第九話 六月一◯日 君と放課後
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ゴールデンウィーク。それは、二◯三五年まで存在していた古の連休。つまり、今は無き連休。
それと引き換えに生まれたのが、水無月休みだ。ゴールデンウィ―クを六月に移し、一部の祝日とも合併させた、一六日連休。
そんな連休の初日が、明日に迫っていた。
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「そんじゃ、ホームルームはここまで。挨拶はいらん。くれぐれもはしゃぎすぎて、怪我したりすんなよー」
担任の先生が、適当にホームルームを終える。それと同時に、爆弾のスイッチが押されたみたいに、生徒たちがはしゃぎ始めた。
「何して遊ぶ?」
「どこ行くどこ行く?」
そんな生徒たちは、騒音を出しながら、どんどんドアを通り抜けていく。緋色の空は、全員を温かく照らしている。
「よー、蓮香。お前暇だろ?」
「俺らこの後忙しいんだよねー」
リュックの中身を整理していると、チャラついた声がした。とりあえず、無視してみる。
「おいおい、無視してるんじゃねーよ」
……、ダメだったか。
顔を上げると、三人の男子と、二人の女子がいた。ぼくをいじめているグループの、基本的メンバーだ。
その中でも、特に目立つ男、啓斗が声を発した。
「ってことだから、掃除、よろしくね?」
典型的すぎるいじめ。掃除当番を任せるだけのいじめ。
「別に、そんくらいならいいよ」
ぼくは、掃除自体は好きだ。体を動かすまでは嫌いだけど……。
「そか。んじゃ、よろしくー」
「ばいばいー」
「ちゃんとうちらがやった事にしてよー」
五人組は、そのままどこかへ行った。それにより、クラスに残ったのは、ぼくだけとなった。
「さて、やりますか」
ぼくは重い腰を上げて、ゆったりと掃除道具入れに向かった。
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サッサ。サッサ。
細いほうきが、軽快なリズムを唱える。
キュッキュ。キュッキュ。
白い雑巾が、明るいリズムを唱える。
シュッシュ。シュッシュ。
短い黒板消しが、独特なリズムを唱える。
教室で反射する緋色の光が、どんどんと力を増していく。それに伴い、教室の輝きも増していった。
「よいしょ」
中身が空っぽになり、いつもより断然軽い机を動かす。綿あめみたいに軽い机を、黙々と運び続ける。
『シャリン』
窓際の一番後ろの机を持ち上げると、不思議な音色が奏でられた。おかしい。休みだから、机の中は空にしなきゃなのに……。
申し訳ない気持ちになりながら、音が鳴る机の中を覗く。
「……ペンケース?」
真っ暗な机の中に、円柱のような形が見えた。
「忘れものか……」
ぼくのひとりごとが、誰もいない教室に響く。緋色の空も、少しずつ暗くなり始めてきていた。
「やば、急げ急げ」
そう言葉を漏らし、ぼくは掃除を再開した。
全員分の机を動かし、小さなほうきを握る。通常のほうきでは取り除けなかったゴミを集め続ける。
リズミカルにほうきを動かし、ちりとりに集合させる。
ここからは、集めたゴミを捨てて、ペンケースを職員室前の落し物ボックスに届けたら、帰宅するだけのはずだった。それだけで済む、はずだったのに。
『ガラガラ』
勢いよく扉が開き、菜の花の香りがぼくの鼻腔をくすぐった。
「ふぃー。あっぶないあっぶない」
小さな口から発せられる、元気のよいひとりごと。
「わったしの、ペンケース」
机を覗く彼女の着る、紺色のプリーツスカートが揺れる。
「あった!」
にへへ。彼女は、そんな効果音が似合いそうな表情をする。
「さーてっと、帰りま……」
彼女と目が合う。濃い茶色の瞳は、点になったみたいだ。
「あぇ、ぇ、れれれ、蓮香君!」
教室に入ってきたのは、来菜さんだった。
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「い、今の聞いてた?」
彼女の白っぽい頬が、イチゴみたいに色付いていく。
「え、うん。聞いてた」
彼女の両頬のイチゴが、完全に熟してしまった。
「ちょっと! 嘘でも聞いてないって言ってよ!」
その反応に対して、つい笑ってしまう。
「ちょ、笑わないでよ! こちとら恥ずかしいのに……」
「ご、ごめんなさい」
これ以上笑うのもかわいそうなので、ひとまず謝っておく。
「それで、蓮香君は何してるの?」
その言葉に、ぼくは少しの疑問を覚えた。
完璧超人で、学校の人気者。ぼくとはかけ離れた人間。そんな彼女が、なんでぼくみたいな人間と関わってくるのだろうか。
まあ、深く考える必要も無いか。
ぼくは、考えるのが面倒くさくなり、思考を放棄した。もしかしたら、掃除で疲れていただけかもしれないけど。
「掃除してただけだよ?」
「え? 今日の当番って、啓斗の班じゃなかったっけ?」
痛い所をつかれた。一応、この掃除はぼくがやったことにはしてはいけない。そんな風な雰囲気が、肌でひしひしと伝わってきていた。あと、誰かが言っていた。
とにかく、啓斗たちが掃除をしているのだと言う設定を守るために……、
「あ、わかったー」
「え」
ぼくが必死に言い訳を探すために脳を動かしていると、そんな声が聞こえた。
「啓斗たちに任されたんだー」
彼女は、少し怖い目をしている。まるで水を得た魚みたいに、生き生きと、やる気満々の瞳だ。
「それで、みんなが掃除したことにしないといけない、みたいな感じでしょ?」
彼女は、探偵か何かかもしれない。完璧に言い当てられてしまった。
ここから逃れられるルートは、存在しない……。
「じゃ、水無月休みは、私と遊んでねー」
「は?」
うん。何が起きた?
ぼくがいじめられている説を否定するルートを考える前に、意味のわからない言葉が伝えられた。
「あ、強制ね。そうしないと、蓮香君がいじめられてる説、先生にバラしちゃうかもー」
不吉な言葉が紡がれ、身震いしてしまう。
この日、ぼくは数年ぶりに異性の連絡先を交換した。
いきなり脅してきた彼女は、不気味な笑顔を残した後、突風の如く帰っていった。
「な、なんなんだよ……」
教室からは、緋色が消えていた。
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キーンコーンカーンコーン。
仰々しいチャイムの音色が、ぼくの背後で鳴り響いている。固いアスファルトを踏み締め、重い荷物を運んで行く。
歩いて、電車に乗り、また歩く。それだけの行動を、ずっとずっと繰り返していく。
『ピロン』
ズボンの右ポケットで、軽快な音色が奏でられた。ぼくに連絡をしてくるような人は、基本いない。それでも、誰からの通知か予想がついてしまった。
『蓮香くーん!
明後日暇かー? 暇だよねー!
ネワコンで遊ぼーよ!』
断りたい。非常に断りたい。
でも、先生に話が流れても面倒くさいことになるだけだから、行くしかない……。
あの人は一体、なんなのだろうか。
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先生なんて、信じられないし……。




