環状に鳴く、夜鳥 — 芽吹く翼 —
夜の環状に、まだ蒼い刃の残響が漂っていた。
列の最後尾に押し込められた助手席。
あの夜、青年は黙ってシートベルトを握りしめていた。
背の奥で、ひときわ速い影が消えていく。
置き去りにされた瞬間、胸の奥に何かが軋んだ。
小さな羽が、まだ湿ったまま心臓に芽吹いていた。
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——翼がほしい。
ただ、それだけを願った。
あの速さの背中を追うには、
自分の足では届かない。
助手席で鳴く鳥のままでは、空を割れない。
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侍が夜を斬る音は、青年にとって羽音に聞こえた。
視界の奥に滲んだ赤いテール。
環状の風を割って遠ざかるあの姿は、
いつか自分が飛ぶべき空のように思えた。
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帰り道、誰も何も言わなかった。
誰もが助手席にいた。
誰もが翼を持たなかった。
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家に帰り着いたとき、
青年は濡れたシャツの胸を掴んだ。
まだ鼓動が残っている。
夜鳥の雛が、暴れるように羽を叩いている。
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——あれを越えたい。
その一言だけが、胸に焦げ跡を残した。
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数夜が過ぎた。
同じ夜を背で浴びた若い影が、また集まった。
深夜の公園。
誰かの原付のシート。
缶コーヒーの空き缶。
安い煙草の煙。
全部が小さな巣のようだった。
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「——クルマを手にいれる。」
誰ともなく声が漏れた。
けれど誰も笑わなかった。
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助手席に座り続けるのは、もうたくさんだった。
誰もまだ飛べない。
だが誰も、羽ばたきを諦めてはいなかった。
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似たような焦げ跡を胸に残した夜鳥たちが、
小さな声で夢を擦り合わせた。
どこから金を集めるか。
どこの峠に転がっている鉄屑を拾うか。
誰がパーツを剥ぐか。
夜鳥の巣作りは、そうして始まった。
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青年は黙って頷いた。
拳を握ったとき、助手席で刻んだ羽音が、
微かに翼の先を震わせていた。
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環状は、また新しい群れの声を待っている。
夜の空に、小さな夜鳥の影が生まれようとしていた。




