第98話 セシリアの罪
留置所の中でセシリアは疲れ果てていた。
連日に及ぶ騎士団の取り調べ――その中で実父のアランのことを漏れ聞いたのだ。
今回、セシリアが引き起こした事件についてアランも関与を疑われ、取り調べを受けていたが、彼はそのすべてを否認しているらしい。
すべて、娘であるセシリアが一人でやったこと。
自分は関係ない。悪いのは娘だ。
そう主張していると聞いて、セシリアは自嘲気味に笑ってしまった。
確かにアランの言っていることは正しい。全てはセシリアの独断でやったことである。
それでも……とセシリアの目に涙が浮かんだ。
――少しも庇ってはくれないのね。
今ならセシリアにも分かる。
――お父さまもお母さま、結局私のことなんて愛していないのよ。
どれだけセシリアが努力しても、異母姉よりも優れているところを見せても、意味がない。
絶対に愛してもらえない。
だって、彼らが本当に大切なのは自分だけなのだから。
セシリアは親から認められたい、愛されたいと、ずっと願っていた。
でもそれは、最初から叶わない願いだったのだ。
そのことを知って、彼女は自暴自棄になった。
体に力が入らず、気力がどこからも湧いてこない。もはや、どうにでもなれ――そう考えた。
セシリアには騎士団の団員を洗脳した件の他に、街中に『魅了の香』を流布させた容疑がかかっていた。
後者に関しては、全く心当たりのないことである。
当初、セシリアはそれを否定していたのだが……
――もう、どうでもいい。
自暴自棄になって以来、そう思うようになっていた。
セシリアには、もはや抗う気力がなかったのだ。
今さら、罪が増えたところで構うものか。終身刑の可能性が濃厚。極刑になる可能性がある?それがどうした。
実の両親にさえ愛してもらえないようなこの人生に、何の意味があるのか。
そんな風にセシリアが考えていたところ、取り調べで団員からある事実が告げられた。
「アンタ宛てに嘆願書が届いている」
「えっ?」
「アンタの減刑を願ったものだ」
「いったい、誰が?」
まさか、母親だろうか――そんな淡い期待を胸に抱いたセシリアだったが、次の団員の言葉でその身をこわばらせた。
「サカキ魔法薬店の店主、アンタの姉さんだよ」
「なっ……」
二の句が継げないセシリアに、さらに団員が言いつのる。
「それに、アンタにかかっていた容疑。街に『魅了の香』をバラ撒いたっていうの。アレもアンタの姉さんが潔白を晴らしてくれたぞ。アレは『竜の仮面の魔導士』がやったこと、アンタはその罪を押し付けられたって」
「……」
「まったく、慈悲深い姉を持ったものだな。当の本人はアンタに殺されかけたっていうのによ」
感謝しろよ、とのたまう団員。
その話を聞いて、セシリアは押し黙る。
彼女のこぶしは、わなわなと震えていた。
*
異母姉からの面会――これまで何度か打診されていたが、セシリアはその全てに面会拒否の姿勢を貫いていた。
しかし、今回ばかりは黙ってはいられない。
腹の奥底からふつふつと沸く怒りを感じながら、セシリアは面会に応じた。
面会室は、鉄格子によって二分されていた。
一方が被疑者側、もう一方が面会人側。被疑者側には、団員が付いていて見張っている。
セシリアが部屋に入ると、すでにジャンヌが席について待っていた。
二人は鉄格子越しに向かい合う。
「何のつもりなの?」
最初に口を開いたのはセシリアだった。彼女は憎々しげな目で、ジャンヌを睨む。
「嘆願書ですって?私を哀れんでいるつもりっ!?」
ジャンヌはセシリアの言葉に淡々と返す。
「……哀れむ?」
「アンタなんかに同情されるなんて、まっぴらよ!どうせ、いい気味だと思っているんでしょう?」
「いい気味かどうかは分からないけれど、同情はしてる」
「だから――」
なおもセシリアは怒鳴り返そうとし、
「互いに最低な父親を持った、ってね」
ジャンヌの言葉を聞いて「えっ」とセシリアは言葉を詰まらせた。
