環状に鳴く、夜鳥 — 翼を得る —
青年は「ピヨ」と呼ばれていた。
よく怯える青年だった。
仲間は言った。「またピヨってる」と。
それがあだ名になった。
そんなピヨが、車を欲した。
翼が欲しかった。
だけど、あてなどあるはずもない。
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夜の街を原付で彷徨った。
理由もなく、理由を探して。
小さな風に混じって、胸の奥で羽根が軋む。
そのときだった。
町の片隅、見たことのない影を見つけた。
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スズキ——カプチーノ。
ちいさな身体。
ロングノーズ。
軽快な、けれど臆さない佇まい。
必要なものだけ詰め込んだ小さな身体。
一目で胸を撃ち抜かれた。
環状では見たこともない鳥のような車だった。
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気づけば原付のアクセルを捻っていた。
追いかけた。
盗もうとさえ思った。
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カプチーノは、くたびれたアパートの奥に滑り込んだ。
あれが巣か——。
ピヨは物陰で息を潜めた。
夜を待った。
盗み方は、仲間が武勇伝のように話していた。
できる気がした。
いや、できると自分に言い聞かせた。
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やがて、持ち主が酒に酔って夜の街へ消えた。
空気が静まり返ったころ、ピヨは車へ近づいた。
金属の冷たさが指に伝わる。
だが——土壇場で、胸の奥が鳴いた。
ピヨってしまった。
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手が震えた。
膝が抜けた。
原付で逃げようかと思った。
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背中に酒の匂いが混じった風がぶつかった。
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振り返ると、持ち主がそこにいた。
酔いに滲んだ目がピヨを射抜いた。
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殴られた。
地面に手をついた。
そのまま、彼は地面に頭を擦り付け
謝罪の言葉を吐いた。
持ち主は吐き捨てた。
「男が簡単に頭を下げんな。手ェつくな。プライドを持て。」
怒鳴る声に、ピヨの胸が鳴った。
持ち主は膝を折ったピヨを引き起こした。
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近くの自販機で缶コーヒーを買った。
缶の温度が震える指に沁みた。
なぜかは分からないが、話を聞いてくれた。
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「盗みてぇほど欲しかったのか。」
ピヨは頷いた。
それだけで、持ち主は小さく笑った。
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話は思いがけず簡単にまとまった。
車検が切れる。
ガタが来ている。
ちょうど次のを探していた。
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原付と十万。
それだけで、翼をくれると言った。
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ピヨは頭を下げかけて、やめた。
——頭を下げるだけの男じゃ終わらない。
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缶コーヒーを握ったまま、ピヨは「お願いします」とだけ言った。
持ち主は、いつの間にか別の目をしていた。
親鳥のような目で、雛鳥を見ていた。
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夜更け。
小さなカプチーノの鼓動が、ピヨの指先に伝わった。
運転席に座ったピヨの肩が、小さく震えた。
横で、元の持ち主が笑った。
「大丈夫だ。お前にも翼はある。」
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アクセルを踏む。
夜の路面に、小さな羽音が舞った。
環状に、新しい夜鳥の影が滲み始めていた。




