表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/113

第98話 セシリアの罪

 留置所の中でセシリアは疲れ果てていた。

 連日に及ぶ騎士団の取り調べ――その中で実父のアランのことを漏れ聞いたのだ。


 今回、セシリアが引き起こした事件についてアランも関与を疑われ、取り調べを受けていたが、彼はそのすべてを否認しているらしい。


 すべて、娘であるセシリアが一人でやったこと。

 自分は関係ない。悪いのは娘だ。


 そう主張していると聞いて、セシリアは自嘲気味に笑ってしまった。

 確かにアランの言っていることは正しい。全てはセシリアの独断でやったことである。

 それでも……とセシリアの目に涙が浮かんだ。


――少しも(かば)ってはくれないのね。


 今ならセシリアにも分かる。

 

――お父さまもお母さま、結局私のことなんて愛していないのよ。


 どれだけセシリアが努力しても、異母姉よりも優れているところを見せても、意味がない。

 絶対に愛してもらえない。

 だって、彼らが本当に大切なのは自分だけなのだから。


 セシリアは親から認められたい、愛されたいと、ずっと願っていた。

 でもそれは、最初から叶わない願いだったのだ。

 そのことを知って、彼女は自暴自棄になった。

 体に力が入らず、気力がどこからも湧いてこない。もはや、どうにでもなれ――そう考えた。


 セシリアには騎士団の団員を洗脳した件の他に、街中に『魅了の香』を流布(るふ)させた容疑がかかっていた。

 後者に関しては、全く心当たりのないことである。

 当初、セシリアはそれを否定していたのだが……


――もう、どうでもいい。


 自暴自棄になって以来、そう思うようになっていた。

 セシリアには、もはや(あらが)う気力がなかったのだ。


 今さら、罪が増えたところで構うものか。終身刑の可能性が濃厚。極刑になる可能性がある?それがどうした。

 実の両親にさえ愛してもらえないようなこの人生に、何の意味があるのか。


 そんな風にセシリアが考えていたところ、取り調べで団員からある事実が告げられた。


「アンタ宛てに嘆願書が届いている」

「えっ?」

「アンタの減刑を願ったものだ」

「いったい、誰が?」


 まさか、母親だろうか――そんな淡い期待を胸に抱いたセシリアだったが、次の団員の言葉でその身をこわばらせた。


「サカキ魔法薬店の店主、アンタの姉さんだよ」

「なっ……」


 二の句が継げないセシリアに、さらに団員が言いつのる。


「それに、アンタにかかっていた容疑。街に『魅了の香』をバラ撒いたっていうの。アレもアンタの姉さんが潔白を晴らしてくれたぞ。アレは『竜の仮面の魔導士』がやったこと、アンタはその罪を押し付けられたって」

「……」

「まったく、慈悲深い姉を持ったものだな。当の本人はアンタに殺されかけたっていうのによ」


 感謝しろよ、とのたまう団員。

 その話を聞いて、セシリアは押し黙る。

 彼女のこぶしは、わなわなと震えていた。



 異母姉(ジャンヌ)からの面会――これまで何度か打診されていたが、セシリアはその全てに面会拒否の姿勢を貫いていた。

 しかし、今回ばかりは黙ってはいられない。

 腹の奥底からふつふつと沸く怒りを感じながら、セシリアは面会に応じた。


 面会室は、鉄格子によって二分されていた。

 一方が被疑者側、もう一方が面会人側。被疑者側には、団員が付いていて見張っている。


 セシリアが部屋に入ると、すでにジャンヌが席について待っていた。

 二人は鉄格子越しに向かい合う。


「何のつもりなの?」


 最初に口を開いたのはセシリアだった。彼女は憎々しげな目で、ジャンヌを睨む。


「嘆願書ですって?私を哀れんでいるつもりっ!?」


 ジャンヌはセシリアの言葉に淡々と返す。


「……哀れむ?」

「アンタなんかに同情されるなんて、まっぴらよ!どうせ、いい気味だと思っているんでしょう?」

「いい気味かどうかは分からないけれど、同情はしてる」

「だから――」


 なおもセシリアは怒鳴り返そうとし、


「互いに最低な父親を持った、ってね」


 ジャンヌの言葉を聞いて「えっ」とセシリアは言葉を詰まらせた。


「私が昔、宮廷魔導士を目指していたのは、自分を捨てた父親を見返したいという気持ちがあったから。けれども裏を返せば、それはあの男に私の価値を認めさせたかったのかもね。あなたと同じように」

