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第89話 誘拐(前編)

 レオンとセシリアのこと、そして自分の気持ち。

 それらにショックを受けつつ、私は日々を何とか過ごしていた。

 あれから、ずっとルネからの連絡を待っているが、音沙汰はない。

 そうやって、アレやコレやを気にし、仕事に集中できていなからか、普段ではやらないようなポカミスをやらかす始末だった。


 さらに落ち込む私だが、母たちは特に何も言ってこなかった。

 レオンらの件については、内容をぼかして店の皆には伝えてある。それで気を遣ってくれているのかもしれない。

 仕事に厳しいシモンなら、嫌味の一つでも言ってくるかと思ったが、彼は淡々とフォローしてくれている。


「めんぼくありません」

「まぁ。店長も人間というわけですな」


 そう言って、シモンは苦笑していた。


 そんなある日、事件は起こった。



 客足が落ち着いてきたとき、店の扉が乱暴に開かれた。

 驚いてそちらを見ると、エチカが息を切らしながら立っている。その様子を見て、ただ事ではないとすぐに分かった。


「あの、あの……お姉ちゃん……」


 エチカは私に、何かを懸命に伝えようとするが、言葉にならないみたいだった。

 私はとりあえずエチカを落ち着かせるため、彼女を店舗の奥の部屋に通した。それから、水をゆっくりと飲ませる。


 しばらくして、ようやくエチカは話せる状態になった。


「いったい。どうしたの?」


 私がそう尋ねると、エチカの口から驚きの言葉が返ってきた。


「マルグリットが――マルグリットがさらわれたの!」

「なっ――!?」


 思わず、私は言葉を失う。

 そして、エチカが(つたな)いながらも、必死に説明してくれたのは次のような話だった。




 この日、エチカとマルグリットは二人で(うち)を訪れる予定だったらしい。

その道中、人気のない場所で見知らぬ男に話しかけられた。


 不審者かと用心したエチカたちだったが、その男はオルレア騎士団であることを示す、竜のシンボルが装飾された軽鎧を身に着けていた。

 相手が騎士団員ということで、エチカもマルグリットも警戒を解く。

 すると、いきなりその団員がマルグリットを担ぎ上げたのだ。


 何をするんだ、とマルグリットは暴れたらしいが、鍛えられた成人男性相手に十にも満たない少女が(かな)うはずもない。

 突然の出来事に呆然とするエチカへ、団員は紙切れを一つよこした。


「サカキ魔法薬店の女店主に此処(ここ)に来るよう伝えろ。ただし、一人でな。そうでなければ、子供(ガキ)の命はないと思え」


 そう(おど)され、エチカが立ちすくんでいると、男がすごむ。


「ほら、早く行け!この子供(ガキ)がどうなってもいいのか!?」


 怒号に驚き、エチカは弾かれたように走り出した。そして、息を切らせてこの店までやって来たのである。




 エチカの話を聞いて、私は自分の耳を疑った。

 もちろん、今回の黒幕が誰かなんて分かりきっている。


――セシリア!なんてことを……っ!!


 まさか、私に復讐するために関係のない子供を人質にとるなんて……。

 ふつふつと体中に怒りがこみあげてきた。


 先日のことに、ショックを受けている場合ではない。何としてでも、マルグリットを助け出さなければ――!


 例の団員が渡したという紙を見ると、そこには街の郊外の住所が書かれてあった。確か、古い住居が多い地区である。


「お姉ちゃん。マルグリットは……マルグリットはどうなるの?」


 そう尋ねるエチカの顔は、涙と鼻水で汚れてしまっている。それをハンカチで拭ってやりながら私は言った。


「大丈夫。私が絶対助けるから」



 私が仲良くしている子供が(さら)われた――そのことを告げると、店の皆は顔をこわばらせていた。

 マリアは怒りに体を震わせる。


「あの女……どこまで卑怯な手を使えば気が済むのよ…」

「とにかく、私はマルグリットを助けに行きます」

「ちょっと、まさか一人で行く気じゃないでしょうね?こんなの罠に決まっているじゃない!」


 信じられないという顔のマリアに加えて、ニナやシモンも私を止めてきた。


「さすがに一人では危険です」

「店長。騎士団に知らせるのがいいのでは?」


 シモンの提案に私は「今、騎士団はちょっと頼れない状況なんです」と首を横に振る。


「だからって、一人で行くことないでしょう!わ、私もついていくわ!後方支援くらいならできるし」

「いいえ。今回は私一人で行こうと思います。大丈夫、私だって何も敵地を正面突破しようとは思っていません。忍び込むには一人の方が都合が良い」

「で、でもっ…」

「それに、マリアさんには他に任せたいことがあります」

「他のこと?」

「このことをルネさんに知らせるために、バイザウェイに行ってもらえますか?女将さんが伝言を取り次いでくれるはずだから」

「そんなの他の人に頼めばいいでしょう!」

「私以外で、今回の一連の事情をよく知っているのは、あなただけです。お願いします」

「……」


 私が頭を下げると、マリアは黙ってしまった。

 それを了承と捉えて、私は店の皆にもお願いをする。


「シモンさんは、マリアさんの護衛を頼めますか?人目のある所で襲ってはこないと思いますが、敵が来ないとも限らないので」

「……分かった」

「母さんとニナさんは、店を閉めて下さい。しっかり戸締りを。もし、敵がここに攻めてきたら私が準備した罠を使ってください」

「は、はい。大丈夫です。一通り、頭には入っていますから」


 シモンとニナが了承してくれる中、母だけは返事がない。

 見ると、母は複雑そうな表情で私を見ていた。


「母さん?」

「まったく、あんたは言い出したら聞かないから」


 そう言って、母は私の頬に手をやる。


「でも、絶対。無事に帰っておいで。約束だよ」


 私は震える母の手に、自分の手を重ねた。




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