「私が昔、宮廷魔導士を目指していたのは、自分を捨てた父親を見返したいという気持ちがあったから。けれども裏を返せば、それはあの男に私の価値を認めさせたかったのかもね。あなたと同じように」
「え……アンタも――?」
「まぁ、今じゃ。そんなこと微塵も思っていないけれど。でも、同じような気持ちを抱えて育ったから分かる部分もある。あなたは頑張ってきたんでしょう?」
「――っ!!」
ジャンヌの言葉を聞いて、セシリアの脳裏に子供の頃の記憶がよみがえる。
異母姉に負けるなと、母親から魔導士としてのスパルタ教育を受けてきた。勉強勉強の毎日で、夜もろくに寝かせてもらえなかった。
そして、それだけ努力しても異母姉には遠く及ばなかったのだ。
母親からは落ちこぼれ扱いされ、「顔しか取り柄がない」と蔑まれた。父親も、そんな母親からセシリアを庇ってはくれない。
どれだけ娘が努力しても、それを「頑張った」と認めてくれるような両親ではなかった。
「何を分かった風に言って…。『神童』なんて、皆から褒めそやされてきたアンタに、私の何が分かるのよ!」
震える声でセシリアは言う。
「私程度の魔導士、どう頑張ってもたかが知れていたわ。私には顔しか取り柄がない。ならいっそのこと、この顔で――イイ男を捕まえてやろうと思った。そうしたら、お父さまも、お母さまも、私を見直してくれるかもしれないから」
「そう…」
「知ってる?私が騎士団に入った理由は、騎士団長を落とすためよ。アンタへの嫌がらせにもなるしね。一石二鳥よ。もっとも、彼には見向きもされなかったけれど……」
セシリアは自嘲気味に笑う。
その様子を見て、ジャンヌは首をかしげた。
「顔しか取り柄がない?そうは思わないけれど」
「ハッ!慰めでも口にする気?アンタに慰められるなんて――」
「その根性と行動力は大したものだと思うよ。まだ十代の小娘が、『竜の仮面の魔導士』の力を借りたとはいえ、騎士団を混乱に陥れたんだから」
まぁ、ずいぶんねじ曲がっているみたいだけれどね。
――そう付け加えつつ、ジャンヌは続ける。
「あなたが引き起こした団員の洗脳事件。不幸中の幸いにも、死者はでなかった。事件は騎士団内部の話に留まっていて公にもされていない。また、あなたは十代の若い女の子で、『竜の仮面の魔導士』にそそのかされた面もある。そのことを考慮して、領主さまが恩情を与えて下さるとおっしゃったわ」
「恩情……?」
「あなたはオルレアから追放。以降その身は、領内の修道院へ送られる。あなたは生涯そこで過ごす予定……けれども、そこでの生活態度によっては解放もあり得ると。冷たい牢に閉じ込められているよりは、ずっと良いでしょう?」
「それをアンタが領主に頼んだわけ?だから、アンタのお情けなんて――」
「セシリア!」
ジャンヌが声を張り上げた。
そして、セシリアを真っすぐ見つめる。
「親に愛されるためではなく、これからは自分のために生きなさい」
「えっ……」
その言葉を聞いて、セシリアは何も言えなくなった。
押し黙ってしまった彼女を見て、ジャンヌは椅子から立ち上がる。
「このチャンスを活かすも殺すもあなた次第。私にできるのはここまでだよ」
そう言い残して、ジャンヌは面会室を出て行った。
ジャンヌが立ち去り、団員に促されても、セシリアは中々その場から動くことができなかった。衝撃が頭と体を襲い、しびれたようになっている。
自分のために生きろ、なんて勝手なことを……。
そう思う一方で、セシリアの頭の中で、ジャンヌの言葉が繰り返された。
――あなたは頑張ってきたんでしょう?
ぽたっ、とセシリアの手に水滴が落ちる。
「……アンタなんかに認められても……嬉しくも…ないわよ」
顔が熱い。
涙がとめどなく溢れ、鼻水まで出て来る始末だ。
それはセシリアお得意のきれいな泣き方ではない。顔を歪めて泣くさまは、まるで幼い子供のようだ。
声を上げて泣きながら、セシリアは涙と共に心につかえていた澱が吐き出されていくように感じた。