「え……アンタも――?」

「まぁ、今じゃ。そんなこと微塵も思っていないけれど。でも、同じような気持ちを抱えて育ったから分かる部分もある。あなたは()()()()()()んでしょう?」

「――っ!!」


 ジャンヌの言葉を聞いて、セシリアの脳裏に子供の頃の記憶がよみがえる。


 異母姉に負けるなと、母親から魔導士としてのスパルタ教育を受けてきた。勉強勉強の毎日で、夜もろくに寝かせてもらえなかった。

 そして、それだけ努力しても異母姉には遠く及ばなかったのだ。


 母親からは落ちこぼれ扱いされ、「顔しか取り柄がない」と(さげす)まれた。父親も、そんな母親からセシリアを(かば)ってはくれない。

 どれだけ娘が努力しても、それを「頑張った」と認めてくれるような両親ではなかった。


「何を分かった風に言って…。『神童』なんて、皆から褒めそやされてきたアンタに、私の何が分かるのよ!」


 震える声でセシリアは言う。


「私程度の魔導士、どう頑張ってもたかが知れていたわ。私には顔しか取り柄がない。ならいっそのこと、この顔で――イイ男を捕まえてやろうと思った。そうしたら、お父さまも、お母さまも、私を見直してくれるかもしれないから」

「そう…」

「知ってる?私が騎士団に入った理由は、騎士団長を落とすためよ。アンタへの嫌がらせにもなるしね。一石二鳥よ。もっとも、彼には見向きもされなかったけれど……」


 セシリアは自嘲気味に笑う。

 その様子を見て、ジャンヌは首をかしげた。


「顔しか取り柄がない?そうは思わないけれど」

「ハッ!慰めでも口にする気?アンタに慰められるなんて――」

「その根性と行動力は大したものだと思うよ。まだ十代の小娘が、『竜の仮面の魔導士』の力を借りたとはいえ、騎士団を混乱に陥れたんだから」


まぁ、ずいぶんねじ曲がっているみたいだけれどね。

――そう付け加えつつ、ジャンヌは続ける。


「あなたが引き起こした団員の洗脳事件。不幸中の幸いにも、死者はでなかった。事件は騎士団内部の話に留まっていて(おおやけ)にもされていない。また、あなたは十代の若い女の子で、『竜の仮面の魔導士』にそそのかされた面もある。そのことを考慮して、領主さまが恩情を与えて下さるとおっしゃったわ」

「恩情……?」

「あなたはオルレアから追放。以降その身は、領内の修道院へ送られる。あなたは生涯そこで過ごす予定……けれども、そこでの生活態度によっては解放もあり得ると。冷たい牢に閉じ込められているよりは、ずっと良いでしょう?」

「それをアンタが領主に頼んだわけ?だから、アンタのお情けなんて――」

「セシリア!」


 ジャンヌが声を張り上げた。

 そして、セシリアを真っすぐ見つめる。


「親に愛されるためではなく、これからは自分のために生きなさい」

「えっ……」


 その言葉を聞いて、セシリアは何も言えなくなった。

 押し黙ってしまった彼女を見て、ジャンヌは椅子から立ち上がる。


「このチャンスを活かすも殺すもあなた次第。私にできるのはここまでだよ」


 そう言い残して、ジャンヌは面会室を出て行った。



 ジャンヌが立ち去り、団員に促されても、セシリアは中々その場から動くことができなかった。衝撃が頭と体を襲い、しびれたようになっている。


 自分のために生きろ、なんて勝手なことを……。

 そう思う一方で、セシリアの頭の中で、ジャンヌの言葉が繰り返された。


――あなたは()()()()()()んでしょう?


 ぽたっ、とセシリアの手に水滴が落ちる。


「……アンタなんかに認められても……嬉しくも…ないわよ」


 顔が熱い。

 涙がとめどなく(あふ)れ、鼻水まで出て来る始末だ。

 それはセシリアお得意の()()()()泣き方ではない。顔を歪めて泣くさまは、まるで幼い子供のようだ。


 声を上げて泣きながら、セシリアは涙と共に心につかえていた(おり)が吐き出されていくように感じた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