緒にいる人に、なんでこんな反応をするんだ。
水色の水槽とは対照的に、ぼくの顔は赤色に染まっているだろう。
「ねね、蓮香君! あっちにクラゲいるって。行こ!」
ズカズカと、彼女がどんどん離れて行く。
「わかったから、そんな焦らないで」
ぼくもその後を急いで追いかけた。
なんでだろ、楽しいな。
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「ふわぁぁぁぁぁ!」
周囲より薄暗いゾーンに、たくさんの月が浮かんでいる。半透明のその姿を眺める彼女の瞳が、とても美しい。ゆらゆらと泳いでいるくらげたちよりも、美しい。
「どうしたんですか、奇声なんかあげたりして」
「奇声じゃないよ!」
「くっ、あはははは」
早すぎるツッコミに笑ってしまう。
「もー。……ふ、あはははは」
一連の流れが面白かったのか、来菜さんまで笑い始めた。
こんなぼくたちを眺めるかのように、くらげはゆらゆら浮いている。ただひたすら、儚げに水中を踊っている。
地面に埋め込まれた、円形の水槽にいるミズクラゲ。
壁に嵌め込まれた、四角形の水槽にいるアカクラゲ。
壁から飛び出た、半球に似た水槽にいるブルーキャニオンボール。
みんながみんな美しい。
「蓮香君!」
周囲のクラゲも合わせて、菜の花の花弁に包まれる。
「ほんと、今日は来てくれてありがとー! 全エリア制覇しようね!」
そう言って、彼女はぼくの腕を引っ張ってきた。ぼくよりも細いのに、頼もしいその腕が、クラゲのように美しい。
「よーし。次は、ペンギンだー!」
明るい声が、クラゲの周りに大きく響く。炭酸水を氷にかけた時みたいな、美しい音色だ。
結局、彼女に腕を掴まれたまま歩く。次は、ぼくも少しはリードしたいな……。
はっ! つ、次ってなんだ。なんでぼくは次を楽しみにしてるんだよ。
そんなことを思いながら、どんどん水族館の奥へと歩いて行った。
水槽のくらげは、宝石のごとく光っていた。
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あの後、ペンギン、シロクマ、ウミガメ、深海魚、貝、サメ、川魚、熱帯魚……。他にも、たくさんの魚たちを見た。まあ、魚以外もいたけど。
「あー! たっのしかったぁ!」
来菜さんが、グググッと背伸びをする。風で揺れるキャラメル色の髪が、とても美しい。
「それならよかったです」
彼女の目がキラキラしていて、なんだかぼくも嬉しく感じる。世界全体が、ワクワクを抱え込んでいるみたいだ。
「ねね、蓮香君」
水族館とは反対方向、夕焼けを背に彼女がぼくを呼ぶ。
「楽しかった?」
今日は、初めてのことだらけだった。
初めて人に脅されるようにして遊びに誘われた。初めて異性の他人と水族館に来た。
初めて一日中笑い転げていた。
初めての感覚を教えてもらえた。
初めて、初めて、初めて……。数えきれないほどの、色々なものをもらえた。
最初は、脅されたみたいに来たし、正直ちょっと恐怖すらも感じてたけど――
「うん。た、楽しかった! よ、」
辺り一面が静寂に包まれる。
あれ? ぼく、なんか不味いことでも言ってしまっただろうか。
ぼくの心配が、体育館の隅に溜まった埃みたいに、どんどんどんどん積もって行く。もしかして、嫌われて……
「やったー!」
さっきまで冷たく、静かだった世界に、菜の花の輝きが生まれた。いつの間にか、ぼくの顔に彼女の顔が近づいている。焦っていたせいか、全く気が付かなかった。
「えへへー。蓮香君が楽しいって言ってくれた。敬語使う回数も少なくなった気がするー」
ふにゃふにゃな笑みを、彼女はぼくの目の前で見せてきた。
「な、なんて顔してんの!?」
素でツッコミが出てしまった。だって、それくらい、なんというか、破壊力があったから……。ぼくは自分に言い訳をしながら、彼女の言葉を待つ。
「えー。そんな変な顔してないよー。ま、まさか、私が不細工だと言うの!? 蓮香君、ひどーい。えーんえーん」
完全に嘘泣きだし、彼女はあの学校で一番美しい容姿をしていると思う。
はあ。ここは諦めてノリに乗って、なんとか帰る流れをつくろう。
自分の頭の中に筋道を立てていく。
よし、計画実行だ!
「かわいいよ」
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またもや静寂がやってきた。どうせまた――
「ぁ、ぁう。そ、その。ぁ、あり、がとぅ」
「ッ!!!???」
なななな、なんだその反応は!?
菜の花みたく美しい、彼女の白っぽい肌が、茹蛸みたいに真っ赤になっている。なんなら、いつもの濃い茶色の瞳が、水槽みたいにゆらゆらしている。
もしかして、な、泣いてる!
ぼくの発言、泣くほどキモかったのか……。
「来菜さん、ご、ごめん」
「い、いや、だ、大丈夫。私こそ、ごめんね」
なんで彼女が謝るのだろうか。柄に合わないようなことを言った、ぼくの方が悪いのではないだろうか。
「じゃ、じゃあ、私帰るね。あ、明後日9時に遊園地エリアで待ってるねー」
そう言って、彼女がログアウトをする。残ったのは、夕焼けに照らされる水族館と、菜の花が咲いていたことを証明する、温かな香りだった。
「また明後日、か」
知らぬ間に入れられていた予定に、唖然としてしまう。
今日は、普段誰かと遊ぶことなんてしないから浮かれていただけかもしれない。明後日、ちゃんと見極めよう。彼女は、ぼくのことを友達として見てくれるのかを。
「よし」
ぼくは一人ぼっちで自分に喝を入れ、ネワコンからログアウトした。




