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第90話 誘拐(中編)

 紙に書かれた住所の近くまで行くと、古びた屋敷が見えた。

 手入れが長くされておらず、家の壁面は植物の蔦で覆われている。庭の雑草もひどいものだ。

 廃墟一歩手前の、怪しい感じの屋敷だった。


 窓から屋敷の中を伺いたいところだが、各々の窓には内側から板が打ち付けられていて、それは叶わない。唯一の例外は、二階にある大きなバルコニーで、そこだけは解放されているようだった。


――あそこにマルグリットが……。


 もちろん、のこのこ真正面から突っ込むつもりはない。

 私は偵察(スカウト)の魔法で、影の分身を作ると、それに屋敷を探らせた。影たちは開いたバルコニーから屋敷の中へ侵入していく。


 影と私は五感を共有している。

 影から送られてくるイメージで、屋敷の中には多数の人間がいることが分かった。中には見知った顔もあって、それは騎士団の団員である。


 やはり、ここにセシリアがいるのは間違いないようだ。屋敷にいる者たちは彼女に洗脳されているのだろう。

 ただ、当のセシリアとおそらく傍にいるだろうレオンの姿は確認できなかった。加えて、『竜の仮面の魔導士』もいないようだ。


――どこかの部屋にでも引っ込んでいるのかな?でも、今の目的はマルグリットだから。


 むしろ、レオンらがいないことは好都合だった。セシリア配下にあるレオンは厄介な敵だ。

 レオンや『竜の仮面の魔導士』は魔封じで、私を無力化できる術を持っている。その対策として、魔法薬をたくさん準備してきたが、会わないに越したことはなかった。


 本当は、師匠(せんせい)からもらった『竜の輝石』をここで使用できればよかったのだが……と私は悔やむ。

 アレは使用者の能力などを大幅に上昇させる超強力アイテムだから、今回のマルグリット奪回にも非常に役立っただろう。

 しかし、『竜の輝石』はレオンの誕生日プレゼントの材料に使ってしまって、もう手元にはなかった。後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。


 と、一つの影が何か見つける。

 それは屋敷の地下に続く薄暗い階段だった。


 私は影に命じて地下を探らせる。

 すると、地下室の扉があった。見張りなのか、男が一人立っている。

 いかにもな雰囲気の場所だ。ここにマルグリットが囚われているのだろうか?


 その時――影を通して、私の耳に子供の声が聞こえてきた。


『た――け―て!!』


 切れ切れにしか聞こえてこないが、それは間違いなくマルグリットの声だった。

 どうやら、地下室の扉の向こう側から聞こえてくるようだ。


 目指すは地下室。

 行き先が決まり、私は偵察(スカウト)の魔法を解除した。代わりに、『そよ風の守り』を自分にかける。


 まずは裏口に回り、そこから地下の階段へ向かうことにした。




 庭の雑草が生い茂っているせいで、移動は比較的に容易だった。

 私は背の高い草むらに隠れつつ、屋敷の裏手に回り込む。裏口には当然のように、二人の男が見張っていた。


 私は懐から小瓶を取り出し、蓋を開ける。それを見張り近くの草むらへ放り投げた。

 ガサっ、と音を立てて小瓶が草の上に落ちる。

 その物音に、見張りはびくりと反応したが、数十秒もしないうちに二人とも力なく倒れこんでしまった。


 小瓶の中身は睡眠薬だ。

 空気に触れると気化し、周囲の者に催眠効果をもたらす。興奮している相手などには効果がないが、今回はきちんと効いてくれたようである。


 なお、私は『そよ風の守り』で外界と空気を遮断しているため、影響はない。

 気持ちよさそうにイビキをかいている男たちの横を通り抜けて、私は地下室へと向かった。



 バタリと地下室前の見張りが倒れる。

 私は先ほどと同じやり方で、見張りを眠らせた。


 例の地下室は目の前だ。扉の向こうからは時折、マルグリットの助けを求める声が聞こえてくる。

 眠り倒れこんだ男のポケットから鍵を取り出し、私は地下室の扉を開けた。



 地下室は頼りないランタンの灯りがあるだけで薄暗く、またカビ臭い。十分な換気がされていないようだ。

 そんな部屋の石の床に、縄で手足を縛られたマルグリットが転がされていた。


「マルグリット!」

「えっ……ジャンヌ!?」


 私はマルグリットに駆け寄ると、彼女の縄を手早く(ほど)く。

 解放されて自由になると、彼女は力いっぱい私に抱き着いてきた。その小さな体を私は抱き返す。


「まさか、本当に来てくれるなんて…」

「怖い思いをさせてしまって、ごめんね」


 そのまま抱擁して、マルグリットを安心させてやりたいが、この場にいつまでも(とど)まっているわけにはいかない。ここは敵地なのだ。

 私はマルグリットから身を放し、その体に『そよ風の守り』の魔法をかける。


「ジャンヌ……?」

「今すぐ、ここから逃げるよ。私についてきて。いいね?」

「うん、分かった」


 マルグリットは力強く頷いた。



 地下室から出て階段を上り、屋敷の一階に私たちは戻った。

 このまま裏口から外に出たいのだが、そう上手くはいかなそうだ。


「おい!見張りが倒れているぞ」


 裏口の方が騒がしくなる。どうやら、私が侵入したことがバレてしまったようだ。裏口からこちらへ、何人もの人間がやって来る気配があった。


「ジャンヌ…」

「こっちへ」


 不安そうに私を伺うマルグリットを誘導する。

 偵察(スカウト)の魔法でこの屋敷を探ったため、大体の構造は頭の中に入っていた。


 この屋敷の出入り口は二つ。

 正面玄関と私が侵入した裏口だ。

 ただし、正面は見張りが詰めていて、裏口の方は現在進行形で人が集まってきている。どちらも突破するのは難しそうだった。


――ならば、二階か。


 二階には比較的人が少なく、大きなバルコニーがあった。

 他の窓と違い、ここだけは解放されたままである。

 それで、そこから飛行術で脱出する計画を私は思い付いた。


 飛行術は対象者の体重が増えれば増えるほど失速する欠点があるが、子供のマルグリットくらいの重さなら何とかなるだろう。いや、何とかしてみせる。


 ただ問題は、二階に続く階段に辿り着くためには、正面入り口のある玄関ホールを通らなければいけないことだ。

 つまり、敵の目の前を駆け抜ける必要があった。


「マルグリット。私が合図したら、走れる?」

「うん。かけっこは得意だよ」


 頼もしい返事を聞いて、私は彼女の頭を撫でた。


「行こう」




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