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第九話 六月一◯日 君と放課後

(0/5)

 ゴールデンウィーク。それは、二◯三五年まで存在していた(いにしえ)の連休。つまり、今は無き連休。

 それと引き換えに生まれたのが、水無月休みだ。ゴールデンウィ―クを六月に移し、一部の祝日とも合併させた、一六日連休。

 そんな連休の初日が、明日に迫っていた。


(1/5)

「そんじゃ、ホームルームはここまで。挨拶はいらん。くれぐれもはしゃぎすぎて、怪我したりすんなよー」

 担任の先生が、適当にホームルームを終える。それと同時に、爆弾のスイッチが押されたみたいに、生徒たちがはしゃぎ始めた。

「何して遊ぶ?」

「どこ行くどこ行く?」

 そんな生徒たちは、騒音を出しながら、どんどんドアを通り抜けていく。緋色の空は、全員を温かく照らしている。

「よー、蓮香。お前暇だろ?」

「俺らこの後忙しいんだよねー」

 リュックの中身を整理していると、チャラついた声がした。とりあえず、無視してみる。

「おいおい、無視してるんじゃねーよ」

 ……、ダメだったか。

 顔を上げると、三人の男子と、二人の女子がいた。ぼくをいじめているグループの、基本的メンバーだ。

 その中でも、特に目立つ男、啓斗が声を発した。

「ってことだから、掃除、よろしくね?」

 典型的すぎるいじめ。掃除当番を任せるだけのいじめ。

「別に、そんくらいならいいよ」

 ぼくは、掃除自体は好きだ。体を動かすまでは嫌いだけど……。

「そか。んじゃ、よろしくー」

「ばいばいー」

「ちゃんとうちらがやった事にしてよー」

 五人組は、そのままどこかへ行った。それにより、クラスに残ったのは、ぼくだけとなった。

「さて、やりますか」

 ぼくは重い腰を上げて、ゆったりと掃除道具入れに向かった。


(2/5)

サッサ。サッサ。

細いほうきが、軽快なリズムを唱える。

キュッキュ。キュッキュ。

白い雑巾が、明るいリズムを唱える。

シュッシュ。シュッシュ。

短い黒板消しが、独特なリズムを唱える。

 教室で反射する緋色の光が、どんどんと力を増していく。それに伴い、教室の輝きも増していった。

「よいしょ」

 中身が空っぽになり、いつもより断然軽い机を動かす。綿あめみたいに軽い机を、黙々と運び続ける。

『シャリン』

 窓際の一番後ろの机を持ち上げると、不思議な音色が奏でられた。おかしい。休みだから、机の中は空にしなきゃなのに……。

 申し訳ない気持ちになりながら、音が鳴る机の中を覗く。

「……ペンケース?」

 真っ暗な机の中に、円柱のような形が見えた。

「忘れものか……」

 ぼくのひとりごとが、誰もいない教室に響く。緋色の空も、少しずつ暗くなり始めてきていた。

「やば、急げ急げ」

 そう言葉を漏らし、ぼくは掃除を再開した。

 全員分の机を動かし、小さなほうきを握る。通常のほうきでは取り除けなかったゴミを集め続ける。

 リズミカルにほうきを動かし、ちりとりに集合させる。


 ここからは、集めたゴミを捨てて、ペンケースを職員室前の落し物ボックスに届けたら、帰宅するだけのはずだった。それだけで済む、はずだったのに。

『ガラガラ』

 勢いよく扉が開き、菜の花の香りがぼくの鼻腔をくすぐった。

「ふぃー。あっぶないあっぶない」

 小さな口から発せられる、元気のよいひとりごと。

「わったしの、ペンケース」

 机を覗く彼女の着る、紺色のプリーツスカートが揺れる。

「あった!」

 にへへ。彼女は、そんな効果音が似合いそうな表情をする。

「さーてっと、帰りま……」

 彼女と目が合う。濃い茶色の瞳は、点になったみたいだ。

「あぇ、ぇ、れれれ、蓮香君!」

 教室に入ってきたのは、来菜さんだった。


(3/5)

「い、今の聞いてた?」

 彼女の白っぽい頬が、イチゴみたいに色付いていく。

「え、うん。聞いてた」

 彼女の両頬のイチゴが、完全に熟してしまった。

「ちょっと! 嘘でも聞いてないって言ってよ!」

 その反応に対して、つい笑ってしまう。

「ちょ、笑わないでよ! こちとら恥ずかしいのに……」

「ご、ごめんなさい」

 これ以上笑うのもかわいそうなので、ひとまず謝っておく。

「それで、蓮香君は何してるの?」

 その言葉に、ぼくは少しの疑問を覚えた。

 完璧超人で、学校の人気者。ぼくとはかけ離れた人間。そんな彼女が、なんでぼくみたいな人間と関わってくるのだろうか。

 まあ、深く考える必要も無いか。

 ぼくは、考えるのが面倒くさくなり、思考を放棄した。もしかしたら、掃除で疲れていただけかもしれないけど。

「掃除してただけだよ?」

「え? 今日の当番って、啓斗の班じゃなかったっけ?」

 痛い所をつかれた。一応、この掃除はぼくがやったことにはしてはいけない。そんな風な雰囲気が、肌でひしひしと伝わってきていた。あと、誰かが言っていた。

 とにかく、啓斗たちが掃除をしているのだと言う設定を守るために……、

「あ、わかったー」

「え」

 ぼくが必死に言い訳を探すために脳を動かしていると、そんな声が聞こえた。

「啓斗たちに任されたんだー」

 彼女は、少し怖い目をしている。まるで水を得た魚みたいに、生き生きと、やる気満々の瞳だ。

「それで、みんなが掃除したことにしないといけない、みたいな感じでしょ?」

 彼女は、探偵か何かかもしれない。完璧に言い当てられてしまった。

 ここから逃れられるルートは、存在しない……。

「じゃ、水無月休みは、私と遊んでねー」

「は?」

 うん。何が起きた?

 ぼくがいじめられている説を否定するルートを考える前に、意味のわからない言葉が伝えられた。

「あ、強制ね。そうしないと、蓮香君がいじめられてる説、先生にバラしちゃうかもー」

 不吉な言葉が紡がれ、身震いしてしまう。


 この日、ぼくは数年ぶりに異性の連絡先を交換した。

 いきなり脅してきた彼女は、不気味な笑顔を残した後、突風の如く帰っていった。

「な、なんなんだよ……」

 教室からは、緋色が消えていた。


(4/5)

 キーンコーンカーンコーン。

 仰々しいチャイムの音色が、ぼくの背後で鳴り響いている。固いアスファルトを踏み締め、重い荷物を運んで行く。

 歩いて、電車に乗り、また歩く。それだけの行動を、ずっとずっと繰り返していく。

『ピロン』

 ズボンの右ポケットで、軽快な音色が奏でられた。ぼくに連絡をしてくるような人は、基本いない。それでも、誰からの通知か予想がついてしまった。

『蓮香くーん!

 明後日暇かー? 暇だよねー!

 ネワコンで遊ぼーよ!』

 断りたい。非常に断りたい。

 でも、先生に話が流れても面倒くさいことになるだけだから、行くしかない……。

 あの人は一体、なんなのだろうか。


(5/5)

 先生なんて、信じられないし……。

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